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マスコミの不祥事暴きには惑わされない

Posted by ななし on 03.2016 記事 0 comments 0 trackback
いまマスコミでは、「不祥事暴き」が大流行中のようです。
やれ牛肉偽装やらムネオやらマキコやら、果てはUSJが火薬を使いすぎた、まで。そのうちに、「スピード違反」でも新聞に載りそうな勢いです。彼らマスコミの手に掛かれば、世の中なんでも不祥事です。

確かに、「不祥事」とされる様々な事柄は、タテマエ上は、イケナイことです。しかし、私権社会では、「みんなやってるよ」と、みんなが思っていました。みんながやってるのに、タテマエを鵜呑みにして、自分(の会社)だけやらなかったら生き残れなかった。ホンネとタテマエが正反対の矛盾した世の中で何とかやっていく、それが私権社会で生きるということだったのだと思います。「不祥事だ、不正だ」と騒ぎ立てても「何を野暮なことを言ってるんだ」で終わっていたのでしょう。

「みんなやってるよ」「タテマエはイケナイけどね」の典型は、議員の「口利き」だと思います。議員は「民意を政治に反映させる」のが仕事ですが、その中身は、一票を投じた名もない市民の民意などではなく(大体そんな真の意味の民意など、知り得るはずもない。だって、そんな市民の意見を表明する機会はないんだから)、政治資金を出してくれた企業や、手みやげ持参で陳情に来た「市民」の「民意」を、いかに実現させるか、だったのではないかと思います。

近頃、マスコミで不祥事暴きが流行るのには、三つほどの要因が挙げられるのではないかと思います。

ひとつは、私権圧力の衰退→本源潮流からの、共認圧力の上昇。不正なことや人々をだますようなことは、たとえ大企業でも政治家でも、許されなくなってきたということです。

ふたつめは、人々の閉塞感の上昇に、マスコミも(極めて表層的に)迎合しているのではないかということです。大企業や政治家たちが、人々の共認によってボロボロになっていくのを、「勧善懲悪ストーリー」として人々に提供している。まるでいまのマスコミは、「人々の共認という、葵の印籠を振りかざす助さん」のようです。マスコミはそれで人々が喜ぶだろうと思っているのでしょうが、そんな表層的な一時しのぎの「一件落着」では人々の社会不全は解消されるはずもなく、むしろますます、「だからなんだっていうんだ」という閉塞感が高まるばかり、というのが現状です。

そしてもうひとつは、これはあくまで憶測ですが、マスコミは「不祥事暴き」をすることによって、あえてもっと大きな「社会不全」から、人々の目をそらしているのではないかということです。
政治家の不祥事も、大企業の不正も、個々の「不祥事」を追及したところで、結局「エライさん」が辞めて終わるだけ。そしてまた繰り返される。人々はそんな繰り返しに飽き飽きしています。

「個々の事象はもういい。なぜそうなるのか、どうすれば世の中よくなるのか、その答えが知りたい」。そんな人々の潜在的な思いを、「助さんの印籠」的な安っぽい正義感を振り回してうやむやのうちにかき消してしまう。事実を報道すると言いながら、不正に対する批判は大々的にする。そのくせ、もっと大きな社会統合不全には「報道は中立だから」と言って逃げ回る。
これこそ、人々の期待に反する「不正」「不祥事」ではないかと私は思います。



藤岡聖子
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