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企業集団の閉塞の背景には組織論と社会認識の限界がある

Posted by ななし on 21.2016 記事 0 comments 0 trackback

> そういう意味では現代は労働を忌避しているというより、既存の(私権)企業で働くということを拒否する流れと考えるべきなのだろう。


 おっしゃるように、現在の起業ブームの背景にあるのは、既存の企業集団の閉塞、という現実だと思います。

◆組織論の問題

 それは、ひとつには、組織論の問題、ということができるでしょう。現在の企業は市場の覇権闘争の中で必然的に肥大化し、官僚的な組織への変貌を遂げていきました。自らの属する集団の中で、いかに一人一人の成員が活力を発揮しうるか、が大変困難な状況に陥ってしまう。

 そして、成長産業の交代の波の中で、企業の盛衰の中で、必然的に自らの生きる場を失ってしまう。そして、人間として活力を与えられる場が失われてきたという事実が、この10年間の日本経済で盛んに行われたリストラクチャリングの過程で、はっきり見えてきました。

 この波は、おそらく、今後、いわゆるグローバル化が進む中で、どんどん波及していく可能性があり、活力のある若者は、そういう潮流に対して、自発的に、「生きる」場の選択肢の一つとして起業をとらえているんだろうと思います。

◆社会的使命の実現の問題

 もう一つは、社会的使命の実現の問題です。今日の若者にとって、社会的な命題をいかに、実業の課題として結びつけうるか、という問題、あるいは欠乏は、過去とは比べ物にならないほど大きなものになっています。

 一方で、既存の様々な企業の多くは、その社会的使命というものを、一般的に企業理念として挙げてはいるものの、それは極めて抽象的な存在としての社会像に対しての貢献であって、具体的な共同体としての像を結ばないという点、将来的な社会に置ける実現目標、実現すべき普遍的な原理的基盤に則ってはいないという限界を持つという、2重の意味でヴィジョンなき社会貢献にとどまっています。

 いわば、社会とリンクするきっかけとして労働を捉えようとする若者にとっては、そのあたりが非常に不満になっているのだろう、と思われます。

 まとめますが、最初の問題からは、いかに活力のある組織論を企業が持ち得るか、もう一つの問題からは、企業が社会的使命をどこまでリアルに把握・対象化できうるか、という点が、労働の問題の根幹にあるのだと、いうことではないでしょうか。

 そして、これらのテーマは、若者に限らず、あらゆる世代の人間にとって、かなり切迫した課題ではないか、という気がします。



阪本剛
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