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外向欠乏を収束させるNWは答えを知る者の務め

Posted by ななし on 10.2016 記事 0 comments 0 trackback
>人々が何も考えてないというのは、ウソで、「そんな行き詰まりを確認して、一体どんな可能性があるのか?」という状況判断が働いていた、と見るべきであろう。(24128)

人々のマスコミやネットでの知識・情報収集の活発さと思考停止の状況とがもう一つしっくり結びつかなかったのですが、阪本さんや四方さんの意見で納得できました。

社会を把握しようと外向欠乏が生じているものの、希望が見えなくなった既存の私権社会の行く末を追求して行っても閉塞感が高まるだけ。
したがって、全面的に現実を捨象するとまで行かなくても、滅亡が見えてくるような事実収集を意識的にあるいは無意識のうちに避けながら、それ以外の方向で四方八方に外向欠乏を充たすものを探す。
しかしながら、収束できる観念がないため、焦点が定まらず拡散し、雑学でも何でも手当たり次第に知識・情報を収集しようとする。また、その過程でつながり欠乏が充たされ、安心する。
でも結局は、実現思考からかけ離れ、思考停止と変わらない状態になっている。

しかし、この外向欠乏の高まりは収束できる観念さえ見えれば、四方八方に向いていた人々の流れが一気に同方向に集まり、本流として大きな流れになる可能性を示している。
そして、個々で顕在化しつつあるその欠乏が合流するには、可能性のある答えが人々に認知され、集団を超えて共認されるネットワーク造りが必要であり、そのネットワーク造りは既にあるていど答えが見えている者の務めであると思う。



大河明日
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