FC2ブログ

母親の不全と可能性

Posted by ななし on 28.2015 記事 0 comments 0 trackback
雪竹さん、はじめまして。
>特に、現代の一対婚家庭のように母親が専業主婦というような形で、自らは殆ど闘争課題を担っていないにもかかわらず、口先だけで子供に教え込もうとする場合は、より一層この表層化は深刻化します。
>さらに言えば、母親自身が、家庭の中で充足することができずに、存在不安や親和不安を抱えている場合は、子供に対する親和もないくせに表層規範だけを教え込もうとしますから最悪です。

新聞報道による少年犯罪の事件の原因分析では、しばしば「母親が問題である。」
といった論調が目に付きます。これに対して母親の立場からはこんな反論も出されています。(4月13日、産経新聞)
「あまりにも子供の問題の責任を母親に負わせ過ぎではないか」
「核家族の中で唯一頼れるはずの父親(夫)の物理的・精神的なサポートがないままで、母親は自分の生活時間のほとんどを犠牲にして一生懸命子供に愛情を注ぎつつ、周囲の目や評価を気にしながら、子供を厳しくしつけるために『父親役』まで引き受けねばならない。日々、孤軍奮闘する母親たちはもうヘトヘトなのだ」

まさに雪竹さんの仰る閉塞状況を物語っていると思います。
既に母親1人の判断で解決出来るような状況ではありません。子育てに完全に自信を失った母親にまともな教育を期待するのはもはや限界でしょう。
世間では子育て休暇など制度面での解決に期待がかけられていますが、制度をいくらいじくり回しても問題が解決するとは思われません。

仮に時間的な余裕が生まれたとして母親たちは本当に充足するのでしょうか。
物理的な問題よりも精神的な問題の比重の方が大きいと考えます。
自らの内向きのマイナス志向の自覚がないままでは、どんな外的手段を用いても充足は得られないと思います。私権社会での将来に対する不安と自らの親和欠損、無圧力空間にありながら世間の評価圧力という強迫感に怯える日常。
さきほどの意見からは突破口の見えない脱出欠乏が見て取れます。

一方では、専業主婦を中心とした有閑層のネットワークが拡大してきています。
主に子育てを終えた主婦層の可能性収束先としての受け皿になってきているのではないでしょうか。自分を対象として現実と理想のギャップに悩む日常から、対象を外部に向け確かな手ごたえを感じることのできる仲間空間へと移行している層と考えられます。私が所属しているNPOでも彼女達は生き生きと活動しています。

どんな組織でもそうですが、そこには役割が与えられ相手の期待に応えれば応えたなりの精神的な充足が得られるのです。現在、地域共同体の再生が叫ばれています。
しかし、子育てに自信のない親和欠損を孕んだ母親達をどうやって結び付けたらよいのか、具体的な方針が無い状態です。強迫観念的な仲間収束から役割と充足感を得られる仲間収束への転換のためには何が必要なのでしょうか。

例えば、子育てサークルから発展してボランティアを続けている人もいます。
生活共同組合などは主婦層が中心であり、教育や環境問題まで活動の領域を広げている団体もあります。自分を対象とした生き方から仲間を対象とした生き方に転換するためには、私権的な価値観からの段階的な脱却過程が必要と考えます。
私権的な価値観から脱却できた層は現代では注目に値します。現状は個別の団体に留まっていますが、今後は有機的な拡大化が課題となってくるのではないでしょうか。



橋口健一
スポンサーサイト
にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ

○ Comment

○ Post comment


  • 管理者にだけ表示を許可する

○ Trackback

trackbackURL:http://gensenkeijiban1.blog.fc2.com/tb.php/875-380fcdb6