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利用された言葉

Posted by ななし on 17.2015 記事 0 comments 0 trackback
現代社会において「我々は平等である」だとか「個人を尊重しよう」であるとか「それは差別だ」とか「私らしく生きたい」なんて言葉はよく耳にする。普通、あくまで普通一般に、これらの発想にむかって「それは違うよ、君」と突っ込むとそいつはヘンコ(≒変人)だろう。

しかし少し真面目に踏み込んで考えてみると、上の発想はどれも現実に則していないし、また、まともな社会を構成できうる理論でないことも明らかだ。

であるのになぜこんな発想が現実にもてはやされているのだろう。それはこれらの理屈が、事実として人類が通ってきた私権闘争社会において、そこに孕む矛盾に焦点を絞らせないための詭弁として非常にお手軽であり、我々の目先の不安感を先送りさせてくれ効果があったからではないだろうか。
次の会話にその機能サイクルをあらわしてみます。



匿名希望
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