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Re:ひとの生きる意味

Posted by ななし on 13.2015 記事 0 comments 0 trackback

>「人ってなぜ生きているんだろう? 」
>「意味なんかないよ、楽しく生きればいいんじゃない?」

 「自分探し」とか「今が楽しければいい」とか、とにかく「自分(だけ?)が一番大事」という最近の風潮のなかでは、「結局、その自分は何のために生きているのだろう」と考え始めると容易にその答えは見つかりません。

 「人生はまったく無意味だ」というのも、「とらえきれない程の素晴らしい意味がある」というのも論理的にはどちらも可能であり、どちらが正しいという答えは有りません。
 これは意志の問題、すなわち自分がどちらを選ぶかという選択の問題となります。

 アウシュビッツから生還した心理学者フランクルは、その著書「それでも人生にイエスと言う」で、以下のように言っています。

『自己の利益という視点から「人生から何を期待できるか」という考え方は、いわば自己を世界の中心に据えて、自己から世界をみる見方です。
 私たちが「生きる意味があるか」と問うのは初めから誤っているのです。私たちは問われている存在なのです。
 自分が「人生から何を期待できるか」が問題なのではなくて、むしろ「人生が何をわれわれに期待しているか」が問題なのです。』

『人間はもともと、意味への意志(自分の人生をできる限り意味で充たしたいとの憧憬)によって魂を吹き込まれて、それに従って、生きがいある生活内容を得ようと努め自分の人生からこの意味を闘い取っています。われわれは、この意味への意志が充足されずにとどまる時に初めて、またその時に限って-人間はますます多量の衝動満足によってまさにこの内面的不充足を麻痺させ、自分を酔わせようと努めるのだと考えます。』

 自分が何を期待されているのか、それにどう応えるのか。
つまり、「求める存在」から「応える存在」への意識転換が必要だと感じています。




玉川泰行
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