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震災後の情勢の大転換~戦後支配の権威が崩壊~②

Posted by ななし on 02.2015 記事 0 comments 0 trackback
引き続き長周新聞リンクより転載します。
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A 「企業間競争で自力でやりなさい」というのでは石巻の水産加工など復興のメドはない。地域経済全体もそうだ。漁業、水産加工業、造船、鉄工、漁具、運送なども、商業なども市役所そのものも、みんなが依存しあって成り立っている。「地域全体の復興のために」でなければ復興のめどはない。みんなつぶれて自分だけもうけるとはならない。イオンとかの外来資本がもうけのチャンスと見なして進出しても、もうかるところだけつまみ食いして後は野となれだ。そんな資本が来ても生産を基礎とする復興などできない。新自由主義勢力に地域を復興させる力はない。資本力がないと復興できないが、資本力だけで人の力がなければ動かない。石巻なら漁業を中心にしてみんなが復興するのでなければどうにもならない。抜け駆けの個人主義はダメで、生産を基本に共同でという精神が強まっている。
 C イオンが養殖事業に乗り込んで漁村が成り立つわけがない。「水と油だ」と東北現地の漁村ではみなが口にしていた。もうかるところだけ食い散らして逃げていくのが大型店商売だ。もうからなければ撤退していく。それよりも生産を基本にした社会化の方が力が強い。
 D 新自由主義の「強い農業」「強い漁業」というのはスポット的に資本がもうけるだけで、その地域全体の復興にはならない。イオンがどうして地域みんなの世話をするか。強い資本というのは、農漁民を植民地並みの低賃金で働かせるからだ。現地ではおかしな復興施策を許さないパワーが充満しているし押し返している印象だった。

 津波対応ない米国技術 福島では住民追出し

 B 原発事故に見舞われている福島県の場合は完全に住民が追い出されて生産基盤を奪われている。「住民避難」が打ち出された飯舘村は戦後の開拓地で、そこで米を作ったり様様試みてきたけれどうまくいかず、畜産・牧草に適しているとわかって、やっと軌道に乗ったところだった。自治体合併もせずにやっていけていた。そこに今回の放射能汚染問題だ。牛は50万円から80万円していたのが20万円ほどで買い叩かれている。放射能汚染をどう除去するかではなく、生活基盤を奪って土地から追い出すという強権的なものだ。十数年前から別の名目で岩盤のボーリング調査をしている。高濃度放射性物質の最終処分場の意図が働いているのは明らかだ。「裏で何かが動いているから追い出されているのだ」という思いが語られていたし、事実、政府が福島県に核汚染のガレキの最終処分場計画を申し入れた。とんでもないことをやろうとしている。
 D 今回の原発事故ではチェルノブイリ事故が比較に出される。現在に至るまで30㌔圏内が立ち入り禁止になっているといって、「福島も何十年も無理」という雰囲気をつくっている。放射能なら広島、長崎が経験豊富なのに比べようとしない。おかしな話だ。広島、長崎の経験を見たら、放射能でつぎつぎに死んでいったが、しかしその場から逃げずに復興させていった。この経験を無視するのは意図的だ。
 B 原発は戦後の対米従属のもたらした悲劇だ。福島第一原発はGEの設計・製造で東芝、日立などが下請けでつくったものだが、津波対応は何一つ考えていなかった。非常用発電機を地下に置くのはハリケーン対策だそうだ。地震や津波の常襲地帯である日本の事情は全然考えていない。設計ミスだ。アメリカの先端技術だとうやうやしく崇めてつくってひどい目にあった。アメリカ崇拝、アメリカコンプレックスの犯罪性だ。輸入自由化で国内の農漁業をつぶしたら食料危機、餓死の運命が待つのは想定外ではない。それは放射能より悲惨になる。
 
 大災害で市場略奪 米国のショックドクトリン手法 元祖は原発

 C 福島にしても宮城、岩手にしても政府の方はいかに復興を遅らせるかという動きになっている。被災地は建築規制をかけて手がつけられない。「今までよりもっと良い街をつくるのだ」といって、今までのこともやらせない。菅は「高台のエコタウン」というが仕事のない住民のだれが住むのか。
 A 大災害で人人が動転しどう考えるかわからないうちに新自由主義の市場を拡大するというショック・ドクトリンというものをアメリカは手法にしている。スマトラ沖地震でもカトリーナでもハイチでもやっている。この大震災を外来資本が奪い取る新自由主義市場拡大のチャンスにしようとしている。
 B ショック・ドクトリンの元祖は原爆だ。敗戦するとアメリカ進駐軍が乗り込んできて「ギブ・ミー・チョコレート」で「トモダチ作戦」のような格好をした。「戦争を早く終わらせるためだった」などとだまして単独占領した。広島、長崎の被爆者、沖縄戦の体験者などがあの戦争と被災地の状況をダブらせてとらえている。原爆と原発は同じだとし、大震災への対応が戦争と同じだと語られる。
 D 被災地でことが前に動かないが、法律学者たちは私権制限を問題にしている。民法の根幹でもっとも保障されなければならないものだ。「私権は侵すべからず」が資本主義のはずなのに、私有財産制の否定をやっている。それなら大企業を国有化すればよいのに、住民の家屋や土地を制限してしまった。何が自由主義かだ。東電や自民党や民主党の推進派政治家、原子力村の人間は刑事罰に値する。そっちの方が救済されて、損害賠償は電気料金と税金で、犠牲になった国民負担という転倒したことがまかり通る。
 E 戦時体制だ。有事法では米軍が行動するために私権制限をうたっている。米軍の行動のためには民家を壊しても良いし、そこに駐屯地をつくるとなっている。米軍、自衛隊出動となったが、あらわれているのは有事対応政治だ。戦争と同じという実感には根拠がある。漁業権の民間開放も私権剥奪だ。漁民の財産なのに、とってしまえという政策だ。
 D 民主主義の破壊があらわれているということだ。国民主権、住民主権でない。避難所に押し込んだまま生活を取り戻すための施策が出てこない。難民と同じだ。沖縄戦で住民を収容所に押し込めたり、在米日本人を収容所に入れたのと同じだ。ファッショだ。東京が民主主義で岩手の田舎にある漁村は封建的というが、こっちの方がよほど民主的に事を進めている。東京中心こそ民主主義ではなかった。
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続く



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