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社会を傍観していた学者が一人また一人と原発事故をきっかけに復活~プロに逃げ道はない

Posted by ななし on 30.2015 記事 0 comments 0 trackback
神田外語大学の中山 幹夫氏のエッセイより

非常に長いエッセイなので要約してあります。

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原発と放射線

情報戦争 - 真実を知り、自分の身は自分で守るしかない -


 『日本はひとつ』ではない。今、日本で起きているのは情報戦争だ。政府・東電・学者の情報を無批判に垂れ流すマスメディアと、多くの良識ある市民との戦いである。しかも、国民の生命がかかっている。まるで戦時中と同じだ。しかし、過去と一つ決定的に違うことがある。今の市民にはネットメディアという武器がある。私たちは自分で判断し、行動することができる。真実を知り、自分と家族、友人、そして子供たちを守ることができる。


本当は何なのか


 原発事故は今も被害が進行中で予断を許さない状態です。それなのに、安全だと思わせるための情報ばかりが都合よく選ばれて報道されています。風評という言葉も独り歩きしていて、本当に安全でない場合にそれを言うことさえも風評扱いされています。ぜひ、多くの人が放射線の真実を知って、自分自身で考えて判断するための知識を持ち、最善の行動をとってほしいと考えています。


国民を危険にさらす学者たち


 人としての心はどこに行ってしまったのでしょうか。

 まるで政府・学者・マスコミが三位一体となって、国民と子供たちをできるだけ被爆させるような行動をとる。すごくいやな言い方だが、安全だ安心だと言ってできるだけ多くの人に無防備になってもらい、より多く人間に被爆させて追跡調査をすれば『よい研究』ができる。これでは子供たちはまるで学者の実験材料だ。どんなに頭がよくても、権威に溺れて人間性を捨てた人たちには学者の資格などない。人間性の欠けた学問は誰の役にも立たず、それどころか悪行である。


自治体とマスコミのしていること


 ほとんどの自治体が地上20m位にある放射線モニタリングポストでしか測定しない理由はなんだろう。鳥たちの健康でも心配しているのだろうか。 土壌の放射線を地表ではなくて地中の値を測定するのはどうなんでしょうか。魚の放射線を皮と内臓を取り除いて刺身のようにして測定していることを知っている人はどれほどいるのでしょうか。これで本当にいいのでしょうか。このように、できるだけ低い数値が出るように測定することが、日本中でおこなわれているのです。


 この国家的な危機の中で、マスコミは、かつての戦時中の大本営発表と何もく変わっていないのです。唯一、戦時中との違いはお金にも動かされていることです。いまだに民放は東電の節電CMを流しています。

 テレビの影響はあまりに大きく、その報道姿勢を変えさせない限り市民の安全は守れません。(抗議のメールに対して)でもNHKから受付メールが来ただけです。民放からは受付メールも来ません。

 今まさに避難が遅れている飯舘村の住民に対して、わざわざ飯舘村に来てまで放射線は安全だと語り、手を洗えば安心などと言う学者がいます。国民に真実を伝えないマスコミがあります。そんな影響もあり、意見が分かれ迅速な行動がとれない状況が続いています。


何が安全なのか


 マスコミは大気中の数値だけ取り上げてまだ安心だと言います。実際の体への影響はそれらすべての合計なのです。一体、だれがその合計を測れるのでしょうか。(中略)もし微量だから安心だと放射性物質の含んだ食べ物を子供に与え続ければ、将来、親自身が自分のしたことを後悔します。何かあっても政府も東電も学者もマスコミも、だれも責任をとってはくれません。たとえ責任をとってくれたとしても、尊い命はもうかえってきません。子供を守ってあげられるのは大人だけなのです。


何が危険なのか


 放射性物質を含んだ食べ物をできるだけ食べない方がいいというのは風評ではありません。被災地を経済的に助けることは大切ですが、それとは別問題なのです。戦時中の一億総玉砕のように、あえてみんなで放射性物質を食べてこれ以上被爆することはないのです。


そして明日に
    - ネットメディアでつながるすべての人たちへ -


 私は理系の技術・開発者として20年間情報通信にかかわり技術で社会を変えてきました。その後、研究・教育者として10年間メディアリテラシー、ビジネス、情報技術、物理学など教え、新しい時代に活躍する若者を育ててきました。でも社会そのものには傍観者的でした。でも、3月11日から何か自分が変わりはじめたのです。このままでいたら、教育者として何を学生に教えるのだろうか。利益のためでもなく、かといって直接は仕事のためでもなく、今でもはっきりは分かりませんが、龍馬のように何か突き動かされるような感覚でした。



 少しでも援助したいと義援金をし、日々ニュースを見る中で報道に理不尽さを感じ、若者たちや子供たちを政府とマスメディアの犠牲したくないと強く感じ始めました。もし見て見ない振りをしていたら後で後悔する気がして、少しでも何かできることはないかと考え、ホームページにエッセイを書き、休眠していたツイッターも再開しました。同じ気持ちを持つ日本中の人たちと知り合い、ネットメディアの力を実感しました。だいぶ遅かったとはいえ、それでも本日5月15日から飯舘村の一部で妊産婦や乳幼児、園児のいる世帯の避難が始まって本当によかったです。とにかく少しでは早ければ被爆の危険は減らせます。一人一人の力はわずかですが、それらが集まってその決断をさせるための力になったのかもしれない、私もほんの少しは押せたかもしれないことをうれしく思っています。そして何より避難した人が今より安全になって本当によかったです。



 私たちにが手にしたネットメディアは、もう実質的にはマスメディアと政府を凌いでいます。網の目状の膨大な人のつながりから真実が見えてきます。


 正しいことは必ず広がっていきます。やり方はそれぞれ違っても、それぞれの人がそれぞれの立場で出来ることをしていけば、社会も人も確実に変わっていきます。そして本当の安全と安心が実現できます。子供たちの未来を守ってあげられるのは私たち大人だけです。みんなが健康で楽しく笑って暮らせる日本、子供たちの笑顔であふれる日本にするために。

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(転載おわり)

>私たちにが手にしたネットメディアは、もう実質的にはマスメディアと政府を凌いでいます。


情報戦争は既に淘汰へと進行している。戦争とは、政官業情との対決を意味するがそのような段階ではない。中山氏自身が「凌いでいる」と話されているとおり、原発事故に限らず、繋がる鉱脈はこれから予測される「何か」においてことごとくプロを凌ぐことを実証するだけである。実証される分野は現実という地平上のプロの土俵なのである。だからプロの逃げ道はない。




佐藤英幸
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