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「演者=傍観者」の大転換

Posted by ななし on 13.2012 記事 0 comments 0 trackback
>学者でも役者でも、もっぱら表現することに頭を使っているけど、当事者として現実と対峙してる訳じゃない表現者って、これこそが傍観者の親玉なんだと思う。

な、なるほど~。
演者が傍観者の親玉だなんて、ちょっとびっくり、でもとてもすっきり!

私が就職時に「芝居から足を洗う」ことにした理由は、「片手間に働いてます、芝居してる私こそホントの自分」というのがどうしても、一緒に働く職場の人に対して失礼なスタンスだと思ったからだった。
そして私が芝居の世界に戻らなかったのも、それが現実の活動なのに、現実逃避であることをなんとなく嗅ぎ取っていたからだろう。

にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ けど、もう、なんとなくじゃない。
認識が与えられれば、はっきりわかる。

演劇が、人々に夢と希望を与えるエンターテイメントでありえた時代は、終焉を迎えつつある。
人々には非現実の一時しのぎの夢など、もはや不要だ。
現実に、はるかに大きな可能性が開けた。目をそらす必要はない。

演劇が、人々に解脱充足を与えることができないのならば、もはや演劇はその存在意義を失い、無用となる。あとに残るのは、あとは演者の自己満足のみ。

なるほど、これは衰退するなぁ。ちょっとしみじみしちゃうけど、そう思う。



藤岡聖子
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