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【やりとりが生み出す共認充足の臨場感】VS【映像刺激の麻薬性】

Posted by ななし on 18.2014 記事 0 comments 0 trackback
脳機能学者・苫米地氏の公式:【イメージ】×【臨場感】=【現実】に欠けているもののひとつは、与えられるだけの【臨場感】では何事も本当には実現されないという点です。必要なのは主体の【実現の意志】であり、それは徹底した【応望の姿勢、対象への同化】なしには生み出せません。

もうひとつは【イメージ】といっても【実現】に至るには【現実の壁】を取り入れた【仮説と検証】の繰り替えしが必要だという点でしょう。

苫米地氏の公式を構造認識を使って再構築するならば

【対象への同化=相手の期待をつかむ】
⇒【その期待に応えることがイコール自分の充足=充足イメージの構築】×【実現の意志】⇒【仮説と検証】⇒【新しい現実】

となります。そしてこの【仮説と検証】そのものを【認識仲間とのやりとり】に開きだすことで、共認充足力が実現の意志を確かなものとし、充足イメージはますます確かなものになります。(逆にひとりでやっていても中々反論は考え付かないし、むしろ自己正当化に陥りがちです。)

そのように考えると、マスコミが生み出す仮想現実との違いが鮮明になります。

マスコミが生み出す架空現実は
【閉じこもりの学者発の架空観念】
×【マスコミの一方的な映像刺激による臨場感】
=【頭の中を充足させるだけの幻想共認】

他方、素人の創造過程は
【現実発・相手発の事実観念】
×【やりとりが生み出す共認充足の臨場感】
=【共認内容そのものが新しい現実を創出】

このように苫米地氏の洗脳法研究を知ることで、マスコミとの認識闘争のポイントが【やりとりが生み出す共認充足の臨場感】の創出にあり、その充足度が映像刺激の麻薬的な力を上回ることの重要性が再認識されます。何故なら、認識内容としてはもはや圧勝といってもいいくらいですから。

しかも「構造認識がある。だから“やりとり”になる。」

のだから、【やりとりが生み出す共認充足の臨場感】という点でもるいネットは実は無限の可能性を持っています。マスコミ支配なにするものぞ!ですね。

山澤貴志
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