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有罪率99%のカラクリ

Posted by ななし on 16.2014 記事 0 comments 0 trackback
以下はブログ「ジョディーは友達」からの引用です。

警察・検察の暴走ぶりを物語る記事で、けっこう具体的に書かれてあるのでよくわかると思います。


-------------<引用開始>--------------

殺人事件が起きた。容疑者を特定できない警察は、第一発見者を別件逮捕した。無実の容疑者は、当然否認する。凶器が発見できない。物証も無い、有効な証言も無い。
有罪率99%の警察は、意地でも犯人に仕立て上げなければならない。
そこで警察は、犯行のストーリーをでっちあげる。目撃証人の証言を、ストーリーに沿うように誘導する。

警察の代用監獄で、長時間の尋問が連日行われる。警官と容疑者だけの密室でどんなことが行われているのか。なぜ可視化を嫌がるのか。見られて困ることが、密室でなされているのか。警察は容疑者を犯人と決めているので、いくら事実を主張しても、ウソを言うな、と取り合わない。犯行の自供だけしか聞きたくないのである。
こうして、拷問の日々が続くのである。

意識が朦朧となり、拷問に耐えかねて、やってもいない犯行を認めるのである。これは、組織の面子のために人権を蔑ろにしたことになる。無実の犯人を作り出し、真犯人に免罪符を与える行為である。冤罪で犯人とされた者と、その家族・親戚などを新たに被害者にしたのである。つまり、警察は加害者になったのである。警察が犯罪を、確信犯として行ったのである。

マスコミは、何の疑問も無く、逮捕=犯人の扱いをする。推定無罪ということを、マスコミは無視する。なぜか?多分、視聴者・読者の受けを狙っているのだろう。そして、少しでも視聴率や販売部数を増やそうと、卑しく考えているのだろう。そこには、報道の直接的な影響を受ける人のことは、考慮の外である。こうなると、報道も単なる金儲けの手段でしかない。

金儲けのために、偏向報道をし、国民の信頼を無くしたマスコミの姿である。警察がウソを吐く筈が無い、と思っている御目出度いマスコミ人はいないと思うが、事実は警察発表の垂れ流しでしかない。裏を取ることさえない様だ。その結果、マスコミも人権無視の冤罪に加担するのである。

裁判は、同じ釜の飯を食った仲間が、各々の役を演ずる。検事役、弁護士役、裁判官役として主演し、脇役の出る間もない。三者の関係は、検事と裁判官が公務員通しで強く連携し、民間人の弁護士が軽く見られているように見える。証拠能力の判断が不可解な裁判官がいる。

なぜ、これを証拠として採用し、あれを不採用としたのか、納得のいく説明が無い。
裁判官は、その独立性をもって、社会から守られている。国民の疑惑を招く判決に対して、全く説明を要しない。高知の白バイがスクールバスにぶつかった事件も、証拠の認定や証言の信憑性の判断に、国民は疑問を呈した。しかし、何の説明もない。

出世のためには、ヒラメにならなければならない。上司に期待される判決を言い渡すことに注力せねばならない。ここには、独立は無い。証拠は捜査力のある警察・検察が独占し、弁護士サイドは不利な状態に放置される。このようなことも、有罪率99%に貢献している。

また裁判に時間が掛かり過ぎるのも、人権無視に繋がる。たとえ最高裁で無罪を得ても、その間の10年20年は、取り返せない。その間の犯人扱いは、どうにもならない。

小沢一郎の秘書が釈放されたとは聞いていない。秘書の家族は、どんな扱いを受けているのだろうか。警察・検察は、有罪率を上げることに注力するのではなく、冤罪を防ぎ、真犯人を放置しないことに努力すべきである。裁判官は出世のためにヒラメになるのではなく、真実を見抜く目を養い、疑わしきは罰せずの原則を肝に銘じてもらいたい。

参考 麻野涼著 『誤審』 2008年11月 徳間書店発行

--------------<引用おわり>------------

Old50'sGuitar
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