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解脱欠乏と共認欠乏がテレビに収束することでマスコミ支配が実現された

Posted by ななし on 24.2013 記事 0 comments 0 trackback
>でも、実際はそれだけではない。人々が共認動物である以上、充たされない“解脱”をそのままにしておくことはできない。その解脱欠乏を充たす為、バラバラになった個人もマスコミが流す解脱情報に飛びついたのだ。ある意味、お互いがお互いを利用し、納得の関係であった。

もう少し整理するならば、バラバラの解脱共認欠乏のうち、解脱欠乏は娯楽作品等に収束した。こちらは、私権不全あるいは社会不全による代償充足的色合いが強い。
しかし、一方では共認欠乏により、「新たな共認形成の場」に収束したともいえる(etc番組を見ていないと会話ができない)。
前者は私権時代から一貫して存在したが、重要なのは70年貧困の消滅により、序列原理から共認原理(マスコミは第一権力へ)へ移ったこと、そして私権に変わる答えがなかった(必然的に支配観念を流布)ことが加えられる。

この2軸の可能性収束が以下を実現させたのだと思う。
>●しかし、マスコミが一方通行(統合階級の染脳機関)という形であれ、バラバラに分解された解脱個体を収束させた全く新しい社会的な共認形成の場(正しくは共認支配の場)を作り上げた事は、注目すべきである。

大衆が(受動的な評価主体として)収束し続ける以上、ますます支配観念に染脳されてゆくし、微々たる代償充足となりうる以上、マスコミの共認支配は磐石となる。

かなめんた 
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