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人々が幻想刺激(テレビ)を捨て、観念体系(≒知の結晶物、鑑、経典)に収束する基盤は、【現実、実物収束】の潮流にあるのでは?

Posted by ななし on 20.2013 記事 0 comments 0 trackback
>次代に必要とされる観念体系(≒知の結晶物、鑑、教典)は、「事実認識の体系=生物史を含む歴史認識体系」である。<

現状、観念収束の主たる敵対物、競合物である映像刺激、幻想刺激(テレビなど)は、視聴率を低下させてきてはいる。
しかし、改めて、それはなぜなのか。人々の収束不全に対して全く答えを出せないからと、これまでは考えてきた。しかし、もっと別の力が働いているのではないか?まだ、掴んでいない実現基盤(テレビ衰退の根拠)があるのでは?

>実は『実物収束』によって大きく包括されているという事が最近分かった。 具体に言うと、映画を見ると感情移入して見入る旧い世代に対し、客観的に非現実と捉えながらその背後等に肉薄して見る若者達。そういった若者達は、同じ金額を払うなら非現実の映画より、友人と食事をして会話を楽しむといった実物を選ぶというのである。<

かつて、映画にしろ、テレビにしろ、映像刺激、幻想刺激への収束が成立した根拠は、共同体の解体→解脱基盤の喪失にあった。しかし、現実の仲間関係→共認充足に収束する若者は、最早たいして幻想刺激(代償物)を求めてはいない。

'70共認原理へ転換し、'90~仲間収束、規範収束、そして今や人々は現実課題収束している。これは幻想刺激から離脱し、現実の中に充足基盤を求める『現実、実物収束』の潮流である。そして、開かれた現実に向かっていく以上、現実を真正面から対象化した観念体系が求めらるのは当然だ。

この【現実、実物収束】の潮流こそが、テレビ(幻想刺激)を無用のものとし、観念体系(≒知の結晶物、鑑、教典)への収束を生み出していくのではないか。

山田真寛
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