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「必要か否か」の判断軸に転換した人々が、テレビ(マスコミ)のゴマカシを打ち破る先駆となる

Posted by ななし on 21.2013 記事 0 comments 0 trackback
先日、いわゆる有閑層である主婦の方々と話す機会があったが、その中で「主婦には娯楽がない」という言葉が出た。
その意味を尋ねると「おいしいもの食べるのも、映画とかを見るのもそれなりに楽しいとも言えるけど、物足りないんです。」とのこと。
もはや娯楽=消費では充たされないようだ。

それで、始めたのが身体障害者施設でのアルバイト。
「お金がほしいわけじゃなかったけど、ボランティアにしなかったのは、“やってあげてる”みたいな傲慢さを持ちたくなかったし、必要なことをしていることを自覚したかったから」と言もあった。

彼女たちは、たとえ無料でも、どうでもいいことに時間を費やすより、必要なことのやりとりをして、必要性の証としてお金を使うことにすごく可能性を感じていた。

その一方で、テレビからの情報は「直接お金を取られないから、くだらないことやってるけどまあいいか」と流してしまう人も多い。

> 直接お金を支払わなくても良く、スイッチを入れるだけで情報が流れてくる気軽さから、認識収束した人々の殆どは、まずマスコミに吸収されていく。<

この「無料だからまあいいか」という判断は、「必要か否か」という判断軸で物事を考えられなくする。
そして答えを提示できないテレビに共認支配を許すが故に、これらの人々はますます活力衰弱していく。

視点を変えると「必要か否か」の判断軸で考えられるかが転換のカギともいえる。
なぜなら「必要か否か」で判断されると、真っ先に淘汰されるのはテレビだから。

冒頭に挙げた女性たちのように「必要か否か」の判断軸に転換した人々が、テレビ(マスコミ)のゴマカシを打ち破る先駆となるのではないだろうか。

西村秀彦
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