FC2ブログ

30台男性:人生に飽きました。→お坊さん:自分のことしかやってなけりゃ飽きますわい

Posted by ななし on 28.2020 記事 0 comments 0 trackback
生物としてはずいぶんと長生きな人間。私たちはなんでこんなに長く生きるのでしょう。ある男性とお坊さんのネットでのやり取りの中に、そんな素朴な疑問の手掛かりになりそうなものがありました。

以下引用ーーーー

投稿(男性/30台)
はじめまして、30代半ばの男です。
現在、定職にも就き恋人も友達も普通におります(結婚は考えてません)
とりわけ恵まれない環境ではないとは思いますが、人生に飽きがきました。
 うまくいえませんが「絶望」ではなく「飽き」です。年齢的に人間としてもオスとしてもピークは過ぎて一番楽しい時期は過ぎてしまいました。
 残りの人生上手に生きて、上手に老後を過ごして、上手に死ぬしかないのでしょうか。
 自分なりの分析としては。
若いとき比較的恵まれていました、恋愛や遊びを人の何倍も楽しんだし、
「やりたいこと」はありますが「やりのこしたこと」はないです。
奥さんも子供もいないので自分が護るべきものもありませんし、今後死への足かせになる結婚を積極的にしたいとは思いません。
 今は両親が健在なので、しっかり最期まで介護をしようと気持ちがありますが2人を送り出した後、本当に生きる意味を失ってしまうのではないかと思います。
 一番いい時期を過ぎてしまったなら、数十年後に死ぬのも明日死ぬのもさほど変わりないように思えてなりません。



お坊さんからの回答
ちょいと甘辛く申し上げますが、おそらく自分のことしかやってこなかったのではないでしょうか。
何をなされるにしても自分を利益し満たそうとする為にやってこられたのではないでしょうか。
勿論ご自覚はあまりなかったであろうと思います。
自利、我利、利己。
人間、生命の欲求そのまま忠実に生きようとすると、知らず知らずのうちに、無自覚ながら虚しさが沸くのです。
あなたの虚しさはあなたが人間であることの証です。吾我的な生き方を止めよというSOS信号です。我欲にまみれた生き方はどうしても非宗教的、非人間的=動物的になる。だからより高く生きようとする宗教心が必要になる。
より良い人間性の希求です。天然の菩提心と言えましょう。お釈迦様もお若い頃はお坊ちゃん、王子サマだったから恵まれ過ぎていて自分で手に入れることが何もなく虚しかったのです。
人と関わっていくにしても、どこかしら何かを失うような恐れがあるのでしょう。
ご自身の理想が先に立ってしまっている。
事実の方から学ぶ姿勢ではなく、自分の理想とたがうことで冷めているだけ。
自分が虚しい、虚しいと言っておられる、その5センチ奥の深い所に、あなたが向き合っていない恐れや不安も不満足があるのではないですか?
他人に理解されなかった自分であったり、
どことなく他人と距離を置いて付き合っている自分、
親に抑圧されている自分、
何かに傷ついた自分…、何が当てはまるかはわかりませんがご自身が一番よく知っておられると思います。仏教の布教とか利他というのは絵空事でも理想でもありません。
生き方を深めていけば遅かれ早かれ自然にそうなるのです。
相手を喜ばせる生き方、相手に喜んでいただける生き方というものがあります。
おのれを利益するのではなく、他者を利益する生き方、他者の為にお役に立てるという生き方があります。あなたの再出発はこのご質問です。
あなたの質問に共感された方がこれを読まれ誰かの「有り難し」が加算されていくことと思います。
小さな一歩ではありますが、そこから大きな方向転換ができるはずです。
経験を活かして人のお役に立つ生き方をなさってください。
より良く生きる、より良い自分になる。
そのためにも菩提心、求道心を起こして本当に満足のいく人生を見出してみてください。





匿名希望
スポンサーサイト



にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ

○ Comment

○ Post comment


  • 管理者にだけ表示を許可する

○ Trackback

trackbackURL:http://gensenkeijiban1.blog.fc2.com/tb.php/1379-f56dd3d2