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成長実感ばかりを追いかけていると、「一流」へのきっぷを手放してしまう。

Posted by ななし on 01.2018 記事 0 comments 0 trackback
まだまだ視点が自分にむかっているということ

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つい先日、「最近、成長実感がないので、転職を考えてます」という方と話をした。

話を聞くと、彼は現在の会社で4年目、社内での評価は高く、上位2割には間違いなく入っているという。


だが彼は不満をいだいていた。

「この仕事、もういいかなー、って思うんですよね。」

「そうですか?」

「最近は成長の実感もないし、数字を追いかけているだけですからね。つまんないっすよ。」

正直、彼が転職をしたい理由が、成長実感がないことに起因するのかはよくわからない。

単に上司と仲が悪いだけかもしれないし、給料が安いからかもしれない。

だが、成長実感がないことが、大きな不満につながることだけは、私の目から見ても確かだと感じる。

パーソル総合研究所の調査は「成長実感は、その会社で働き続けたい気持ちを上げる」ことを示唆する。

このレポートは、「だから、社員を会社に引き止めるには、成長実感を感じさせることが重要」と締めている。

また、特に男性は30代から40代にかけて、女性は20代から30代にかけて、成長実感を得にくくなる実態がレポートで示唆されている。

「仕事がつまらなくなってくる」「限界を感じる」「転職したくなる」のは、ちょうどこの時期なのだろう。



だがこの「成長実感」というやつは、仕事においては結構曲者だ。

成長実感ばかりを追いかけていると、「一流」へのきっぷを手放してしまうかもしれないからだ。

私にも一つの思い出がある。

新規事業の担当を外れ、ラインのマネジャーをやっていたときのことだ。

新規事業の担当だったときは、毎日が新しいことの連続で、マーケティングからセミナー開催、お客様へのサービス提供までを一貫してやらなければならなかったため、大変に忙しく、また刺激的であった。

当然、成長実感も伴っていた。

しかし、残念ながら成果は思ったほど上がらず、新規事業は閉じられ、私はラインのマネジャーに戻されることとなった。

ところがラインの仕事はすでに仕組みができあがっている。

あまり考えなくても「実直にやっていれば」成果がある程度見込めるものだった。

もちろん、会社の数字への貢献は、新規事業なんぞより、ラインの仕事のほうがはるかに大きい。

「重要な仕事である」と頭ではわかっていた。

だが、わがままな私は、この刺激のない仕事に程なく飽きてしまった。

そこである日、私は上司に

「最近、仕事がつまんないんですよね。成長している感覚もないですし。」

とボヤいた。

上司との関係は良かったので、またいつものように軽妙に切り替えしてくるだろう、そんな感じで何の気なしの発言だったと思う。

だが、上司は珍しく考え込んで、一言、発した。

「刺激中毒だな。」

「中毒?」

「刺激を受けることが、成長につながると思っている人の典型的な思考だよ。」

私は辛辣なその言葉に、何も返せなかった。



この上司の言わんとしたことは何か。

結論から言うと、「成長実感がある」と「成長している」は別なのだ。

むしろ、成長実感があるうちは、真に成長しているとは言えない、と言っても良いかもしれない。

なぜなら、「成長実感」を一番得やすいのは、初期の頃、素人に毛が生えはじめるときだからだ。

どういうことだろうか。


具体的に成長を実感するのは言うまでもなく、なにかの目標を成し遂げた、なにかが新しくできるようになった時だ。

しかし、時が経つに連れ、徐々に成長を実感することは少なくなる。新しいことは、そうそう無いし、自分のレベルも上がってきている。

要は、ある程度成長してしまうと、簡単にクリアできる目標がなくなるのだ。

「新しく目標設定すれば良いじゃないか」という方もいるかも知れない。

だが、ある程度成長した人にとって、「次の目標」というのは、真の一流への道になってしまう。

だが、そういった目標の達成に至る道は、簡単に成長実感が得られるものではない。

「超一流」のゾーンでは、「本質的におもしろくないこと」に延々と取り組みことが要求されるからだ。

例えば、ベストセラーとなったジョフ・コルヴァン著の「究極の鍛錬」にはこうある。

超一流になるための鍛錬は、不得手なものに逐一分析を加えながらしつこく取り組むことであり、「本質的に楽しいものではない」。

もちろん、誰もが「一流」を目指すわけではない。

「楽しい」で止めておき、次々と刺激を求めて転職を繰り返したり、新しいことにチャレンジしたりするのも悪くない。

だが、楽しさを原動力としての成長は、レベルの低いうちには有効だが、ハイレベルの戦いにおいては、楽しさの源泉である「成長実感」を得られるシーンはそう多くはない。

前述した私の上司は、それを直感的に知っており、

私を「何いってんだ、ここからが真の勝負だろう」と諭してくれたのだろう。


つまり、「成長実感がなくなってからが、真の上達のはじまり」と知る者だけが、一流になることができるのである。

「石の上にも三年」という言葉も、案外捨てたものではない。




長曾我部幸隆
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