スポンサーサイト

Posted by ななし on --.-- スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ

男は何を残せるか?

Posted by ななし on 22.2017 記事 0 comments 0 trackback
種の保存則からすると「男」という存在は、外圧に向かって闘って「死ぬ」存在である。個体が死ぬことで、種の変化を可能にし、その種の外圧適応の可能性を高めた。

一方、「女」は子供を産み、種を残す。

現代の男はなかなか死なないが、この事はどう影響しているのだろうか?
現代の教育パパの潮流や、長年連れだった女房よりも子供のほうがかわいい。といった、良く聞く現象は無縁ではないだろう。それは、庇護本能の延長線上に位置するモノと思われる。

振り返ると、私権時代の、例えば高度経済成長期の男は、みんな期待に答えて、それこそ死を決して危険な仕事に望む姿があったと聞く。

一方、現代の男たちはどうか?
多くは、まだ自らの保身や安定第一の男が多いのではないか?教育パパ現象も、自分や家族第一の価値観に染まっていることもまた事実だろう。


『認識収束→事実収束』が顕在化した現在、その現象の背後に潜む人類全体の期待をつかみ、あらためて、「みんな期待」を直視し、闘う(認識闘争)ことが求められている。
日々刻々と変化する外圧に応じて、戦い続けること。これこそが現代の男が残せるもの、なのではないか? 

ものや形として残るとしたら、その後ろ姿であり、このるいネットへの投稿群であり、仕事での成果であったりするかもしれないが、個人に属する形は問わない。
人類的課題に全うに向かい続けるその営為、そのもののような気がする。




佐藤賢志
スポンサーサイト
にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ

○ Comment

○ Post comment


  • 管理者にだけ表示を許可する

○ Trackback

trackbackURL:http://gensenkeijiban1.blog.fc2.com/tb.php/1267-3abde9f9
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。