スポンサーサイト

Posted by ななし on --.-- スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ

高校生の「いらいら」「疲れ」とは、必死に答えを探索し続けていることの現れでは?

Posted by ななし on 16.2017 記事 0 comments 0 trackback

「高校生の意欲に関する調査-日本・アメリカ・中国・韓国の比較ー2007年4月」(財団法人日本青少年研究所)リンクより、
>⑥偉くなりたいか
「偉くなりたいと思う」(「強くそう思う」)
 ⇒日本8.0%、米国22.3%、中国34.4%、韓国22.9%
>⑧心情
「よくいらいらしている」日本28.0%、米国18.4%、中国17.8%、韓国13.2%
「よく疲れていると思う」日本50.0%、米国38.2%、中国31.8%、韓国37.0%
<(以上引用)

他国との比較においても、日本の高校生はほとんどが「偉くなりたい」とは思っていないようです。また一方、心情的には大半が「いらいら」や「疲れ」を感じていることが伺えます。この「いらいら」、「疲れ」はどこから来るのでしょうか?

>「焦るのは、廻りを見ても何も見えない」からなのだ<(150778)

捨象しきれない焦り→答え探索→答えは見つからない(収束不全)→焦り→・・・→(繰り返しの結果)「いらいら」「疲れ」・・・

「答え」が見つからない限り、このループを際限なく繰り返し続けるしかありません。その結果、「いらいら」、「疲れ」は蓄積されていくばかりです。
まさに彼らの「いらいら」「疲れ」とは、彼らが必死に答え探索を続けている(でも答えは見つからない)ことを現しているのだと思います。

>もはや、『事実収束』の流れは間違いなく顕在化している。後は、いかに現実の役に立つ新認識(答え)を創って、そこへ収束させることができるかどうかにかかっている。<(150778)



浅見昌良
スポンサーサイト
にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ

○ Comment

○ Post comment


  • 管理者にだけ表示を許可する

○ Trackback

trackbackURL:http://gensenkeijiban1.blog.fc2.com/tb.php/1260-48d658e6
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。