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1970年代を改めて確認する

Posted by ななし on 10.2017 記事 1 comments 0 trackback
1970年代という時代が「貧困が消滅した時代」というのは、

・日本の個人貯蓄率の増加や国債残高の増加が1970年代を端に始まっている点(31313)

・当時の生活意識を示す流行CM「モーレツからビューティフルへ(富士ゼロックス1970年)」や「金曜日には、花買って、パン買って、ワインを買って帰りまぁす」(サントリー1972年)など、生活に対してゆとりが出始めている点(リンクザ・20世紀)

から確認することができましたが、


■同時に1970年代が「農村から都市への人口流入が終了した時期」であるという点も見逃せないと思います。
(リンク未来経済研究所)

1950~60年代の高度経済成長期が①機械制工場による大量生産と②農村から集団就職した安い賃金労働者、によって支えられて年率10%近い驚異的成長を記録したのに対して(労働者はまだ貧乏)、

1970年代は、農村からの安い労働者は流入せず、以前から移り住んでいた労働者の賃金が上昇した、つまり大多数の人の生活が豊かになった時代と言えるからです。

そして、この農村から都市に移り住んだ世代が都市近郊のニュータウンに住み、急速な核家族化と共にお互いにコミュニティを築けずに、密室の家庭空間をつくり、そして現在の様々な問題を引き起こしている原因を作ってしまったことを考えると(44864)(64087)、

1970年代という時代が非常に大きな転換期であったことを改めて指摘できると思います。



安藤広海
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○ Comment

[この国文化は経済に都市に貨幣に米国に末端科学etcにすぐ疑似一神教化するな。細部の神これ全てになっている画一一神教の国]
やはり部分全体主義から全体全体主義の新哲学の必要。そのコピーが個人主義だったからイメージ的に流されたのか。当時は文明転換までを考えたらしいというのなら。一体どこに行ったのか船は。
何となくのエゴ時代がある限り、共同体は困難に思える。個人主義憲法レジームである。創意工夫あっての共同体と言うべき。宗教が軸になるしかないのか例の団体のように。哲学とすればもっと抵抗は少ない。そして共同体。この言葉に引く人は多い。「社会はなかった」こう言えばいい類ブログも敷衍すれば。Marx派も唸らせたコンセプト。あるいは「社会的発明」の方が掴みやすい。
[敢えてずらす。戦後直後の経済一色の部分全体主義を超越全体全体主義に転換してれば大作業の手間が少なかっただろう]
唯物側面は置いて敢えてずらして。まるで戦後憲法前文。派手だが美しくない。個人主義に過剰転換。安倍の言う白々しい憲法前文のような。あるいは形成の憲法前文でない。
転換か。大義に殉じる思想をやめての平和憲法に似る。全体そのものの転換をすべきだった。ある種の戦前的な合理的な部分全体主義を全体全体主義に近代超越に転換こそ必要だった。戦前の課題が未完の国である。類が言う複雑なややこしい大作業ももっと楽だっただろう。
そも。ビューテフルヘの→直線史観が個人主義が美しくない。エゴ丸出し。要するにエゴ時代は変わらず。同じだろ個人主義近代主義。流行りらせ用語は。大いなる大義は消えて利己的な経済商業。社会発明よりもミニチュアsf偏重の土壌。回転の部分主義。
個人主義の守旧ある限り根本転換は無理だろうAdmSmith時代である。同じ。唯物史観より言葉思想原理。エゴ時代の既視感の風景がやたら目立つなあ確かに転換の面。政治抽象から経済具体にとも言われる。真の左翼が貴重指摘はズバリ本質。
背景に旧価値観の私権利主義がある守旧の風景ということか。共同体とか超越の大いなることを考えさせない専門化細部の神の思考効果もあるだろな。融合がない。根深い問題。



2017.01.15 09:19 | URL | Light #JyN/eAqk [edit]

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