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期待さえ忌避してしまうのはなぜか

Posted by ななし on 09.2017 記事 0 comments 0 trackback
新入社員や受験シーズンが近づくと、特に若者のそれも男の子(こういう表現しか使えないのも嘆かわしいが)のひ弱さが目に付いてしまう。
なぜなんだろう。

>だが、反集団の性的自我を原動力とする性市場→商品市場が社会の隅々まで覆い尽くし、全ての集団が解体されて終った結果、人々は文字通り私権さえ確保すれば生存が保障される様になり、己の私権に関わること以外は、己の属する集団のことも社会のことも何も考えなくなって終った。<実現論3_1_04

これは密室化してしまった現代の家庭内で特に顕著に現れているのではないだろうか。

つまり、若者=男の子が女原理=母親に完璧に囲い込まれてしまって、闘争を忌避することを刷り込まれてしまう。それどころか、

>関係耐力が衰弱し、自我を恐れる結果、相手に期待をかける(否定し正すことも含む)ということも出来なくなっているような気がします。また、期待をかけるだけの、共通課題や目標もほとんど見つからないんだと思います。<147183

だから困難課題(たとえば、受験、就職、会社での仕事)にまともに向き合えない。期待をかけようにも、その期待さえ忌避しようという行動に出てしまう。

>このような若者を過保護空間から引っ張り出すには、守りの自己中の過保護空間を強制的に叩き潰してしまうしかないのか?<147183

全くその通りであり、そのためには本源集団を再生するしかないのではないか。




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