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長い長い反省文を書いているのに、なぜ「変わらない」のか?

Posted by ななし on 05.2017 記事 0 comments 0 trackback
自己反省文を長々と書く人間に限って、書いても書いても「変わらない」。同じような失敗を繰り返す。

彼らは長い反省文を書き連ね、攻撃姿勢を示すが、「誰が誰を攻撃(嫌悪)しているのか?」というと、「自分が自分を攻撃(嫌悪)している」のである。

ここで、「失敗してしまった自分」と「反省文を書いている自分」の二者が登場していることになる。「反省文を書いている自分」が「(過去)失敗してしまった自分」を嫌悪し、攻撃している。

この「反省文を書いている自分」は、その反省文の意図から行って、「今後は失敗しない」「失敗するはずがない」ことを前提に書かれている。
そして(上記から導かれる結論は)、「失敗してしまった自分」とは、「そんなつもりは無かった」し、「どうかしていた」と認識されている。

後者の「失敗してしまった自分」は「現実の自分」であり、
前者の「反省文を書いている自分」は「理想の自分」。

この「理想の自分」は与えられ続けてきた規範に強力に裏付けられているため、反省文も一見「まともに反省している」ように見える。
しかし当人の意識の内に、「理想の自分」が「現実の自分」を攻撃する構造がある限り、容易に変わることができない。「現実の自分」がいくら失敗を重ねても「理想の自分」には、ほとんど影響がないからだ。

長い反省文も、「理想の自分」を肥大化させる方向にしか働かず、逆にその乖離をひどくすることになってしまう。



小暮 勇午
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