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教育熱心な父親たち

Posted by ななし on 17.2016 記事 0 comments 0 trackback
先日、塾の進学説明会を開催したが、最初に来られた保護者が父親、次も父親、その次も・・・数的にはまだまだ母親中心ではあるが、塾選びにしろ、学校選びにしろ、直接的あるいは間接的に父親の姿がしばしば登場するようになった。

雑誌に最近の父親の教育熱心ぶりは「父権の復活」(11357)と書かれていたようだが、私権圧力を背負ったかつての絶対的な「家長」とは違う、のは言うまでもない。が、つい10年前までに見られた実績に偏執的な「教育パパ」とは少し変わってきているように感じる。

>私権の終焉から、父親たちが私権課題に向かえなくなり、新たな目先収束として「子育て・受験」に向かっているのでは?と思えるのですが・・・・・・・。<(111560)

東京・大阪でのアンケート調査では「お受験」させたい父親は20%(母親16%)(東京>大阪)という数字が新聞紙上で先日発表されていた。都会ほど私権崩壊の落差が大きく私権獲得のうまみもなくなり、活力不全の父親たちが最後の私権の砦たる家庭の共通課題である「子育て」に目先収束している結果であるという視点は大きくは正しいだろう。

が、それだけではないように思う。母親の後ろに見え隠れする、あるいは直接懇談した最近の「教育熱心な父親たち」は、ほとんどが生産現場でバリバリに働いている男たちである。自ら工場を経営し夜遅くまで仕事をしている父親、都市計画に携わって全国を飛び回っている父親・・・自分で教えられたら教えたいと思っている父親もしばしば見られる。

話をしていて共通に感じるのは、「国立大学に行くための○○高校を目指しているのでよろしく」というのが主要論点ではなく、「子どもが塾に来てどのように成績があがるのか、どのように成果をだせるのか示してほしい」「子どもが自分で勉強するようになるにはどのように指導するのか教えてほしい」、実があるかどうかが塾に問われる。実がなければ「もったいない」。

私権崩壊とは教育幻想の崩壊。かつては希望校合格が幻想教育の「答え」であった。しかし、そんなものは何の答えにもならない。が、それでも「○○中学は・・・」「○○高校は・・・」と子育ての強迫観念に縛られ、あるいは子どもの評価を自我充足に直結させた母親たちは、表層的な塾選び学校選びに走ってきた。
しかし、現実に優秀な学校に入っても自己中の子どもたちが事件を引き起こす、淘汰圧力のかかる会社に入ってもすぐ引きこもる・・・

このままではどうしようもない、母親や子どもに任せていてもどうしようもない、と現実の壁を前にして「実のある教育」を探索し始めた、それが現在の「教育熱心な父親」ではないのか。
もし、そうであるなら「答え」を提示できれば良い。外圧適応の教育機関としての実のある「場」を構築できれば良い。「教育パパ」が情けないというよりも、私は新しい教育(市場)の可能性がさらに広がっていると思う。




吉国幹雄
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