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『生きる=対象同一性の獲得⇒充足キャパの広がり』

Posted by ななし on 03.2016 記事 0 comments 0 trackback
半年程前、この方程式に気付いてから、毎日このことを考えながら過ごしています。

対象があってこそ初めて自分の存在価値が生まれる。「生かされている」という感覚です。
もっと言うと「生きる」とは「充足できるキャパ(許容量)を拡げること」であると思います。

私は幼い頃から『母の存在こそが世界の全て』と疑いも無く思っていた。(疑うことがあっても捨象していた)すべての価値判断軸は母にあり、母を喜ばせること=自分の生きる意味だと信じていた。母の望む習い事をし、母の好む服を着て、母の好きな物を好きだと言えないのは嫌だった。例えばお菓子を作っても、母が食べて喜んでもらわなくては充足できなかった。(勝手に姉が食べてしまい泣いて怒ったこともありました(^^;))
つまりその頃(といっても一年前)は『充足キャパ』は母と自分のみで構成されていた。

なんで屋と知り合って1年4ヶ月。私にとってこの16ヶ月が人生の大転換期であったようです。

ここ一年で驚くほど視野が拡がり、『○○に喜んでほしい』と対象を一点に絞ることをしなくなりました。
母さえ喜んでくれれば・・・と思っていたお菓子作りは、今は『欲しがる人にあげる⇒喜んでもらう⇒嬉しい』と非常にシンプルになりました。

そうして過ごす日々でフト気付いたのは『充足キャパの広がり』。

一年前までは『母を充たす=自分を充たす』と、充足する許容量を母と自分だけの2人に限定して、それだけが100%なのだと信じて、一生懸命そこだけを埋め続けていたのですが、実際にはそんなのは全体の数%でしかありませんでした。

その充足キャパの残りの90数%(つまり母と自分以外の部分)はというと、友達、露店仲間、職場の人間・・・と沢山の人で構成されています。
そこが充たされれば、同時に自分が充たされることに繋がる。そして対象が広がれば、それだけキャパは大きく成長していく。

この4月から社会人となり、世界が広がったことでその充足キャパの無限性を感じました。私は歯科技工所(入れ歯や銀歯を作る場所)で働いているのですが、出来あがった技工物によって、患者さんだけではなくその患者さんの笑顔を見た歯科医や、本人の家族・友人も充たされる。

私が充たすことで、充たされてくれる。
また、相手が充たされてくれたことで、充たされる。

そう思うと対象化できない人なんていないんですね(*^ー^*)

対象を広げた分だけキャパが広がるのであれば、やったことの無い仕事や「自分にはムリ!」と思えた仕事でも『これができるようになったら、その先でどれだけの人が喜んでくれる?』と考えれば、活力に繋がりますし、自分の可能性の広がりにも直結していきます。
それに、こう考えるようになってから日々が感トレのようでとても心地良い♪

昔から「生きるって何だ?」と考えつづけ、17歳の時には「人生ってのは日々を消費するだけのモノだ」とすら思っていた人間でした。

毎日色々あるけど、今は日々、充たされています。

充たされてくれるみんな。
充たしてくれるみんな。
みんなみんなありがとう。感謝。↓(_ _*




島田早季
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