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『私的生活』から『類的生活』へ

Posted by ななし on 20.2016 記事 0 comments 0 trackback
 最近、仕事の成果を規定するのは、消費者やクライアントの劣化判断に対して、正面からそれを指摘し、根底的な課題を逆に提起できるか否かにかかっているのではないかと感じています。特にコンサルタントや教育研修などの意識生産では、特にその点が決定的になってきました。

 一般的に、客先側の担当者たちは会社の既定方針(or上司からの命令)に準じながらも、まずは保身を最優先にますます保守的なスタンスを固め、目先課題の『答え』ばかりを私たちに期待しがちです。その指示(=与件)だけを前提に仕事を進めようものなら、成果不良に陥るだけではなく、相当な確率でトラブルになってしまいます。

 これらの現象はこの2~3年で急に顕著になってきたのですが、仕事場面でも社会不全・収束不全を背景にした未明課題が大半を占めてきた反面、それに逆行するかたちで関係者たちの目先収束も進行し、妙に細かいことばかりに拘るケースや、その問題の立て方や検討手順では絶対に解決に至らないようなケースに頻繁に遭遇するようになってきました。このような目先化した路線に迎合しようものなら、お互いに混迷と疲弊の度を増すばかりですが、仕事を受ける側にも、誰が見ても一目瞭然と言えるほどの実力差が顕在化してきました。

 できるタイプの共通項は、私的不全発から社会不全発の課題意識に軸足が転換していること、だから観念(≒新理論)の必要性や可能性を実感していることなどが107354などで既に明らかにされていますが、意外に重要なのが、対面場面は私的共認や劣化判断のオンパレードになることを深く自覚し、どんな場面でも事実の追求と発信を厭わない、さらに、自分の専門や実績や肩書きに縛られることなく、とりわけ仕事以外の場(ex私生活や家庭or勝手な観念世界)に都合のいい逃げ道を用意していないことも挙げられると思います。

 要するに、所属するカタワ集団やタコツボ集団ごとに時間や活動を線引きしたがる序列時代固有の旧い意識から脱却して、社会変革でも仕事でも(場合によっては私的時間でも)すべての活動が繋がっているという新しい感覚を掴んでいる人ほど、発注者・受託者という立場を超えて、仕事ができる(=周りの期待に応えることができる)ということが鮮明になってきました。時代は間違いなく『社会』という‘24時間365日’の時空間(=類的生活)を顕現させ始めています。この事態は、仕事成果とほぼ比例して、私的生活派(=目先派or守旧派)と類的生活派(=根底派or実現派)という二極化が急速に進行中であることを意味しているようです。あるいは、私的生活とは、本源的な類的生活や活動をカタワ集団ごとに分断させただけの劣化の産物と総括できるかもしれません。



土山惣一郎
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