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答えがないからではなく、答えを出そうとしてないから。

Posted by ななし on 18.2016 記事 0 comments 0 trackback
現在、場は私権原理から共認原理へと大転換したものの、旧い私権制度が残存し、旧い私権主体も残存しているという二重にズレた状態。

このような状況においては仕事場面においても様々な問題が発生する。
 どうしていいか分からないから部下や周りに押付け⇒管理放置
 うまくいかないから上司や周りを否定視⇒不可能視
 答えがないから不可能視⇒期待封鎖
マイナスが連鎖するばかりで疲弊し、活力衰弱してしまう。

>そこでの供給期待は、闘争に勝つ(=社会的な共認形成や評価が得られる)ための対象情報(分析)や方針などの“答え”の供給期待に収斂していく。そして、“答え”への期待が高まれば高まるほどそれは、“答えを出してくれそうな人”への収束を生むことになる。(101286)

共認原理に転換したことは、すなわち私権原理における考え方ややり方が一切通用しないということである。組織統合も人材育成も成果管理も現業運営も、全ては共認原理に即した手法に塗り替えていかなければならないということ。もちろん個々人の頭の中身も同様である。

しかし皆、どうしていいか分からない。
だから、答えを出してくれそうな人に収束する。これは必然であろう。
問題は、にもかかわらず、いつまでも答えが出せないからではないか。
答えが出せないから、課題が劣化、目先に収束、序列原理に固執、、、

しかし、
上記のように課題はいろんな位相にいくらでもある。
これら全てに一度に答えを出せる人などそうそういるものではない。
にもかかわらず答えが無いから、、、と言うのでは単なるぶら下がりの傍観者ではないか。

問題は答えがないからではなく、答え出そうとしていないからではないか。要するに自分のことばっかり考えて、みんな課題として闘っていないからである。

序列原理から共認原理へ移行するには、「自分発からみんな発」への意味を噛み締め、問いかけながら、目前の課題に深く同化し追求していくことから始まるのだと思う。




衛藤信義
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