「自分で考える」って、本当?

Posted by ななし on 14.2016 記事 0 comments 0 trackback
「自分の考えとは違うがいいたい事はわかる」「自分の考えをしっかり持たないと」「自分の考えがまとまらない」・・・露店では良く聞く言葉です。

ああだこうだ考えている意識は自分でしか自覚できないし、他人には読み取れない。だから考えているのは自分であり、その意識(=考えている中身)は自分の考えである。というのは至極最もなようですが、言い換えればこれは“自問自答”です。

人がなぜ観念機能を獲得し言葉を操るようになったのか?については実現論(実現論1_6_02)に詳しくありますが、思考の原点は現実(外圧)を対象化し、その背後にある意味、構造、法則を掴みとり、現実の課題や問題に答えを出してゆくことにあります。つまり徹頭徹尾対象(外)に向かった意識です。状況認識、分析、構造化、判断、方針、実践・・・思考は常に外向きなのです。

思考は常に対象(職場や学校の現実課題)を捉えた意識のもとでおこなわれます。ですからそれは“自分で考える”のではなく“対象を捉える”ことから始まり“答えを出す”までの過程であって、対象に向かって思考するといった方がしっくりします。そんなとき“自分”という意識はそれを阻害する邪魔にしかならないのではないでしょうか。

と考えると、“自分の考え”というのは対象を見失った単なる“自問自答”であって、現実の課題に対する答えを出せないまま悶々と悩みつづける根本原因なのだといえるでしょう。“自分で考える”ことをやめ、“対象(みんなの意識や課題)を捉え、それに応えでゆくことに意識を収斂させる”ことが何よりも大切であり、悩みからの唯一の脱却方法なのではないでしょうか。4


阿部和雄
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