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現代の精神障害を同化障害として捉えなおす

Posted by ななし on 19.2016 記事 0 comments 0 trackback
統合失調症.うつ病.ボーダーラインパーソナリティ.解離性障害・・・等、たくさんの精神障害分類がある。これらの多くは、私権統合がしっかりしていた時代に、多くの正常といわれた(私権社会に順応した)人々と一線を画する、異常者とて判断された人々につけられた病名である。そして彼らには、正確にとは言わないまでも、そのどこかに分類できる特徴と、健常といわれる人々との間に、ある程度明瞭な境界があった。

そして現在、’90頃からう『うつ病』に代表される精神疾患が急増している。この精神疾患と過去のそれとに違いは、数の増加だけではない。過去の分類に当てはめようとしても、『何事も悲観的に考えてしまい、元気が出てこない』という、うつ気分という共通項の上に、過去の分類に当てはまりそうな、病状の断片がいくつも薄く出てくる、というものである。よって、これらの診断は極めて曖昧にしかならず、多くはうつ病と診断されているようだ。

もう一つは、医者にかかった数値だけが表に出ているということである。実際には、過去割と明瞭だった、私権社会への不適応という境界は極めてあいまいになり、一見健常に見える人でも、実はそのような症状で苦しんでいる人もたくさん居るということである。正常か異常かという問い自体が、余り意味を成さなくなっているのである。

こなると、多数の健常者(適応者)と少数の異常者(不適応者)、という図式自体を見直して考える必要がある。大きく捉えると、正常と判断するための、社会共認自体が崩壊し、どう行動すればよいのかわからないという状況だろう。だが、それでも現実には、生きていく必要があり、行動判断を行う必要がある。そして、確信を持てぬまま、なにか判断のよりどころを探して行動しているという状況ではないか?

では彼らは、何をよりどころに行動しているのか?ここで、あるうつの特徴的な事例を見てみると、たとえば、他人からは立派な職業、明るい性格と見られているひとでも、こころの内面は、極端に自信が無く、ひどく疲れる。そして、主観的には周りに合わせたいという思いはあり、そのように行動するのだがまったく充足していない。そのため、他者がいなくなると、立ち上がることすら出来なくなる。

そのように、一見まわりの期待に応えようとしているが、実は自分の内面に恐ろしくこだわっている。そして、こころにぽっかり穴があいているということを感じて、なんとか埋めたいと思っている。その反面、社会や他の人の苦しみは、意外なほど感じ取ることが出来ない。つまり、相手と同化する能力が極めて低いため、相手の苦しみが解らない状況にある。

これらのことを総合すると、一見期待応望のように見える判断行動も、実は共認回路はまともに働いていない。しかし、形式的には期待応望の行動と同じ行動をとっている。それは、親から、世間から教え込まれた、規範観念をよりどころに、実感の無いまま、行動しているのだろう。それ故、本来ならあるはずの応望充足が得られず、行動すればするほどエネルギーが切れて、うつ状態に陥るのではないか?

これは、同化障害とも呼べる現象で、共認回路の異常と考えられる。そして、最大の問題は、このような傾向が、程度の差はあれ、かなりの比率で登場し始めたということだ。こうなると、精神障害を、特殊な人々の個人的な問題として捉える、従来の療法は殆ど無効になる。もっと大きな社会問題として、これらの問題を捉える必要がある。

だから、人間や社会を対象化した構造認識を駆使した、共認心理学が、今求められているのだ。



本田真吾
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