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「テレビ」の衰退が現実の確かさを教えてくれた

Posted by ななし on 08.2013 記事 0 comments 0 trackback
学生のころ、一日中テレビを見てすごすことがよくありました。よくよくそのことを考えてみると面白くない現実から逃げ、夢や妄想にふけっていたのではないかと思います。実現不可能は夢ばかり見て、身近な現実に素直に向き合おうとはしていなかった。というのはテレビから流れてくる情報がすべて正しいものと完全に思い込んでいたことが一番の理由です。

しかし、最近では殆どテレビを見ることはありません。一応部屋にはありますが、テレビそのものに必要性は感じなくなってきました。それはこれまで正しいと思っていた「テレビ(マスコミ)」が自らその嘘をばら撒くようになってきたからです。というより人々にそれを見抜かれてしまったのかもしれません。
テレビが嘘だときずいた時にはもうすでに潜在思念レベルでは全く興味を持たなくなってしまいました。

>潜在思念のベクトルが「共認不全」から「社会不全」に転換し、それが顕在化し始めたこと。そして「答え欠乏が」顕在化し始めたこと。(そして、勿論その答はテレビには無いという事を皆、とっくに気付いていること。)(47244)

皆、答を求めていること。そしてその答は現実にしかありえないということ。このことが明白に分かってきたのはるいネットをやり始めてからですが、もうそれ以降ますますテレビに可能性を感じなくなってきたのは確かです。

>こんな私と同じように、人々は今、虚論を展開させる現実離れしたテレビに興味がなくなってきているのではないだろうか。(48535)

>現実の人との会話、人と一緒にすることが今ではもっとも楽しめる。自分が当事者になって、一生懸命に、認識を紡ぎだすことは疲れはするけれども、テレビなどでのんびり、ゆったりと他人を眺めるよりもずっと充実感、満足感がある。(47957)

テレビをみて壮大な夢を思い描き、その答えを見つけようとする。でもすぐに挫折する。それは当然で、現実が見えていないから。結局、答えは人との会話の中にあるということに気付くようになる。そうなると認識を紡ぎだすこと自体に充足する。現実に素直に目を向けること、それ自体が今とても楽しい。

テレビの衰退が我々に現実の確かさを教えてくれたよう気がします。

渡邊真也
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