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「多様化するニーズ」に対応してても可能性はない

Posted by ななし on 17.2016 記事 1 comments 0 trackback
なぜこの閉塞した世の中で、需要が多様化する(ように思える)のか?
それは、答えがない→収束不全ゆえの目先収束だから。目先ゆえに、どんどん移り変わり、個別化・多様化していく。

なんかヒマだから、とりあえず音楽・ゲームでもしとこうか…。
なんかさみしいから、とりあえず携帯・ネットで繋がってみようか…。
どうしていいかわからないから、とりあえずウチの子個別指導に任せてみようか…。

とりあえず収束してみたはずが、やっぱり不安だからどんどん目先の対象に収束していき、個別化していく。「もっとちゃんとウチの子見て下さい。」その「ちゃんと」の中身がなんなのか、わからないままの要求。単なる消費者である限り不安は解消せず、どんどん要求はエスカレートしていく。果たしてただひたすらそれに応えていくことだけが、供給側に残された可能性なのか?

>しかし、需要という視点でいくら分析を重ねても、市場の突破口は見えてこない。なぜならば、類的需要は極めて普遍的に潜在している欠乏であるけれども、同時にそれは答えの供給なくして決して顕在化することはないからである。(79426 山澤貴志さん)

類的需要は普遍的に存在しているのだが、答えがない限り、顕在化してくるのは不安ゆえの目先収束という表層の需要でしかない。

>逆に「答え」が与えられれば、つまり潜在需要に合致した認識生産(あるいは類的供給)がもたらされれば、人々は一気に答え欠乏を顕在化させ「なんで?なんで?」と答え欠乏を募らせていくし、活力再生の突破口を得ることで、自ら供給者になろうとしていく。(79426)

人々は答え欠乏を一気に顕在化させてゆくであろうが、市場経済システムという制度は、一気には変わらない。「需要者」=「供給者」であるという構造は、今までの経済システムの中ではありえなかったからだ。
「需要発から供給発へ」。この認識は現実を切り開くためにあるのであって「錦の御旗」=お題目ではない。現在の経済システムの中で、どうやって新しい可能性を実現させてゆくか?旧い枠組みには可能性がないとしても、一気に捨て去るわけには行かない。混迷する現実を見極めながら、確実に実現していく認識力と強い意志が必要となるだろう。

新認識を得て、活力を充実させた男の人たちにそれを期待したいと思う。




藤岡聖子
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○ Comment

[or具体的表現である類のみんな論は果たして新認識か。そんなに単純か。その限界見えたら超新認識となるのかな超日本]
[錦の御旗でもないのに何かをネガテブ批判したいのか。役割蔑視社会は狭さを生む。思えば光旗すらもなしでは何も見えない光のない洞窟多神教の目先認識の驕り状態である近代現代は。超越に照らされない。文明とならない。一歩先がないけん引がない。それが現在の旧来世界パラダイム。目標が見えにくい事実]
今週多忙で時間上前後重複アットランダムで。
「アクセルブレーキの分裂原理は反統合反融合。日本的なコロコロ転換の生産消費の分裂構造」と書いたっけかな。
とっくに既に供給発の押しつけ企業風景の辟易。疑念は思い当たる。目下もしその答え内容がまずければつまり多少とも狭ければどうなる大丈夫か。企業の思想で率先?。何か実利的現実的な危うさも見る。
少々傲慢驕りを見る筆致である。驕った所からは新社会は出ないであろう。像は投げられている。心本主義である超人類社会である。この瞬間を繋いでいくトータル賞の挑戦は燃えるような充実感あしたのJoe流。龍馬風に古風慶喜公をも全体主義も継承すべきである。新反では器が狭い。
しかし新認識を得る。つまり類から?答えを「与えられる」ということなのかそれは。自分達だけが真実を知っているは傲慢ではないか。その瞬間に何か隙がある。(外知でつまり事実現実主義で真の活力か)。「類が一番新しい」それじゃ驕り。
言わば共球主義でない印象。原点の対岸からの対等チェック超越がない。それでは単一原理の非力で流される近代それこそ。常なる調整認識を欠く。他人にも押しつけとなる内外分裂の持続で旧態。融合なし。日本流の君民共治に反する。これが答えだとそれが出来るのはよほどの超大義である。万民得心までではない類理論である中で(どうやらそのことのようなので)段階だ残念だが。ちと分かりにくいしな充実感までは出ない。文明的に見えないようでは答じゃない旗じゃない。その実践旗も正直、イマイチ光らないと見える。光らない以上は新文明までではない。
更に答えを出してトップダウンでは要は旧来左翼的。そこまで絶対でもない理論目的を押し付け主義で調整調和がない。
答の謙虚さオープンさがあるかここに。再度。どうしても類の限界を問題点やはり見る以上は探求を先に延ばして一歩先を行く未来楽で行く所存。
しかし「となるだろう」と偉そうに言って後は男限定に注文パタンか?。女に偉そうに言う資格はない。注文要求主義では白ける燃えないそれこそ燃えてる充実が半減である。それぞれ得意分野を伸ばして片手落ちでなく総力挙げて新社会国家を実現すべきである。
字数で以上中身は略。ゆえ看板だけではない。(しかしArtlist的雲描きも大事と言われる。旧来思考で馬鹿にしてはいけない。先ずは投げる。中身は後からついてくる事実そうだ。それが俺流。何も知らぬで言うべきでない)。
文の意図が見えにくかったので敢えてずらしてSimpleに。時間字数上で略。



2016.07.24 09:24 | URL | 樹下夢∞ジュゲムゲン #JyN/eAqk [edit]

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