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代々木忠の「自分とつながるための方法論」

Posted by ななし on 12.2016 記事 0 comments 0 trackback

>乳幼児期の母親との親和充足(笑顔の交信やスキンシップによる安心感)が人格形成上決定的に重要であるにもかかわらず、スキンシップが充分できていない場合、子供は親和不全(怯えに近い不安)に陥る。しかし、赤ん坊にとって母親は絶対存在であるため、親和が得られないのは「自分が悪い」からだと自己攻撃し、己の欲望や期待を封鎖して、母親から与えられる規範観念(「ああしなさい、こうしなさい」「それしちゃダメ」etc)にひたすら収束する。己の欲望や期待を封鎖してしまった子供は、当然性欲も封鎖していく。そして、ひたすら観念に収束することによって、体が求めるものを頭(観念)で押さえ込んでいく。そして頭と体の断絶状態になってしまう。76010

つまり、乳幼児期の親和欠損から、母親へ過剰に同化収束するが、評価されない場合、期待に応えられないのは「自分が悪いからだ」とダメ観念(自己攻撃)に収束する。それで、いつも自信がない。かつ、自分の期待(欠乏)も封鎖してしまう。大半の人、特に若者は、このような心理状況にあると思います。

76604で挙げられている「まず頭が心、体に謝罪。抑圧してたのにも関わらず、がんばってくれた、心、体に感謝」は、この自己攻撃や期待封鎖から、共認回路や本能回路を解放するための方法だと思います。AV監督の代々木忠も、『オープンハート』の中で「自分とつながるための方法論」として、瞑想をあげています。自分の心と体に感謝する、具体的な方法論の参考に、引用します。

>瞑想ですることといえば、(太鼓のリズムのような)最初に音楽を聞き(慣れてくれば、これも必要ない)、首を回し、深い呼吸をして、心に浮かんでくることを自分で確かめ、自分に感謝する。そのあとに、光のシャワーをイメージし、再び深い呼吸をして、最後に10数えてから目をあける。ただそれだけのことだ。

>私たちはふだん自分を理性的に保つために、浅くて不規則な呼吸をしている。だが、ここで行う深くてゆっくりとした呼吸は、毛細血管を開き、血行をよくする。この呼吸があなたをトランス状態(軽い睡眠状態)に導いてくれるだろう。

>「瞑想においては雑念をはらえ」という言葉をよく耳にする。だが、雑念をはらおうとすれば、いつまでも雑念とつきあうはめになる。だから呼吸によって心が落ち着いてきたら、「あえて雑念とたわむれよう」と私は言いたい。雑念を否定し振りはらうのではなく、雑念と積極的に遊んでみるのである。

>そもそも雑念とは何だろうか。なぜ心が落ち着いてくると、雑念が現れてくるのだろう。雑念とは、過去においてまだ解決していない、あなたの思いなのではないだろうか。この意識するとしないとにかかわらず、解決されていない思いがたくさん残っていればいるほど、人からいくら励まされようとも、あなたは自分に自信を持つことがむずかしくなってくる。

>たとえば、(きょう、会社でこんなことがあったな。屈辱感を味わったな。あんなことを言った部長にさえ、俺は媚を売っちゃったんだな)という思いが浮かぶかもしれない。そうしたら、なぜあなたがイヤな部長にさえ媚を売らなければならなかったのかをよく考えてみる。人はだれでも嫌いな人間に媚など売りたいわけがない。そこにはそうしなければならなかった状況があったはずである。だったら、自己嫌悪するのではなく、その時にそれしか取るべき道のなかった自分を認め、自分なりに精一杯やったあなた自身を許してあげよう。

>あるいは、もっと昔の出来事を思い出す人もいるだろう。(そういえば子供の頃、こんなつらいことがあったな。でも、だれにもそれが言えなくて、今でも俺は心のどこかでまだそれを引きずっているよな。よく考えてみると、あの時のあいつをまだ恨んでいるんだな)などと思えてきたとしよう。しかし、そんなつらいめに遭いながら、あなたは一人でここまでがんばってきたのである。過去の幼いあなたに(よくがんばった。君はすごいよ)とほめてあげてほしい。

>そして、どんな場合でも必ず最後に、一生懸命やったあなた自身に(ありがとう)という感謝の思いを送ってほしい。実はこれが自分との対話においては最も大切なことである。





冨田彰男
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