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みんな(自分)の「生」のために、みんな(自分)の「死」はある。

Posted by ななし on 07.2016 記事 1 comments 0 trackback
>全ての生命(オスメスに分化した生物)は、必ず死を迎える。それは、生物史的に見て「種の存続・進化」のために他ならない。個体が何年も何百年も生き延びるのではなく、個体が滅んで世代を重ねることによって、生物は進化してきた。つまり「種=全体」こそが原点なのであり、この認識無くして、命の重さなど教育できるはずがない。
(73921)

>受精にしても数千万の精子(命の粒)が生まれ、たった1匹だけ生き残って受精し、他はすべて死ぬということ、その死によって生が支えられるという事実にも触れない。そんな「死」を知らずして、「お母さんのおなかの中にどのくらいいましたか?」という教育では「自分さえよければいい」といった自我教育ではないか、といわれても仕方がないだろう。(74178)

 私達がここにいるのはたくさんの受精できず死んでいった命の上にある。どこかで必ず聞くような保健や理科の授業です。でも私が子供の頃そこから聞いた話は、「だから君達はそんな中から選ばれた素晴らしい能力を持った命なんだ」ということでした。
 伝える内容は同じなのかもしれませんが、「君達の命はたくさんの死の上になりたっている。それは受精の時だけに限らず、今までの生物の歴史の中でも同じ。表しきれない命が次の命を生み出し、次の命のために死んでいっている。そうした中に君達の命はある。だから無意味に自分勝手に死んだり殺したりしてはならない。『死ぬこと』には生物の種の保存の中で大きな意味があるんだ。」と伝えるだけで大きく捉え方が変わってくるもんだなぁと感じました。

 みんなの「死」の上に自分の「生」はある。みんなの「生」のために自分の「死」はある。命という視点から見た、みんな=自分。私達は個人で生きているわけではない。みんなの中で生きている。機会を作ってみんなに伝えていきたいなぁと思いました。




Amethyst
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○ Comment

[宇宙空母ギャラクテカのように母星を目指す宇宙船集団の旅苦労の長い物語と♂性の底力ゴーテック北極星信仰への敬意教育忘れず。科学では一面限界]
歴史教育物語教育の欠如の現代とも思えた。具体教育では男性が犠牲性に強要される。
確かに現代では片手落ち。太古は単に男は夫はついでにいるだけだと信じ込まれてた。何と男性限定への暴力含む○○プのみが村の儀式と言う母権社会の化石でも男性は夫は生命に関わらない存在と信じ込んでると言う。当然に劣位に見下す存在になる(その後で最後に女皆で○○をかけるんだそうだ)。具体絶対教育の驕り。イスラム的な抽象超像教育の欠如に尽きる。具体至上主義の暴走。そういう風潮は日本にも擡げ。左翼の幻想抱く母権社会である。転覆革命社会の危険。
悪用もある。ある討論番組が悪用。神社論。平然と女権化フェミ俗論に悪用していた。私主義自我エゴイズムそのもの。この方が深刻である。考えなしの主張である。
バランスのためにはある番組で「ああその前はお父さんの体の中に居たんだ」「はい笑」。これだけでも少しマシ。先ずは歴史感覚の一歩。宇宙論にもなる。略。実に真剣な方策探求が必要である。一歩一歩。いい意味でアリストテレス思想の言う政治工作動物にならねばならない人間人類のようである。
類の全体論は正しいがしかしこの現状のバランス方策として不足。上記の一歩からのけん制が必要である。字数でか本題は略せざる得ず。
2016.07.10 08:33 | URL | 樹下夢∞ジュゲムゲン #JyN/eAqk [edit]

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