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私権の強制圧力とは強迫観念の生成装置

Posted by ななし on 12.2016 記事 0 comments 0 trackback
私たちは、例えば「言われたことしかやらない」とか「無理やり言われたとおりにやろうとして逆に問題をおこす」など、しばしば「擬似強迫神経症」と思しき場面に日常的に遭遇します。これらは、「言われたこと=指示されたこと」が半ば強迫観念化して、その場その場の状況判断を捨象した硬直的な言動に駆り立てられている事例だと思います。

 この視点を少し拡大して身の周りを眺めてみると、交流会などで「行き詰まっていない」とか「何とかなる」とか「過去の原因より先の話が重要だ」などと言っては楽観的主張を何度も繰り返すだけの人たちにも、似たような臭いを感じます。彼らに共通しているのは、「目先のことしか見えない」あるいは「頭がガチガチ」ということかもしれませんが、それは、所謂‘観念的タイプ’とは違っていて、難しい話を敬遠しては追求ムードに水を注し、ひたすら目先の課題に没頭したがっている風に見えます。しかも、この手のタイプは、全世代にまたがって結構大勢います。

 これは、「固定観念」と呼ぶよりも「強迫観念」と呼ぶ方がふさわしい感じがします。

 もともと私権時代とは、「勉強しなければ・・」「仕事をしなければ・・」「命令には従わなければ・・」、さらには「景気は右肩上がりでなければ・・」というかたちで課題を強迫観念化し、その枠内に人々を囲い込んできた時代です。別の言い方をすれば、私権時代とは、期待や課題を狭い枠組みの中に押し込んで固定化・絶対化することで、万人を社会的な強制圧力の奴隷にしてきた時代です。

 ここからは、私権の強制圧力とは強迫観念の生成装置になっていたことが伺えます。しかし、私権の強制圧力が見る影もないほど衰弱してきているのに、期待や課題を強迫観念的にしか捉えられず、その結果、目先のことしか考えられないでいるのは愚かなことです。この点は、あと一押しすれば気付いてくれる人も、逆に多いのではないかと感じます。




土山惣一郎
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