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昔と今の活力の変化。「日本の生きずらさは夏目漱石が明治時代から指摘をしていたという話」

Posted by ななし on 08.2019 記事 0 comments 0 trackback
過去と現在の活力源の違いに関して、現代日本の生きずらさの観点から切り込んでいく視点が面白いと感じました。

リンク

(脳内バックパッカー「日本の生きづらさは夏目漱石が明治時代から指摘をしていたという話」より引用)

○開花とは?
漱石は開化を、

人間活力の発現の経路である。

と定義します。

要するに開化とは人類の発展の歴史であり、その結果=現代と考えればわかりやすいでしょう。

漱石はこの開化の活力は二通りあると論じます。

一つは積極的のもので、一つは消極的のものである。

人間活力の発現上積極的と云う言葉を用いますと、勢力の消耗を意味する事になる。

またもう一つの方はこれとは反対に勢力の消耗をできるだけ防ごうとする活動なり工夫なりだから前のに対して消極的と申したのであります。


要するにただいま申し上げた二つの入り乱れたる経路、すなわちできるだけ労力を節約したいと云う願望から出て来る種々の発明とか器械力とか云う方面と、できるだけ気儘きままに勢力を費したいと云う娯楽の方面、これが経となり緯となり千変万化錯綜して現今のように混乱した開化と云う不可思議な現象ができるのであります。

まとめると、

①積極的=活力消耗=芸術や娯楽

②消極的=活力節約=技術の発展による労働負荷の低減

う~ん人間ってのはできるだけ楽したいみたいです。

まあ当たり前ですね。

人類の発展とはこの二通りの活力によって進み、現代に至ったわけです。

おかげさまで今や車に乗って遠くまでいけるし、ネットで買物はできるし、映画や音楽を自宅で楽しめます。食料だって簡単に手に入り、調理も簡単、水や燃料や衛生の管理も楽ちんです。

しかし、一向に生活は楽にならない。

じいちゃんの代と比べても、生活は遥かに便利で豊かになったのに、忙しさや苦労はむしろ酷くなっているような気がします。

そんなことを言うと「最近の若いもんはたるんどる!」と怒られそうですが、これは苦労のベクトルが変わったのです。

明治時代と比較すると、労働に関しての必要な知識と技術は格段に増加しました。肉体労働や読み書きができれば生活できた当時と違い、今はパソコン技術はほぼ必須ですし様々な知識や資格がなければより良い生活や環境を手にすることができません。

情報や交通が便利になったために、求められるスピードも格段に早まりました。Amazonの商品が半日で届くなんてのが良い例です。

昔の人間と今の人間がどのくらい幸福の程度において違っているかと云えば――あるいは不幸の程度において違っているかと云えば――活力消耗活力節約の両工夫において大差はあるかも知れないが、生存競争から生ずる不安や努力に至ってはけっして昔より楽になっていない。

否昔よりかえって苦しくなっているかも知れない。昔は死ぬか生きるかのために争ったものである。それだけの努力をあえてしなければ死んでしまう。やむをえないからやる。のみならず道楽の念はとにかく道楽の途はまだ開けていなかったから、こうしたい、ああしたいと云う方角も程度も至って微弱なもので、たまに足を伸したり手を休めたりして、満足していたくらいのものだろうと思われる。

今日は死ぬか生きるかの問題は大分超越している。それが変化してむしろ生きるか生きるかと云う競争になってしまったのであります。

人間は現状に満足できないために、知恵を絞って技術を発明するが、それによりまた生活の求める欲求が増大するということを言っています。

これほど労力を節減できる時代に生れてもその忝かたじけなさが頭に応こたえなかったり、これほど娯楽の種類や範囲が拡大されても全くそのありがたみが分らなかったりする以上は苦痛の上に非常という字を附加しても好いかも知れません。これが開化の産んだ一大パラドックスだと私は考えるのであります。

人間の欲求増大の「イタチごっこ」こそがパラドックスであり、「生きづらさ」の元兇なのです。

(省略)

○まとめ

・「生きづらさ」は人類の発展の動機が原因であるため、良くも悪くもならない。

・日本の社会問題は土台のないシステムの上に成り立っているのだから仕方がない。

というところでしょうか。

これは完全にマルクスもディスってますね。

人間は欲求のおかげでここまで発展してきたために、欲求を元手に借金してぎりぎり回している中小企業みたいなシステムの中でしか生きられないようです。

ソ連や中国型の社会主義政策が失敗したのを見るまでもなく、資本主義と民主主義のセットが一番理にかなっているのでしょう。生産と消費を妥協的に回転させながら。

謂わば空虚が元にあるのだと思います。身を粉にして何かを生産し、その穴埋めのために欲しくもない物を消費する。ブームだとか流行の冷めやすさなんか見てるとまさにそうだと思います。

「結局、何をしても空虚じゃないか」というニヒリズムが結果となって現れます。

日本はさらに中心となるシステムがそもそも空虚の上に成り立っている。

維新では西洋列強に、敗戦後はGHQより出来上がったモノを与えられました。

そこに責任はありません。

だからこそ、その場しのぎで現状維持というのがベターな戦略になってしまうのではないか?

しかしそんなガラパゴス戦略の限界が最近一気に表出してきました。

こういうシステムだと、うまくいっているときはなかなか問題に気づきません。

今では国家の基幹たる経済でも安全でも福祉でも教育でも、毎日ニュースに尽きません。

そしてその対策の仕方が全くわからない。

世界最先端の高齢化社会になってしまいお手本がない状況、グローバル社会で時代の変化が格段に早まり、文明の衝突で示されたような世界情勢・・・評論家なんかがあーだこーだ言っていますが、結局何も変わらないんじゃないかというニヒリズムにしか落ち着きどころがないのが現状です。

(引用終了)

本能に近い欠乏=活力につながる
命に関わる欠乏から脱した今、本能に近い活力は何か?
今一度、類に可能性を感じる機会になりました。



三上公平
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今の高校生は本当に「幸せ」か?

Posted by ななし on 03.2019 記事 0 comments 0 trackback
リクルート進学総研が行った「高校生価値意識調査 2018『現在の幸福感と将来のイメージ』(リンク)に拠ると、高校生の76.8%が「今、幸せ」と回答している。

また、同じ調査の中で、IT・AIが普及した社会で「自分が働くこと」についても、【好ましい理由】として、「仕事が楽・効率的になる」(61.7%)、「今は存在しない新たな職業や仕事をすることができる」(32.9%)といった肯定的な回答が上位に挙がっている(特に男子)。

その一方で、そのような社会で働くにあたり【好ましくない理由】としては、「人間の仕事がなくなり就職難になりそう」(70.0%)、「今、就きたいと思っている仕事・興味がある仕事がなくなりそう」(43.0%)という不安が回答として上位に挙がっている(特に女子)。

同様にZ世代(12~18歳)が創造性に対してフタをしている(345164)という悲観的な意識調査結果も含めて、彼ら若者の意識状況をどうとらえたらよいのだろうか?

今回のリクルートの調査を読み込んで、考えてみた。

■強迫観念化した幸せ
・実は、2012年以降、経年の調査でみても「幸せ・計」は常に7割を超えて高止まりで安定している。
・「幸せの理由」の中味を見てみると、「衣食住に困らない」(17.0%)、「楽しい、笑っていられる」(14.1%)、「友達・仲間がいる、友達ができた」(13.4%)と、身近な狭い対象世界での幸せを捉えている。「幸せでない理由」を見ても、「学校」、「家庭」、「部活」と同様の印象。

→ベースには、平和ボケ(=外圧捨象。学校・マスコミ洗脳による思考の強制停止)があるが、潜在的には今も進行中の原発問題や放射能汚染に対する不安を感じているのは確か。そんな不安を、震災以降日本人の中に芽生えた本源(可能性)収束に依拠しつつも、仲間第一や親を気遣うという現象に見られる「充足(第一)基調」という歪んだ意識の中で、強迫観念的に「幸せな自分たち」像をつくり出しているように映る。

■周りの大人の意識を反映
・IT化、AI化が進んだ世界で「自分が働くこと」について期待と不安が交錯しているが、これをどう見るか。

→近年、識者のコメントとしてマスコミが盛んに「AI化でなくなる仕事・残る仕事」等の予測を出しているが、親自身もリストラ可能性を抱え展望を見出せない中で、未来論については誰にも答えが見えていない。よって、期待と不安が混在するのは当然。

→むしろ潜在的にはAI万能論への疑念(326740、345960)を抱える中で、表面的なレベルで職種の○×だけが議論されていることへの違和感がありそう。また、従来からの流れとして、楽しく仕事に向かっている大人が周りに少ない、むしろIT化やAI化の中でそれが顕著になりつつある、という「仕事に対する充足イメージの欠如」が根底にあると思われる。

■高校生やZ世代の意識構造
今回の意識調査を踏まえて、彼らの意識状況を人類の機能別に整理してみると、

○本能機能 :食は充足・性は封鎖?
生まれた時から衣食住は充足(当たり前)。その分、意識は共認やその先の観念へ向かっている。また、性は人工物質の影響で物理的に不能化しつつあり(346267)、潜在的にその危機的状況を察知して二次元世界へ逃避。極一部、危機発で本能回帰組もいるか。

○共認機能 :一定充足(狭い世界)
仕事などを通して、より広く、より深い共認充足を周りの大人が体現できていない。身近な世界での表層的、断片的なレベルの共認充足が中心。

○探求機能 :封鎖 ∵学校とマスコミ支配極まれり
仕事などを通じて、周りも巻き込んでワクワクさせるような探求充足を、周りの大人が示せていない。ここが致命的。

○観念機能 :旧観念への不信・新観念探索への萌芽
大人がまき散らす旧観念には可能性を感じないのでスルー。一方で、新観念(事実認識と構造認識)の探求可能性に気づいた層はまだ一部に過ぎないが、その萌芽はある。潜在思念とつながった話し言葉や感覚的な言葉(その充足体験)に可能性収束する層は確実に増えている。

例えば、
・「空前の人気!若者がハマる新型ラップの正体」(リンク)
・「音楽における『歌詞』の重要性が低下? メロディとの親和性や語感を重要視」(リンク)
・「谷川俊太郎以来!? “売れてる”現代詩人『最果タヒ』とは」(リンク)

以上、意識調査から湧いた疑問から、改めて現代の若者の意識を考えてみたが、大人の生き方(特に仕事に対する姿勢)次第で、若い世代のこれからは大きく変わると感じた。



竹村誠一
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