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コスパも良い?読書を趣味にするメリットは男女関係なくある

Posted by ななし on 26.2019 記事 0 comments 0 trackback
リンク

読書を趣味にしたほうが良いよ!と伝えると「読書?本読まないしめんどくさいなぁ・・・」という風に言われることがあります。

普段から読書を読まない人も、本を読むのがめんどくさいと思う人も読書を趣味にしたほうが良いのです。

趣味で行う読書のメリットについてまとめてみました!

読書はスキマ時間でできる

スポーツを趣味にすると時間をガッツリ確保しなければいけませんが、読書を趣味にするとガッツリと時間を確保せずにいつでもどこでも手軽に行うことができます。

移動中の電車・家にいる時・カフェで作業中の合間・人を待っている時間

こういったスキマ時間を有効活用できるのも読書を趣味にする利点です

読書により有意義な時間を過ごせる

時間を持て余しているときに何をして過ごしますか?
「スマホをいじります」
「ニュースを見ます」
「youtubeを見ます」

読書を趣味にすると時間を持て余している時の選択肢に読書というものが増えます。

時間を持て余している時にも、読書をすることで、読書ならではのメリットを得ることができます。

読書は体力とお金を使わないでできる趣味

スポーツなどを趣味したり、カフェ巡りを趣味にすると外に出歩かなければいけません。

また旅行を趣味にした場合は外に出歩くのと同時にお金もかかってしまいます。

読書を趣味にすれば、外を出歩かなくても読書をすることはできますし、お金も高くても1000円〜2000円で済ますことができます。

体力を使うこともお金を使うこともなく手軽にできるのが読書を趣味にする良い点です。

読書をすると圧倒的な合計13のメリットが得られる

本を読むことのメリットは圧倒的です。

色々な価値観に触れることができる
人生経験を先取りできる
論理的思考能力が身につく
新しい知識が身につき人生を充実させることができる
ストレスを緩和し、決断力が身につく
コミュニケーション力・文章力が向上する
他人を受容する力が伸び、共感力が向上する
記憶力、情報処理の能力が上がる。
今まで気づかなかったことに気づく
精神的な刺激を与えボケ防止になる
成長スピードが圧倒的に早くなる
本を読むスピードが格段に向上する


読書を趣味にすることで圧倒的なメリットを得ることができるのです!




濱田健
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プライドがムダに高い「中高年男性」の末路(1/2)

Posted by ななし on 14.2019 記事 0 comments 0 trackback
yahooニュース リンク より、以下転載
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プライドがムダに高い「中高年男性」の末路

 『週刊SPA!』の12月4日号で特集された「(裏)流行語大賞」のサラリーマン編第2位に「おじさんの孤独」が選ばれた。今年2月、筆者は『世界一孤独な日本のおじさん』という本を出版し、以来、この連載などで、「孤独」の健康影響などについて発信し続けてきた。一人の時間を楽しむ「ソリチュード」はいいけれど、誰にも頼ることができず、一人、不安で寂しい気持ちを指す「ロンリネス」の孤独は心身に大きな負荷を与える、ということは無数の科学的研究によって実証されている。

 特に男性は、退職後、長期的な孤独に陥りやすいので注意が必要だというメッセージに対し、多かったのが、「孤独の何が悪い」「孤独上等」というご意見だった。書店には、「孤独万歳本」があふれかえり、ものすごい売れ行きだが、この現象は、多くの人が「孤独に対する漠然とした、もしくは鮮明な不安」を抱えていることの裏返しではないだろうか。というわけで、にわかに注目を集める(? )「おじさんの孤独」だが、最近の中高年男性たちはそれ以外にも、いろいろと「生きづらさ」を抱えているように見える。

■生きづらさの根っこにある「プライド」

 人材難時代に若者たちは引く手あまたの一方で、テクノロジーの変化の速い現代に、「進化」に対応できない一部の男性たちに向けられる視線は極めて厳しい。パワハラ職場で必死に働き、少ないお小遣いで家族を支えるために頑張ってきても、なかなか報われない。そんな彼らへの深い愛情から、筆者は「余計なお世話」「放っておいてくれ」と批判を受けながらも、日々、皆さんの「幸せ」のカタチを探るというお節介を焼いている。

 長らくおじさんウォッチングを続けてきて、彼らの「生きづらさ」の根っこに何があるのかを考えた結果、最終的に、4つの要因にたどり着いた。それは「プライド」と「恥」と「承認欲求」そして、「男らしさの縛り」である。今回は、まずその1つ目、「プライド」について考えてみたいと思う。

 都内の製薬会社に勤める50代後半の男性は、定年後の人生を模索する中で、尊敬する先輩にこう言われた。「定年を迎えたら、プライドと肩書を徹底的に捨て去りなさい」。日本のおじさんの最大の呪縛はこの「プライド」という何とも厄介な代物だ。特に終身雇用、年功序列制度という「タテ社会」の中で、会社勤めの男性は係長、課長、部長……と役職が上がるにつれ、上から目線で話し、敬語で「かしずかれる」ことに慣れていく。

 「権力」という空気が、「プライド」という風船を膨らませていくようなものだ。上司らしく振る舞わねばという責任感がいつの間にか、プライドやおごりになり代わっていたりする。

 友人の選挙を手伝っていた女性は、中高年のボランティアの人たちと一緒に仕事をするうちにあることに気づいた。女性たちは、おしゃべりを楽しみながら、自然に共同作業を楽しむが、男性は時々、声がけや感謝の意を伝えないと「すねてしまう」ところがあったというのだ。

 「『すねる』『ひがむ』『うらむ』という言葉の裏には『甘え』がある」と精神科医の土居健郎は著書『「甘え」の構造』で指摘したが、「無償の奉仕」に慣れない男性は、知らないうちに、自らの「奉仕」に対し、「働きを認め、プライドをくすぐる」という「対価」を求めているところがある。

 定年後の男性は、その知見と経験を生かして、ボランティアなど社会貢献に携われば、きっと尊敬され、自らの幸福感につながるのではとも思うのだが、「なぜ、タダで働くのか、その意味がわからない」という人が非常に多い。ここでも「ある種のプライド」が邪魔をしている。

続く





山上勝義
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プライドがムダに高い「中高年男性」の末路(2/2)

Posted by ななし on 14.2019 記事 0 comments 0 trackback
yahooニュース リンク より、以下転載 続き
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■「歩み寄り」を阻む「プライド」

 仕事という戦場で、盾と剣で戦い続けているうちに、「プライド」という分厚い鎧をまといやすく、そうして肥大化したプライドは、人とつながりを作ることを非常に難しくする。相手の気持ちに寄り添い、共感し合い、理解し合うことで、関係性は深化していくが、強すぎる「エゴ」(自我)に対するプライドは、胸襟を開いた「歩み寄り」を阻むからだ。会社という狭い社会の中で、どちらかが上でどちらかが下という力関係に基づくコミュニケーションを続けているうちに、バリバリと働く女性も「プライド」を背負いやすく、「孤独」は今やおじさんだけの問題でもない。

 プライドという言葉は、日本では、ポジティブに使われることが多いが、実はキリスト教では、罪の根源とみなされる7 deadly sins(大罪)の筆頭に挙げられている。その7つとは「傲慢」(pride)、「強欲」(greed)、「嫉妬」(envy)、「憤怒」(wrath)、「色欲」(lust)、「暴食」(gluttony)、「怠惰」(sloth)という感情や欲望だ。

 元来、プライドは、自分の能力に対する過信、おごり、高ぶりを意味し、ほかの人の利益を犠牲にする極めて重大な罪であると考えられている。「Pride goes before a fall(プライドはつまずきに先立つ)」ということわざもあるが、まさにプライドとは「おごれる者は久しからず」の「おごり」にあたる。

 一方で、「誇り」に当たるプライドは、ポジティブな効果をもたらすことが実証されている。サウスウェールズ大学の研究では、プライドが忍耐力ややり抜く力につながり、勤勉さと献身に結び付くと結論づけられた。つまり、プライドには「良いプライド」と「悪いプライド」の2種類が存在するということになる。実際、英語では、良いプライドはAuthentic pride (正真正銘のプライド)、悪いプライドはHubristic pride(高慢なプライド)といったように区別される。

 「正真正銘のプライド」とは、自分の持つ能力に対する誇りの感覚だ。自分の作り出す作品に対する誇り、仕事に対する献身やその成果に対する満足感など、自分の内面から湧き上がってくる「絶対的な感覚」。こうしたプライドは周囲から共感も得やすく、また、自分のノウハウや技を共有し、他者をサポートしようとする行動につながりやすい。脳科学的にも、他者とのつながりを促進するセロトニンの分泌と関連付けられている。

 一方で、「高慢なプライド」は、自分の有能性や支配力を過度に誇示しようとするために、脆弱な自我と不安、攻撃性を伴う。こうしたプライドは男性ホルモンの分泌と密接に関わっており、他者との関係性を阻むと考えられている。

■「相対的な自信」は百害あって一利なし

 つまり、「誇り」とは、他者からの評価とはまったく関係がない「絶対的な自信」であり、「傲慢」は肩書や身分を根拠に、自分を誇大表示して見せようとすることである。結局のところ、他者からの承認や評価に依存して得られるものであり、他人と比較したときの優位性に基づく「相対的な自信」ということになる。こちらのほうは百害あって一利なしということなのだ。

 「良いプライド」は謙虚さを伴う。職人が、現状に満足せずに、つねに高みを目指し、より良いものを作り続けようとする姿はこの典型だろう。一方で、自分を進化させていく努力をやめ、他者との競争や、他者からの承認によって自己の存在意義を求めようとすれば、そこには最終的に、空虚さと孤独しか残らない。

 人は案外、まがい物のプライドにとらわれやすいものである。人を解放し進化させるプライドか、人を閉じ込め退化させるプライドか――。そのプライドの真贋を見極めておく必要があるだろう。
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山上勝義
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重たい自由を求めるよりも、制約がある方が自由になれる。

Posted by ななし on 10.2019 記事 0 comments 0 trackback
リンクより引用
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~前略

■マイルドな支配が一番心地よい
完全な自由は凄く大変だ。
「今日からお前の好きに生きろよ」と突き放されて困惑しない人なんていないだろう。

その一方で、ガチガチに管理されて自由が全くないのもまた辛いものがある。人は、マイルドに支配されるのが一番心地よい。実はこの事はホッブズにより数百年も前に指摘されている。

「万人の万人に対する闘争」

このフレーズだけ独り歩きしているホッブズのリバイアサンだけど、そこに書かれている内容は今読んでも非常に新しい。
彼は国家というものを題材に、支配と自由の関係についてこれ以上無くわかりやすく私達に解説してくれている。

例えば日本という国は、基本的には非常に治安がよく、普通に暮らす分には割と悪くない国だ。
けどこの暮らしやすさは、国が法律や警察などにより、それなりの規制を敷いているからそこ維持されているものである。

これが撤廃されると国は荒れる。
ISISのような組織を持ち出すまでもなく、法と警察が機能していない国では私達は安心して暮らす事はできない。

これが「万人の万人に対する闘争」の真意であり、国が適切に権力を保持しうまく行使している事は、国民にとって幸せな事なのだ。

もちろんこの権力も強すぎると我々を不幸にする。

絶対的権力者と軍事組織で運営されている北の某国に進んで移り住みたい人なんていないだろう。

個人も国も、マイルドな支配がみんなを一番幸せにするのだ。会社というマイルドな支配は、私達を自由というリヴァイアサンから守ってくれているのである。

■日常の中に特別を差し込んで、自分を支配してみよう
先日、安達さんが「習慣を設計できると、人生のクオリティが極めて向上する件」という記事を書かれていた。

実際、習慣は設計できれば随分と強い。毎日運動できれば、痩せるし食べても太らない身体が手に入る。
毎日勉強できれば、一年後には今とは比べ物にならない位、知識が深まる。

そんな事は当然みんなわかってる。けど、これができないから苦労しているのである。これらを意思の力でなんとかするのは結構骨が折れる。

けど、実際にこれらを習慣化させられている人は、とても多くのものを得ているのである。
なんとかならないだろうか?では、1つのヒントを提示しよう。

■日常の中に、やりたい活動を無理やり割り込む
僕の友人に随分と太った人がいたのだけど、彼は最近かなりのダイエットに成功した。

彼に一体何をしたのかと聞いた所、彼の答えは非常にシンプルなものだった。
毎日の通勤路の中で、全力疾走する時間を設けたのだという。

「何回か、運動を習慣化させようかと思ったのだけど駄目だった。わざわざ運動の時間を設けるのは、強い意志と継続力がいる」
「けど運動しないと痩せない。どうしたものかなーと思ったのだけど、そういえば通勤路で走ればいいじゃんって事に気がついたんだ」

「毎日、行きと帰りの2回だけ、全力で走る。会社には週5で通うのだから、自然と運動する機会もできる。これだけで今までジャージに着替えてわざわざランニングするダルさから逃れられたんだから、いい発見をしたと思うよ」

僕もこれを聞いて、家から病院まで毎日走ろうかと思ったものである。

後者の勉強はどうだろうか?これまた僕の知り合いで、改善した例をみてみよう。

彼女はどうしてもやりたい勉強があったのだけど、つい意思が継続できず続かなかった。
そんな時、ふと会社の帰り道に24時間営業のマクドナルドがある事に気がつき、そこで毎日退勤後に30分だけ、勉強するようにしたのだという。

彼女いわく、30分と区切りをつけるのがポイントなのだという。無制限に時間があると、どうしてもダラダラやりがちだけど、30分と区切りをつけることで集中できる。

それにキリが悪い所で終わると、それについてモヤモヤ考えてしまい、今まで絶対にやろうともしなかった自宅での学習のキッカケにすらなったというのだ。

このように人間は不自由の中で自由を発見できると、強烈に成長できる余地があるのだ。

「会社に支配されてるからできない、もっと自由があればできるのに」

こう言ってしまうのは簡単だろうし、僕もそういいたくなる気持ちはわかる。
けど多く人は大抵の場合、本当の自由を貰ってしまうと自由の重さに潰されてしまい、怠けがちだ。

だから、そんな重たい自由を求めるよりも、今のマイルドな支配を最大限に利用してみてはいかがだろうか?

枠組みを一から作るより、枠組みの中で工夫してみた方が遥かに生産性は高まる。

マイルドな支配を活用しよう。そこにこそ、本当の自由が隠れているものである。




別所彦次郎
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