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自然放射線と人工放射線のちがい / 市川定夫氏

Posted by ななし on 31.2015 記事 0 comments 0 trackback
>今、福島原発から放出されている放射能は人工放射能であり、自然放射能とは異なる。人類を含む生物は長い進化の過程で、自然界に存在する放射能と折り合いをつけ、体内に蓄積しないようなメカニズムを作り上げてきた。だが、私たちの身体は、現在放出されている人工放射能に対処できる仕組みを備えていない。

α線、β線、γ線など、線種による被ばくの違いの他に、同じ線種でも自然放射性物質と人工放射性物質では挙動が違うという説があるようです。


ムラサキツユクサの研究で知られる 市川 定夫氏の『環境学』より


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『■なぜ濃縮するのか
 この節の冒頭で触れた原子力の二つの間違った前提のうち、第二の前提、つまり「人工放射性核種も自然放射性核種も、生物や人体に対する影響は同じである」との前提も、この節で述べてきたように、やはり間違ったものであることが、ムラサキツユクサを用いた私たちの実験をきっかけに証明された。人工放射性核種には、生体内で著しく濃縮されるものが多く、それゆえ大きな体内被曝をもたらすという、自然放射性核種には見られない特質があったのである。したがって、問題は、当初考えられていた放出放射線の同異にではなく、環境中や生体内での放射性核種の挙動の差異にあった。
 それではなぜ、自然放射性核種と人工放射性核種が異なる挙動を示すのであろうか。それは、生物の進化と適応の過程と密接な関係をもっている(第1章の4参照)。
 この地球上には、生物が現れる以前から、自然放射性核種が存在していた。その代表的なものがカリウム40(カリウム40の放射能半減期は12億5,000万年であり、地球誕生時には、現在の16倍近く存在した)である。
 
(この部分に自然放射線の内訳がありますが省略)

 自然放射線のうち、体内被曝と、地殻からの体外被曝は、自然放射性核種からのものであるが、その大部分がカリウム40によるものである。カリウム40は、天然に存在するカリウムのうちの1万分の1強を占めており、この元素が環境中に多量存在し、生物にとって重要な元素であるから、カリウム40が否応なしに体内に入ってくる。しかし、カリウムの代謝は早く、どんな生物もカリウム濃度をほぼ一定に保つ機能をもっているため、カリウム40が体内に蓄積することはない。
 カリウムを早く代謝し、その体内濃度を一定に保つこうした生物の機能は、カリウム40が常に存在していたこの地球上で、生物が、その進化の過程で獲得してきた適応の結果なのである(カリウムを蓄積するような生物がかりに現れたとしても、蓄積部位の体内被曝が大きくなり、そのような生物は大きな不利を負うことになるから、進化の途上で淘汰されたであろう)。

(この部分にラドンの説明がありますが省略)

 これらカリウム40やラドンなど自然放射性核種と異なり、著しい生体濃縮を示す人工放射性核種は、いずれも自然界には放射性核種が存在しない元素のものである。
 たとえば、ヨウ素がそうである。天然のヨウ素は、その100%が非放射性であり、生物は、この非放射性のヨウ素に適応して、哺乳動物なら、それを甲状腺に選択的に集めて成長ホルモンをつくるのに活用する性質を獲得している(成長ホルモンをより多く必要とする若い個体ほど、甲状腺にヨウ素を速く集める)。また、ヨウ素は、海には豊富に存在するが、陸上には乏しいため、進化の途上で陸上に生息するようになった植物は、ヨウ素を効率よく高濃縮する性質を獲得してきている。つまり、現在の高等植物がヨウ素を空気中から体内に何百万倍にも濃縮したり、哺乳動物がヨウ素を甲状腺に集めるのは、いずれも天然の非放射性ヨウ素に適応した、みごとな能力なのである。
 ところが、人類が原子力によって、放射性ヨウ素をつくり出すと、進化の途上で獲得した、こうした貴重な適応が、たちまち悲しい宿命に一変し、その放射性ヨウ素をどんどん濃縮して、体内から大きな被曝を受けることになってしまうのである。
 ストロンチウムも同じである。この元素の自然界での存在量はわずかであるが、この元素と化学的性質が同じ(元素周期律表の同じ縦の列に属する元素は、共通の化学的性質をもち、同族元素と呼ばれる)カルシウムが大量に存在し、生物にとって重要な元素の一つとなっている。天然のカルシウムには放射性のものが存在せず、それゆえ生物は、この元素を積極的に取り込んで、骨、歯、鳥の卵殻、貝殻、エビやカニの甲羅などをつくっている。つまり、カルシウムをこれら組織に蓄積、濃縮するのである。このカルシウムと化学的性質が同じストロンチウムも、これら組織に沈着、濃縮される。したがって、原子力によってストロンチウム90をつくり出すと、28年という長い放射能半減期をもつこの人工放射性核種がこれら組織に沈着、濃縮されることになる。
 しかも、ストロンチウム90には、さらに3つの深刻な問題がある。その1つは、カルシウムやストロンチウムを蓄積、濃縮するこれら骨や歯などの組織の代謝が極めて遅いことであり、そのため、物理的半減期が長いだけでなく、生物学的半減期も長くなるのである。第2に、ストロンチウム90が放出する放射線がベータ線のみであり、そのため、骨に沈着、濃縮されると、骨髄などその近辺の組織に集中的な被曝をもたらすことになる。第3の問題は、この核種が崩壊するとイットリウム90という、この核種よりもはるかに強力なベータ線を放出する核種が生まれることであり、その放射能半減期が短い(2.69日(64.5時間))にもかかわらず、ストロンチウム90以上の吸収線量を与えるから、生物学的影響が大きく増幅されることになる。
 このように、人工放射性核種は、自然界になかったものであるため、生物をあざむき、生物が長大な進化の過程で築き上げてきた貴重な性質が、たちまち悲しい宿命に一変するのである。そして、このことこそが、原子力の最大の問題であった。』

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要点

■非放射性の天然カリウムは生物にとって重要元素

これと放射性のカリウム40(1万分の1存在)を峻別して代謝していく適応能を獲得。適応能≒代謝できなかった生物は淘汰された

■天然ヨウ素は100%非放射性であり成長に必要なので積極的に体内に蓄積

100%非放射性であるがゆえに、人工放射性物質のヨウ素を峻別できないので体内で濃縮

■カルシウムは骨や歯の材料になる重要元素

ストロンチウムはカルシウムと性質の良く似る同族元素であり、人工放射性物質のストロンチウム90は体内で蓄積され濃縮

さらにストロンチウム90の3つの問題点
①骨や歯の代謝は極めて遅く、生物学的半減期は長くなる
②出す放射線がβ線のみであり、骨髄などを集中被曝
③ストロンチウム90が崩壊するとさらに強力なβ線を放つイットリウム90になる

まとめのまとめ
人工放射性物質は代謝困難

とすれば放射線研究も線量や線種だけでは不十分





佐藤英幸
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社会を傍観していた学者が一人また一人と原発事故をきっかけに復活~プロに逃げ道はない

Posted by ななし on 30.2015 記事 0 comments 0 trackback
神田外語大学の中山 幹夫氏のエッセイより

非常に長いエッセイなので要約してあります。

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原発と放射線

情報戦争 - 真実を知り、自分の身は自分で守るしかない -


 『日本はひとつ』ではない。今、日本で起きているのは情報戦争だ。政府・東電・学者の情報を無批判に垂れ流すマスメディアと、多くの良識ある市民との戦いである。しかも、国民の生命がかかっている。まるで戦時中と同じだ。しかし、過去と一つ決定的に違うことがある。今の市民にはネットメディアという武器がある。私たちは自分で判断し、行動することができる。真実を知り、自分と家族、友人、そして子供たちを守ることができる。


本当は何なのか


 原発事故は今も被害が進行中で予断を許さない状態です。それなのに、安全だと思わせるための情報ばかりが都合よく選ばれて報道されています。風評という言葉も独り歩きしていて、本当に安全でない場合にそれを言うことさえも風評扱いされています。ぜひ、多くの人が放射線の真実を知って、自分自身で考えて判断するための知識を持ち、最善の行動をとってほしいと考えています。


国民を危険にさらす学者たち


 人としての心はどこに行ってしまったのでしょうか。

 まるで政府・学者・マスコミが三位一体となって、国民と子供たちをできるだけ被爆させるような行動をとる。すごくいやな言い方だが、安全だ安心だと言ってできるだけ多くの人に無防備になってもらい、より多く人間に被爆させて追跡調査をすれば『よい研究』ができる。これでは子供たちはまるで学者の実験材料だ。どんなに頭がよくても、権威に溺れて人間性を捨てた人たちには学者の資格などない。人間性の欠けた学問は誰の役にも立たず、それどころか悪行である。


自治体とマスコミのしていること


 ほとんどの自治体が地上20m位にある放射線モニタリングポストでしか測定しない理由はなんだろう。鳥たちの健康でも心配しているのだろうか。 土壌の放射線を地表ではなくて地中の値を測定するのはどうなんでしょうか。魚の放射線を皮と内臓を取り除いて刺身のようにして測定していることを知っている人はどれほどいるのでしょうか。これで本当にいいのでしょうか。このように、できるだけ低い数値が出るように測定することが、日本中でおこなわれているのです。


 この国家的な危機の中で、マスコミは、かつての戦時中の大本営発表と何もく変わっていないのです。唯一、戦時中との違いはお金にも動かされていることです。いまだに民放は東電の節電CMを流しています。

 テレビの影響はあまりに大きく、その報道姿勢を変えさせない限り市民の安全は守れません。(抗議のメールに対して)でもNHKから受付メールが来ただけです。民放からは受付メールも来ません。

 今まさに避難が遅れている飯舘村の住民に対して、わざわざ飯舘村に来てまで放射線は安全だと語り、手を洗えば安心などと言う学者がいます。国民に真実を伝えないマスコミがあります。そんな影響もあり、意見が分かれ迅速な行動がとれない状況が続いています。


何が安全なのか


 マスコミは大気中の数値だけ取り上げてまだ安心だと言います。実際の体への影響はそれらすべての合計なのです。一体、だれがその合計を測れるのでしょうか。(中略)もし微量だから安心だと放射性物質の含んだ食べ物を子供に与え続ければ、将来、親自身が自分のしたことを後悔します。何かあっても政府も東電も学者もマスコミも、だれも責任をとってはくれません。たとえ責任をとってくれたとしても、尊い命はもうかえってきません。子供を守ってあげられるのは大人だけなのです。


何が危険なのか


 放射性物質を含んだ食べ物をできるだけ食べない方がいいというのは風評ではありません。被災地を経済的に助けることは大切ですが、それとは別問題なのです。戦時中の一億総玉砕のように、あえてみんなで放射性物質を食べてこれ以上被爆することはないのです。


そして明日に
    - ネットメディアでつながるすべての人たちへ -


 私は理系の技術・開発者として20年間情報通信にかかわり技術で社会を変えてきました。その後、研究・教育者として10年間メディアリテラシー、ビジネス、情報技術、物理学など教え、新しい時代に活躍する若者を育ててきました。でも社会そのものには傍観者的でした。でも、3月11日から何か自分が変わりはじめたのです。このままでいたら、教育者として何を学生に教えるのだろうか。利益のためでもなく、かといって直接は仕事のためでもなく、今でもはっきりは分かりませんが、龍馬のように何か突き動かされるような感覚でした。



 少しでも援助したいと義援金をし、日々ニュースを見る中で報道に理不尽さを感じ、若者たちや子供たちを政府とマスメディアの犠牲したくないと強く感じ始めました。もし見て見ない振りをしていたら後で後悔する気がして、少しでも何かできることはないかと考え、ホームページにエッセイを書き、休眠していたツイッターも再開しました。同じ気持ちを持つ日本中の人たちと知り合い、ネットメディアの力を実感しました。だいぶ遅かったとはいえ、それでも本日5月15日から飯舘村の一部で妊産婦や乳幼児、園児のいる世帯の避難が始まって本当によかったです。とにかく少しでは早ければ被爆の危険は減らせます。一人一人の力はわずかですが、それらが集まってその決断をさせるための力になったのかもしれない、私もほんの少しは押せたかもしれないことをうれしく思っています。そして何より避難した人が今より安全になって本当によかったです。



 私たちにが手にしたネットメディアは、もう実質的にはマスメディアと政府を凌いでいます。網の目状の膨大な人のつながりから真実が見えてきます。


 正しいことは必ず広がっていきます。やり方はそれぞれ違っても、それぞれの人がそれぞれの立場で出来ることをしていけば、社会も人も確実に変わっていきます。そして本当の安全と安心が実現できます。子供たちの未来を守ってあげられるのは私たち大人だけです。みんなが健康で楽しく笑って暮らせる日本、子供たちの笑顔であふれる日本にするために。

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(転載おわり)

>私たちにが手にしたネットメディアは、もう実質的にはマスメディアと政府を凌いでいます。


情報戦争は既に淘汰へと進行している。戦争とは、政官業情との対決を意味するがそのような段階ではない。中山氏自身が「凌いでいる」と話されているとおり、原発事故に限らず、繋がる鉱脈はこれから予測される「何か」においてことごとくプロを凌ぐことを実証するだけである。実証される分野は現実という地平上のプロの土俵なのである。だからプロの逃げ道はない。




佐藤英幸
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世界が呆れている 政府が魚の放射能汚染調査を妨害

Posted by ななし on 29.2015 記事 0 comments 0 trackback
世界が呆れている 政府が魚の放射能汚染調査を妨害(週刊現代) より転載します。
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なぜ国民を騙そうとするのか

海に流して希釈されたはずの毒物が、生物濃縮によっていずれ人間を冒す。水俣病で我々が学んだことはこの一点に尽きると言ってもいい。それなのになぜ、政府は目をそらすのか。

本誌は今回、生物濃縮の危険性について国に問い合わせた。今、起ころうとしていることを知っていただくために、そのやりとりを以下に再現する。答えているのは水産庁だ。
―コウナゴの汚染は生物濃縮の始まりではないか。
「水銀は蓄積されやすいために生物濃縮が発生しますが、セシウムは特定の部位に蓄積しにくく、50日くらいで排出されます」
―50日の間に中型魚が小魚を大量に摂取する危険性がある。
「それは原発から常に放射性物質が流出し続けるのが前提ですが、現在は流出がほとんどなく、蓄積される環境ではない」
―生物濃縮が起きないと断言する根拠は?
「HPでも公開していますが、山県(やまがた)登氏(元国立公衆衛生院放射線衛生学部長)や笠松不二男氏(海洋学者)などの論文をもとに、(水産庁の)職員がまとめました」
―論文? 両氏に聞き取りはしなかったのか。
「お二人ともすでに亡くなっています。論文は引用していいことになっている」
―HPで公開するのは国民向けではないのか。
「もちろんそうです」
―国民が判断の材料とする資料の根拠が、過去の論文の引用だけなのか。
「ですから、論文は引用してもいいことに……」
以後、同じ言葉を繰り返すばかりだった。

亡くなった学者の研究論文に価値がない、というわけではない。問いたいのはその姿勢だ。山県氏の論文が発表されたのは30年以上前(『生物濃縮』という著書として発売されたのが'78年)のことだ。
前代未聞の放射能汚染が起きている時に、それをまったく想定していない昔の論文に依拠し、安全だと主張する。ここに政府の姿勢が如実に出ている。
「しかも、この引用は自分たちに都合の良いデタラメなものです」

そう指摘するのは東京海洋大学名誉教授の水口憲哉氏である。
「特に笠松さんは、有名な'97年の論文で、チェルノブイリ事故後に海洋生物のセシウム137濃度がどう高まったかを発表している。魚種ごとに濃縮係数があって、たとえばマグロやスズキは100で非常に高いと示しています。セシウムが魚に蓄積しないなんて、一言も書いていません。
私はコウナゴの汚染がわかった時に『これはまだ序の口、地獄へのトビラが開いた』と発言しました。これだけ大量の放射性物質がずっと海中に出続けたことは世界中で例がない。チェルノブイリを超える海洋汚染が起きるのは確実です」
それでも政府は「安全だ」と言い張り、福島の海は一歩一歩、「第2の水俣」への道を進んでいるのである。

本当に調べたら大変なことにもう一つ、漁師が肌感覚で問題を指摘する、政府のインチキがある。
「自治体の検査は一度魚体を洗って、頭と内臓を取ってからやるらしいじゃないか。洗わなかったらもっと高い数値が出るだろう。コウナゴが高いのも、小さくて内臓が取れないせいだと聞いている。『人間が食べる状態に近づけて調べる』なんて言ってるが、海で大型魚が小型魚を食べる時に真水で洗うか? 頭と内臓を残すのか? 問題は生態系が汚染されることなんだ」

これについても、国の委託検査をする独立行政法人の水産総合研究センターはHPでこう発表する。

<利用形態(食べ方)に応じた前処理・測定を行う>

根拠は示されていない。
「そもそも分析機関が独立していないのが問題です。その上、我々のような第三者機関の調査を受け入れないのであれば、クロスチェックの働きようがない」(前出のグリーンピース・ジャパンの佐藤事務局長)
水産総合研究センター、名前からもわかる、農林水産省の天下り組織だ。前出の水口氏が言う。
「この先1年、すべての魚をきちんと調べればいろいろ出てくる。マグロは1年後が心配です。実は、水産庁や国は本当はこう言いたいんですよ。『いま出るセシウムはチェルノブイリ由来のものだ』って。でもそう言うとまたややこしくなる。

これまでチェルノブイリによる海洋汚染を隠してきましたから。『あんな遠いところでも影響があるのに、福島の放射能で汚染されないわけがない』と国民に思われたくないから、チェルノブイリの話ができないんですよ。でも1年後、高い数値が出てきたらこう言い出すと思います。『皆さん、チェルノブイリの時も知らずに食べてたんです。だから大丈夫です』と」奇(く)しくもこの5月1日、水俣病の公式確認から55年を経て、犠牲者慰霊式が行われた。そこで患者代表として祈りの言葉を述べた緒方正実氏(53歳)のこの言葉を、我々は胸に刻まねばならない。

「水俣病の恐ろしさを国が本当に真摯に受けとめていたならば、同じ過ちを繰り返すことはなかったと思います。水俣病そのものも、いまだ解決できていない国の実態があり、そこから何かを学ぶということが実はまったくできていなかったんじゃないのか。
『海水によって濃度が薄められるから心配ない』、その言葉を今回テレビで観て、残念で仕方がありませんでした。水俣病の時も、チッソは、国はそう言った。多くの患者が命と引き替えに大切な教訓を残してくれたはずなのに、国はまったく学んでいない」

将来必ず来る危険を政府がヒタ隠しにするこの瞬間にも、海の中では、大量の放射性物質が音もなく静かに沈殿を続けている。魚介に、海底に、海藻に。
それが濃縮され、いつかは人間を襲う。それは紛れもない事実だ。原子力安全・保安院に海洋汚染について訊くと、こう答えた。
「現在、汚染水は漏れているとも、漏れていないとも言えません。海中の放射性物質は、数値が上がったり下がったりしながら、減少方向に向かっている」

今回ばかりは、お国(かみ)が何とかしてくれる、と間違っても思わないことだ。
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以上です。




新聞会
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原発事故を通じて『学者の無能』が顕在化してきた。

Posted by ななし on 28.2015 記事 0 comments 0 trackback
これまで、政治家や官僚、マスコミの無能ぶりはいろいろ言われてきた。

福島の原発事故を通して顕在化した、これまで無かった新しい現象が、『学者の無能』ぶりでは無かろうか?
今までは胡散臭ささを感じつつも、学者=専門家の言葉は、その権威性ともあいまって統合階級側の正当化観念として表層的であれ機能していたように感じる。

しかし、今や『御用学者』という言葉が市民権を得るほど飛び交うようになった。その言葉の裏には、事実より私益を追求する事の方が重要な人、嘘を言って騙すひどい人、など果たすべき役割を果たさない事への憤りと敵意に近い意味さえ持っているように感じる。

従来、原発の問題などは専門知識が無いとさっぱりわからないものだった。しかしその専門知識を持った学者が無能だと多くの人が気づき始めた意味は大きい。

もはや専門家の言葉が信じられなくなった現在、ツイッターなどのネット世界では素人の事実追及がすさまじい勢いで広がっている。そのパワーは学者の誤魔化しなどいとも簡単に暴くほどだ。

このような状況が続けば、原発の問題のみならず、現代社会のあらゆる問題に対する学者の無能ぶりが顕在化する日も近いのではないかと感じている。




きっちょむ
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「34学会会長声明」に見る「御用学者」の影

Posted by ななし on 27.2015 記事 0 comments 0 trackback
「原発に悪いこと言ったら、支援しないよ」
「原発イメージ回復に協力するから、よろしく」
御用学者たちが云わんとしていることの本質を言い当てていると感じます。

『「34学会会長声明」に見る「御用学者」の影 』(原発危機を考える) より転載します。
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今、この原発危機の中で、科学者の果たすべき一番の使命は何でしょう?

去る4月27日付けで、日本物理学会を初めとする34学会の会長連名で、今回の震災ならびに原発事故に関連して「声明」が出されました。私は、このことを研究者である友人から聞き、早速声明文を送ってもらい読ませていただきました。(声明文PDFファイル)

《要旨》
日本の科学の歩みを止めない
〜学会は学生・若手と共に希望ある日本の未来を築く〜
1. 学生・若手研究者が勉学・研究の歩みを止めず未来に希望を持つための徹底的支援を行います
2. 被災した大学施設、研究施設、大型科学研究施設の早期復旧復興および教育研究体制の確立支援を行います
3. 国内および国際的な原発災害風評被害を無くすため海外学会とも協力して正確な情報を発信します

私は、この「声明」に深い失望と激しい怒りを禁じえません。一見もっともらしいことを言っていますが、要するに、若手研究者たちには「原発に悪いこと言ったら、支援しないよ」と脅かし、国に対しては「原発イメージ回復に協力するから、よろしく」と暗に言っているにすぎません。今、科学者たちが英知を結集してやらなければならないことは、まず、福島第1原発の放射能を止めることでしょう!研究の歩みを止めることを心配する前に、放射能を止める心配をしてほしい。もしかして、「原子力」の歩みが止まることを心配しているのかと勘ぐりたくもなります。(原子力関連学会もずらり名を連ねています)とくに「原発災害風評被害を無くすため・・・」の一節は、本当に情けない。まるで、騒ぎを鎮める火消し役を買って出ているようです。「風評被害」ではなくて、現実の「放射能被害」を無くすために頑張るのが、科学者本来の役目でしょう。私たちは、英知をもった科学者に期待しているのです。

今、科学者が果たすべき最大の使命は、福島原発の放射能を完全に封じ込め、汚染された環境を元に戻すために、その英知を結集させることです。

本当にがっかりです。この緊急時にこんな声明を出すようでは、「御用学者」と蔑まれても文句は言えません。
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猛獣王S
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電源三法交付金と地方自治体の今後について

Posted by ななし on 26.2015 記事 0 comments 0 trackback
東北大震災による福島第一原発の事故で最も「被害」を受けているのは他ならぬ原発立地自治体の方々です。そしてそうした立地自治体に国が原発立地の見返りとして交付してきたのが電源三法交付金です。この交付金の為、立地自治体の殆どは一般の地方交付金を要しない財政優良自治体となっているようです。

しかし、これらの自治体が、こうした交付金に頼る、若しくは発電所関連事業に住民が頼る産業構造へと変化してしまった結果、元々あった農業や漁業などの産業は衰退し、もはや交付金抜きに財政や住民の「食い扶持」が確保できなくなっていることもまた事実でしょう。いわゆる「交付金漬け」という状態ですが、今回の被害に際して地元の方々はこのことの重大さを他の誰よりも痛感していることと思います。

震災直後に原発立地の自治体でも地方選挙がありましたが、首長はどれも原発容認の現職で、市議会議員も反原発派は定数を減らす状況でした。こうした自治体では、既に原発抜きでは生活できないことを政治家も住民も認めざるを得ない状況なのでしょう。

しかし、彼らといえど今回の原発事故は決して他人事ではなく、間違いなく不安や葛藤を感じているはずです。しかも、彼らが選択した原発立地がこれまでは交付金や関連事業の雇用で潤ったとは言え、将来(孫子の世代)にわたってそれで良かったかどうかを考えるとき、大きな責任も感じるでしょう。彼らにも口に出せない大きな不安があるでしょうし、だからこそ今、本当にこれからも原発と暮らすのか?他に産業や仕事を育成することはできないのか?を考える機会を持っていただきたいと思います。電源三法交付金のような「お金」も何の制約も交付するのではなく、こうした「本当に必要なものは何か?」を考え、試行錯誤していくために利用できればとも思います。

なお、こうした新しい仕事や活力を必要としているのは原発立地の人々だけではありません。恐らく日本の多くの地方自治体は同じような問題を相変わらず抱えているでしょうし、それでも電源立地を選択しなかった地域の方々も大勢いるはずです。こうした方々に対しても同じように「支援金」を活用できることを考える必要があると思います。その様に考えた場合地方が望む交付金を原発とセットで支給するのはやはり卑怯だと思います。

「原発=交付金」という国からの飴玉は、住民の方々をますます原発に依存させ、結果として本当に必要なものは何か?を考えさせなくしているのだとしたら、地方自治の機会をむしろ阻害しているとも言えるでしょう。

こうしたお金の使い方を決めるのは他ならぬ政治家です。電源三法交付金ではなく、本当の地方自治を促進させる為の方策を考える時期に来ていることを読み取り決断する地元発の政治家の登場が必要だと思います。





匿名希望
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「福島の地震確率0%」だと?全く外している地震予知のために膨大な予算が投入され、延々と税金をむさぼり続ける学者たち

Posted by ななし on 25.2015 記事 0 comments 0 trackback
全く外している地震予知のために膨大な予算が投入され、延々と税金をむさぼり続ける学者たちを我々はどうしよう。

『誰も信用しない地震確率をなぜ菅総理は信じたのか?』(NEVADAブログ)より転載します。
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以下の地震確率表(2011年1月1日付け、30年以内に震度6以上が起る確率)をご覧下さい。
今日の日経新聞に掲載された数字です。

0.0%  福島原発第一号、石川志賀原発、福井大飯原発、島根原発、
      愛媛伊予原発、佐賀玄海原発
0.4%  北海道泊原発、 福井高浜原発、
0.6%  福島第2原発、 福井美浜原発、
1.0%  福井敦賀原発、
2.2%  青森東通原発、
2.3%  新潟柏崎刈羽原発、鹿児島川内原発
2.4%  茨城東海第2原発
8.3%  宮城女川原発
84.0% 静岡浜岡原発

おおよそこのような確率となっていますが、<0.0%>とされていた福島第一原発に注目するべきだと言えます。

「地震予知など出来ない」と世界的に認識されている中、上記の確率が日本では独り歩きしており、膨大な予算が地震予知連等の機関に投入されています。

今回確率0.0%の福島原発が地震・津波で破壊されたことへの言いわけは「想定外」でしたが、<0.0%>という確率をはじき出した根拠は一体なんだったのか、専門家は誰も言いません。

仮にこの確率が<0.1%>でもあれば、その<0.1%>の確率が起ったと言えますが、<0.0%>では全く地震は起らないと判定した訳であり、この誤った判定をした学者は全員、国民の前に出てきて、今まで貰った報酬を全部返して学者をやめるという責任の取り方をするべきだと言えます。

誰でも<0.0%>の確率なら安心し地震保険に入ろうとも思いませんし、安心しきっても地震対策など取らなくても何ら不思議ではありません。

そこで、話をもとに戻しますが、この<0.0%>の確率が誤っていたなら、ならば<84%>という確率はどうなのでしょうか?
これも誤っていると言えるのではないのでしょうか?

<0.0%>が誤っていて<84%>が正しいと言われましても信用できるものではありません。

日本は地震列島でどこでどのような巨大地震が起りましても何ら不思議ではなく、本来なら確率など数字の遊びでしかないのでしょうが、専門家先生が税金を貰って仕事をしているというアリバイ作りのための数字をはじき出したのであれば上記の数字は納得がいきます。

なぜなら上記の数字は30年間の確率であり、仮に30年間、浜岡で巨大地震が起らないとすれば「いやまだ16%の確率が残っています。あと30年間注意しましょう。」、となります。

そして、このような数字を計算した学者達は30年、60年後には鬼籍に入っており、この間延々と税金をむさぼり続けます。

本当は、いつ何時巨大地震が起っても不思議ではないという前提で原発の安全性、一般国民のライフラインをどう整備するか、避難経路をどのようにするか、そちらを真剣に検討した方が良い筈なのです。

震度6以上の巨大地震がいつ起こっても耐えられるだけの原発をつくれば膨大なコストが掛って採算に合わないというのであれば、原発はつくってはいけないのでしょうし、それでも必要だからつくるというのであれば、その地域の住民はその覚悟をして日々の生活を送る必要があり、全ての日本国民はその影響(被害)を受けることもあるという心構えでいる必要があります。

「数字の遊び」をしている暇はないはずですが、政府も学者もマスコミもみな、まともな対応をしているとは到底思えません。





猛獣王S
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目先ごまかしの秩序ではダメ→事実の追求へ

Posted by ななし on 24.2015 記事 0 comments 0 trackback
>豊かさの実現以来の充足志向→実現志向の大潮流は、’95年、私権意識の衰弱が顕在化したことによって、一段と強くなっていったが、同時に、危機発の目先の秩序収束の潮流が生起したことによって、実現志向と秩序収束の合流点に目先の制度収束の潮流を生み出していった。既存の制度の枠組みの中での、授業や試験や資格への収束が、それである。

震災以前は、CO2が増えたから、地球が温暖化した!だから、CO2を出さない原子力発電は良いものというCMが連日流れていた。

それが、震災、原子力発電所の事故以来安全なものと言われてきたものはまやかしだった!ということは誰の目で見てもあきらか。

にもかかわらず、マスコミは「放射能の値は健康面で安全」「食べ物も数値的に安全」と未だに危険な状況をごまかして目先の秩序収束に向かわせようとしている。

私自身はマスコミのそうした意図ある発信にうんざりしているが、実際多くの人はどうなのか?と疑問に思っていたところ、テレビの特集で、
『なぜ震災以降テレビ不信は起こったのか?』ということを追求する、というか言い訳するなどの番組が行われていた。

そこでは、大衆は明らかに事実とは違うマスコミの発信に不快感を募らせ、「マスコミの言うことは信じられなくなっただからテレビは見ない」と多数の意見が寄せられていました。

私権意識が衰弱し収束不全の今、充足・保守の基調が続いていますが、本当に安定を求めるなら、目先ごまかしの秩序ではダメ!事実が何なのか追及し続けることが安全につながる!ってことを身をもって感じ始めているのだと思いました。





石川笑美
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ずっと嘘だったんだぜ。

Posted by ななし on 23.2015 記事 0 comments 0 trackback
今「知らぬが仏」でいると、文字通り本当に仏になってしまうという投げかけの記事を以前に読みましたが、まさにそうだなと日々感じている。

今日の気づきで、70年代に入り、安定期に入ってもなおかつGDPを上げようとした動きに少なからず反対していた勢力も存在していたことが分かった。
そういった意見に耳を貸さずに、事実から目をそらし、隠し隠しで推進してきった結果、バブルは崩壊し、莫大な被害を被った人々が激増してしまった。

原発の問題もそう。被害者も出て、今後も決して余談を許さない状況であるにもかかわらず、自らの利権を守るために、原発がなくてはならない世の中を維持させようと計画停電を推進している政府、それに後押しするマスコミ。

しかし国民はもう気付いている。原発がもう安全ではないという意識がすでに国民の意識に浸透している。少し前に話題になっていたが、歌手の斉藤和義が「ずっと好きだったんだぜ」という有名曲を、「ずっと嘘だったんだぜ」と原発を高らかに批判した替え歌を、堂々と顔をだして歌っている姿をユーチューブで見た時は衝撃だった。

原発反対のデモが各地で起きていることからも分かるように、「どうする?」から「どうにかならないか?」(実現論[ニ]より)という意識が、大衆からもすでに湧き起こっているのだとまさに実感する。




ますみん☆
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経団連の原発推進会社こそブラックボックスだ(永田町異聞)

Posted by ななし on 22.2015 記事 0 comments 0 trackback
経団連の原発推進の脅威について書かれた記事を転載します。

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(引用開始)
「新むつ小川原株式会社」は大手町の経団連会館20階に本社がある。

社長は前経団連常務理事の永松惠一氏、そして経営諮問会議の座長は米倉弘昌経団連会長だ。

この会社の前身は、巨額の負債をかかえて倒産した第三セクター「むつ小川原開発株式会社」だが、ビフォーもアフターも、「経団連会社」と言い換えておかしくない点では、同じである。

なにしろ1971年に経団連加盟175社もが出資し、国や青森県も加わって、経団連主導で設立されたのがこの会社である。

自民党政権と経団連との蜜月関係を背景に、国策による「大規模工業地域の開発」をうたいながら、その実、六ヶ所村の核燃料サイクルなど原子力施設を下北半島につくる目的をもって、「むつ小川原開発株式会社」が誕生したことは、疑う余地がない。

1980年代に経団連会長をつとめた稲山嘉寛氏は「21世紀のむつ小川原を原子力センターとしたい」と語っていたという。

同社は、企業誘致を進めるため、北海道東北開発公庫(現・日本政策投資銀行)や地元の銀行などから融資を受けて農地を買い占めていった。村の土地を実際に買いあさったのは三菱地所、三井不動産のダミー会社だったといわれる。

ところが、70年代のオイルショックに加え、85年には核燃料サイクル施設の建設が決まり、開発した土地を買う会社がなくなったため、借金が2300億円にふくらんで破綻した。

国策会社である北海道東北開発公庫やその他の金融機関は、旧会社の清算にともない、69%の債権を放棄している。経団連、自民党政権合作の失政といえる。

それでもこの会社は、日本政策投資銀行49.56%、青森県15.00%、銀行等23機関35.44%の出資比率により、2000年8月4日に新会社「新むつ小川原」として蘇り、先述のごとく社長も本社も経営諮問会議座長も経団連という、相変わらずの実質「経団連会社」を続けているのである。

すなわち経団連は、財界の原子力推進本部とでもいうべき存在である。

それゆえ、浜岡原発の全機停止について、経団連が反対したところで当たり前というほかないが、米倉会長の「ブラックボックス」発言には、ちょっぴり苦情を申し述べたい。

「民主党の時代になって分からないのは、結論だけぽろっと出てくる。そして、思考の過程がまったくブラックボックスになっている」

これを別の言い方に翻訳すればこうなるのではないか。

「自民党の時代には、こういう時にはちゃんと経団連にお伺いをたててくれたものだ。民主党の時代になって、ウチに何の相談もなく決め、結論だけ出てくる。もっと経団連と意思疎通をはかってもらわねば困る」

だとすれば、なんという傲慢さだろうか。カネの威力で地元を説き伏せ各地に原発をつくってきた電力会社の体質は、まさに経団連そのものだ。

フクシマの原発震災を見て、ドイツのメルケル首相はいちはやく「脱原発」への政策転換を打ち出した。被災国の菅首相が、東海地震の直撃が心配される浜岡原発の停止を決断したのは当然であり、むしろ遅すぎるくらいだ。

経団連が口を挟む機会がなかったのは、国民の安全にとっては幸運だった。目の前の利に心を奪われ、大局観、長期的視野に欠けているという点では、経団連はほとんど官僚組織と変わるところがない。

ただし、消費増税、TPPなど、ほとんど自民党政権と見紛うばかりの政策を打ち出す菅政権が、これを機に財界の嫌がる「脱原発」に舵を切るかというと、そこは残念ながら期待薄というほかなさそうではある。

(引用おわり)



匿名希望
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「専門家」という詐欺集団にご用心!

Posted by ななし on 21.2015 記事 0 comments 0 trackback
もはや、我々は「専門家」=詐欺集団に騙されてきたという認識が一般的になりつつあります。記事は「専門家」たる存在を言い当てています。改めて、「専門家」を拠り所にした記事に要注意です。

『「専門家」という詐欺集団にご用心!』 より転載します。
----------------------------------------------------------------
二つの記事を転載する。一つは2011年5月3日付けの毎日新聞の記事。もう一つは、2011年5月4日付けの産經新聞の記事。毎日の記事は、「専門家」がどれほど近視眼的で、外部からの批判に対して閉ざされているか、そして「専門家」たちが「安全神話」という虚構を築くのにどれほど多大な貢献をしたかを伝えている。それに対して、産経の記事は、またしても「専門家」を引きあいに出し、暗に国策としての原発擁護へ導こうとする。

先回りして結論を。この国では、多くの人々が「専門家」という詐欺集団に騙されてきたのだ。熊取6人組の一人、小出裕章が指摘しているように、原子力の「専門家」とは、「原子力で飯を食う」人間たちのことであり、原発利権者である。小出裕章自身も、将来のエネルギー政策として原子力を推し進めることを「夢」として、原子力の研究に足を踏み入れた。国、電力会社、そして原子力の研究をする「専門家」たちは皆、同じ穴のむじなであり、原発ムラの住人なのだ。

原子力の「専門家」に身を任せたければご自由に。でも、私は原子力ムラの住人になどなりたくない。

---------------------毎日新聞---------------------
記者の目:福島第1原発事故と産業優先=福岡賢正

 ~記事文略~
---------------------産經新聞---------------------
ネット上に反原発“バイブル”拡散 専門家「不安あおっているだけ」 
2011.5.4 22:08





猛獣王S
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現在進行形マインドコントロール「福島」から学ぶ…本当のことを知れば、生き方が変わる

Posted by ななし on 20.2015 記事 0 comments 0 trackback
前半は1自衛官の震災復旧現地の実態とメディア報道との乖離に関する報告、後半は著者(元自衛官)の「日本民族の存在理由」から今後の日本の進むべき方向が述べられています。

船井幸雄.com「21世紀ヤマトごころ-池田整治氏-」
2011.5(第6回)現在進行形マインドコントロール「福島」から学ぶ…本当のことを知れば、生き方が変わる より転載します。
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●隊員の真実の言葉
 まず、東日本大震災に派遣され、阿鼻叫喚の状況下で約50日間連続で黙々と救助活動してきたしてきた私の愛するかっての部下であり、空手道の愛弟子からのメールを紹介したい。現場の「真実」が一番伝わるであろう。

 「一時交代で金沢に戻ってきました。
 YouTubeの『「福島原発はいま?」日本のターニングポイント!』 を見ることができました。自分が送ったメールなど紹介していただきとても感謝しています。一自衛官の気持ちや現場での行動を多くの国民に知っていただけるとは思ってもいなく感動しました。自衛官のことや原発のこともお袋が聞いても分かりやすく、うんうん、とうなずき涙を流していました。
 しかし、メディアでは自衛官の行動等や被災者又は被災地域には、フィルターをかけていたり、メディア独自の概念で報道していると思います。自宅に帰って久々にテレビを見ると、被害の小さかった地域のごく一部分などを捉えて、もう復興ですよ、行政はしっかりやっていますよ、というイメージを作り出していました。インタビューに答えた住民の方も、メディアに都合のいい部分しか報道されていないのだろうと思いました。
 テレビに映る被災現場は毎回一部分だけしか映さず、国民はまだ被害がどれほど大きいのかということが分かっていないと思います。映し出されるあの地域からカメラを引くと、どこまでも続く倒壊家屋の大地、遮蔽(しゃへい)物がなく、海岸線がどこまでも続いている地獄の光景。しかも自衛隊がまだ入れていない地域は瓦礫が散乱しており、多くの方が家族の元へ帰れる日をまっています。
 現地対策本部を立ててないことでやはり多くの批判を政府は受けていましたが、政府の中に現地で活動する自衛官のことを「国家公務員」という表現をする議員がいました。「消防・警察・あと国家公務員が現地で活動していますから・・・」。…悲しくなりました。
 まだ一万人以上の行方不明者がいるにもかかわらず、政府のいい加減な対応と、それに協力するかのようなメディア。メディアは、政府や東電をかなり非難していると言う人もいますが、現地に行った自分から見ると、とてもかばっているようにしか見えず、真実を隠しているようにしか見えません。
 原発事故に関しても、原発反対論者は誰もテレビには出れず、原発は安全、これぐらいの事故はチェルノブイリと比べると大丈夫、などと報道しています。特に、原発を廃止するのではなく、安全基準を高くしていけば大丈夫だと話す議員やメディアには開いた口が塞がりませんでした。原発の影響で救助できなかった人、いまだに収容できない方がいることを考えても、絶対に原発は廃止すべきだと思います。
 人間は自然の力に勝つことはできません。原発も、人間が自然界にない不安定なものを作り上げ、不安定なために崩壊していくのが道理というものです。自然の力を人間が完全に抑制することは不可能です。現地を見て、昔の人は山や川、海すべての自然を神仏として敬った理由が分かります。自然の大きな力には人間は太刀打ちできず、それ故自然が教え、与えてくれる大きな恵みに感謝して共存していったんだと思います。
 百匹目の猿現象のように先生の講演を通じて真実知り、正しい生き方ができる国民が増えていくことを願っています。そして大切な講演の最後に自分のメール、そして悠整を紹介していただき、家族共々感謝しています。ありがとうございました。
 整備が終わり次第、次の出発がかかるまで待機になります。それでは失礼します。
                                  押忍」

*   *   *   *   *

 自衛官は、自らの功績を一切アピールせず、任務終了すれば静かに身を引く。
 彼らは差し入れにジュース1本もらっても、必ず被災者に届け、自ら飲むこともない。
 これに対して米軍は、陸上部隊は福島原発から80km以内、空母に至っては180km以内の激震地区に入ることもなく、自衛官がどぶネズミになりながら命からがらの人命救助、遺体収容に専念する中、安全な仙台空港やJR駅で、これみよがしのいとも簡単ながれき撤去というPR的活動をして、そのお先棒をかつぐ親米メディアでアピールし、なんと年1850億円の「思いやり予算」を向こう5年間もゲットしてしまった。
 さすが広告代理店が政治をつくる米国である。こうして、日本政府に紙くずの米国債を年32兆円買わせながら、この大災難までをも利用して日本からなけなしの「円」を収奪していく。
 そもそも独立国に軍をおく以上、お世話になる国に駐留費を払うのが国際的な常識である。しかも「思いやり予算」は、「仕分け上」防衛予算から持って行かれる。政府は、口では自衛隊に感謝しながら、結局これまで同様、防衛省予算が削られる。その数字あわせで人件費削減のため、またしても陸上自衛官の定員が先細り的に減っていく。
 このようにして、いざというときに国民を直接守り救助してきた陸上自衛官の定数が、かつての18万人体制から現在の14万5千人にカットされてきた。数年後、「高機能的運用能力」という左脳優秀官僚が造語する意味不明のごまかし理論で、陸上自衛官10万人態勢がやってくるだろう。これがこれまでの日本の現状から予期できることである。こうして、真の日本の独立が更に遠のいていく。
 こういう「真実」を、「武士は食わねど高楊枝」で、黙々と誠実に任務遂行する現代のサムライ・自衛官のために、特に既述しておく。





新聞会
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世間を震撼させる事件は、名門と呼ばれた旧い権力体質の企業に集中。

Posted by ななし on 19.2015 記事 0 comments 0 trackback
曲がりなりにも私権圧力や序列原理で統合されてきた旧来の秩序が、21世紀に入ってこの10数年、誰の目にも綻びが顕になって来ました。
東電の首脳陣や菅の如く病んだ指導層の詭弁や嘘に、国民はうすら寒さを感じ始めています。国家機関や名門企業中枢の空洞化と無能化は、かなり酷いことになっているようです。

JR西日本の福知山事故、JALの破綻、トヨタの欠陥車問題、そして世間を震撼させた東電の福島原発の破壊と、組織の統合破綻に起因するミスや怠慢事件が続いています。
豊かな社会の最先端をいく日本で、最有力企業の「東電」がまさかの原発・原子炉までも破壊させてしまいました。世界を震撼させる事故・事件を、最有力企業がこれからも引き起こすことは不思議ではありません。

全てを先送りしそのうちに何とかなるに違いないと、世論は誤魔化しや詭弁を許容してきました。然し、誤魔化しや詭弁はもう許せない、そんな危機感が湧いて来ます。

思考停止を強いる現代社会の嘘は、(第二次大戦の戦勝国)米国が強大な軍事力を背景に世界を差配したイデオロギーに起因します。
市場主義の嘘、グローバリズムの嘘、ヘッジファンドの嘘、地球温暖化の嘘、自作自演の9・11の嘘、これらは米国金貸し勢力が力を背景に世界を巻き込んだ嘘(イデオロギー)の世界でした。

勿論、日本のマスコミは大衆洗脳の工作役を進んで果たしてきました。マスコミによる世論支配に安住し、日本の特権階級は贅沢と怠慢の限りを尽くして来たのです。その様にして、世間を震撼させる事件が名門といわれた企業から出現していくのです。




持国天
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脱原発に向けた、日独比較

Posted by ななし on 18.2015 記事 0 comments 0 trackback
以下の転載をする理由

原発依存率が日本と同程度の外国であるドイツがどんな理由で脱原発を推進するに至ったのか?その理由を知ることと、脱原発までの『工程』を知ることは、福島原発事故からの日本の再生をするための参考になると想いました。

転載文の中で、同感したのは、自然エネルギー、再生可能エネルギーを2050年までに80%に増やすという強い意思をです。

日本では既存の大きな政党の中では、社民党と共産党だけが、はっきりと脱原発を言っています。なんと社民党はドイツの工程を上回る、2050年までに100%を目標にしています。これが出来たら本当に素晴らしい。

それから、文末に池住氏がかみしめたいと言ったアーネスト・F・シューマッハーとはどのような人物なのだろうと感じました。

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『なぜドイツは脱原発に踏み込んだか』
2011年5月5日 池住義憲
より転載します。



ドイツ連邦共和国(以下、ドイツ)のメルケル首相は、去る4月15日、国内にある17基の原発を早期に廃止する方針を決めました。福島原発事故の翌日(3月12日)には国内のすべての原発を総点検することをいち早く決め、同14日に、昨年(2010年)打ち出したばかりの「原発稼動延長計画」を凍結するに至りました。原子力エネルギーから脱却してクリーンエネルギーへの転換を早める考えを表明したのです。

 陸上風力・洋上風力、太陽光・太陽熱、水力、地熱、バイオマスなど再生可能エネルギーの比重を、2020年までに総発電量の30%以上(現在は18.6%)、2050年までには80%以上にすることを目指すという計画です。そのために必要な法改正を、6月17日までに行なう予定です。

 ドイツ政府は、今から11年前の2000年6月15日、原発全廃に向けて電力会社と合意し、各原発の廃炉に向けた具体的日程を明らかにしました。1998年秋に発足したドイツ社会民主党と緑の党による連合政権下で、当時のシュレーダー首相は全原発の廃炉を主要電力四社と合意し、脱原発への道を明確に描き出しました。そして2002年に、ドイツ国内にあるすべての原発運転を2022年までに停止する脱原発法を制定したのです。

 シュレーダー政権を引き継いだメルケル政権は、昨秋、世界的な”原子力ルネサンス”の流れの中で、シュレーダー前政権の原発全廃方針を転換し、稼動中の17基の原発を平均で12年延長する方針に転換しました。しかし去る3月11日に起きた福島原発事故により、再び「脱原発」へと舵を戻したのです。

(中略)

 ドイツは、1973年の石油危機後、シュミット首相率いる社会民主党(SPD)と自由民主党(FDP)の連立政権により、原子力エネルギーの平和利用を推進する政策を採択しました。米国、ソ連、英国などと同様に、原発推進政策を国策として採り入れました。その後、旧東ドイツとの統一をはさんで、緑の党の結成と発展、連立政権・大連立政権などの変化を経て今日に至ります。

 エネルギー政策に大きな変化をもたらしたのは、1998年の社会民主党と緑の党の連合政権誕生です。この時に連邦政府と電力業界の間で原子力合意が締結され、国内の原発の新規建設は禁止されました。そして、既存の原発は通常の運転期間を32年と限定し、段階的に停止することが定められたのです。

 (中略)

 そして1986年のチェルノブイリ事故後、社会民主党大会で脱原子力の決議が採択され、1989年のベルリン綱領で「われわれは原子力を使用せずに、無公害で確実なエネルギーの供給をできるだけ早く達成したい」と述べて原子力エネルギーへの反対を明確に表明するに至ったのです。

 ドイツにおける「岩塩層への埋設が不可能」という結論は、「プルトニウムなどの高レベル放射性廃棄物の最終処分は人間の知恵では技術的に不可能だ」という判断を生み出しました。そしてシュレーダー政権は、1999年に「再処理禁止・プルトニウム撤退政策」を発表するに至ったのでした。

■日本では・・・
 (中略)

 野党の社民党は、4月20日、脱原発を進めるための行動計画案を発表。地震や津波の被害を受ける危険性が高い原子力施設から順番に停止し、新しい原発の建設計画中止を求めています。2050年までに全電力を、太陽光、風力、地熱などの自然エネルギーで賄うことを目指すとしています。2020年に30%、2050年に100%まで普及させる行程表を示しています。

 同じく野党の日本共産党は、3月31日、原発の「安全神話」から決別し、原発総点検、原発新増設中止、原発依存から自然エネルギーへの転換など、これまでの原子力エネルギー政策の転換を提言としてまとめ、発表しました。その後4月26日には志位和夫委員長が「原発から段階的に撤退してゼロにする工程表を、党として示していきたい」と述べています。

 一方、自民党内では、原発維持に向けた動きを始めました。4月中旬、自民党の甘利明、細田博之、西村廉稔ら原発推進派議員が集まり、原子力を守る政策会議(『エネルギー政策合同会議』)を発足させました。

 1955年の「原子力基本法」制定以降56年間にわたり、自民党政権、自公政権、民主党中心政権が電力会社や重電メーカー、建設業界等と一体になって進めてきた原発政策。その中心となってきた政党・議員の責任は、大きく、重い。

 原発政策を支持し推進してきた政党・議員は、福島原発事故の収拾目途が今だ立っていない状況を、どう考えているのか。単に津波対策用の防波堤を高く築き、非常用電源を丘の上に設置するなどして「改訂版”安全神話”」を作再び作ろうとしているのか。それで問題は解決すると考えているのか。使用済み燃料の最終処理問題をどう考えているのか。ドイツが国内にある17基の原発を早期に廃炉する政策を再び確認したことをどう受け止め、このことから何を学んでいるのか・・・。

 ドイツ生まれの経済思想家アーネスト・F・シューマッハーの次の言葉を、今一度、噛み締めて欲しいと私は思う。

”いかに経済がそれで繁栄するからといって、『安全性』確保する方法もわからず、何千年・何万年の間、ありとあらゆる生物に測り知れぬ危険をもたらすような、毒性の強い物質を大量にためこんでよいというものではない”

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引用を終えて、西洋以上に自然豊かな日本、国土の狭い日本、地震の多い日本で、なぜ緑の党のような環境政党が誕生しなかったのか?を考える時、やはり自然が豊かだからこそ誕生しなかったのだろうか、それとも戦争→市場原理の優等生としていわゆる失われた40年を過ごした時に、大切な何かを隅に置いてまでなすべき課題があったのだろうか?という疑問があらためて生じます。

ドイツでできることがなぜ日本で出来ないのか。とりあえず日独ともに数字が出ている2020年、2050年へのベクトルを、現在の日本が迎えるのかどうか、そのために私たち自身ができることを増やしながらそのベクトル形成に向けて認識形成に参加することが大切であると考えました。

今度ばかりは傍観は破滅であると確信します。




佐藤英幸
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なぜ東京電力が起こした事故の賠償を国民が負担しなければならないのか~河野太郎議員公式ブログより~

Posted by ななし on 17.2015 記事 0 comments 0 trackback
自民党の議員とは思えないほど至極真っ当な河野太郎氏の見識を紹介します。国民目線、反原発の立場を貫く同氏に共感できます。

『東電で倒閣』(河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり 2011年5月) より転載します。
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菅内閣なのか民主党政権なのかわからないが、東京電力の福島第一原発の事故の賠償案がひどすぎる。

2011年5月3日の朝日新聞が一面トップでとりあげているが、なぜ、東京電力が起こした事故の賠償を国民が負担しなければならないのか。

まず、経営陣、株主、貸し手の金融機関がそれぞれの責任を果たさなければならない。経営陣は総退陣すべきだし、株主価値を残したまま国民が負担を求められることがあってはならない。金融機関も自分達がリスクをとって貸したお金を、国民に負担をさせて回収してもよいとは思わないだろう(思うかもしれないが、それは許されない)。

事故が起きてから作った仕組みで、他の電力会社に拠出をさせれば、それぞれの電力会社のステークホールダーが、「事故の後から」負担を迫られることになり、これもおかしい。 さらに、再処理を前提とした2兆4000億円の電力会社の積立金(もとは電力料金だ!)には全く手をつけないというのも恣意的すぎる。

賠償は、1兆円ずつ4年間で4兆円としているが、果たして4年で全ての事故処理が終わっているだろうか。漁業や農業が4年間で元に戻っているだろうか。 賠償のためには東電の資産売却は避けられない。事故の被害規模を考えれば当然だ。

スッカラカンになった東電を国有化し、原発部門を切り離し、送電と発電に分割して売却しなければならないかもしれない。 東電が、逆立ちしても鼻血も出ないようになって、2兆4000億円の積立金がきちんと活用されて、それから初めて税の投入の議論を始めるべきだ。

東電の株を大量に保有したり、貸し込んだりした金融機関が、この事故の賠償で大きな影響を受けるかもしれない。政府は、その影響をきちんと予測した上で、必要ならば、システミックリスクを起こさないように、その対策を立てなければならない。もちろん、その金融機関を助けるためではなく、システミックリスクの波及を防ぐための対策だ。

経産省と東京電力、それに電気事業連合会は、毎日、議員会館を歩いている。議員1人1人に面談して、なにやらいろいろと訴えている。「東電を分割したら電気の供給が滞ります」「東電に賠償を押しつけたら金融危機が起こります」。

議員に一方的な話だけを聞かせてはいけない。政治は正義を行う必要がある。報道されているような賠償案が本当に提案されてきたら、国民が立ち上がらなければならない。こんな政府とそれを支えている与党はつぶさなければならない。もちろん、こんな賠償案を支持しようとしている自民党の電力族も。



猛獣王S
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父親のふとした疑問に、事実追及の可能性を感じました。

Posted by ななし on 16.2015 記事 0 comments 0 trackback
約4ヶ月ぶりに実家に帰省してきました。
駅からの帰り道、会社の様子などを訊いていた父親が、ふとした瞬間、いきなり訊ねてきました。「原発をずっと冷やしているけど、なんでそんなすぐ冷えないの?おまえわかる?」

父は今年で63歳、中学卒業と同時に左官技術取得のために修行を始めた、根っからの技術屋です。遠く離れた原発のことを考えているとは思っていませんでした。
長崎という土地柄、原子力関係の話題については敏感になるのは当然かもしれませんが、非常に驚きました。
ニュースでも、原発関連の話題は確実に減ってきています。私だって、るいネットのような、みんなで事実を追及しあう場が無ければ、「わからん」と答えて終わりだったと思います。
父のような、昔ながらの職人さんでも、今のマスコミ報道には到底納得していない。心のどこかで、「おかしい」と感じてモヤモヤしている。
みんなの求めるものでは到底ありえなくなったマスコミに比べ、みんなで事実の追求ができる場が、いかに時代にあったものかが実感できた出来事でした。





力野貞治
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福島沖海底(猛烈な濃度)

Posted by ななし on 15.2015 記事 0 comments 0 trackback
■福島原発沖の海底から高濃度の放射性物質が検出されています。
 政府、東電、学者、マスコミや今回の事態に対して「安全」「問題ない」を繰り返してきた連中は、どう対処するつもりなんだろうか?
 何よりも早く、事実を公表することが不可欠だと思う。

●NEVADAブログ より引用

~引用開始~
福島沖海底(猛烈な濃度)

フクシマ原発の南20キロ地点である<岩沢海岸>と北15キロの南相馬市小高区の沖合3キロの水深20~30メートルの海底で、2011年4月29日に採取した土砂から以下の放射性物質が検出されたと発表されています。

セシウム137 1400ベクレル(通常の1000倍以上)
セシウム134 1300ベクレル(通常の1000倍以上)
ヨウ素131    190ベクレル(通常の100倍以上)

海底で拡散されて影響はないと政府・東京電力・学者はしきりに述べていましたが、今回の調査報告で、今までの問題ないと言ってきた専門家はどう言い訳するのでしょうか?

それでも「当面は問題はない」という言い方をするのでしょうが、問題は専門家の処遇ではなく魚の問題なのです。

今後、高濃度に汚染された魚介類が発見された場合、この地域の漁業は全滅することになり、更に茨城、岩手、千葉にまで影響が及べば、これら地域は壊滅的な打撃を受けることになります。
特に千葉の銚子漁港は日本有数の漁港であり、ここが事実上水揚げ出来ない事態になれば大変なことになります。

補償金云々という事態ではなく、日本の漁業そのものが成立しないという事態になりかねないのです。
~引用終わり~






森羅万象
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国策でだまされた4半世紀~無人化を推進した原発~

Posted by ななし on 14.2015 記事 0 comments 0 trackback
国策でだまされた4半世紀 より引用します。

***以下引用***
 中国電力の上関原発建設計画をめぐって、4半世紀にわたって国策と対峙してきた地元・上関町では、「中電と国策にだまされた」という世論が圧倒するところとなっている。原発は「町の繁栄」が宣伝文句であったが、その前に町は農業も漁業も商工業もすっかり衰退し、人はいなくなって年寄りばかりとなり、中電の原発推進は上関の無人化推進であったことがだれの目にも明らかとなったからである。もうけていいことをしたのは1部のものだけで、古くから人情深く仲の良かった町民のあいだでは、推進、反対で争わされた傷跡を残すだけとなった。町民が食えなくなるのとあわせて、県は上関町を財政破たんさせ、合併・町の解体に追い込もうとしている。そして来年の10月には町長選挙となる。前回の柏原・山戸の「推進派、反対派」の選挙構図は、町民にとって苦苦しいもので虚構の対立である。どっちも原発推進でいいことをしてきた仲間なのだ。上関町の対立点はなにか。原発を持ち込んで廃虚にする、中電と国、県にたいして、町を売り飛ばす利権政治に対して、地方生活を守り発展させるかどうかが、鋭く対立している。国策によって住めない町にされてきた上関の現状は、いま構造改革で地方生活ができなくなっている全国の典型的な位置にある。

■深刻な八島の現実 人口は20年前の4分の1に・住むのは40人弱
 「近い将来、上関町全体が八島のような姿になるんだ。町長や役場は呑気に構えているが、人は住めなくなって廃村になりかけているのがわかっているのか!」。7月初旬、町内の離島・八島地区に住む老人が、「町政にたいする要望」を聞きに来た役場職員を、怒鳴りつける一幕があった。堪え忍んできた思いが溢れたものだった。先の展望が見えず、町は寂れるばかり。放ったらかしにされた八島は、「10年後には無人島になる」という思いを抱く。原発の空騒ぎとは裏腹に進行してきた過疎高齢化に、なんとか歯止めがかからないものかと多くの住民が心を痛めてきた。
 近年、急速に寂れている上関町のなかでも、離島の八島は1番深刻な状態といわれる。20年前に約230人いた住民は、いまではわずか58人。光輝病院に入院している高齢者などもおり、実際に生活しているのは40人弱といわれる。赤ん坊が産まれたのは33年まえが最後なのだと、島の老人は教える。53歳の最年少をはじめ、70代以下は10人ばかりとなった。そんな40数人が助け合いながら、暮らしを営んでいる。
 敗戦後、荒廃のなかから立ち上がっていく人人を支えたのは故郷の海と山であった。この時期に島には七〇〇人が溢れた。目に見える土地はすべて開墾され、田や畑になって暮らしを支えた。酪農の盛んな地としても名を馳せた。しかし現在では荒れるにまかせた廃屋が立ち並び、雑木や雑草が民家にまで迫って生い茂っている。
 島で唯一の商店を担っている70代店主は、「仕入れは、室津の商店や米屋から渡船で送ってもらっている。家から出られない年寄りや、重い荷物を抱えられない人の家には歩いて運ぶけれど、いつまで体がもつだろうか。やめればみんなが困るし……」と心配そうに胸の内を明かした。
 病院は月に2度、光輝病院から内科医が来るだけ。昨年までは内科、外科あわせて月に4度だったが、いつの間にか2度になった。あとは町派遣の看護婦が、電話で医者の指示を受けて薬を出している程度だ。
 80代の男性は、「上関は原発を追いかけてきたが、プランばかりですべて看板倒れ。国や企業の空論で、農業も漁業もいつも失敗の繰り返しだった。金は天から降ってはこない。働かないと」と語った。
 老婦人の1人は、「原発の話が持ち上がってから、よくなったところはない。八島は自然消滅なんです。定年退職で帰ってくる人がいるかと思ったが、みな騒ぎがいやだといった。原発のことは、いい加減やめてくれ! というのがみんなの正直な思いですよ」と語っていた。

■全町も無惨な衰退 かつての繁華街も・「歯抜け」の状態
 八島だけでなく、町の衰退は加速度的に進んできた。同じく離島の祝島も、1200人ほどから600人弱になり、蒲井は36世帯になった。四代・白井田も半減、戸津や室津も3割以上の人口減と、原発計画浮上時期と比較しても、その衰退ぶりはすさまじい。人の住まなくなった家は解体され、平らな土地には草が生えている。室津西町や上関福浦のようなかつてのメーンストリートでも、中通りでも「歯抜け」のような町並みが目立つようになった。
 農業委員の男性は「中電には30年前から、“無人化計画”があったのではないかと疑わざるをえない。農業にしても漁業にしても、造船業にしても、産業の衰退が町の活気を失わせたし、若者を住めなくさせた。世の中の構造も大きく変化した。わたしらが一生懸命につくってきた農道も、利用する人が減って畑は荒れるばかり。5年後には農業も担い手がいなくなる」と真顔で案じていた。

■対照的な原発狂い町政・利権事業で浪費
 対照的なのは、原発狂いの町政。20年にわたって、道路や交通の便、病院や介護、農漁業など産業・生活基盤の整備には関心が乏しく、最近では30億円もかけたデラックスな小学校を建て、意味不明の城山公園(トイレがあるだけ)をつくったりと、電源交付金に溺れて使い果たした。今年度は温泉保養地をつくるのだといって、調査費を計上した。「老人クラブ」と化した原発議会も足並みそろえて賛同。しかし実際には、今後の見通しもたたず財政破綻状況なのだ。
 全国的な地方切り捨てのなかで、近隣の平生町では今後5年間で20億円近い予算が不足するといわれている。役場職員はボーナス3割カットを敢行。田布施町でも同様の状態に危機感が持たれて、職員給料カットや議員定数の削減などがおこなわれた。「2年後に原発がくれば大丈夫」「それまでやりくりできる」とノー天気に構えているのが上関・柏原町政で、周辺自治体も驚きを隠せない。
 しかしこれは町長が大好きな博打であって、国からの地方交付金は、他町村と同様に削減されっ放し。「あと2年間持てばいい方」と役場関係者は台所事情に危機感を唱える。原発着工後に入る莫大な資金(入るか入らないかも不確定)をあてにして、「当たりも外れも2分の1」。町の倒産すら現実的ななかで、突っ走るという戦略に出た。町のために、積み立ててきた基金も、この数年間で取り崩してしまった状態だ。
 そして町の事業も、八島航路の上関丸のエンジンの取り替えでも、町内の業者がいるのにわざわざ町外の業者に発注して、物議を醸した。土建業者のなかでも、仕事量の減少にともなって、抜け駆けの奪い合いで、ほとんどの町内業者はほされっ放しの、キューキューいう状態。ワザとでも町がつぶれるようなことをやる状態である。





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放射能地帯の真相「この国は立ち直る」のウソとマコト

Posted by ななし on 13.2015 記事 0 comments 0 trackback
『放射能地帯の真相「この国は立ち直る」のウソとマコト』(日刊ゲンダイ2011/4/29) より転載します。
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チェルノブイリ25年の経験から福島原発事故のこれからの推移は正確に予測されている

先の大戦の例を持ち出すまでもなく、国家の非常時に、政府が「安全」「安心」「大丈夫」と繰り返すのは世の常だ。今回の原発事故にもその典型を見る。

ピーク時の1割程度に減少したとはいえ、今も福島原発は1日2400億ベクレルもの放射性物質を大気中に放出している。国際評価尺度では「レベル5」級だ。以前と比べれば「まだマシ」というだけで、平時ならギョッとするような大惨事が毎日、連続して起こっていることになる。しかも、この数値だって怪しいのだ。

「2011年4月5日ごろの放出量について、安全委は『毎時約1兆ベクレル以下』と見積もり、『放出量が落ち着いた』と発表しました。ところが、国際評価尺度のヨウ素換算値で計算し直すと、5日の時点でも毎時6・4兆ベクレル(1日154兆ベクレル)になることが判明。実態よりも過少に見積もっていたのです。安全委はこの事実を2週間以上も公表しなかった」(科学ジャーナリスト)

まさしく、大本営発表ではないか。国民の無知をいいことに情報を小出し、後出しにして取り繕う。姑息なパターンだ。この調子だと、1年後、10年後、20年後にどうなるのか。「あの時は間違っていました」と言われても「後の祭り」になってしまう。

そして、この国の公害や薬害は、こうしたことの繰り返しではなかったか。それだけにゾッとするのである。

◆何から何までウソばかりの原発情報

今回の原発事故の深刻度は「レベル3」から「レベル5」と変わり、発生1カ月後に「レベル7」に引き上げられた。安全委は「3月の時点で『レベル7』に該当する可能性が高いと分かっていた」(代谷誠治委員)とシレッと言い放ったものだ。福島県民はまさしく「後の祭り」だった。

「東京電力の『工程表』も怪しいものです。菅首相にせっつかれて“エイヤッ”と出した直後から、4号機の燃料プールの漏水の可能性や、毎時900ミリシーベルトの高放射線を発するガレキの存在など、次々と新事実が出てきました。『収束まで6~9カ月』なんて目標は、絶対に実現不可能です」(前出の科学ジャーナリスト)

福島・飯舘村への仕打ちも残酷だ。地形や風向きから放射線量が高いことはとっくに知っていたのに、村全域を計画的避難区域に指定したのは発生40日後だ。放射線量のピーク時には知らんぷり。これだけで、菅は辞めるべきだ。土下座して、クビを差し出すべきである。

チェルノブイリ原発事故は発生から25年が経った今も半径30キロ圏内は居住を禁じられ、周辺の子供たちは甲状腺がんの発症に怯えている。国連機関は被(ひ)曝(ばく)の長期的影響による死者は4000人と見積もり、完全な廃炉にはあと100年はかかるといわれている。

日本でも千葉・茨城両県の女性4人の母乳から、放射能物質が検出された。原発事故の苦しみは数十年単位で続くというのが、チェルノブイリの教訓だ。「今は安全」と言う政府はそれだけに信用できないし、こちらは歴史の教訓なのである。

◆政官財に学が連なる癒着の構造腐敗

参院議員の川田龍平氏が言う。

「薬害エイズや水俣病、アスベスト被害や薬害肝炎など、政府の安全宣言が崩れた例はたくさんあります。今度の放射能被害も同じで、政府の言い分はまったく信用できないと思います。そこには共通する構造的な問題があり、それがまったく改善されていないからです。まず、東京電力に今年1月、資源エネルギー庁長官が天下ったことでも分かるように、監督する側とされる側の癒着がある。当初、東京大学の学者が出てきて、放射能被害について過小評価していましたが、政官財の癒着に学が連なる。さらに、被害は直ちに出るわけでなく、かなり時間が経ってから出てくるのです。そのときに因果関係を証明するのは難しい。しかも、それを証明するのは被害者・原告で、証明ができなければ、政府補償もウヤムヤにされてしまう。こういう構造があるから、政府、企業、学者たちは無責任に安全だ、安全だと言うのです。原発の被災者の方には直ちに被災者手帳を交付すべきです」

公害病の原点とされる水俣病は、当初からメチル水銀が原因視されたが、反論していたのは東大医学部だ。薬害エイズ事件では厚生省の役人がミドリ十字だけでなく、多くの製薬企業や業界団体に天下りしていたことが露呈した。

こうした癒着がある限り、必然的に悲劇は繰り返されることになる。その裏で犠牲になるのは、常に政府の大本営情報に騙(だま)された庶民たちだ。

◆恐るべき理系アカデミズムのギルド社会

薬害肝炎の原告団だった衆院議員の福田衣里子氏はこう言った。

「放射能が漏れても安全だと言うなら、なぜ、逃げてくださいと言うのか。本当のことを言うとパニックになるのを恐れているのだとしたら、パニックになった方がいい。体制側の安全宣言はその場しのぎのことが多いのです」

政府の安全宣言なんて、昔からロクなもんじゃないのである。

もちろん、学者の中には真相を分かっている人がいる。しかし、本当のことを口にすると、学会では異端視されてしまう。この閉鎖性も大問題だ。

「理系のアカデミズムの世界はギルド社会。しかも、大学の予算だけでは研究は成り立たないものだから、政府の予算欲しさに政府が後押しする研究だけに傾注することになる。そういう研究室にいれば、予算も豊富だし、就職にも有利。学者人生は安泰です。そうやって、いつのまにか御用学者の集団ができるのです。原子力と地震学は典型ですね。いま、原子力について『おかしい』と言っている人は大変な勇気と決断力がある。学者の良心に忠実な人たちだと思う。どちらが信頼できるかは言うまでもありません」(ダイオキシン問題を追及したジャーナリスト・横田一氏)

政府寄りの学者は審議会などに登用されて、政府が箔をつけてくれる。いつのまにか、オーソリティーに祭り上げられ、権威が衣を着て歩いているようになる。これに対し、良心の学者は冷遇されることもある。しかし、歴史を振り返ってみれば、常に良心の学者の方が正しいし、そこには川田氏が指摘するような構造的、必然的な理由があるのである。

そうした政官財学がコントロールする言論統制の中で「この国は立ち直る」と言われたところで空々しい。信じる庶民はバカを見る。

大震災で唯一、良かったことがあるとすれば、世の中の本質が垣間見えたことだろう。
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猛獣王S
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原発作業員の被曝線量上限値引き上げを現場は拒否

Posted by ななし on 12.2015 記事 0 comments 0 trackback
2011年原発事故後、原発作業員の被曝線量上限値を、従来の100mSvから250mSvに引き上げる発表を政府が行ないましたが、実際に作業を請け負っている現場では新基準を拒否しています。

復旧作業員を冷温停止状態までどのように確保し続けていくのか、原発事故収束に向けた非常に重要なポイントになります。

ニッカンスポーツ・コムの記事
「政府被ばく基準増 原発作業員が拒否」
からの引用です。


(以下引用)
 高い放射線量下で電源復旧などにあたる福島第1原発の作業員が、2・5倍の被ばく線量上限アップを拒否していることが9日、明らかになった。厚生労働省が同原発の事故発生後に急きょ限度を250ミリシーベルトに引き上げたことについて、作業員を派遣する企業の多くが「現場が納得しない」などと反発。現在も従来基準の100ミリシーベルトを適用していることが、共同通信の取材で分かった。交代要員を含めて1000人を超える作業員は、大量被ばくの恐怖と闘いながら過酷な作業に従事している。

 福島第1原発の作業員には、「健康被害はない」という説明を受け入れる余裕もないのだろう。厚労省は引き上げ根拠について、緊急時の上限を500~1000ミリシーベルトとする国際放射線防護委員会(ICRP)の見解を考慮。「医学的知見から、白血球の一時的減少など健康被害が出ない上限を採用した」として、100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに変更した。しかし1000人超の作業員は、この決定を拒否していた。

 派遣元の関電工の広報担当者は「いきなり引き上げても、現場の作業員には納得してもらえない」と話した。3月24日の作業中に被ばくした同社社員3人の外部被ばく量は、173~180ミリシーベルト。これを超える250ミリシーベルトという基準に、現場が過剰に反応するのも無理はない。同広報は「うちは慎重にならざるを得ない。安全を考え、100ミリシーベルトを維持していく」と明かした。

 東電子会社の東京エネシスは「現地での管理目標値は100ミリシーベルト。実際は余裕を持って線量管理するため、さらに低く80ミリシーベルトに設定している」と説明。がれき撤去にあたるゼネコンの鹿島や大成建設も100ミリシーベルトを基準にしている。日立製作所の広報担当は「200ミリシーベルトを社内規定とした」と話した。

 名古屋大大学院マテリアル理工学専攻の榎田洋一教授は、100~250ミリシーベルトの被ばく量について「短時間で一気に肌に接触しない限り、負傷することはない。それでも、この量を少しずつ、長く浴び続ければ、がんになったり、遺伝で子孫に影響が出るかもしれない。高い放射線量下にいる作業員の精神的なストレスを考えれば、引き上げを拒否する気持ちは分かる」と理解を示した。

 今回の原発事故では、これまでの基準を変える過程があまりに急だった。現場に放射線量が相当に高い区域があり、100ミリシーベルトのままでは作業に支障が出る見通しとなったための、苦肉の策だった可能性が高い。日本の原発で作業員の平均被ばく線量は、05年までのデータで1人当たり年間1・0~1・4ミリシーベルト。一般人の年間限度をわずかに超える程度で、放射能漏れが続く福島第1原発の現場とは比較にならない。

(以上引用終わり)





新川啓一
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ECRR 欧州放射線リスク委員会2003 年勧告~規制当局者のために実行すべき結論

Posted by ななし on 11.2015 記事 0 comments 0 trackback
9. 本委員会は、同様の被曝はそのような被曝のリスクを決定するとの基礎に立って、放射線被曝を疾病に結びつける証拠を調査した。したがって、本委員会は被曝と疾病との関連についての全ての報告、すなわち、原子爆弾の研究から核実験降下物による被曝、核施設の風下住民、原子力労働者、再処理工場、自然バックグラウンド放射能、そして原子力事故について検討した。本委員会は、低線量での内部被曝による損害を紛れもなく示している2 つの被曝研究にとりわけ注目した。チェルノブイリ後の小児白血病と、チェルノブイリ後のミニサテライトDNA 突然変異についてである。これらのいずれも、ICRP のリスク評価モデルが100 倍から1000 倍の規模で誤っていることを示している。本委員会は、内部被曝や外部被曝によるリスクを示す事実からなる証拠を、健康への影響が予測されるあらゆるタイプの被曝に適用できる、新しいモデルでの被曝換算で荷重する根拠としている。
ICRP とは違い、本委員会は、死を招くガンによる子どもの死亡率、特殊ではなく通常の健康被害に至るまで分析を行った。

10. 本委員会は、現在のガンに関する疫学調査は、1959 年から1963 年にかけて世界中で行われた大気圏内核実験による被曝と、核燃料サイクル施設の稼働がもたらした、さらに大量の放射能放出が、ガンや他の健康被害の明確な増加という結果を与えているとの結論に達した。

11. 本委員会ECRR の新モデルと、ICRP のモデル双方を用いて、1945 年以降の原子力事業が引き起こした全ての死者を計算した。国連が発表した1989 年までの人口に対する被曝線量を元にICRP モデルで計算すると、原子力のためにガンで死亡した人間は117 万6300人となる。一方、本委員会のモデルで計算すると、6160 万の人々がガンで死亡しており、また子ども160 万人、胎児190 万人が死亡していると予測される。さらに、本委員会のモデルでは、世界的に大気圏内で核実験が行われその降下物で被曝した人々が罹患した全ての疾病を全て併せると10%が健康状態を失っていると予測されるのである。

12. 本委員会は以下を勧告する。公衆の構成員の被曝限度を0.1 mSv 以下に引き下げること。原子力産業の労働者の被曝限度を5 mSv に引き下げること。これは原子力発電所や再処理工場の運転の規模を著しく縮小させるものであるが、現在では、あらゆる評価において人類の健康が蝕まれていることが判明しており、原子力エネルギーは犠牲が大きすぎるエネルギー生産の手段であるという本委員会の見解を反映したものである。全ての人間の権利が考慮されるような新しい取り組みが正当であると認められねばならない。放射線被曝線量は、最も優れた利用可能な技術を用いて合理的に達成できるレベルに低く保たれなければならない。最後に、放射能放出が与える環境への影響は、全ての生命システムへの直接・間接的影響も含め、全ての環境との関連性を考慮にいれて評価されるべきである。

ECRR 欧州放射線リスク委員会2003 年勧告
放射線防護のための低線量及び低線量率での
電離放射線被曝による健康影響
規制当局者のために
実行すべき結論(リンク)より抜粋して転載

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長くなるので抜粋しましたが、1~8の重要部分も、のちのちの便利のためにできるだけ短く引用しておきます。

1 低レベル放射線の健康影響に関して別の見方を探すべきだとの認識で
一致した

2 本委員会は、体内の線源からの放射線リスクを評価するに際しては、内部被曝の疫学的証拠を、機械的理論に基づくモデルよりも優先させなくてはならないと結論した

3 本委員会は、ICRP の正当化は、時代遅れの哲学的推論、とりわけ功利
主義的な平均的費用-便益計算に基づいていると結論する

4 ICRP が使っている、異なった線質の放射線(例えば、アルファ線、ベータ線及びガンマ線)がもたらす異なった電離密度を調節するために採用されている放射線荷重係数の拡張

5 ICRP の概念である「吸収線量」に基づいてなされるが、それは細胞レベルでの危害の結果を正確には評価しない。外部被曝と内部被曝との比較もまた、細胞レベルでは定量的にきわめて異なることがあるので、リスクを過小に評価してしまうという結果をもたらすだろう。

6 ICRP モデルによる予測値と観察結果との間の100 倍ものひらきは、そのような被曝がもたらす小児白血病のリスクの評価となって表現される

7 本委員会は、疫学研究の結果においては、直線関係が失われていることをもって因果関係を否定する議論は進めるべきではないことを指摘する。

8 、ICRP がリスク計算の基礎として使用している未修正の「吸収線量」には欠陥があり、それを、特殊な被曝の生物学的かつ生物物理学的な様相に基づいて荷重を強調する、修正「吸収線量」に置き換えるべきであると
結論する

以上です。




佐藤英幸
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目的も捏造記事も国民の利益に反する「マスコミ」は、存在価値がいよいよなくなっていく

Posted by ななし on 10.2015 記事 0 comments 0 trackback
「原子力発電以外の可能性」横須賀理華さん
>これから、原発に関わらずニュースの見方が変わるように思う。
>同時に、今回の震災で、マスコミへの意識は大幅に変わるという可能性が
見えたことを前向きにとらえることも大事だと思う。 

 ネットによる事実情報開示等によって、今までにも徐々にそういった意識転換はすすんできていると思われます。

るいネット 「国民にとって重要な情報ほど報道しないのが大手マスコミ(新ベンチャー革命)1」
>政権交代が実現する前まで、国民は筆者も含めて、重要な情報は大手マスコミが流してくれるものと理解していました。だからみんな新聞を購読し、NHKに加入したのです。今にして思えばとんでもない裏切りです。ネットの普及と政権交代の相乗効果で、長年に渡る大手マスコミの国民への裏切りが“見える化”してきて、われわれ国民はそれにようやく気付いたといえます。

 しかし、今回の原発事故以降は、決定的に政府、マスコミ、御用学者、御用キャスターやタレントのあまりに無節操、意図的な原発擁護報道や発言が際立っています。それによって、さらに多くの(大半の)国民がその違和感やおかしさを明確に意識しています。

 しょせん、発信された情報や見解は発信者のレベルを超えるものではない。

 とすれば、マスコミが絶対的に正しい、というかっての常識(洗脳)こそが異常なのではないかと思います。


るいネット 「一般企業より劣るマスコミ業界による社会認識に何の価値があるのだろうか?」
>「新聞に書かれていることというのは、記者が集め、なおかつ記者のフィルターを通過したごく限られた情報だけなのである。つまり、それを読んでいる人は、永遠に記者のレベルを超えられないことになる。これはTVも同様だ」(『ビジネス力の磨き方』大前研一著 PHP新書 2007年 P129)
>では、そのマスコミ自身の実力はどうなのか。社会における最先端の情報を収集し、それを構造的に認識して、実践方針に活かしているのか?考えるまでもなく事実はその真逆である。
>つまり、彼らが「国民に対して情報開示せよ」「近代的経営を導入せよ」「企業の社会的責任を自覚せよ」と叩きまくっている一般企業は、厳しい市場の自由競争にさらされ、日夜、経営努力を余儀なくされているのに対して、マスコミは既得権益の上に乗っかり、いまだに戦前の体制に依存しているもっとも旧体質(序列原理のまま)の私権企業である。
>一般企業に、はるかに及ばないおそまつな経営陣、そして一般国民があきれるような非常識な人材をのさばらしている現場(低劣なゴシップ主義を平然と続けられるのがその証明)。ほんとうにマスコミが社会から必要とされなくなる日は近いのだと思う。

 しかし、たとえ報道内容や見解のレベルが低くても、本来の国民の利益を守る為に報道しているという基本姿勢が間違っていなければまだいい。ただ、今回、あきらかになっているのは、マスコミや政府・官僚や大企業(東電他の経済界)、さらには自分達の利権死守のためというのが本音(の目的)だったということまで見透かされてしまった。

 存在目的が国民の利益に反しており、その発信内容は嘘・誤魔化しのオンパレード、さらにはそれらを発信するマスコミ自身の堕落(既成利権に守られた旧態然とした業界)となれば、もはや存在価値はないに等しいのではないでしょうか?





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『朝まで生テレビ!「原発」第1弾』マスコミによる原発推進の歴史

Posted by ななし on 09.2015 記事 0 comments 0 trackback
「朝まで生テレビ」で今まで放送されてきた「原発」特集がyoutubeにアップされています。
1988年2月に放送された第1弾を見てみると、本当に情報が一方通行であり、マスコミ・社会科学者からの思考を停止させる発信のオンパレードに逆に考えさせられてしまいました。
現在につながる気付きがあるので紹介します。

以下引用
BLOG:hyokoya
『朝まで生テレビ!「原発」第1弾 1988年 2』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
このVTRを見て、日本が23年前の当時から、どうして原発推進を止めることができなかったとのかということを考え、3つの問題を感じた。

■日本人の科学的思考力(≒論理的思考力)の欠如
■日本国の民主主義の未成熟
■日本は、世界一の技術立国で、日本は特殊だという島国根性

この3点であり、それは23年前も未熟で、現在は更にだめになっているようにさえ思う。

■日本人の科学的思考力(≒論理的思考力)の欠如
議論において、栗本慎一郎、西部 邁、舛添要一といった社会科学出身の推進派の論客は、文明論などを持ち出す。進歩というのは、常に危険と隣り合わせだ。皆、豊かな生活を求める。豊かな生活を享受しながら、一方で、感情的に反原発を叫ぶと。例として、飛行機や車を出す。飛行機や車は危険だと分かっていても、そのリスクを許容する。私は、文系の学生だったので、文明論とかの話や、経済発展、進歩のために許容されるリスクがあるという話を出されると、当時もしこのビデオを見たら、そちら側の意見に賛同したような気がする。
しかし、今冷静になった考えた時に、彼ら、社会科学系の論客に欠けているものを1つ感じる。それは、「科学的思考力」なのだ。彼は、飛行機、車と原発を一般化して論じている。しかし、飛行機、車と原発は、違うものだ。どのような構造か?、どのように事故が起こるのか?、どんな危険性があるのか?、事故が起きた時の影響は?違う技術なのに、文明の進化にはリスクがつきものであると、一般化している彼らは、そもそも原子力の仕組みについて、興味もないし、理解もしていないだろうなと、思われる。異なる技術を文明論という社会科学的概念に一般化して、自身は原発の技術に興味がないというのは、「科学」の軽視だと思う。一方で、暉峻淑子(てるおか・いつこ)という反原発側の論客にも同じことを思う。

原発を止めるためには、原発の科学的な理解をした上での議論でなければいけない。
それなしで、生命だの、人権だのをあげただけでは、結局、権力側である推進派に丸め込まれてしまう。

■日本国の民主主義の未成熟
もう1つ感じるのは、日本の民主主義の未成熟だ。
中島哲演という福井の坊さんが、ろくに討論会が開かれないまま、建設された。と怒っていた。
金をバラまいて、原発を建てるという方式は、日本ぐらいらしい。
例えば、イギリスでは何百回も討論会がなされた上で、住民の同意を得た上で、建設がされるそうだ。
都会の人は、原発はどこか人ごとのはず。建設のプロセスはせめて現地の人に対して、民主的な手続きでなされるべきだ。
現地では非民主的な手続きで、建設が進められる。都会の人がそれを知る機会は、テレビぐらいしかない。
そのテレビが報道を規制しだしたら、現地の人の小さな声は、日本には届かない。

そのような社会問題を、声を大にして報道しなくなったマスメディアの責任は、大きいし、同時に、そのような真面目な問題に興味を示さなくなった、日本人の知的レベルの低下にも大きな問題があると思う。

■日本は、世界一の技術立国で、日本は特殊だという島国根性
VTRの最初の方を見ていると、アメリカのスリーマイルの事故、ソ連のチェルノブイリの事故があっても、日本は安全であるという根拠は、「日本の技術、オペレーションは優秀だ」という論理である。ちょうど、バブルの頃だから、それは特に説得力をもったのかもしれない。
その日本が、福島原発の事故で、フランスの技術に頼り、アメリカのロボットに頼る姿を見て、非常にショックを受けた。(日本はロボット技術は世界1のはずだったのだが)。
高速鉄道では、フランスは550kmを出すTGVがある。日本の主要家電メーカーは、サムスンの足下にも及ばなくなり、apple製品が世の中を席巻している現在、日本の技術的優位性とは、圧倒的な優位性ではなく、業界、業界内のある分野における優位であって、そんなことを言えば、どの国だってそういう優位はあるのだから、日本の技術的な優位性など、存在しないのではないか?島国の人間が、勝手に自画自賛しているだけではないか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
<以上引用終わり>




リンゴヨーグルト
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欧州放射線リスク委員会(ECRR)による福島第一原発 低放射線曝露によるがん発症者数予測の紹介

Posted by ななし on 08.2015 記事 0 comments 0 trackback
■福島原発低レベル放射線曝露によるがん発症者数予測

 欧州放射線リスク委員会(ECRR)の科学委員長クリス・バスビー教授は、日本の放射性降下物汚染地域で予測されるがん発症の計算を発表しました。彼は、IAEA及び日本の公式ウェブサイトのデータを使用して、がん発症数を推定するために、ふたつの方法を用いました。そして、これらの結果を国際放射線防護委員会(ICRP)のモデルによる結果と比較しました(注4)。

▼トンデル・モデル
 ひとつは、スウェーデン北部でマーチン・トンデル博士により実施された研究に基づくトンデル・モデルです。この研究はチェルノブイリ後10年間のがん発症率を検証したもので、土壌汚染のレベルの変動で差異が生じ、地表1平方メートル当りの放射性降下物の放射能量100キロベクレル(kBq)(注6:単位)毎に、がんが11%増加するという発見に基づくものです。
 バスビー教授は、この係数を福島第一原発から100kmの範囲の地域に適用しました。この地域についてIAEAは、1平方メートル当り平均 600kBqの放射能を報告していました。したがって、この100km地域の人口330万人の中で、今後10年間で事故前よりも66%のがん発症増加が予測されるとしています。これは2012年から2021年の間に福島原発による曝露で103,329の余分ながんが発症することを意味します。
 福島原発から200kmと100kmの間のドーナツ地帯の人口780万人に、100km以内より低い放射能量で"トンデル"モデルを適用すると、2021年までに120,894の余分ながんが発症することになります。
 住民がそこに住み続け避難しないと仮定するなら、"トンデル"モデルによるがん発症件数の合計は10年間で 224,223 となります。

▼ECRRモデル
 第二の方法は、生体で様々な放射性核種が様々な挙動をするということに基づき、ECRRが勧告する重み係数から引き出すものです。このモデルでは、100km圏内で191,986、100~200kmのドーナツ部で224,623の余分ながん発症が予測されます。これらの半分が最初の10年間で発症し、残りは10~50年の間に発症すると仮定します。
 住民がそこに住み続けると仮定するなら、この第2のモデルによるがん発症件数の合計は416,619であり(編注:合計すると416,619ではなく、416,609となる)、そのうち 208,310 が最初の10年間で発症することになります。したがって、トンデル・モデルとECRRモデルは概略一致していると言うことができます。

▼ICRPモデル ICRPモデルは、50年間で余分ながん発症は 6,158 としています。一方、半世紀の間にがんの発症は通常250万が予測されるといわれており、それに比べてICRPモデルによる発症数は非常に少ないことになります。

以上がクリス・バスビー 教授の試算です。

■ECRRレスボス宣言

 レスボス宣言(注5)は、ギリシャのレスボス島モリボスで開催されたECRRの国際会議で、日本人も含む世界の17名の科学者の署名の下に2009年5月6日に発表されました。この宣言では、ICRPモデルの問題点を次のように指摘しています。

ICRPが使用するある放射線曝露リスク係数は、チェルノブイリ事故での特に胎児や幼児期の放射線への曝露への適用には不適切であることが示された。
ICRPリスクモデルは、事故後の曝露にも、合併放射性物質(incorporated radioactive material)がもたらす内部被爆にも、効果的に適用することができない。
ICRPリスクモデルは、放射性核種への曝露によるDNAへの影響を明らかにできない。
ICRP リスクモデルは、特に遺伝子の不安定性のような非遺伝的影響や、間接的又は二次的影響の新たな発見について考慮していない。

 また、このレスボス宣言は、「ICRP リスク係数は時代遅れであり、これらの係数を使用すると、放射線リスクは著しく過少評価されたものになる」、「予防的アプローチを採用し、機能する十分に予防的なリスクモデルがない場合には、不当に遅らせることなく、現状の観察に基づくリスクをより正確に反映したECRRリスクモデルを適用することを強く促す」などの主張や強い提言をしています。

■結論

 ICRPの勧告は、"権威"あるものとして、日本を含む世界各国の原子力安全規制のベースとなっていることは事実です。しかし、私たち市民は、低放射線曝露の長期的な影響の検証には、被害を小さく見せる"権威"だけを盲目的に信じるのではなく、ICRPよりもっと厳しい、人の安全側に立ったECRR勧告があるということを知ることが重要であると思います。
 「直ちに身体に影響がでるレベルではない」という説明には、低レベル影響は心配不要であるとし、"原発は安全である"と言い抜けたい政治的な意志が強く感じられます。
 また、長崎/広島の被爆者や水俣病被害者について、高レベル曝露による急性障害には目を向けるが、低レベル曝露による影響は軽視して、補償範囲を拡大させないようにした日本政府の対応と、あい通ずるものであると思います。 (安間武)

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欧州放射線リスク委員会(ECRR)による
チェルノブイリ事故の犠牲者数と
福島第一原発 低放射線曝露によるがん発症者数予測の紹介(注2)

より抜粋転載。





佐藤英幸
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爆発しなくても、このまま半年を越えて放出され続けると、ほぼチェルノブイリの放出量に相当する!?

Posted by ななし on 07.2015 記事 0 comments 0 trackback
福島原発は、貯蔵されていた放射性物質(8500万テラベクレル)の約1%(85万テラベクレル)が、事故発生後約1ヶ月(~4.13)で放出されているらしい。
そしてこの値は、チェルノブイリが放出した量が520万テラベクレルだから、チェルノブイリの放出量の16%になる。
ということは、爆発しなくても、このまま半年を越えて放出され続けると、ほぼチェルノブイリの放出量に相当する!?


i-Mart 福島第一原発の放射線汚染の拡散  より引用
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■福島原発の現状予測(23.4.13)

◇依然、大量放出の恐れ

東電の試算によると、事故がなければ4月11日時点で1~3号機の炉内と使用済み核燃料プールに残った放射性物質の総量は約8500万テラベクレルと見積もられていた。保安院は「今回の事故で炉内にあった放射性物質の約1%が放出された」とみている。仮に1~3号機の放射性物質がすべて放出されると、チェルノブイリの十数倍に上る。

■チェリノブイリ原発事故と福島原発事故

[福島原発]

原子力史上最悪の1986年のチェルノブイリ原発事故に匹敵する.。
事故から4月5日までに放射性ヨウ素換算で37万~63万テラベクレル(テラは1兆倍)になった。
、現時点では原子炉内に保持され、放射性物質の外部への放出量は10分の1程度と見積もられるが、今後の推移次第。

[チェリノブイリ原発]

放出量は520万テラベクレルとされている




浅丘東出
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放射線と健康被害の因果関係について(各種データが豊富)

Posted by ななし on 06.2015 記事 0 comments 0 trackback
以下はピッツバーグ医科大学放射線科の放射線物理学名誉教授 アーネスト・スターングラス博士による日本での講演記録「放射線と健康」(2006年) を抜粋要約したものです。

詳細は参考先を見ていただくとして、放射線と健康被害の影響に関して事豊富なデータをもとに解説されているので説得力があります。

これを見ると現代病といわれるガンの増加要因が、核実験や原発増加と深い因果関係にある事が濃厚です。(肺がん増加も喫煙とは直接関係無い)

________________________________

以下スライド番号は参考先のグラフを示します。

■スライド01:エックス線照射率とガン発生率
・10歳未満のガンや白血病の子供の母親が妊娠中にエックス線を浴びていた。
・赤ちゃんや胎児は大人の100倍の影響を受ける。
・妊娠3ヶ月未満にエックス線を浴びたお母さんの子供は10~15倍がんの発生率が高い。

■スライド02:ニューハンプシャーにおける乳児1000人に対する死亡率
・核実験と連動して死亡率が増減していることがわかる。

■スライド04:米国新生児低体重率
・ペンシルベニアでのスリーマイル島事故直後に乳児低体重率下降停止。
・チェルノブイリ原発事故後に低体重率上昇。

■スライド05:米12州の乳児死亡率(原発のある州と無い州)
・原発のある州では核実験中は死亡率の下降が停止、核実験が終わってもベースラインにも戻らず。
・原発の無い州では、核実験が終わるとベースラインに戻る。
・つまり乳幼児の死亡率と原発の有無が関係している。
※ベースライン:予測値のこと

■スライド07:米・乳歯中の平均ストロンチウム90
・米国民全員が被爆している事実。
・7,8歳の子供の乳歯からストロンチウム90が蓄積していることがわかる。
・核実験がおわると値はさがるが、その後横ばいに。ちょうどその頃アメリカで大規模な原発が操業開始された。
・86年~89年に少し減少しているのは、原発の稼働率減少や閉鎖が影響。

■スライド08:ミルストーン原発周辺地区のミルク中のストロンチウム90(1976年)
・コネチカットのミルストーン原発からの距離とミルク中のストロンチウム90のの値が比例している。(近いほど値が高い)

■スライド09:ミルストーン原発始動の1970年から1975年まで原発からの距離とガン死亡率の%変化
・がん死亡率が原発からの距離に比例して低くなっている。(近いほど死亡率が値が高い)
・原子炉近くでは、5年で58%死亡率が上昇。

■スライド10:甲状腺がん発生率1935年~92年 コネチカット州
・1935年から45年は変化なし。むしろ減少傾向。
・1945年からわずか5年間で3倍。大気核実験ピークから5年たった1965年に再び上昇。
・ミルストーン原発の稼動から5年後に急上昇。
・チェルノブイリ事故から5年後に再び急上昇。

■スライド11:乳がん発症率 女性年齢50~74 1935年~90年 コネチカット州
・1935年から45年は変化なし。
・核実験中に上昇。1967年にコネチカットで、ハダムネック原子炉が稼動すると急上昇。
・1970年にミルストーン原子炉が稼動すると5~8年後に大きく上昇。

■スライド12:肺がん死亡率及び喫煙率 白人女性18歳以上
・大規模な核実験が終わった1961年~62年から1990年までに18歳以上の女性の肺がん死亡率は5倍以上に。しかしその間女性の喫煙率は減少している。
(肺がんと喫煙に関連がないことの根拠にもなる)

■スライド15:日本のすい臓がん死亡率(男性)推移
・1930年から45年までは低く全く変化なし。
・1963年ごろまでに一気に12倍に増加。

■スライド16:ガン死亡率日本全土 5~9才男子
・1935年から1947年まで死亡率は減少。
・それ以降ソ連やアメリカの核実験と連動して6倍に上昇。

■スライド17:年齢補正ガン死亡率 日・米
・1920年から45年まで喫煙率、化学物質の増加、石油ガス石炭の消費増加による大気汚染増加にかかわらず日本ではほとんどガンの増加なし。
・1945年以降ガン死亡率が急上昇。アメリカ、日本とも、核実験を一時停止した時期にそれと連動して死亡率も減少。

■スライド20:1899年から2003年までの主要死因別死亡率推移
・1947年ごろから急激にガン上昇。1966年商業原子力発電所の放出が始まるとさらに上昇。
・核実験が原因なら減少していかなければならないが、治療法向上にもかかわらずガン死亡率は増加。
・1990年はじめから急激なガン死亡率上昇が見られるが、このとき劣化ウラン兵器がアフガンやイラク戦争で用いられていた。それが世界を回っている。




きっちょむ
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悲惨を極める原子力発電所事故―終焉に向かう原子力(第11 回)講演<小出 裕章>

Posted by ななし on 05.2015 記事 0 comments 0 trackback
ちきゅう座『悲惨を極める原子力発電所事故―終焉に向かう原子力(第11 回)講演:小出裕章』 より転載します。
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Ⅲ.起きてしまった福島原発事故
防げなかった悲劇
 私は 40年間、原発の破局的な事故がいつか起きると警告してきました。その私にしても、今進行中の福島原発事故は悪夢としてしか思えません。
 原発は機械です。機械は時に事故を起こします。その原発を作り動かしているのは人間です。人間は神ではありません。時に誤りを起こします。その上、この世には人智では測ることができない天災もあります。どんなに私たちが事故を起こしたくないと願っても、時に事故が起きてしまうことはやはり覚悟しておかなければいけません。そして問題は、原発とは厖大な危険物を内包している機械であり、最悪の事故が起きてしまえば、被害が破局的になることが避けられないということです。
 放射能汚染地に人が居続けることを私は望みませんが、その地から人々を追い出せば、チェルノブイリ事故で起きたように、今度は生活が崩壊してしまいます。私にはどうすればいいのか分かりませんでしたし、そんな過酷な選択を迫られることがないように、何よりも早く原発そのものを廃絶したいと願ってきました。しかし、その私の願いは届かないまま、福島原発事故は起きてしまいました。
推進派も恐れる巨大事故と保険
 原子力発電所でもし大事故が起きた時にどのような被害を引き起こすかということは、原子力を推進しようとした人たちにとっても深刻な問題でした。特に、原子力を設置しようとする会社にとっては、事故を起こしてしまった時の補償問題をどうするかが決定的に重要でした。世界の原子力開発を牽引してきた米国では、初の原子力発電所の稼働を前にして、原子力発電所の大事故がどのような災害を引き起こすか、原子力委員会 (AEC)が詳細な検討を行いました。その検討結果は、「大型原子力発電所の大事故の理論的可能性と影響」(3)として、1957年 3月に公表されました。この研究では、熱出力 50万 kW(電気出力では約 17万 kW)の原子力発電所が対象にされ、その結論には以下のように記されています。
 「最悪の場合、3400人の死者、4万 3000人の障害者が生まれる」
 「15マイル(24キロメートル)離れた地点で死者が生じうるし、45マイル(72キロメートル)離れた地点でも放射線障害が生じる」
 「核分裂生成物による土地の汚染は、最大で 70億ドルの財産損害を生じる」
 70億ドルを当時の為替レート( 1ドル当たり 360円)で換算すれば、 2兆 5000億円です。その年の日本の一般会計歳出合計額は 1兆 2000億円でしかありませんから、原子力発電所の事故がいかに破局的か理解できます。
原子力推進派が取った対策
①破局的事故は起こらないことにした
 原子力を推進する人たちも万一破局的な事故が起きた場合、どんな被害が出るか知りたがっています。そのため、原子力開発の一番初めから、破局的事故が起きた場合の被害の評価を繰り返し行ってきました。しかし何度評価を繰り返しても結果は同じでした。もし破局的事故が起きると考えてしまえば、国家財政をすべて投げ出しても購いきれない被害が出ることが分かりました。
 そこで、彼らは破局的事故に「想定不適当事故」なる烙印を押して、破局的事故は無視することにしました。日本で原子力発電所を建設する場合には、原子炉立地審査指針に基づいて災害評価を行うよう定められています。そして、「指針」では、あらかじめ決めておいた重大事故と仮想事故について評価を行うよう求めています。重大事故は「技術的見地からみて、最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故」と定義されていますし、仮想事故は「重大事故を越えるような、技術的見地からは起こるとは考えられない事故」と定義されています。それらの事故では原子炉が溶けてしまい、炉心に溜まっていた放射能が格納容器の中に放出されると仮定されています。そんな事故になれば格納容器の健全性も破壊され、大量の放射能が環境に漏れる可能性が高いのですが、重大事故や仮想事故ではいかなる場合も格納容器は健全だと仮定されています。そんな仮定をしてしまえば、住民に被害が出ないことは当然です。そして、格納容器が破壊されるような事故は決して起こらないとし、そうした事故を「想定不適当事故」と呼んで無視してしまうことにしたのでした。
 もちろん誰だって原子力発電所の巨大事故など望みません。巨大地震や巨大津波を望まないのと同じです。しかし、どんなに巨大地震や巨大津波が起こらないように望み、仮にそれが起こらないと思い込もうとしたところで、時にそれらの天災はやってきます。
②電力会社を破局的事故から免責した
 次に彼らがやったことはどんなに巨大な事故が起きても、電力会社は責任をとらなくてもいいという法律を作ったことです。米国議会[億円]では WASH-740の結果を受け、直ちに原子力発電所大事故時の損害賠償制度が審議され、9月にはプライス・アンダーソン法が成立、1957年12月18日のシッピングポート原子力発電所(電気出力 6万kW)の運転開始を迎えたのでした。
 日本でも、日本原子力産業会議が科学技術庁の委託を受け、WASH-740を真似て、日本で原子力発電所の大事故が起きた場合の損害評価の試算を行いました。その結果は、1960年に「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害に関する試算」としてまとめられましたが、その結果が WASH-740と同様に破局的なものであったため秘密扱いとされてしまいました。それでも、電力会社を原子力開発に引き込むためには、どうしても法的な保護を与えねばならず、大事故時には国家が援助する旨の原子力損害賠償法を1961年に制定したのでした(図5参照)。
 米国の「プライス・アンダーソン法」、日本の「原子力損害賠償法」は、破局的事故時の賠償の上限を定め、それ以上の賠償を電力会社から免責しています(図5参照)。さらに、日本の「原子力損害賠償法」の場合には、「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱災」つまり、地震や戦争などの場合にはもともと電力会社は一切の責任を負わないでいいと記されています。誠によくできた法律というべきでしょう。
③原発を都会には作らないことにした
 原子炉立地審査指針に基づいて「重大事故」「仮想事故」について評価し、その結果をもとに、立地の適否を判断しますが、その基準は以下のように書かれています。
--------------
 立地条件の適否を判断する際には、(中略)少なくとも次の三条件が満たされていることを確認しなければならない。
 1 原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること。
 2 原子炉からある距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯は、低人口地帯であること。
 3 原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること。
-------------





匿名希望
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葬られた微量放射線の影響調査報告(2)

Posted by ななし on 04.2015 記事 0 comments 0 trackback
つづき。永田町異聞より転載。
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下記は「原発への警鐘」に記されたマンクーゾ報告の要点である。

◇◇◇
1944年~72年に至る29年間に、ハンフォード原子力施設で働いた労働者2万4939人のうち、調査時点での死亡者3520名。そのうち白血病を含むガンによる死者670名。全米白人のガン死亡率より6%以上も高かった。

ガンで死亡した労働者が生前、職場で浴びた外部放射線量は平均1.38ラド、ガン以外の死者の平均線量は0.99ラドだった。ガンによる死者のほうが生前、40%多く放射線を浴びていたことになる。

倍加線量(ガンの発生率を通常の2倍にする放射線量のこと)はガン全体で12.2ラド、肺がんで6.1ラド、骨髄ガンで0.8ラド、などと推定される。
◇◇◇

放射線の単位であるラド、レム、シーベルト、グレイ、ベクレルはそれぞれ定義が異なり、単純に換算できないが、ここでは便宜的に、1ラド=0.01グレイ=0.01シーベルトとする。

ガンで死亡した労働者の浴びた外部放射線量1.38ラドというと、0.0138シーベルト、すなわち13.8ミリシーベルトである。もちろん年間の被曝量ということであろう。

そしてマンクーゾ報告はこう結論づける。「人間の生命を大事にするというのなら、原子力発電所の内部で働く作業従事者の被曝線量は年間0.1レム(1ミリシーベルト)以下に抑えるべきである」

わが国では、ICRPの勧告をもとに年間の放射線許容量として、一般人の場合で1ミリシーベルト、放射線業務従事者なら50ミリシーベルトという数字を採用してきた。

マンクーゾ報告の結論からすると、50ミリシーベルトというのは、とんでもなく高い数字である。

しかし、原発で働く人の許容放射線量を1ミリシーベルト以下にしようと思えば、作業効率やコスト面などで難しく、現実の問題として、原発そのものを否定することにつながりかねない。

当然、当時の米国の国策にそぐわず、原発関係者や学者らから「科学的信憑性に欠ける」などと一斉攻撃を浴びて、マンクーゾ報告は米政府の手で抹殺され、学界の深い闇の底に葬られたのである。

ICRPの起源は1928年にさかのぼる。レントゲンによるX線の発見で、放射線が医療現場で使われるようになったため、医師や技師の健康を守る必要が生まれ、研究者が世界から集まった。現在、ストックホルムに事務局がある。

この組織が、放射線から人を守るという純粋な精神をしだいに失い、行政や原子力産業サイドに傾斜する姿勢に変質していったことは、しばしば指摘されてきた。たしかにその勧告は1958年を境に、許容量を高くする、つまり規制を緩める方向に転じている。

そもそも同じ人体に対し、一般人は1ミリシーベルト、原発作業員はその50倍でOKというのは、いかにも便宜的である。

福島のこどもたちに、年間20ミリシーベルトまでは絶対大丈夫だと言い切れる根拠が、ICRPの勧告以外にあるのならぜひ政府に示していただきたい。

文科省の鈴木寛副大臣は「100ミリシーベルト未満では、ガンなどのリスク増加は認められない」と述べたと報道されているが、それならば、その根拠となる調査研究データを即刻、明らかにすべきではないか。

マンクーゾ博士はこう警告したという。

「原子力産業はクリーンでもなければ、安全でもありません。それは殺人産業といっていいでしょう」

福島第一原発の事故が日本人、いや世界人類に突きつけているこの警告をわれわれは今、どう受けとめるべきだろうか。国がエネルギー政策の転換を真剣に考えねばならないのは当然のことであろう。

そして将来、スロー・デスを引き起こさないよう、国は細心の放射能管理政策を実行せねばならない。

いまここに見えていないからこそ、その脅威に対し、しっかりとした見識をもって判断すべきである。決してその時々の弥縫策で済ませてはならない。
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転載以上




田中素
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葬られた微量放射線の影響調査報告(1)

Posted by ななし on 03.2015 記事 0 comments 0 trackback
原発事故後間もなく、国が許容放射線量の引き上げの根拠としたICRPの基準も、原発推進に都合の悪い実態調査を抹殺して都合よくつくられたものだという。

以下、永田町異聞より転載。(2011年4月)
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福島県内のこどもたちへの放射能健康被害が心配されている。

大気中の放射線予測値が年間20ミリシーベルトまでなら、校舎や校庭の利用を認めるという暫定方針を政府が発表したからだ。これまでの1ミリシーベルトから一気に20倍にはねあがる。

その根拠は、科学というより、世界の権威、ICRP(国際放射線防護委員会)への「信仰」というほかない。

文科省はこう説明する。「一般人の線量限度は本来年1ミリシーベルトだが、ICRPは原発事故などの緊急時には年20~100ミリシーベルト、事故収束後は1~20ミリシーベルトを認めている」。

官僚にとっての判断基準は「論拠」という名の、いわば「言い訳のタネ」だが、権威の勧告に従っていればそれを満たすということだろう。

筆者は2011年4月7日のメルマガで「許容放射線量の虚構」と題して、ICRPの勧告なるものに根本的な疑問を呈した。

ICRPが許容放射線量の根拠にしているのは、広島、長崎の被爆者の健康被害データと、原爆投下時の放射線量の暫定的な推定値である。いま、福島が直面しているような「微量放射線」の影響を調査した結果にもとづくものではない。

筆者の知る限り、微量放射線が人体に与える影響についての調査結果を人類にもたらしたのは1977年の「マンクーゾ報告」をおいてほかにない。

ところが、この「マンクーゾ報告」は、「スロー・デス」(時間をかけてやってくる死)という不気味な言葉を残したまま、米政府の手で抹殺された。

米・ワシントン州のハンフォード原子力施設労働者の健康被害を追跡したそのレポートの結論が、ICRPの放射線許容の甘さを証明する内容だったからである。

米政府・エネルギー省に「ペルソナ・ノン・グラータ」(危険人物)の烙印を押されたマンクーゾ博士から直接、話を聞いた日本のジャーナリストはおそらく内橋克人氏だけではないだろうか。

筆者は昭和61年に刊行された内橋氏の「原発への警鐘」で「マンクーゾ報告」の存在を知った。

福島第一原発の事故後、復刻版「日本の原発、どこで間違えたのか」が発刊されているので、興味ある方は読んでいただきたい。

ここでは手もとにある「原発への警鐘」をもとに、マンクーゾ報告の内容と、ICRPの勧告を根拠に日本政府が採っている放射能対策の落差について、筆者なりの整理をしてみたい。

「被曝の危険性について米政府当局はいつも次のような言い方をしています。差し迫った危険はない」

マンクーゾ博士は内橋氏にそう語ったという。「ただちに影響はない」という枝野官房長官とそっくりの言い回しだ。

ここに大いなる欺瞞、ごまかしがあることは、多くの国民が気づいている。ただちに危険はなくとも、遠い将来、影響が出てくるのではないか。そう、疑っている。

被曝には大きく分けて二種類ある。原爆の被爆者のように一度に大量の放射能を浴びるケースがひとつ、そしてもう一つが日常的に微量の放射線を浴び続ける場合だ。

広島、長崎の被爆者については、原爆傷害調査委員会(ABCC)が、白血病やガンなどの健康被害を追跡調査したデータがある。ところが、原爆投下時にどれだけの放射線量があったのかが定かでないため、放射線量と人体への影響についての相関関係を解明しきれていない。

ネバダなど過去の核実験の測定値にもとづいて、広島、長崎の放射線量を推定した値を、広島、長崎で集めた発病データにあてはめて、人体が放射線でこうむる影響を計算した結果が、ICRPの許容放射能の数値のもとになっている。

つまり、ICRPが各国政府への勧告の基準とする微量放射線の影響評価も、広島、長崎の健康被害データと放射線推定値から導き出されているということだ。

これに対して、ハンフォード原子力施設を対象としたマンクーゾ博士の調査報告は、日常的に微量の放射線を浴び続けた場合、人体がどういう影響を受けるのかについての世界初の研究データといえるものであった。
---------------------------------------------------------------
つづく。





田中素
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原発災害10年・20年後はこうなる:IAEA「影響なし」の嘘、低濃度放射能でも健康被害が起きていた(2/2)

Posted by ななし on 02.2015 記事 0 comments 0 trackback
(その1からのつづき)

■IAEAの嘘:食い違う世界最大の原発推進組織と現地の医師たち

時々チェルノブイリの被害は大したことがなかったという議論を見かけるが、これはすべてIAEAの報告を鵜呑みにした人たちの主張である。現地の医師たちがどれほど臨床事実に基づいた放射能被害の科学的証拠を提出しても、IAEAはそれをほとんど無視・一蹴して、(原発推進という利権目的のために)被害をないものにしようとしてきた。

例えばチェルノブイリ原発災害についてのIAEAの公式報告書(1996年)によると、犠牲者はたったの50人であり、他の人たちは飲酒・タバコや、単なる医療の不備、もしくは技術革新によって病気が発見されやすくなったために増えたように見えるだけだと結論づけた。多くの人々から批判を受けたが、IAEAは20周年の報告書でも「現在確認されている犠牲者は50人であるが、調査は継続する必要がある」と言葉尻を変えただけだった。人は利権によってこれほどまで卑劣になってしまうのだろうか。

各地の医師たちが報告してきた事実をまとめれば、これまでに被ばくが原因でガン・心臓病・白血病などで死亡した人の数は100万人に達している。NHKスペシャルがIAEAに批判的な現地の医師たちの意見を採り上げていたことを評価したい。今日のNHKからは想像もできないほどバランスがとれている。

■いま日本人が一番恐れるべき事実:低濃度放射能汚染でも10年・20年後には致命的な健康被害

チェルノブイリ原発災害では放射性物質が1000km以上飛散して北欧などでもガン発生率が増加した地域も出たが、旧ソ連が公式に認めた汚染地域は原発から約600km離れた地域までである。600kmといえば福島から神戸あたりまでの距離に匹敵する。

その中で最も放射能汚染が軽度であった低濃度汚染地帯、厳密には放射性セシウム総降下量が1 - 5キュリー/平方キロメートル(Ci/km2)、つまり370億 - 1850億ベクレル/平方キロメートル(Bq/km2)であった地帯については、IAEAは当然のこととしてソ連崩壊後の各国政府も「人体に影響はない」レベルの汚染だと言ってきた(以下の画像にある一番薄いピンクの部分のこと、ちなみにソ連は単なる円ではなく実際の汚染計測値に基づいて避難・移住地域を区分した)。

チェルノブイリ汚染マップon日本列島

リンク先の図表参照

<1Ci = 37,000,000,000Bq = 370億ベクレル = 37000百万ベクレル>
<5Ci=185,000,000,000Bq =1850億ベクレル=185000百万ベクレル>

ところがこの低汚染地域でガン・白血病など健康被害が増大してきた事実にNHKスペシャルは焦点を当てている。

すでに福島第一原発周辺の自治体ではチェルノブイリ強制移住地帯(15Ci/km2以上)に匹敵する、あるいはそれ以上の放射性物質が降り積もっているが、本当に恐いのは、摂取制限が厳格に適用される高濃度汚染地帯ではなく、むしろそれがない低濃度汚染地帯の方である。

10年後のNHKスペシャルでは、低濃度汚染地帯に区分されたベラルーシ・ポレーシア地方のゼルジンスク村の話が出てくる。ここは原発から約200km離れており、だいたい福島から東京までの距離と同じである。この村の住民は自給自足的農業を営んでいるため、高濃度の汚染地帯の食品は食べていない。それでもこの村の住民の体内被曝レベルが高濃度汚染地帯のそれとあまり変わらないほど高いレベルであったという事実は重大である。なぜなら「安全」であるはずの低濃度汚染から出荷された食品を主に食べているすべての人々が同じような事態に直面していると推測されるからだ。

なぜそうした事態が起こるのかといえば、土→草→牛→乳製品→人体といったサイクルの中で放射性セシウム(セシウム137は300年ほど放射線を出し続ける物質)が濃縮される、いわゆる生態濃縮によって、人体が長期的には高濃度の放射能汚染にさらされていたからだ。

3月21日から27日までの1週間で、茨城県ひたちなか市では257.4億ベクレル/km2、東京都新宿区でも64.5億ベクレル/km2のセシウム137が降った。仮にこの降下量レベルが3ヶ月続くと仮定すれば、茨城のセシウム137総降下量は3346億ベクレル/km2でソ連が自主移住を認めたレベルとなり、東京のセシウム137総降下量は839億ベクレル/km2でソ連の低濃度汚染区分に入る。福島第一原発は冷却材喪失の事態に陥っているためまだ1年以上放射能を出し続ける可能性もある。

つまり、このままいけば東日本全域が少なくともソ連区分の低濃度汚染地域に分類されることになり、現在のようなゆるい基準値で「安全」だとして低濃度の汚染食品を食べさせ続ければ、2020年頃までに日本の人々は、現在チェルノブイリ被ばく者たちが被っているのと同じ問題を抱え込み、その上IAEAや政府や電力会社や御用学者たちによって「原発事故との因果関係は認められない」と言われ、補償も受けられず見捨てられることになるであろう。しかも日本はゼルジンスク村のような自給自足経済ではないので、流通を通じて西も東も日本全国(輸出先にも)同じような体内被曝リスクを受けることになる。

~後略~



きっちょむ
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