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原発御用学者を増産させた国立大学の独立行政法人化

Posted by ななし on 31.2015 記事 0 comments 0 trackback
『[やっぱり元凶は小泉・竹中だった]原発御用学者を増産させた国立大学の独立行政法人化』(日刊ゲンダイ2011/4/20)より転載します。
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補助金激減で次々「礼賛派」に
「直ちに健康被害はない」「心配ありません」――。
福島原発の事故で“流行語”になった「御用学者」。
原発建屋内で水素爆発が起きようと、周辺に大量の放射性物質がまき散らされようと、涼しい顔で安全性を強調する姿勢は奇異だった。しかし、この「原発礼賛」にも小泉・竹中改革が関係している。環境関連の学会理事がこう言う。

「我々の学会はもともと『反原子力』であり、環境と共生できるエネルギーの研究が盛んでした。自然破壊のリスクがあり、厳重に管理しなければならない原子力の限界を皆が理解していたからです。ところが、小泉が打ち出した『国立大学の独立法人化』によって、この方向が一変してしまったのです」

国立大学の法人化は04年に導入された。小泉が「郵政民営化」とともに進めた肝煎り施策で、スローガンは「競争的環境の中で世界最高水準の大学を育成する」だった。

「この独法化で国からの補助金が激減し、研究費が捻出できなくなった教授が続出したのです。我々の学会も数百万円あった予算がゼロになりました。仕方なく、企業からカネを集めると、電力会社の寄付がケタ違いに多かった。
原子力は国家事業だから国の予算も潤沢。企画書に『原子力とクリーンエネルギー』などと書いただけでカネがどんどん出ました。こうして原子力を批判していた学者が次々に礼賛派に回り、逆に原子力を否定する論文を書いた学者は針のムシロ。学者の世界はどの分野もムラ社会だから、村八分を嫌う傾向にある。御用学者の輪はこうやって広がったのです」(前出の学会理事)

福島原発の事故は、小泉が首相になった時点から始まっていたのだ。
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猛獣王S
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京大 小出助教授の2011/4/19 ラジオ放送での発言要約

Posted by ななし on 30.2015 記事 0 comments 0 trackback
2011/4/19に京大 小出助教授がFM797京都三条ラジオカフェに出演され、そのラジオ番組内で話された内容を要約された方(「小出裕章(京大助教授)非公式まとめ」)がいらっしゃったので、ご紹介させていただきます。


>以下、要約です。
・(東電の工程表だと9ヶ月で原子炉を安定させるとなっているが実現可能性は?)
東電が示した工程表通りに作業が進むことを願うが、出来ないと思う。今回の事故を招いた東電の甘さや、事故の後の楽観的な姿勢という流れを見ていると、東電がみるように進むとは思えない。進まないと思う理由は二つ。
一つは現場がとてつもない被曝環境にあること。気が遠くなるほどの作業の積み重ねが必要で、そのために必要な、特殊な能力を持っていて被曝が覚悟をしている生身の人たちが6〜9ヶ月に渡って仕事をするわけだが、それが続けられるだけの人数を集めることは難しいだろうと思われる。
二つ目はロードマップにある方策そのものに疑義があること。今回、格納容器に水を入れて水没させる(水棺方式)ことが示されているが、それはできないと思う。最も難しそうな2号機では、一番低いところにあるサプレッションチャンバーが爆発で既に壊れていている。2号機は1や3号機よりも三ヶ月余分に時間がかかるとしているが、破損状況を調査した上で修理しなければいけないのに現状では近づくこともできない。修理できなければ水棺はそもそも不可能。1号機や3号機も、損傷している場所から汚染水が漏れてくることになるだろう。しかも格納容器は大量の水をいれるということを前提にした設計になっておらず、水をいれると未知の負荷のために新たな損傷が生じる恐れもある。従い、水棺はできないと思う。

・(ステップ1で三ヶ月を目標として4号機の放射線量を抑えるとしていることについて)
それは非常に楽観的だ。

・(放射能が出ないようにするのは無理なのか?)
東電はコンクリートで埋めると言っているが、その作業自体ができないと思う。人が近づけないくらい放射線量が多い環境になっているから。

・(現場の厳しい環境で働いている人たちに更に過酷な作業を強いることになる?)
放射線をはかりながら分単位で次々に交替するような作業になる。

・(小出先生が工程表を考えるとしたら、どのくらいかかると思うか?)別のトラブルが起きて、1年とか2年という単位になるのではないかと心配している。

・(工程自体を変えるほうがいい?)
私は別の方法を提案してきた。水没は無理だからやらなくていい。ただし循環は必要。圧力容器と格納容器を一体化して考ればいい。圧力容器は壊れていて格納容器の底に水が漏れてくるが、その水を循環させその途中に熱交換器をつくって熱を海に排出しながら循環させるという考え。その作業も大変と思うが、東電案と比べれば早くできると思う。ただし、一定期間、環境に放射能を漏らし続けるということは変わらない。

・(既設の電源を利用できる案?)
いまある電源は使える。ポンプも福島にすでにある余熱除去ポンプを使えると思っている。ただし配管を改修し、熱交換器も準備する工事の必要はある。

・(その工事でも被曝などの負荷は免れない?)
被曝は避けられないので、すこしでも少なくすることを考える必要がある。

・(汚染水の移送については?)
いまある6万トンある汚染水を移している先のタンクは容量が十分でない。現在も新しい水を冷却のために加えていて、いくらやってもイタチごっこになることを心配している。そうなると汚染水がたまるばかりになり、循環式のラインを作ることができない状況が続くかもしれない。

・(柏崎刈羽のような汚染水処理装置を福島に作ることは?)
東電は考えていると思う。ただし仮設タンクにしても時間がかかるため、ロードマップ通りにはいかないかもしれない。

・(国際評価尺度がレベル7と発表されたが、いま起こっている現状を見てどうか?)
この尺度は原子力を推進する人たちが作った。レベル7は彼らがとてもひどい事故を示すものとして作った。レベル7と認めたのはあまりにも遅かった。私は3月15日か17日くらいには彼らは7と思っていたらしいし、私もそう思っていた。事故を小さく見せたい、危険が大きいことを認めたくないという姿勢の表れ。世界から笑われたし、本当に恥ずかしい対応。7でもチェルノブイリよりは小さいと今言っているが、本当に破局的な事故になっているということを言わなければいけない。チェルノブイリは収束したが、福島は進行中。私の心配する最悪のシナリオになれば、現在までの10倍の放射能が排出されてチェルノブイリを超えることもありえる。そうしたことをはっきり言うべき。

・(保安院と安全委員会があり、安全委員会の方は当初からひどい事故と分かっていたと言っているが、迅速な情報開示がされなかったのは?)
保安院がどうなっているのかは私は知らない。今回は安全委員会はまったくと言っていいほど機能しなかった。残念なこと。

・(私たちが声を上げるとしたら何ができるか?たとえば工程表見直しを求めるのはどうか?)
そうした声を無視してきたのが東電なので、どうすればいいかは分からない。
・(ロボットで現状把握をすることによる効果は期待できるか?)
過度の期待は無理。単純な測定はできるが修理はできないし、水や障害物があると動けない。放射線量を測定するということであれば役にたつはず。





スパイシーモス
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世論調査とは、メディアの説得行動の「成果評価」でしかない

Posted by ななし on 29.2015 記事 0 comments 0 trackback
『ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報~新聞社・マスコミの「世論調査」の正体』 より引用。
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 その前に世論とはなんなのか。世論というのはそのままそこに存在するものなのかを考える必要がある。米国のジャーナリストである故・ウォルター・リップマンは有名な著書『世論』(Public Opinion)の中で、次のように述べている。今の「世論」という言葉は彼によって作られたものだ。

(引用開始)

 きわめて洗練されたやり方で同意をとりつけることについて大改善の余地があることは誰も否定しないと思う。世論が起こる過程は本書に述べてきたように錯綜していることはたしかであるが、しかしその過程を理解している者なら誰にでもそれを操作する機会が開かれていることも充分あきらかである。

 合意をつくってしまうことはなんら新しい技術ではない。それは古くからある技術ではあるが、民主主義の出現とともに死滅したと思われた。しかしそれは死滅してはいない。それだけでなく、いまでは経験よりも分析に基づいてなされているので、実際には技術的に大幅に改善すらされている。そして、民主主義の実践は心理学的研究の結果、現代のコミュニヶーション手段とあいまって、新たな局面を迎えている。いかなる経済的権力の変動よりも、無限に大きな意味を含んだ革命が起きようとしている。

『世論』リップマン 下巻82-83頁 掛川トミ子訳
(引用終わり)

 太字で強調した部分が重要だ。「そもそも世論というのは、作り上げ、操作するもの」なのである。世論が無条件にある日突然存在するものではないのだ。その前に何らかの「説得行動」があった結果生まれるものである。ある事件や出来事についての自分の意見は主に自分の目(ウィットネス)かメディアによって形成される。つまりメディアの報道に大きく左右されるのだ。

 そう考えると、この世論調査が行われる前に何があったか。2011年3月半ばから全国でまだら模様の停電が起きる、「計画停電」なるイベントがあり、日常生活でいつ停電するか分からない中私たちの日常生活は行われた。夏場ではないから電力は十分足りているはずなのになぜわざわざそういう事をやったのか私たちは合理的に考えてみる必要がある。(実際、今日発売の「週刊ポスト」には原発完全停止でも停電なしという極秘資料の記事があった)

 また数日前からの新聞の一面で何があったか。「復興財源」と「増税」という記事が見出しとして次々と各紙に踊ったのではないか。大新聞の中で復興財源はまず歳出削減と公務員のムダを省くべきということを前面に打ち出したものはあったか?増税か国債発行の二者択一だったのではないか。そして、震災前から「国の借金は一人当たり900万円です」とかいう記事が大新聞の社説として定期的に掲載されてきた。私たちは忘れてしまったのだろうか。無意識下に刷り込まれているのだ。

 リップマンのいう「説得」を行う主体は何も政治家だけではない、メディアも説得を行う実行主体である。そうするとメディアが財務省の意向を伺うような論説方針をとっていた場合、あるいはメディアが主体的に主筆の信念で増税が必要だと長年考えていた場合、紙面に当然それは反映されていく。その紙面を震災前から見続けていた人は、自然と「増税が必要」と誘導されてもおかしくない。要するに、私が言いたいことは、「そもそも純粋な「世論」など存在しない」ということである。つまり、逆の世論誘導も可能であるということだ。

 「世論」という言葉を裏側から定義すると、「政治家、官僚やマスコミが私たちを説得したいと思う方向性」であり、「世論調査」とは「その説得行為の達成度を図るための結果調査」なのである。時々、達成度を必要以上に高めるために質問項目の操作が行われる。大量の情報を調査の前に対象(それが不特定であれある程度マスコミの情報に接する)に与えているのであるから影響する可能性は高まる。例えば、陪審裁判などでは陪審に心象を事前に与えないように情報への接触を制限すると言われているがそれにも限界がある。だからといってメディアの情報を遮断することが「世論」を正しく把握することかというと疑問も残る。結局、世論調査はメディアの説得行動の「成果評価」でしかないのだ。その理不尽さはある程度世論調査の前の時点で決まっているのだ。世論調査で新聞の社説と異なる結果が出ることは殆ど無いだろう。

 また、大マスコミは一般読者の購読料だけではなく大企業や官庁の広告費で経営を成り立たせている。ひとりひとりの購読者の声よりも、まとまった金額を提供する広告主の声のほうが大きいことは合理的な推論である。その中には「電気事業連合会」などの原発推進派も存在し、電事連や東電は震災の前から広告のような新聞記事、記者クラブを通じて行うコントロールを使って、資金の出し手(主人)として代理人(新聞記者)をコントロールしてきた。そのような記者たちが記事を書くのだから、記事の性格は自ずと決まってくる。そのようにして社論が決まっていく。それ以外の情報は拡散されないか、ベタ記事でしか載らない。

 世論調査というのはマスコミが事前に散布した情報の対象への浸透度を統計の手法を使って測定するというテクニックであり、それ以上でもそれ以下でもない。ある種の情報を絨毯爆撃のように与えて、その後にその爆撃の成果を評価し、爆撃の意図を合わない場合には、再度研究し情報拡散の手段の効率化に務める。いわば、連合国軍の戦時中の空爆の成果を戦後に調査した「戦略爆撃調査団」のようなものだと思えばいい。逆に個人ブログなどは見ている人が少ないのでほとんど散布した情報は広がりを見せない。公正な手段でインターネットを使って「調査」が出来れば面白い結果が出るだろう。

 しかし、それでも人々は「世論!」と言われると押し黙ってしまうのではないか。それでも自分の考えが自分の頭で考えて合理的(利益につながる)であると自信があるならそれを押し通す事が必要だ。自分の脳を「世論」から守ることが必要だ。世論という言葉を生み出したジャーナリストのリップマンは、その前提として「大衆は知的エリートによって善導してあげなければカオス的状態を脱し得ない」と考えていた。今も広告代理店の人はそう考えている。大マスコミも自分自身を「社会の木鐸」と考えているから良かれ悪しかれその傾向はあるのだろう。

 そのように考えると、「世論調査」というものは「壮大なマッチポンプ」であることがわかる。しかし、それでも政治家や官僚はその結果にすがりつく。それが彼らの目的にとって「合理的」(利益につながる)だからである。 それには大衆は無力である。
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引用以上。






田中素
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「原子力発電は安い」は嘘。 ごまかし。

Posted by ななし on 28.2015 記事 0 comments 0 trackback
■3.新しい原発にかかる高いコストの平均化によるごまかし

原発のコストを巡ってもう一つ注目するべき点があります。
採用している発電単価は、電力九社の平均をとってものであり、古い原発と新しい原発が一緒に入っています。

古い原発を持っている電力会社の原発の電気コストは比較的安いのですが、新しい原発を抱えている電力会社の原発の電気のコスト(例えば北陸電力)を見ると、原発の電気は高い場合が多いのです。

これから新しい原発を建てる場合、その電気のコストは「安い」どころか、とても高くなる可能性が高いと言うことです。

≪まだまだかさむ原発のコスト≫

以上の計算だけでは原発の本当のコストはまだ見えていません。なぜなら、以上の計算は発電に直接要する費用だけであり、「政府からの資金投入」(納税者が負担している原発のコスト)は計算に入っていないからです。
この半世紀政府は一貫して原子力を推進しており、財政支出、そして電気料金を通じた追加的負担により、費用が調達されています。

■4.原発特有のバックエンドコストを過小評価

バックエンド費用とは、使用済核燃料再処理費用、放射性廃棄処分理費用、廃炉費用のこと。
これらの費用は、電気料金に算入され、利用者に負担させる制度になっています。

現在(2007 年度)、一世帯、平均一ヶ月あたりの負担額は240 円です。これは原発の使用済み燃料を再処理する時の積立金です。
今の全量再処理政策(原発から出てくる全ての使用済燃料を再処理してプルトニウム・ウランを取り出す政策)を行うための積み立てです。

しかし、全量再処理の道をとる為に実際かかってくるコストが格段に過小評価されています。

たとえば、六ヶ所再処理工場の稼動率はつねに100%と計算されています。(再処理の経験を積んでいるフランスのAREVA 社の2007 年の実績は56%)また六ヶ所再処理工場は、日本の原発から出てくる使用済み燃料の半分しか再処理出来ない規模の施設です。
100% の稼働率をたとえば50% に見積もり、再処理工場が二ついると計算すると、それだけでも見積は今の4倍になります。

原発特有のコストであるバックエンドコストは、いくらにかさむかまったくちゃんと推定もされておらず、分からないのが実体です

■5.政府からの資金投入を見せていない

原発は政府から(つまり税金から)の資金投入をたくさん受けています。それがなければ原発はなり立ちません。原発は、商業的になり立つ電源ではないということです。国の一般会計と特別会計から出されている資金投入には、財政支出、開発費用、そして立地費用があります。

原発は一般会計エネルギー対策費の97% ほどを貰っています。つまり、これは原発の為にあるようなものです。特別会計(電源開発促進対策特別会計)の方ですが、これも立地へむけてのお金は殆ど全て原子力に当てられているので、この特別会計の凡そ70%は原子力に当てられています。

つまり、政府からのエネルギーへの資金投入(財政支出)は、ほとんどすべてが原子力に当てられているのです。
1990年-2007年:2.42 円/kWh のうち、原発(原発+揚水)は2.1 円/kWh の補助を貰ってきている。

■結論:原子力のコストは高い

これまでの資料からわかることは、原子力のコストは安くない、むしろ高いと言うことです。しかも、原発がスタートした1970 年から現在まで、どの時期を見ても、原発はいつも火力よりも、そして一般水力よりもコストが高かったのです。(原子力+揚水:12.23円/KWh)

<発電単価(総合)>
火力     : 9.90円/KWh
水力     : 7.26円/KWh
一般水力   : 3.98円/KWh
揚水     :53.14円/KWh
原子力+揚水 :12.23円/KWh
(※原子力  :10.68円/KWh)

※この内2円ほどは本来電力会社が負うべき費用を国(納税者)が負担しているものです。
「原発は安い」「原発は高くない」という国と電力会社の宣伝は真実ではありません。国と電力会社の公式資料が、それを裏付けています。

※なおここで示されてコスト計算は「事故に伴う被害と被害補償費用」が計算に入っていません。大事故が起こった場合のコストも考慮した場合、原発の電気のコストは膨大なものとなります。

国はこのような計算をいっさいしていません。朴勝俊(京都産業大学経済学部講師)が計算した関西電力大飯原発で事故が起こった場合の損害計算は23 兆円です。




funikura arch
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原発交付金 2 地域の活力を奪ったバラマキ

Posted by ななし on 27.2015 記事 0 comments 0 trackback
引続き「よくわかる原子力~電源三法交付金 地元への懐柔策」 より転載します。

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○圧力団体と支援組織

この交付金は、実質的にほとんど原子力発電関連の自治体に交付されています。関連する自治体の間では、この交付金を団体交渉で獲得するためや、有効な利用法を探るため「全国原子力発電所所在市町村協議会」「全国原子力立地市町村商工団体協議会」なるものが作られていて、活発なロビー活動をしています。

全国原子力発電所所在市町村協議会
全国原子力立地市町村商工団体協議会

さらにそうした自治体の活動を支援するために、1961年に設立された経産省の外郭団体「財団法人日本立地センター」という組織があります。2004年の総事業費は約20億円。

財団法人日本立地センター

その中で、各地の自治体を結ぶ広報・PA(パブリック・アクセプタンス)活動や、研修事業などを担当しているのは、

財団法人日本立地センター・エネルギー部

これらの組織の、予算規模もさることながら、その予算に裏付けされた活動は、各種広報誌発行(対象地域別に7種類の定期刊行物を発行)、TV・新聞・ラジオ等のマスメディアを利用した情報提供、まちづくり・まちおこし、農業振興・漁業振興、小中学生向けの教材作成、学校への講師派遣、高校生クイズ大会、原子力エネルギー問題を考えるセミナー開催、都市部住民と原発関連施設立地自治体との交流、まさにお金に飽かしてありとあらゆる活動をしているといってもいいような内容です。

しかし、こうした支援を受けている立地地方自治体は、それでは活性化しているでしょうか? これだけなりふり構わぬお金をばらまいていますから、たしかに地元は一見"潤って"います。立派な公民館・コミュニティーセンタやら、陸上競技場・体育館などのスポーツ施設、学校やら病院やら、軒並み豪華な施設が建設されています。

次に、それら立地自治体の様子を見てみましょう。

○地域の豪華施設

福島県東部の太平洋に面した浜通り地方のほぼ中央に位置する福島県双葉郡楢葉町。人口8300人余りのこの町の町役場に隣接する三階建ての「町コミュニティセンター」(写真右)は、収容人員八百人の大ホールを有する双葉郡内最大の文化施設です。国の電源三法交付金を使って建設し1985年にオープンしました。年間を通じてコンサートやミュージカル公演などが行われ、町民の文化活動の核になっています。しかし、現在維持管理には年間七千万円ほどかかります。催し物の主催者が支払う使用料だけではとてもまかない切れないようです。

電源三法交付金は、発電所の立地を早めに進めることを大きな狙いとしているため、発電所着工から短期間で自治体に支払われます。三法交付金のうち、楢葉町がコミュニティセンター建設に活用した「電源立地促進対策交付金」は発電所の着工から運転開始の五年目まで、道路建設、教育文化施設などの整備に充てることができます。町は同センター以外にも、陸上競技場や野球場などを配置した町総合グラウンド、天神岬スポーツ公園などの施設を交付金でつくりました。いずれの施設も今年間二千万円以上の維持管理費を必要としていますが、それが自治体の財政を圧迫しています。こうした状況は各地の立地自治体に共通しているようです。
福島民報2002/5月29日(水)掲載記事より


そうした全国の立地自治体が連帯した前述の「全国原子力発電所所在市町村協議会」という組織では、お互いの情報交換や、新たな地域振興の道を探っています。が、本来そうした組織の目的は、自治体の「自立」をめざした運動であるはずです。しかし、高額の施設をつくってしまうと、その維持管理だけでも膨大な費用がかかり、その費用を調達するだけのためでも、族議員を巻き込んでさらなる補助金を獲得するかたちの運動になり、ますます自立から遠ざかる、そんな構図が見えてくるようです。
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阿部佳容子
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原発交付金 1 「電源三法交付金」とはなにか?

Posted by ななし on 26.2015 記事 0 comments 0 trackback
「よくわかる原子力~電源三法交付金 地元への懐柔策
」より転載します。

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○電源三法交付金

いわゆる電源三法とは、1974年6月3日に成立した次の3つの法律をさしています。

・電源開発促進税法
・電源開発促進対策特別会計法
・発電用施設周辺地域整備法

電力会社は販売電力量に応じ、1,000キロワットアワーにつき425円を、電源開発促進税として国に納付しています(電源開発促進税法)。このうち、 190円が電源立地勘定で、235円が電源多様化勘定(2003年10月法改正により「電源利用勘定」に名称変更)となります。2003年予算で、この税の総額は4855億円になります。(電源開発促進税率は、今後段階的に引き下げられる予定。)

もちろん最終的にこの税金の負担は、消費者が電力料金に上乗せされて支払っています。

納められた税金は、特別会計に組み込まれ、発電所など関連施設の立地及び周辺市町村に対し交付金などの財源にあてられます(電源開発促進対策特別会計法)。

○そもそも「電源三法交付金」とは・・・・迷惑料

交付金制度の制定は1974年。そのころ通産省(当時)資源エネルギー庁の委託で作られた立地促進のパンフレットには、次のように書かれていました。

「原子力発電所のできる地元の人たちにとっては、他の工場立地などと比べると、地元に対する雇用効果が少ない等あまり直接的にメリットをもたらすものではありません。そこで電源立地によって得られた国民経済的利益を地元に還元しなければなりません。この趣旨でいわゆる電源三法が作られました(日本立地センター「原子力みんなの質問箱�)。」

つまり本来三法交付金は、原発が地域開発効果を持たないことに対する補償措置以外のなにものでもないのです(清水修二福島大教授「原発を誘致する側の論理」1988)。しかし、「雇用効果がない」などとあからさまにいってしまうと、元も子もないので、その後の歴史の中で「地域振興」というまやかしの姿が与えられてきました。そして現在の交付金のしくみでは、電力やエネルギーとは全く無縁の「地域振興」がまさに目玉になった内容へと変身しています。

○使い道は限定なしに

この交付金の仕組みは2003年10月1日に法改正されました。これまでこの制度は、交付金ごとによって「公共施設の整備」や「電気料金の実質的割引」、「産業の導入・振興」などと用途が限定されていましたが、改正により各交付金を「電源立地地域対策交付金」の一つにまとめることで、現行交付金制度の対象事業が全て実施できるようになりました。

また、新制度では、他の交付金や別の財源で整備した施設の維持運営費にも活用できるようになりました。さらに、改正の大きな特長としては、新たな対象事業として、「地域活性化事業」を設け、さまざまなソフト事業にも支援できるようになったことだそうです。

従来の交付金は、「箱物」行政の典型で、公民館・体育館など半恒久的な建築物建設にしか使えず、建てることは建てられても、維持運営費などには使えないものでした。その結果、そうした建築物の維持運営費が、自治体予算を圧迫している状況が生じていました。改訂によりほとんど自治体の独自予算のように、何にでも使える交付金になりました。交付金という名前の、甘いアメを用意して、原発を誘致してもらおうという作戦でしょう。

またこの改訂で、これまでこの交付金の対象であった火力発電所の立地地域を、対象から外しました。原発立地の地元へのアピールをより鮮明にするためだそうです。

個々の自治体にどれくらいの交付金が支払われるかというと、出力135万kwの原発が建設される場合が、資源エネルギー庁のホームページに紹介されています。

◎建設費用は約4500億円。建設期間7年間、という前提
◎運転開始10年前から、10年間で391億円。
◎運転開始後10年間で固定資産税も入れて計502億円。 グラフ参照


至れり尽くせりの金額でしょう。
それでも原発の新規立地が進まないのは、やはり命・安全と引き替えに、危険性と隣り合わせの財源を、住民が受け入れないからでしょう。しかし、一部の人たちには、目をくらませるほどの金額になっていることも事実です。
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(つづく)





阿部佳容子
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「揚水発電」をカウントすれば原発なしでも夏の電力間に合う

Posted by ななし on 25.2015 記事 0 comments 0 trackback
極秘資料が流出しているようです。それも確かなもので、その存在を認めているという。原子力がなくても電力は問題ないことを示す資料でもあり、意図的に公開していないということを示すものだ。


以下、「NEWSポストセブン」より引用です。
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菅直人・首相は震災発生から1か月と1日後の記者会見(2011年4月12日)で、こう力を込めた。

「原子力事故が起きて以来、政府の責任者である私が知ったことで、都合が悪いから隠すようにといったことは一切ありません」――震災以降、批判を恐れて滅多に会見しようとしなかった「国を操る人」の言葉は、真っ赤な嘘だった。

本誌『週刊ポスト』はそのことを示す1枚の極秘資料を入手した。しかし、それが示す事実は国民には公開されていない。

資料には、『東京電力の設備出力及び地震による復旧・定期検査等からの立ち上がりの動向』と表題が記されている。東京電力のすべての原子力、火力発電所や水力発電の出力、被災状況、7月末までにどの発電所の何号機が復旧するかの見通しが一覧表にまとめられたものだ。資源エネルギー庁が官邸や政務三役、与党幹部などへの電力制限の説明資料として作成したもので、右肩に「厳秘」と入っている。

資料からは、大地震前後の東電の発電能力の変化が一目でわかる。震災前には5200万kWの供給力があったが、地震と津波で原発3か所をはじめ、7か所の火力発電所が全基停止し、3月14日時点では供給力は3100万kWに下がった。首都圏で計画停電が実施され、電車の大幅減便で通勤難民があふれたあの時である。

電力需要がピークを迎える7月末に向けて、定期点検のために休止していた東扇島や姉崎などの火力発電所はすでに運転を再開し、震災の被害により停止していた鹿島や常陸那珂の火力発電所も復旧して立ち上がる見通しだが、それでも供給力は4650万kWにとどまると記されている。

記録的猛暑だった昨年の電力消費量のピークは7月23日の5999万kW。東電の需給見通しによると、今年のピーク時電力はそれより低い「5500万kW程度」と予測されるものの、供給力が850万kWも不足する計算になる。政府や東電が「このままでは真夏の大停電が起こる」と喧伝するのは、この数字を根拠にしている。

ところが、資料を詳細に分析すると、7月の供給力には盛り込まれていない“隠された電力”がある。「揚水発電」の出力が計算されていないのだ。

「揚水発電」は、夜間の余剰電力を利用して下貯水池から上貯水池にポンプで水を汲み上げ、日中の電力消費の多い時間帯に水力発電をする仕組み。発電時間は上貯水池の水が空になるまでの数時間だが、首都圏の夏の最大電力は午後2時を中心とした5~6時間である。揚水発電の役割は、まさにピーク時の電力を補うための非常用電源といえる。今のような停電危機にこそ有効に活用すべき設備なのである。

東電は日航機墜落事故現場で知られる御巣鷹山の地下500mをくり抜いた世界最大の揚水発電「神流川発電所」(現在は1号機47万kWが完成)をはじめ、多くの大型揚水発電所を持ち、資料によると出力は全部で1050万kWに上る。東電は「揚水発電を発電量に織り込めるかどうかは精査中です」(広報部)というが、エネ庁がこの揚水発電を使わないことにしているのは不可解すぎる。

ちなみに、通常、揚水発電は原発の夜間電力を使って水を汲み上げていると説明されているため、原発の多くが停止してしまえば使えないと誤解されている面があるが、それは違う。電気事業連合会も「原発でなくても、夜間の余剰電力があれば揚水は稼働できます」(広報部)と認めている。

そこで、東電の7月末の4650万kWに加え、揚水発電の1050万kWをフル稼働させると計算すると、7月末に使える東電の供給力は5700万kWになる。これならばピーク需要を賄うことが可能なのだ。

他にも、7月末までの稼働予定に入っていない鹿島共同火力発電所1号機(17.5万kW)、常磐共同火力発電所9号機(30万kW)などの復旧が進んでおり、供給力がもっと増える可能性も出てきている。

また、長期停止中の横須賀火力発電所も、8基中4基は稼働させる予定だが、残りの4基も早期に再開できるという指摘がある。

5500万kWというピーク時電力も毎日続くわけではない。1年のうち数日であり、東電の夏場の平日の平均最大電力は4800万kW(需給見通し)とされている。揚水発電を合わせた供給力なら900万kWも余裕がある。

資源エネルギー庁電気・ガス事業部の電力基盤整備課の担当者は、資料の存在を認めたうえで、「このデータは開示しているものではない。どこで入手したのか」と逆質問してきた。

――揚水発電を供給すれば、ピーク時の需要もまかなえるのではないか。

「使用を考えていないわけではない。が、揚水の出力1050万kWというのは最大値で、貯水池の水量の変化などによって、ピーク時に最大出力が使えるかは状況によって変わる。電力が足りない日が1日もあってはいけないと対応しているので、確実な電力だけしか供給力に計算していない」

官僚答弁の典型だ。だが、資料にはさらに目を疑う数字もある。東電の総供給能力は7800万kW。そのうち原子力は1820万kWだ。つまり、原発をすべて停止しても最大5980万kWの供給力があることになる。

現在、東電の原発は柏崎刈羽の1号機と5~7号機が稼働(出力は4基で491.2万kW)しているが、停止中の火力が復旧すれば、柏崎刈羽の全炉を停止しても、「停電」はしないですむことを示すデータだ。

※週刊ポスト2011年4月29日号
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孫市
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エリートは「人間というものは、自分のことしか考えていない生き物だ」と思っている。

Posted by ななし on 24.2015 記事 0 comments 0 trackback
>エリートパニックがユニークなのは、それが一般の人々がパニックになると思って引き起こされている点です。

>このような人々が秩序から放たれた時にパニックになるという理解はホッブスの自然状態における万人に対する闘争という政治哲学に由来している。19世紀には社会心理学者ギュスターヴ・ル・ボンが著書「群集心理」で、個人は群衆の中で本能のままに行動する野蛮人に似る傾向があると分析したことで、知識人の間で秩序が無くなれば人々はパニックになるという理解が広がった。

ホッブス達が万人の万人に対する闘争において作り出した「自然状態」という概念は、【神】の絶対性を引き継いだのが【王】だから【王】が統治する、という王権神授説に対して、【政府】という存在が世の中を統治することを正当化する社会契約説を成り立たせる為に誕生した。

では、「自然状態」とはどういう状態を指すのか?
どのようにして、政府の存在を認めるのか?

・人間の生存に対する欲望は際限が無い。
・人間は、己が生存する為には、暴力行為すらも肯定される。
・となると、お互いの暴力も肯定され、殺し合いすらも肯定される。
・こうなると、人間が生存する為の自然権に矛盾が生じる。
・よって、各人の自然権を制限する必要があり、政府が必要である。

要するに、人間はみんな自分勝手な行動しかしないから、誰かが抑え付けないと暴走する。だから政府が必要ということ。

>しかし、現実否定の正当化=倒錯思考というパラダイムの中で、どれだけ「現実」を対象化した所で、所詮は否定意識が対象化した偏った「現実」しか見ることができない(例えば、最基底にある性闘争→性的自我を全く対象化していないし、ましてや実現基盤など全く摘出できなかった)。
従って、結局彼らも現実を変革することは出来なかった。

確かに、自我や共認といった下部意識まで対象化出来ていなければ、このような、人間はそもそもが悪である、といった論理がまかり通るのも、仕方が無い。実際、この時代は貧困も消滅しておらず、全てが私権の獲得に向かっていたのだから、他者を蹴落とすことを厭わないケースも多々あっただろう。

しかし、人間とはどのような構造になっているのかまで遡って構造化が出来れば、助け合って生きることこそが、人間の最大の活力源であるということを理解出来る。よって、エリートパニックの大前提となる人間の性悪説は消滅する。

実際、第二次世界大戦下の無差別爆撃の最中、人々はパニックを起こさずに冷静に対処したというし、さらにお互いに助け合う様子が見られたらしい。今回の大震災でもパニックなど起こさず、人々が団結し、助け合う姿いたる所で確認出来た。

「人間とは助け合って生きる生き物」なのだ。

それなのに、その事実すら未だに理解出来ず、性悪説を前提にしてこのような訳の分からないパニックを起こし、国民に事実を伝えることすら憚る政府などは、最早信用することは難しいと考えたほうが良い。幸い、水俣病等の時代とは違い、現代はネット等を通じて事実を知ることが出来る。

みんなで事実を一刻も早く解明し、次の対策を考えていこう。




匿名希望
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Posted by ななし on 23.2015 記事 0 comments 0 trackback
- BLOGOS(ブロゴス)-livedoor ニュース より転載します。
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 福島原発事故の問題をテーマに2011年3月放送されたテレビ朝日の「朝まで生テレビ」は、出演者があまりにひどい顔ぶれだったので観ませんでした。ツイッターなどネット上で飛び交っている番組の感想をチェックすると、案の定、原発擁護発言のオンパレードだったようで、番組全体の評価をネット上で読んだ表現でまとめると、福島原発事故は「いい教訓になった」、「どういうリスクがあるかやっと分かった」などと発言する「原発産業御用文化人」による「全体が人の痛みがわからない地獄のような放送」だったということです。

 ツイッターなどネット上では、とりわけ勝間和代さんの発言が大きくクローズアップされ、YouTubeには「歴史に残る朝生」などと銘打たれた番組ハイライトがアップされています。それで一昨日には、とうとう勝間和代さん本人が「お詫び」の文章を発表するまでに至っています。しかし、この「お詫び」はあまり評価できないと私は思っています。私はYouTubeで朝生のハイライト映像を観ただけなので、番組全体について批判する資格はありませんが、ハイライト映像の中での勝間和代さんの問題発言は要約すると以下になります。(※YouTubeにアップされている朝生ハイライト映像はいろんな編集パターンがあり一様ではないこと御了承ください)

 「放射性物質が実際よりかなり怖いと思われていることに問題があるのではないか」
 「放射線がちょっと増えただけだけなので問題はないのではないか」
 「プルトニウムは、特に大きな危険はないはずだ」
 「チェルノブイリの事故で小児甲状腺ガンは顕著に10倍ぐらい増えたが、それ以外の病気はクリアに見えてこない」
 「今回の福島原発事故は、むしろマネジメントの問題だ」

 上記の勝間和代さんの発言こそ問題だと私は思いますが、勝間さん本人の「お詫び」の文章の一部は以下です。

 「私が、事故後のコメントにおいて、過去のデータや科学的根拠ばかりを強調したあまり、多くの方々が感じている将来への不安や精神的なダメージやに対する配慮を欠くコメントをしてしまったこと、また、不愉快と思われる発言を行ったことについて、重ねて深くお詫び申し上げます。」

 勝間さんは、ようは不安を感じている人への配慮が足りなかったことのみを「お詫び」しているだけで、自分の発言は「過去のデータや科学的根拠」に基づくものだと相変わらず主張しているわけです。


 勝間和代さん言うところの「科学的根拠」に対して1点だけ紹介しておきます。上のグラフは、今中哲二編『チェルノブイリ事故による放射能災害――国際共同研究報告書』(技術と人間、1998年)の219ページ「ベラルーシの青年・大人の甲状腺ガン」に掲載されているものです。

 ジャーナリストの川端幹人さんが「金と権力で隠される東電の闇――マスコミ支配の実態と御用メディア&文化人の大罪」(『別冊宝島』1752号、2011年5月12日発行) と題した記事の中で、「原子力・電力業界がメディアに流している金は、年間2,000億円に迫る。現在、広告出稿量第1位のパナソニックが771億円、強大な広告圧力でメディアから恐れられているトヨタが507億円だから、この金額がいかに大きいものであるかがよくわかるだろう」と指摘しています。

 川端さんのツイートもとても興味深いのでいくつか紹介しておきます。(※川端さんのツイッターアカウントは、riversidecry です)

 勝間和代もそうだけど、原発PRに関わった文化人やタレントはその後、本気で「安全」と言い出すケースが多い。それは高いギャラを払うだけじゃなくて、推進派の学者や天下り法人の研究者に丁寧に「ご説明」をさせて洗脳するから。(2011/4/13)

 東電が芸能人より評論家、ジャーナリストを積極的に起用するのは、つまり社会的な影響力を持つ彼らを洗脳して、安全神話を拡散させるのが狙いなんですね。(2011/4/13)

 電力・原子力業界は広告をばらまいただけじゃない。原発批判報道に露骨に圧力をかけてきた。2008年にはMBSから広告引き上げ。2009年にNHKが「原発解体」という番組を放映した際には、日本原子力技術協会や日本原子力文化振興財団など原子力団体が執拗な抗議活動を展開した。(2011/4/12)

 独占企業の電力会社がなせこんな巨額の広告をばらまいているのか。その理由を改めて考えるべき。総務部が主導して金で問題を封じ込めようとするその手法は商法改正前のブラック企業と同じ。広告をもらっているメディアもやってることは、総会屋と何ら変わりはない。(4/10)

 (※川端さんのツイートにある「2008年にはMBSから広告引き上げ」のきっかけとなった番組は、「なぜ警告を続けるのか~京大原子炉実験所・“異端”の研究者たち」で、京大の今中哲二さんや小出裕章さんら「熊取6人組」を取り上げたものですが、この問題については、今度紹介するエントリーをあげたいと思っています)

 『別冊宝島』の記事の最後で、川端さんは、これまで様々な問題を起こしてきた電力会社が、原発利権構造の中にメディアも取り込み、メディアを支配し、国民的な批判の広がりを封じ込めてきた事例を紹介しながら、「しかも、実際にこのやり方で批判を封じ込めることができたため、この傾向はどんどんエスカレートしていった。その結果、安全対策のコストをカットしても、政治家や総会屋、メディア対策に金をつぎ込め、という空気が社内を支配するようになった。つまり、メディアはたんに原発の安全性チェックをスポイルしただけでなく、それをコントロールする電力会社の危険な体質も助長してきた。二重の意味で国民の安全を危機にさらしてきたのである。今後、福島原発の危機は確実に長期化するだろう。そして、そのまま電力会社からの金が止まれば、メディアのタブーが減退し、東電に対して、手のひらを返したような激しいバッシングが始まる可能性もある。だが、そういう動きが起きたとしても、私たちはこの国のメディアがやったことを決して忘れてはならない。彼らこそが世界をパニックに陥れた最悪の『人災』の、まぎれもない共犯者なのである。」と結んでいます。

~後略~
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以上です。




匿名希望
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配管破損は日常茶飯事 住民が話す原発内部

Posted by ななし on 22.2015 記事 0 comments 0 trackback
長周新聞より転載します。
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~前略~

また、「地震当日、知り合いの東電社員から“危ないから逃げろ”と電話がかかってきたが、そのときすでに東電社員は裏磐梯(会津若松市)のリゾートに避難していた」(下請け会社社員)、「3号機爆発の前夜には、それまで昼夜たがわず飛んでいた自衛隊ヘリが一機も飛ばなかった」とも語られ、大惨事を事前に予測しておきながら住民は完全に蚊帳の外に置かれていたことが暴露されている。そのなかで住民からは、原発事業をめぐる東電と国との長年の癒着関係が口口に語られている。
 元原発技術者の男性(70代)は、「三菱の下請けとして10年ほど原発の作業をやっていたが、なにか事が起きれば隠すというのは東電の歴史はじまって以来の体質だ」と語る。
 「原発の仕事は95%は子会社に丸投げし、東芝や日立などが地元の下請け業者を使ってやる。原発事業は、電力会社から学者、官僚もすべてつながっているので、事故が起きれば官僚や東電が自分たちに責任が及ぶことを恐れて、いつも東電の現場職員や中間管理職に責任を押しつける。事故対応の総務課職員の自殺は日常的だった。リークしそうな人間には金と女で黙らせてきた。だから、今度のような大きな事故が起きても、現場の意向は全く反映されない。東京本店と現場との関係が完全に転倒している」と話す。
 また、「原子力安全・保安院の役人は、現地に5年もいれば“蔵が建つ”というくらい左うちわだ。接待はもちろん、住まいから夜遊びまですべて東電が世話をするので、国からの給料は手つかずで退職できるという。だから、国は今回の事故処理では歯切れが悪く、東電もふてくされて責任の投げ合いをしている。裏を知ってる町民は、東電の情報を信じないし、国も原子力学者もまともなことをいうとは思っていない」と話した。
 別の元下請け経験者は、「炉心の修理は、機密保護の法律に触れるため一般人にはやらせない。どんなにコストがかかってもGEなど外国メーカーの技術者を呼んでいた。そのためにGEも全世界に現地法人を置いている。だが今回、GEは“すでに補償期限が切れている”といって一歩引いている。しかも、体力のない60代以上の熟練者は管理区域には入れず、法外な日当を出して若い者ばかり集めているが、経験が浅いからわからない。そこに、さらに現場にうとい東京の幹部連が陣頭指揮をとったから大混乱したのだろう」と話した。
 住民の中には東電の下請け作業員も多く、「福島第一原発の老朽化は作業員の間では評判だった。これまでも配管が薄くなって破裂したり、錆びたネジの交換をしてきたが、その量が考えられないほど多かった。危ないと判断して20年近くやった原発の仕事から手を引いた。津波や地震を想定する以前の問題だった」(大熊町民)、「今回も事故対応の依頼があったが断った。農家で冬の出稼ぎのつもりで、人材派遣会社を通じて原発の配管の仕事をしていたが、肉厚の配管も温排水を流せば数年すればペラペラに薄くなっていた。それなのに応急処置だけして点検の時期を延ばしたり、廃炉にするはずの1号機にプルサーマル導入を決めたり、デタラメも度を超していた。新設するより廃炉にする方が金がかかるからだ。今回の事故もまだかなりの部分を隠している」(川内村民)と、原発がいかに非科学的であり、利権にまみれたインチキでまかり通ってきたかがとめどもなく語られている。
 避難所で生活する富岡町会議長は、「原発事故の訓練はやっていたが、県と町、原子力保安院でおこなう形式的なもので住民参加ではやっていなかった。1年間で80億円くらい県に入る核燃料税で作りはじめた災害用の避難道路も、財政不足で3分の1しかできていなかった。だから、プルサーマル導入も反対もあったが12対3で可決した。これまで、原発に頼ってきたがその代償が大きすぎた…」とさめざめと心境を語っていた。
 
 町ごと奪った原発  「屋内退避」の南相馬市

~中略~

 同じく避難中の婦人は、「マスコミはお涙ちょうだいのドラマをかき立てているが、そんなものではなんの力にもならない。同情や悲しみだけでは何もはじまらない。生き残ったものが働くことでしか復興ははじまらないのに、この地域ではなにもできない状態が1カ月も続いている。このまま住民をあきらめさせて他所に転居させ、20㌔圏内は原子炉から漏れ出した汚染水や廃棄物の処理場にするつもりだと思う。身の回りの世話をするボランティアよりも、現地の人間が働いて自分の地域を復興できる基盤を補償して欲しいというのが私たちの願いだ」と訴えた。
 福島原発周辺の住民の中では、原発が持ち込まれる過程で農漁業などの地域産業が潰され、東京依存型に作り替えられてきた歴史的な経過を語る人も多い。
 いわき市の商工業者の男性は、「福島県浜通りは、常磐炭鉱や全国有数のサンマ漁の船団で栄えた地域だった。それがエネルギー産業構造の転換で炭鉱が閉鎖され、100隻くらいあったサンマやサケ鱒漁の船団も10隻程度になり、一気に街は寂れていった。農業地域で出稼ぎ者が多い相双地域に原発を誘致してからは、小野浜港にはサンマはあまり揚がらなくなった。福島市、郡山市などの中通りに新幹線や東北道が開通したが、原発の浜通りでは常磐道が仙台市の手前の相馬市でストップし、完全な原発道路になっている。経済圏が東北地方から切り離され、原発や東京依存型の経済が作られてきた」と語る。
 水産関係者の男性は、「東電の社員は、双葉や富岡などには住まず、ほとんどがいわき市の新興住宅に一戸建てを建てて暮らしている。危ないことを知っているからだ。これまでも大熊町近海では奇形種の魚が揚がって問題になったが、これも金でもみ消した。下請けで働いていた友人は、金はもっていたがほとんどが50代でガンで死んでいった。原発は健全な産業を潰すことで成り立ってきた」と話した。
 富岡町の60代の婦人は、「原発を建てるとき、広島や長崎の原発のことが頭にあったのでむしろ旗を立ててみんなで反対した。だが、議会で誘致が決まり、原発工事で雇用もできて宿泊施設なども繁盛したり、道路も整備され、田んぼのあぜ道までアスファルトで舗装された。立派な町役場や、コミュニティーセンターなどが作られ、町民も“安全”という東電の情報を信じて生きていくしかできなくなっていた。でも、結果的に維持費で財政は厳しくなり、泥縄式に原発が増えていった。今度の事故で町そのものが奪われてしまった。原発は二度とお断りだ。日本中の原発もすぐに停めてほしい」と話した。
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以上です。





新聞会
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瀬戸際に来た福島原発災禍は、日本民族に固有な民の組織力(共同体性)だけでは乗り切れない

Posted by ななし on 21.2015 記事 0 comments 0 trackback
 敗戦の焦土と化した日本の厚木に降りたマッカーサーの如く、クリントンが羽田に降りた。未だ事態が判らぬダラ菅・説教のため、クリントンが原発事故の危機に瀕した日本に降りた。
深刻な事態を既に掴み、この先の重篤な推移を読んだが故に、来日早々に『前代未聞の事態』と福島原発事故の現況を言い切った。ドイツ政府のメルケル首相も原発撤退へと、政策転換を明言した。福島原発事故の深刻さ(再臨界=連続核分裂の開始)を、ドイツ政府機関の分析から掌握したからに違いない。然し、大本営発表に擦り寄る、馴れ合い日本マスコミは事実に肉薄する気迫が無い。

 自主管理能力(共同体性)の高い国民性があって、ここまでの危機状況を凌いできました。政府=統合階級がカンカラカンでも、下から組織する民の力に依拠して凌いできました。3万人の犠牲を強いられたが、大地震と大津波の災禍ならば民の組織力(共同体性)で乗り切っていけるに違いありません。

 然し、瀬戸際に来た東電の福島原発破壊は、自主管理的作業の積み重ねで乗り越えられる事態ではありません。極限的な外圧が集中する前代未聞の事態だからです。国家機能を統合する体制と統合者の力量が際立って求められる事態になってしまいました。
 組織や人材の活力をどう上昇させるか等、考えた事も無い人権運動家・菅/仙谷や松下政経塾上がりの(たかが受験エリート)連中では、手も足も出せない事態なのです。
 組織と人に精通した指導者、小沢氏など民族派の野人諸氏が、我々国民の先頭に立ち上がって頂く事態が来たと思います。





持国天
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福島第一原発の元東電女性モニターの物凄い内部告発

Posted by ななし on 20.2015 記事 0 comments 0 trackback
『福島第一原発の元女性モニターの証言』(カレイドスコープ )より転載します。
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 ~前略~

「東日本大震災 福島第一原発元モニターからの証言 Reported by MIKE-T」

この女性は、半径20km圏内に住んでいた方で、以前、原発のモニターの仕事をやっていた、ということです。
その後、保育所をやっていたらしい。
24日に福島を出て、今は、大阪に避難しているようです。
このインタビューは大阪で行なったもの。

以下、要点のみ文字起こししたものです。

「福島第一原発を造ったのは、技術者ではなく、近隣の農家のおとうさん、普通のおじさんたち。いい金になった。雨が降って作業ができない日には、いわきの繁華街に出かけていって豪遊してきた、とか言っていた」

「東京電力の原発が来たために、日本で一番金持ちの町だ、ということで、みんな、ありがたいと思っていた」

「3月11日地震・津波の当日は、町内放送も原発のことは一切言わず。家屋の倒壊に注意、というような呼びかけだけで、原発事故に関する情報を聞いたのは翌日になってから。町の広報で原子炉から3km離れるように、ということを知った」

「そのうち3kmが10kmになったので15kmくらい離れた場所に車を止めて様子を見ていたが、車のラジオからの情報以外は、まったく情報がない状態」

「その時点でも、原発がこんなに恐ろしいものだという認識は一切なかった」

「12日の午後になってから、町指定の避難所が数箇所あることを知って、車で回ったものの、どこもすでに満杯。なんとか、ある集会所にたどり着いた」

「12日に、やっと集会所に入ったら、ここでは危ないから遠くに逃げなさい、という情報が知り合い筋から入った。それで、集会所にいた周囲の人たちに、東電が爆発したらしいので、ここも危ないですよ、と声をかけた後、自分たちは再び集会所を出た」

「12日の、その時点でも、20km圏外に避難したほうがいい、とかの情報は町からは一切なかった」

「自治体側は、12日の時点ですでに半径20km圏内が危ない、ということは把握していなかったのか、それともパニックを抑えるために発表しなかったのかは分からない」

「集会所で、ばったり会った人は東電の協力企業の孫受け会社の人だった。その人に、知り合い筋から聞いたように、この場所でも危ないことを教えてあげたら、すぐに作業着のまま集会所を出て行った。
その人は、東電の下請けで、放射能については日頃から研修を受けていたので、その恐ろしさは知っていたのでしょう。両親をつれて、すぐに町を出たらしい」

「集会所にいた人たちは、こういうことは知らなかった。その夜は、寒い集会所で、おにぎり一個でしのいでいた」。

「保育所をやっていたので、地震後、2、3日経ってから気になって、預かっていた子供たちの安否確認をした。携帯もつながりくくなっていて、一人一人の子供の家に何度も携帯電話で連絡をしたところ、一件だけつながった。
なんと、その子は、地震の起こった11日に家族で栃木県に避難していた、という。
その子の父親は東電の正社員で、11日の地震発生直後、会社に言い残した後、すぐに福島原発から出て行った、とのこと」

「なんでって思った。
東電だから放射能の恐ろしさを知っているので、自分だけ真っ先に遠くに避難してしまった。みんなの命は、どうでもいいのか」

「東電社員たちは、あれだけの地震が起こったのだから、原子炉が危ないことを知っていたはず。で、他の人には教えないで、自分たちだけ逃げてましった。
その子の母親が、避難した先の栃木から、危険だから早く、そこから逃げたほうがいいですよ、と私に言っていた」

「その東電の社員は、現場の重要なポストにいた人なのに、機械の運転も放り投げて、自分たち家族だけは、誰にも知らせないで逃げてしまった。
あまりの無責任さに、驚きと憤りを感じている」

「私は女性モニターとして、全国各地の原発を視察に行かされて、あれだけ、安心・安全、事故などありえない、と叩き込まれて、全国の人たちに原発は絶対に安全、と言い続けてきた自分を悔やんでいる」

「こんな恐ろしいものが、安心・安全なわけないでしょ、と。それを言わされてきたのかと思うと愕然とする」

「地域の人たちは、東電から経済的な恩恵を受けていた。
日本一裕福な町だと。百歳になれば、町から100万もらえる、ということや、町の祭りには東電から多額の寄付金をもらったり、とか、だから、言いたいこともいえないで、東電があるから、俺たちは、俺たちは、ということで、今になったら、そうした人たちの怒りはものすごい」

「東電は、ここに原発を持ってくるために、いろいろ金で面倒見てくれたけれど、こういうときになったら、俺らのことは見殺しだ、と怒っている」

「やはり、適切な報道をしてくれていない。
隠されているものがあるんじゃないか。そういう不信感で地元の人たちは憤慨しているし、疑心暗鬼になっている」
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猛獣王S
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原発から25~45キロ範囲の飯館村は人の住める放射能レベルではない!

Posted by ななし on 19.2015 記事 0 comments 0 trackback
『北海道新聞のDoshinWEB』より【飯館村「人が住めるレベルではない」 京大助教らが現地調査】との記事がありましたので転載します。
------------------------------------転載
 福島第1原発事故による放射能汚染を独自に調査した京大原子炉実験所の今中哲二助教らによる報告会が2011年4月13日、国会内で開かれた。今中氏は、同原発から北西に25~45キロに位置する飯館村の一部について「人が住むのに適したレベルではない」と指摘、汚染の深刻な状況を訴えた。

 今中氏は、2011年3月28、29の両日、飯館村の130地点で空気中や土壌で放射線量を測定。原発から遠い同村北部の空気中の放射線量は1時間当たり3~4マイクロシーベルトだったのに対し、原発に近い南部に行くと20マイクロシーベルト程度に上がったことを説明した。

 同村曲田地区の土壌からはセシウム137を1平方メートル当たり2200キロベクレル検出し、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故による強制移住基準1480キロベクレルを超えた。

 3カ月居続けた積算被ばく量は100ミリシーベルトに達するといい、「原子力安全委員会の防災指針で『避難』とされる50ミリシーベルトを超える」と危険性を述べた。

 また、専門家の多くが「直ちに健康に影響はない」と安全性を強調していることについて「直ちに影響がないのは急性障害で、問題なのは(障害が後年に出る)晩発性のがん、白血病、遺伝的影響だ」と批判した。

 報告会は、国際環境非政府組織(NGO)の「FoE Japan」などが主催した。
------------------------------------終了






彗星
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米国で石油業界が占めている「工業の王様」の地位を、日本では原発一家が占めんとした

Posted by ななし on 18.2015 記事 0 comments 0 trackback
『◆「政府ごっこ」の気は済んだかい?』(兵頭二十八の放送形式) より転載します。
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 ~前略~

こうなってしまった謎は簡単で、レーニンが看破したように、電力は工業を支配するからです。蒸汽力ではなく、電気モーターで工場を動かすのが、近代強国です。

そして支那事変以降、陸軍統制派(隠れマルキスト)の統制経済がすすめられ、日本国内の電力事業者は強制的に統合させられ、その体制が戦後まで継続し、京浜工業地帯の工場主の死命の権を東電一社が握るようになった。

競争が働かないうえに誰からも逆らわれない絶対君主だものだから、じぶんたちがいちばん儲かる原発スキームをつくりあげ、みずから腐ったという次第なのです。

地熱(温泉業者と利益が背反しない方法がある)とか、波力の開発に十分なおカネが回されなかったのは、素人目にはいかにも不思議です。歴代政府の、代替エネルギー開発戦略に、「ヘッジ」がなさすぎました。しかしこれも、種が明かされてしまえば単純な話で、東電や原発エリート一家が未来永劫、いちばん得をするスキームじゃないものは、その一家によって排除されたまでなのでしょう。原発こそが、彼らが得をする「マトリックス」だったのです。

米国で石油業界が占めている「工業の王様」の地位を、日本では原発一家が占めんとした。しかしこのスキームも、もうおしまいです。

こんご、許される原発研究は、ポータブルな超小型原発や、「固有安全性」を有する第四世代原発(斉藤さんによれば、今、カザフに建てているような高温ガス炉は、まだ「第四世代」とは呼べないのだそうです)の試験などに限定されるでしょう。第四世代原発ができるまでには30年はかかるでしょうが、用意周到な共同体にとっては30年などあっという間です。30年後にはシナ人とインド人の一人あたりの化石燃料消費量がいまの北米並になっているかもしれません。となるとガソリンなどはリッター1万円になっていてもおかしくありません。そのとき、わたしたちの子孫を極端に貧窮化させ、自存自衛もできなくさせてしまうのが面白くないと思うならば、第四世代原発の技術研究まで今からオプションから外してしまうのは、間違っているでしょう。

これから3年間が、日本の人民にとっての苦難の日になります。

というのは、50ヘルツ→60ヘルツ変換の設備の増強や、高圧直流送電ケーブルの新設は、お役所手続きに従ってやっていると、3年くらいかかってしまう。日本の内閣総理大臣にFDRのような指導力があれば2年以内の突貫工事だって可能ですが、いまの日本には「政府」すら存在しません。「政府ごっこ」があるだけなんだから。

この3年の悪夢をすこしでも短縮する方法は、あります。「民活」です。

東電以外の電力会社が、京浜地区の工場に対して、独自の給電ケーブルで、デュアル給電できるように、するだけでよいのです。

関西電力や中部電力、北陸電力などにとっては、これは大いに儲かる話ですから、最大スピードでつくってしまいますよ。そこからは、健全な競争も、始まります。

もちろん東電は百の屁理屈を掲げ、総力を挙げて反対するでしょうけどね。

安い夜間電力を溜めておいて、昼間に使う方法も、いろいろあり得ますが、これまた歴代政府の「ヘッジ」がなさすぎて、すぐにモノになるかどうかはわからない。しかし、やるしかないでしょう。たとえばフライホイール。また、酸化還元物質の液体プールを地下につくって、それを「巨大バッテリー」にする方法も、外国で提案されています。

こうして夜間に「蓄電」した電力を昼間、工場に対して自由に売ってよい、という「規制緩和」が必要です。それによってベンチャーの「蓄電屋」が簇生し、彼らがあっという真に京浜工業地帯の夏の電力問題を解決してくれますよ。

京浜の大工場が、自前でコジェネ発電して、少し電力が余ってしまったのを、隣の工場に売る。こういう商売も、工場限定(つまり一般住宅は対象とさせない)で、どんどん許すことです。またそうした工場間の「売電」の斡旋をするベンチャー企業も、許すことです。

そうした新商売は、民間工場も助けるし、日本政府には税収増になるし、景気はよくなるし、雇用は増え、よいことばかりです。

天然ガスを燃やしてガスタービン発電してその電気を京浜の契約工場に売る、そういう商売も、東電以外の新規参入会社に対して、自由化してやることです。ミニ火力発電所を海上、つまり船や筏の上に置くことも自由化することです。それやこれやで、規制緩和をすすめたら、3年もせずに、日本の電力不足は解消してしまうでしょう。復興増税の必要はありません。

石炭火力発電所も、できれば日本中に分散的に多数、建設する必要があります。天災や人災のリスクを抑制する最善の策は、あらかじめ、発電所を徹底的に分散しておくことだ、というのが今次の教訓ですから。もちろん京都議定書からは「一抜けた」。誰も文句はいわんでしょう。

壊滅した東北地方の産業は、苫小牧に移すことです。人もいっしょに、です。すでに漁業者の一部は、道東に移転をはじめましたね。商売道具が漁船だから、なじみの寄港地に身を寄せやすいのです。農業だって工業だって、北海道には収容の余地がありますよ。

1999のJOC臨界事故の直後につくられた、原発災害用というロボットに、放射線に強い「ガリウム砒素」チップを使っていないなんて、粗忽にも程がありますよね。これを発注し受領している諸機関にも、原発を扱う資格なんてないでしょう。

また、ロボットの足回りが、「ガレキ」を克服できるものではなくて、ガレキが存在すると、もうそこから先へは進めない、というのも、お話になりません。つまり彼らは「テロ」を予想していなかった。終わってます。最初から終わってます。日本の原発専門家に、原発を運用する資格はなかったのです。

 ~後略~
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猛獣王S
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昭和31年版原子力白書を読んで

Posted by ななし on 17.2015 記事 0 comments 0 trackback
もう当時から、放射能汚染が起こるであろうこと、増殖型原子炉や核融合が目標であったこと、最初の予算はわずかだったが数年間で防衛費を上回るようになったこと、最初の原子力委員などの組織のメンバーが後々科学技術庁長官、経済企画庁長官、内閣総理大臣になったこと、などを概観して福島原発の戦犯が、文字通り第二次世界大戦の戦犯と重なってくることなどが分りました。

またその精神的背景には、核がないので戦争に負けた、原発がないと経済戦争に負けるというトラウマのようなものも感じられました。中曽根元総理が核武装の必要を公言していることと一致します。

大政翼賛会はまだ戦争を引きずっているのかもしれません。

一人ひとりの人物を見ると、後々、科学技術庁長官(5名)、経済企画庁長官(2名)、内閣総理大臣(1名)になっており、少なくとも80年代半ばまでは昭和30年体制が続いていたようです。80年代半ばまでに現存の原発の過半が完成または着工されています。

核商人の側から見ると、昭和30年当初から現在に至るまで元請け業者は不変です。中には、水俣病の原因企業も含まれています。クリーンエネルギーなど初めから考えられておらず、

増殖動力炉、核融合、核武装が究極の目的であり、放射能汚染の心配を早々としています。

>(3)原子力の研究開発は,その性質上不測の事態がおこる可能性が多く,機に応じて円滑な研究を進めるためには予算面において弾力性をもつものであることとすること。

>⑦ わが国における将来の原子力の研究,開発および利用については,主として原子燃料資源の有効利用の面から見て,増殖型動力炉がわが国の国情に最も適合すると考えられるので,その国産に目標を置くものとする。

>基礎的研究より始めて,国産による動力炉を建設するため必要な各段階の原子炉を国内技術をもつて建設し,これらの成果を利用して動力炉を国産することを究極的な目標とする。このため,海外の技術を吸収することを目的として各種の実験炉,動力試験炉,動力炉等を輸入し,すみやかに技術水準の向上を図ることとする。なお,最終的に国産を目標とする動力炉は,原子燃料資源の有効利用ひいてはエネルギーコストの低下への期待という見地から,増殖動力炉とする。


当時の原発をめぐる情勢は、二度の原爆とビキニ環礁水爆による被曝の問題で、国民的にも政治的にも反米、反核があり、また日本学術会議の慎重論もあったのですが、初代原子力委員長正力松太郎をはじめとする新聞、テレビ、イベントによる宣伝効果も相まって、米国調査団の推進の結論を持って、商機を狙う経団連等の産業界と利益合致したことがうかがわれました。





佐藤英幸
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『隠された被曝労働』

Posted by ななし on 16.2015 記事 0 comments 0 trackback
以下イソップ通信 より引用

この映像を上映する際に送られて来た1枚の資料の解説文を
みなさんにもお伝えしようと思い、ここに書き写して送ります。
※若干資料が古いので、既に合併されてる会社名などがありますが、
 当時の社名をそのまま掲載しています。あしからず・・・
 ただ、被曝労働状況は変わりないでしょう。

********************************************************

 ~原爆被爆国日本に、刻々と新たな被曝者が加わり続ける~

       >>>>>原発被曝労働<<<<<

原発被曝労働者にとって、被曝することはそれ自体が労働の本質で
ありノルマですらある。原子力産業はある一定の労働者が死んでいく
ことを前提にして存在する。労働者の使い捨てによって成立していると
言っても過言ではない。被曝労働者は生きているかぎり発病の中で
無権利状態に放置され、その実態は、あたかも現代社会の恥部で
あるかのごとく闇の中に隠されている。
・藤田祐幸「知られざる原発被曝労働」岩波ブックレットあとがきより

◆差別の上に成り立つ原発
下請け労働なしに原発は動かない。
電力会社を頂点とした原発労働形態は、石炭産業から続く前近代的
なものであり、それは、そのまま、差別と搾取の象徴とも言えるだろう。
ひ孫請、親方ぐらいまでが、主に技術者で、それ以下が、技術作業員
の作業場所の放射能をふき取ったりする除染作業員である。除染作業
には、放射線で汚れた服を洗濯する作業(ランドリー)も含まれる。電力
社員の被曝量は、全体の5%にしかすぎない。のこりの95%は下請け
労働者へ課せられ、さらに最下層の労働者ほど多くの被曝を強いられ
るという、差別の重構造が存在する。危険は常に弱いものへとしわよ
せされる。そういう人たちが行う、雑巾がけやランドリー、機器の点検や
修理、廃棄物処理作業など、300種類にもおよぶ手作業がなければ、
原発は1日たりとも動かない。今、この瞬間にも6万人の人たちが被曝
しながら働いている。コントロールルームの人たちが原発を動かして
いるわけではないのだ。

◆この実態が報道されない訳
日本の原発は、東海1号以外はみんなアメリカから入ってきた。その
ルートは、というと世界の2大財閥、モルガン、ロックフェラーからG・E
(ゼネラル・エレクトリック)、W・H(ウェスチング・ハウス)を通して、
日本の財閥の三井、三菱、住友へ、そして、系列のプラント会社を
経て各電力会社へとなっている。日本の原子力グループは5つあり、
その構成企業をみると、原子力産業の巨大さがわかる。マスコミに
とっては、大スポンサーばかりである。広告料で生きているマスコミが
原子力に物を言えない理由がここにある。

 ★モルガン/G・E→三井物産(沸騰水型)→東芝・日立
  日本原子力発電(敦賀・東海)
  東京電力 柏崎・福島
  中部電力 浜岡
  中国電力 島根
  東北電力 女川
  北陸電力 能登(滋賀)

 ★ロックフェラー/W・H→三菱商事(加圧水型)→三菱重工
  関西電力 美浜・大阪・高浜
  九州電力 川内・玄海
  四国電力 伊方
  北海道電力 泊

<原子力5グループ>
樋口健二著「闇に消される原発被曝者」(三一書房)より
(1)グループ名:三菱グループ     
    メーカー:三菱原子力工業 
    商  社:三菱商事          
  構成会社の一部↓    
         三菱重工業        
         三菱石油       
         三菱化成        
         三菱金属
         三菱銀行
         三菱信託銀行
         東京海上火災
         他・・・

(2)グループ名:三井グループ
    メーカー:東芝
    商  社:三井物産
  構成会社の一部↓
         東京芝浦電気                       
        
         石川島播磨重工                      
  
         三井造船
         三井信託銀行
         日本製銅所 
         清水建設
         大正海上火災
         他・・・

(3)グループ名:住友グループ    
    メーカー:住友原子力工業 
      商社:住友商事        
  構成会社の一部↓ 
         日本電気
         住友重機械工業
         住友金属工業
         住友電気工業
         住友銀行
         住友建設
         住友海上火災
         他・・・

(4)グループ名:東京原子力グループ    
    メーカー:日立製作所 
    商  社:丸紅        
  構成会社の一部↓                
         日立化成
         日立造船
         丸善石油
         サッポロビール
         富士銀行
         鹿島建設
         安田火災海上
         他・・・

(5)グループ名:第一原子力グループ     
    メーカー:富士電気工業 
    商  社:伊藤忠・日商岩井          
  構成会社の一部↓ 
         富士通
         川崎重工業
         川崎製鉄
         宇部興産
         第一勧業銀行
         清水建設
         朝日火災海上
         他・・・
(後略)
(引用終わり)





rino
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『パンドラの箱の悪魔』

Posted by ななし on 15.2015 記事 0 comments 0 trackback
阿修羅『≪〔日本列島を核の墓場にする計画?〕広瀬 隆 著『パンドラの箱の悪魔』 第2話 壮大な核スキャンダル より抜粋≫』 より転載します。
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IAEAは、国連の機関として平和を謳っている。その公式の核拡散防止メンバーが、あってはならない核拡散の最高責任者として、98年5月の一連のインド核実験を成功させ、これに触発されてパキスタンが核実験を強行した。全面的核実験禁止条約とインド・パキスタンの核実験に関して、ここ数年にわたって報じられてきた膨大な量のニュースと議論は全て、真実らしく聞える嘘の塊であった。

日本は唯一の被爆国であると、インド大使館やパキスタン大使館を訪れ、核実験反対と異議を唱えても、このメカニズムについて議論し、背景にある利権を崩壊させない限り、虚しい所業になることは歴然としている。本書が出版されても、日本の新聞とテレビは、一切この事実を無視して、これまでと同じように不毛の議論を続けるであろう。そうした“眠れるジャーナリスト精神”が存在することにも、読者は知恵を働かせて頂きたい。眠れるジャーナリストとまで言うには理由がある。

広島と長崎に原爆が投下された被爆地の惨状を知っている人や、核実験場として使われたアメリカのネバダ州や南太平洋、ソ連の各地、中国の新疆(しんきょう)ウイグル自治区、イギリスが使ったオーストラリアなど、無数の被ばく証言記録を一度でも落ち着いて読んだことがある人なら、本心からこの世の原水爆を呪うであろう。更にその事実を知った後、我々がささやかなりとも魂を持った人間であれば、このように国連に横行する怪しげな論議の源に目が向いてゆき、次には、核物質が容易に誕生するメカニズムを、どうあっても調べたくなるはずである。

〔資料〕被ばく者援護連帯:世界の被ばく者の証言・資料 - 日本原水協
リンク

〔資料〕「原爆ホロコースト」の実態 - HEXAGON


各兵器産業の内部に巣食う人間関係に、調べを進めてみよう。実は、この疑惑に対して我々が求めている明白な答は、秘密どころか既に10年以上前に、ドイツで大きく報道されていた。


■ドイツ副首相・外相フィッシャー氏が指摘した核スキャンダル

98~99年の日本の新聞には、「ドイツで社民党のシュレーダー政権が発足して、“緑の党”との連立内閣となったが、“緑の党”の原発廃止政策を達成することは極めて難しい」、或いは「“緑の党”は大幅に譲歩した負け犬に過ぎない」といった敗北論が横行した。こうした記事を書いた日本人特派員は、ドイツ人と友人になって生活したことも無く、ドイツの国民感情をまるで分かっていない。日本の記者クラブにどっぷり浸かって官公庁のPR係に満足し、電力会社からのブリーフ(略報)しか読まず、大誤報を伝えたのである。

≪≪日本とドイツの大きな違いは、政治家の質の問題ではなく、国民の意識の差にある。ドイツでは、“緑の党”だけが原発に反対しているのではない。保守的なコール政権時代から、国民の大多数が原発に反対し、原発推進を求める国民の数は1割を切っていた。仕方なく原発を容認する人でも、「電力が維持出来るなら、原発を求めない」という態度だ。それどころか、電力会社の幹部が、ヨーロッパ全土で拒否されている高レベル放射性廃棄物の処分に行き詰まり、経済的に成り立たないことが明白になった原発産業の未来をすっかり断念している。

「原発を増やそう」などという無謀な計画を持っている電力会社の幹部は、ドイツ全土を探しても先ずいない。だからこそ、自然保護と原発廃絶と軍縮を最大の政策として掲げる“緑の党”が誕生し、いつまでも優柔不断なコール政権に代って、基本的に原発に反対する社民党も力を持ったのである。そうして社民党の政権が98年に誕生し、連立与党として手を組んだ“緑の党”の代表ヨシュカ・フィッシャーが、副首相と外務大臣を兼務することになった。

〔資料〕Joschka Fischer ヨシュカ・フィッシャー - Wikipedia


現在ドイツを始めとするヨーロッパ各国で進行している原発・核政策の論議は、日本政府と官僚のように、原発の是非には無かった。ドイツでは、政府の主導のもとに巨額の投資をした電力会社が、如何にして大きな損害を受けずに原発を廃止出来るか、という経済技術上のスケジュール問題だった。電力会社首脳にとって、造ってしまった原子力発電所をもう少し運転して、莫大な投資をした元を取らなければならない。その為に、「急速な原発廃止はやめてくれ」と抵抗していただけである。原発が無くなれば停電するなどと言う話では全く無い。

98年12月中旬に次のようなニュースが報じられた。

「今後20年以内に原発を全て廃棄する。これは政権が交代しても変わらない」

続いて2000年6月には、「政府と主要電力会社の首脳が、ドイツで稼動中の全原子炉を平均運転期間32年で廃止することに合意した」と発表された。ドイツの原子炉第1号は1969年に運転を開始したので、32年後とは2001年である。実質的には、2020年迄に原子力が完全消滅するのだ。そして2003年11月に廃炉第1号が送電を停止した。ドイツの実業家にすれば、廃止することが決定した以上、一刻も早く別の電源に切り換えた方が新時代の技術に遅れない、資源の確保も急いだ方が良い、という計算をするだろうから、予想よりずっと早く原発が全廃される可能性は高い。

ドイツでは、その裏付けとなる新しい発電技術が、ジーメンスやダイムラー・ベンツ(現ダイムラー・クライスラー)によって開発され、この世から電力会社を無用にしてしまう燃料電池というエネルギー革命に踏み出した。この発電技術は、自動車というとてつもなく大量に存在する道具に狙いを定めてスタートした。自動車に使われる小型の装置は、かつてステレオ、スピーカー、座席、無線電話、テレビなど、あらゆるものをコンパクトにする原動力となり、同時に、大量生産によって低いコストを可能にしてきた。ドイツの工業が世界を席巻する日も近いだろう。既に完全崩壊に突入した見る影も無い原子力産業に今でも固執し、井の中の蛙で孤立した日本の電力業界は、地球から置き去りにされる。≫≫

〔資料〕燃料電池 - Wikipedia





匿名希望
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上杉隆氏ら自由報道協会による「原発事故」取材の報告

Posted by ななし on 14.2015 記事 1 comments 0 trackback
■上杉隆氏ら自由報道協会による「原発事故」取材の報告  より転載。

ここから具体的に話していきますが、たとえば海洋投棄に関して。
最初は先ほど話したように、フリージャーナリストの追及までは隠していました、「全く漏れていない」と。
そして漏れたことがバレると、「低濃度だ」というのです。
「低濃度というのは何の基準ですか」と訊くと
「東京電力の相対的な基準です」と答えました。
海外の基準から言うと「低濃度」とは「高濃度」ということです。
東京電力の言う「高濃度」とは、「超高レベル」汚染水のことです。
「この部分でどれくらい漏れてるのか」、一昨日、訊いてみますと、
資料には1000ミリシーベルトを超えると書いています。
1000ミリシーベルトとは1シーベルトのことで、
「それ以上の超えた数値はなんですか」と訊くと、「計ってない」というのです。
「なぜ計ってないのか」と訊くと「計る機械を持っていない」と答えます。
東京電力の広報の方に、「なぜ1000ミリシーベルトを超える測定器を東京電力は持ってないのか」訊いてみました。
「持っていません。よって計っていません」。
1000ミリシーベルトを超えると15分で白血球を破壊され始めます。2000ミリシーベルトだと7分30秒で、4000ミリシーベルトだとその半分(の時間)でやられ始めます。
つまり、1000ミリ超えると全部同じでなく、たとえば8000ミリシーベルトを超えると瞬時に死に値する可能性があるということになります。
仮に10シーベルトになるとその瞬間に体内の穴から血が出て死ぬ可能性が高いのです。
それを分からないで作業させてるのは危険なので、「なぜ計らないのか」と訊くと、「計器がないから計らない」。
・・・これが東電の正体です。

さらにはこれだけではありません。次から次へと、この形の対応です。
「型番教えてください」と訊いても「分かりません」
ひどいのはプルトニウムの件で、「プルトニウムはどうして計ってないのですか、14日に爆発してるのですよ」、と百歩譲って先ほどの話(で出ましたが、)
「21日22日までには1週間あったではないですか、IAEAの勧告では発生直後にセシウム、ヨウ素が出た場合はプルトニウムを検査すると書いてあるじゃないですか」と訊くと「計器がありませんでした」。
「プルトニウムを検査する計器がないんですか?」と訊くと「ありません。アルファ線はありません」と言ったのです。
・・・嘘でした。

新聞テレビはアルファ線を計る機械がないと書きました。当然ながら、訂正してませんが。
で、計ったのはどうなったかというと、「計るのに時間かかり、1週間かかっててます」と嘘を言ったのです。
「違いますね、プルトニウムを計るのは22時間で計れるじゃないですか、どうして嘘をつくのですか」と訊くと、「計るのは22時間でできますがその後チェックして外部機関から戻ってきて数字を修正したりするのに数日を要した」。
なんで数字を修正する必要があるのか分かりませんが、「では2回目はどうしたのですか」と、これを昨日訊きました。
「9日前に計っていますよ、なんで発表しないのですか」と訊くと、「今、準備をしています」。
なぜ22時間で計れるものを9日間もかかるのか。

さらには14日に3号機が爆発したときに、その瞬間に作業していた職員は被爆してる可能性がある。ご存知のように、プルトニウムは小さな粒子で肺に取り込み、肺に着床、着地すればそこから永久にアルファ線を発し続けます。
場合よってほとんど肺がんになります。
危険な放射能、もっとも危険な放射能です。
IAEAの基準でプルトニウムに関しては、防護服を2重にして、さらにマスクも―吸いこんだらアウトですから―2重にするという基準があります。
「作業員に着させてたんですか」と訊くと「その時点でプルトニウムは発見されてないのでやっていません」。
当たり前ですね、計ってないのですから。
・・・すべてがこんな感じです。




匿名希望
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危機管理意識、あなたは政府を信用しますか?

Posted by ななし on 13.2015 記事 0 comments 0 trackback
福島原発事故についての対応が日本と欧米では極端に異なっています。
その違い、危機管理意識の相違に違いありません。
ビルトッテンさんのコラムを引用します。
それぞれの人にとって危機管理とは?この意識が問われているのです。

背負わされ続けるリスク    2011/04/07ビルトッテンさんコラム


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国々の対応に大差

 今回の原発事故で強く感じたのは日本とそれ以外の国々の対応に大きな差があったことだ。当初から「放射能汚染が健康にただちに影響を及ぼすことはない」と日本政府はいい、メディアも繰り返しそれを報道してきたが、その一方例えばフランスは在日フランス人に関東圏からの避難勧告を出したり、ドイツなど欧州諸国を中心に大使館機能を西日本に移転するなど、福島の原発事故が起きてからの対応には大きな差があった。

 しかし日本政府や東京電力が原発事故があたかも収束しつつあるように振る舞っている間にも事態は深刻化し、冷却水からは平常時の10万倍という異常な放射線量が測定されるまでになってしまった。そして原発から20キロ以内を避難指示圏としている日本政府に対して国際原子力機関(IAEA)が、約40キロ離れた福島県飯舘村で基準を上回る放射線量を観測したとして避難勧告をしても、日本政府は慎重に数値を調べてから決めると、住民をその危険な地域から移動させることを見合わせている。

許せない人命軽視

 私が日本国籍を取得しているがまだアメリカ人的な発想だからとか、私が得ている情報が欧米の報道であるとか、理由はあるかもしれないが、私が日本政府の行動が信じられないのは、政府のしていることは人命軽視にほかならないからだ。私はそれを許せないと思う。

 欧米の報道が悲観的で、過剰な反応をしているという見方があるが、危機管理は常に最悪を想定しておかなければ意味がない。『想定外だった』という言葉で済ますには、今回の原発事故はあまりにも多くの犠牲者を出したし、これからも出し続けることになるだろう。

 チェルノブイリと福島の違いは、チェルノブイリは核分裂が暴走して臨界状態となって爆発し、それで止まったが、福島はその逆で、原発は故障しても家電製品のようにスイッチをオフにできないために、核燃料は自分でどんどん発熱を続け、それを冷やすために注入した海水に放射性物質が溶けて流れ出していることだ。核の溶解は自己反応的なものだから、反応が止まらない限り誰もそれを止めることはできないのであり、したがって放射能汚染は長期化する。

MOX燃料を使用

 さらにチェルノブイリよりもひどいのは、福島は原子炉の燃料にMOX燃料を使っている。これはプルトニウムを含み、テロリストがこれを使って核兵器を作るといわれる危険なものだ。福島原発から20キロ圏内に放置された遺体は放射能汚染濃度が高く回収できない状態になっていると報じられたが、プルトニウム原爆を投下された長崎に次いで、福島でも多くの日本人がこの核の犠牲になるとはなんと皮肉なことだろう。

 3月30日、東電会長が記者会見し、福島第1原発を廃炉にするという方針をようやく示した。専門家によれば福島第1原発を処分するのにおよそ30年、1兆円はかかるという。お金はさておき、これはつまりこれから30年間、誰かが被爆というリスクを背負いながら原発に関わらなければならないということだ。そんな原発がこの狭い、地震の多い日本の国土に55基もある。原発が安くもクリーンでも安全でもないことを政府が認めないなら、国民から政府にそれを突きつけるしかない。

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橋本正雄
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地震国家日本に世界一の原発が存在する理由③~恐怖を与えられた後に希望を与えられる洗脳方程式

Posted by ななし on 12.2015 記事 0 comments 0 trackback
続きです。
『マインドコントロール2 今そこにある情報汚染』(池田整治/著 2011年3月刊)の「第三章 地震国家 日本に世界一の原発が存在する理由」より部分転載します。
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● 恐怖を与えられた後に希望を与えられる洗脳方程式

原発・安全神話の「真実」がご理解いただけただろうか。

それでもエネルギー需要という観点から、石油の次は原発しかないと、大半の日本人が強く信じている。

ここに日本人にかけられた壮大なマインドコントロールが読み取れる。

日本には55基の原発が存在するが、そもそもなぜ、地震列島・日本にこれだけの原発が設置されたのだろうか?

実はこの原発、日本人が将来的なエネルギー政策の一環として導入したわけではない。 敗戦国・日本を占領する戦勝国・米国が、強制導入させたものである。

その走狗として暗躍したのが、CIA(米中央情報局)の工作員「ポダム」こと、初代原子力委員長でもあった正力松太郎氏である(初代科学庁長官にも就任)。

ちなみにその委員の一人に、物理学でノーベル賞をもらった湯川秀樹博士がいた(委員会参与)。しかし彼は最初の会合で、何と「原子力は知らない」と発言している。敗戦後の日本は原子力の研究なんてタブーであり、GHQから禁止されていたのだ。当時の鳩山首相も原発等、寝耳に水だった。

ところが正力氏や中曽根康弘氏、それにつながる「戦犯」だった特高警察等の人脈らが日本の中枢で復活し暗躍。米国の強力な後押しで、日本に「原発銀座」を築いていった。

一度は「戦犯」として奈落の底へと突き落とし、自分たちの推進する施策の実行者という条件付きで、復活させる。

つまり、恐怖を与えられた後に希望を与えられる、という図式だ。

これは上九一色村でオウム真理教が行なっていた「地獄と天国」の疑似体験と同じである。人間の深層心理を研究した「彼ら」の、最も得意とする個人レベルにおける洗脳工作である。

米国=黒いエゴ資本主義者たちが、日本のメディアを統制下に置いていることから、原発は日本に不可欠という世論も、彼らの望むように形成できた。

そもそも原発立地の世界的条件に照らすと、日本では許可が下りない。

日本では今この瞬間、どこで地震が起きても不思議ではない。諸外国では、活断層があるのではという理由だけで、設置が中止となる。まして活断層がひしめく日本列島に設置する等、狂気の沙汰としか思えない。

その狂気の沙汰を現実にしてしまった。

設置するに当たっては、当然だが綿密なシミュレーションを行う。しかしその公表はされない。地質調査結果を偽造したケースも報告されている。

地震多発地帯と原発の位置関係を、再度、日本地図で確認して欲しい。例えば東海ベルトの真ん中に位置する浜岡原発は、すぐにでも解体すべきだろう。

● IPCCによって捏造された地球温暖化

チェルノブイリの事故で原発利権に陰りが生じると、「彼ら」は自分たちの支配下にあるマスメディアを巧妙に使い始めた。

環境問題、特に「二酸化炭素の問題」と地球温暖化、さらに石油資源枯渇に伴うエネルギー問題を解決する策としての原発の必要性を、大々的にアピールするようになった。

その代表格が、ゴア元米国副大統領による壮大な「ペテン・キャンペーン」である。ゴアの詐欺商法こそ、不都合な真実である。これはとんでもない嘘の積み上げであることが、今では世界常識となっているのだが、完璧に「彼ら」のコントロール下にある日本人にはその真実がほとんど届いていない。

ここで、そのカラクリを暴いてみたい。

まず、地球温暖化と二酸化炭素は何の関係もない。

海外の多数のメディアによる報道で、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が採用した温暖化の有力な証拠とされるグラフが、いわゆる「捏造」されたものだったことが判明している。
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猛獣王S
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地震国家日本に世界一の原発が存在する理由②~国際金融資本にとって日本の原発推進は限りない利益がある

Posted by ななし on 11.2015 記事 0 comments 0 trackback
続きです。
『マインドコントロール2 今そこにある情報汚染』(池田整治/著 2011年3月刊)リンクの「第三章 地震国家 日本に世界一の原発が存在する理由」より部分転載します。(引用元:リンク)
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● 80キロメートルの配管を適宜交換しない限り運転は無理

原発は別名「パイプのお化け」とも呼ばれる。

約80キロメートルの配管が2万5000ヵ所の溶接場所で保持されているからだ。ピンホール現象で穴が開き、熱水が噴出した玄海原発のパイプは直径20センチメートルで、管の肉厚は2センチメートルもあった。

流水で穴が開くという現象は、常識的に考えにくい。

ところが原発の場合、この事故の起きたところでは157気圧、320度もの熱水が流れる。特殊合金でできたパイプも常に腐食摩耗し、2センチメートルが20年待たなかったのである。

約80キロメートルの配管を日々チェックするのは不可能に近い。

実際、建築以来検査していない箇所が、すべての原発にあるそうだ。それはまるで食生活が悪くて、栄養と酸素を運ぶ血管が老化・硬化し、突然破断、クモ膜下出血あるいはハートアタックで死ぬようなものだ。

60兆個の生きた細胞一つひとつの血管なら、口養生で新陳代謝して再生する道があるが、原発の場合、約80キロメートルの配管を人為的に適宜交換しない限り、時の経過とともに、すべてが死の危険界へと入る。

そのため、交換するには原発を止めざるを得ない。

日本の原発は30年以上の老朽化した施設が多く、交換作業だけでほとんど稼働できないと想像できる。だからこそマスメディアにはそんな情報を載せない。しかしそれだけでも、原発の危険性が理解できると思う。

さらに地震による想定外の縦揺れが発生した場合、溶接部、特に原子炉との接合部がギロチン切断されることも、以前から専門家によって指摘されていたことを付記しておきたい。

● 考え方によっては恐ろしい総括原価方式

話を元に戻そう。

地震国家・日本では、いつどこで直下型地震が起きてもおかしくない。

プレート型の定期的に生起する巨大地震は目前である。しかも今度は、東海・東南海・南海という3つのプレートが同時に跳ねる巨大型ではないかと予測されている。

そうでなくとも、では東海地震が起きた場合、浜岡原発はどうなるのか?

浜岡が暴走すれば、東海ベルト地帯を中心に、数百万人もの犠牲者が出てもおかしくない。だからこそ、そろそろ原発を、いかに安全に解体するかという実行段階に移らなければならないのではないか。

国家、すなわち為政者がまず行なわなければならないのは、国民の生命・財産の安全の確保である。一部の利益者の経済的便宜ではない。原発にも利権のために本当の情報を隠す、先の抗ガン剤と同じ構造がある。

黒いエゴ資本主義者による金融支配体制の中心にいる「彼ら」にとって、唯一、彼らのエゴ的文明に対抗でき、エヴァ的文明になり得る日本という国家に原発を推進することは、限りない利益がある。

それは例えば以下の通りだ。

① 原発建設に伴う直接的な経済的利益。
② 総括原価方式で電気を独占して高く売ることによる膨大な利益。特に日本にはないウラン燃料売却関連利益。
③ 平時における恐喝による米国債の購入、政策同調への強制。人工衛星からのプラズマ兵器(気象兵器)により、いつでも人工地震を発生させる攻撃が可能。
④ 「人類10億人奴隷化施策」という目標の一環としての原発暴走による、日本人の民族浄化。

ちなみに「もんじゅ」は、水の代わりにただでさえ取り扱いが難しいナトリウムを使っており、世界で最も危険な原子炉であることも付け加えておきたい。この型を推進しているのは、なぜか日本だけである。

その理由は明快だ。

事故等で開発費がどれだけ増加しようとも、原発開発費はすべて「総括原価方式」が採用される電気料金へと上乗せすればいいからだ。失敗して開発費を注ぎ込んだ分だけ、逆に儲かるという皮肉な構図がそこにある。
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続く





猛獣王S
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Posted by ななし on 10.2015 記事 0 comments 0 trackback
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地震国家日本に世界一の原発が存在する理由①~テロ・武装勢力に撃されれば日本の原子炉は簡単に暴走してしまう

Posted by ななし on 10.2015 記事 0 comments 0 trackback
『マインドコントロール2 今そこにある情報汚染』(池田整治/著 2011年3月刊)リンクの「第三章 地震国家 日本に世界一の原発が存在する理由」より部分転載します。(引用元:リンク)
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● コマンドによる攻撃が想定されていなかった

1994年、渥美半島や玄海原発の現地研究に先立ち、私は韓国や米国の原発における「外敵への安全対策」を調査した。

韓国や米国の原発には、コマンド等のテロ・武装勢力に対して「増援が駆けつけるまで、何日間は外柵で持ちこたえる」との保安基準があった。つまりしっかりと武装して守られている。万一の場合、地域や国を越えて地球人類へ与える取り返しのつかないダメージや悲惨な状況を考えると、ある意味、それは当然の対策・準備だ。

ところが日本の保安基準は、せいぜい正門での通常デモ対処が関の山だった。

武装コマンドに襲撃されるという思考が一切欠落しているのだ。まるで「そんなものが来るはずがない」というような意思表示に、私は慄然した。

原発は各地の岬等に孤立している。地形的に見ても、海陸どちらの経路からも隠密侵攻するのに適しているのだ。

少なくとも非常時には専用回線で、近傍の自衛隊等に緊急救援を要請するシステムくらいは国として処置すべきだろう。十分に訓練されたコマンドには、日本の警察官が所持する22口径ではとても対処できない。

はっきり言おう。

各種のコマンドに攻撃されれば、理由は違えどもチェルノブイリ原発と同じように、日本の原子炉は簡単に暴走してしまう。

チェルノブイリ原発の周辺30キロメートルは、現在も、というよりも放射性物質の放射線量が半分になる半減期が一万年以上、中にはヨウ素のように1500万年以上というものがある点から推察すると、我々の文明が続くうちに人類が住めるようにはならないだろう。

日本の原発の位置関係と偏西風からそのフォールアウト(原子灰)を考えれば、どこにある原発が暴走しても、日本は国家として壊滅する。

そこまでの事態にならなくとも、通常発電で排出し続け、増え続ける一方の放射能汚染物質を無毒化することは、現代科学では不可能であり、単に容器をコンクリート詰めにして地下に保管しているに過ぎない。

どう考えても、その保管容器が1万年以上持つとは思えない。

コンクリートも鉄も、強い放射線に晒されると50年持たないだろう。このままでは地震ひとつで、人間の住めない大汚染地帯が、時間とともに拡大していく。青森県上北郡六ヶ所村の再処理施設周辺の放射能汚染が刻一刻と増加している事実も、都合が悪いという理由からマスメディアで報道されないだけの話だ。

そうした廃棄物の「有効利用」の先にある劣化ウラン弾等による放射線汚染で、現在、イラクの多くの子供たちが被爆・死亡している。

地球上の人間を10億人にまで減らしたい「彼ら」にとって、生産地と消費地の両方において、その目的を確実に、さらに継続的に達成し得る最高の手段として映っているのかもしれない。

どちらにせよ彼らの住んでいるところには影響しない。

もっとも彼らは、万一を考えて長期間生存可能な大規模地下シェルターを準備している。先進諸国でその準備がないのは日本くらいのものだ。

●原発は水さえ断てば空炊き釜の状態となる

原子炉内における核分裂が臨界点を超えると、これを止める手段は水しかない。万一の際には原子炉内も建物内も、水で一気に満杯にするわけだ。このため、大半の原発は海辺に建てられる。

これを逆思考すると、水さえ断てば空炊き釜の状態となり、原子炉融解、つまり暴走する。ある程度以上の地震、あるいは津波が原発を襲い、たとえハイレベルな耐震設計による原子炉そのものが損害を受けなくとも、複雑なシステムが損傷すれば大事故へとつながりかねない。冷却水システムもその一つに過ぎないのだ。

ちなみに原発は、大量に発生する熱エネルギーの三分の一しか電力へと転化できず、非効率極まりない。100万キロワットの発電所であれば、200万キロワット相当の熱水を排水溝から常時排出している。しかも管内が有機物で汚染しないよう塩素濃度を上げている。原子炉を運転している限り、自然界にないこの「高塩素汚染暖流」が生起するから時間の経過とともに周辺海域の生体を限りなく破壊することは自明の理だ。

大きな清水の水瓶を真っ黒に濁すのも、黒い水滴の積み重ねである。

日本全国の河川や港も、まさか家庭や工場からの排水でここまで汚染されるとは、当初誰も予想しなかったと思う。しかし汚染が続く限り、必ず目に見えるようになり、人の寿命を縮めることは間違いない。

全国55基の原発から排出される汚染暖流が、中長期的にどのような影響を日本列島におよぼすのか、誰も□にしない。

現在、海の「多様種スポット」とも言われる瀬戸内海祝島沖に、新たな原発建設が進んでいる。海水が変わるのに5年を要する瀬戸内海に、この原発ができれば、祝島の島民500人だけの生存問題ではなくなる。瀬戸内海は確実に死の海と化すだろう。
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続く





猛獣王S
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本当の復興政策は共同体の再生を支援すること

Posted by ななし on 09.2015 記事 0 comments 0 trackback
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首相会見要旨 2011年04月01日
【被災地の復興】
 山を削って高台に住んだり、海岸沿いの漁港まで通勤したり、バイオマス(生物資源)を使った地域暖房を完備したエコタウンをつくるなど世界でモデルになるような街づくりを進めたい。被災者生活再建支援法の拡充は、できるだけ十分な支援ができるよう努力する。雇用については、まず、がれき処理など自治体のいろいろな作業について協力をいただく。
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ここからは、旧来のモノに注目した復興政策しか見えません。

ここで、冷静に状況を見ていくと、過去の災害に比べて被害規模がとんでもなく大きく、経済の成長期につくられた今までの都市の姿を目標に復興するには、あまりにも社会的負担が大きすぎるという現実があります。それゆえに、物的な復興までは何十年という時間が必要になる可能性があります。

また、このような政策を実行に移せば、膨大な資金を恣意的に動かすことができる特権を再び国家(≒官僚や利権政治家やマスコミ)に与えることになります。そしてこれは、国民から巻き上げてきたお金で情報操作を行い、彼らの思い通りに原発を作ってきた原因構造と同じです。それゆえ、復興市場に目がくらむ利権集団が暗躍することが容易に想像できます。

このような前提に立つとき、今本当に必要な政策とは何か?

まず状況認識として、現在の日本では、地位やお金やモノを求める意識はほとんど消滅しています。それを例外的に強く残しているのは、官僚を中心とした特権階級だけで、この意識は一般国民と大きくずれています。それゆえ、上記の復興案のように、官僚に都合のいい未来像に貴重な資金を投入するという愚作しか出てこないのだと思います。

それに対して今一般の人々は、人が生きていくためには支えあう仲間が必要で、お互いに支えあうという行為自体が、何にも勝る充足の源であるという状況になっています。そして、この悲劇的な震災を体験した人々は、ますますその意識が覚醒しているように見えます。これが、暴動のおきない本当の理由です。

そうであれば、まず真っ先に必要なことは、お互いに支えあうことを実現する基盤である共同体の再生です。具体的には、自らの町をどのように復興していくのかを考えを実践していく組織を作ることです。そして、それを実現するための資金を彼らに提供することです。

そうすれば、彼らが未来に向けて考えることや復興にかかわる具体的な作業を行うことなど、すべての復興活動を収入のある仕事=みんなの役に立つ役割、として位置づけることができます。そうすれば、何十年先の物的復興をまつこともなく、今すぐにでも仲間とともに未来を切り開いていくという充足から、心の復興が実現します。

よって、義援金や復興予算は、まずこのような共同体の再生に投入され、自主的に運用されるべきだと思います。その上で、広域的な課題や専門的な課題については、これら自治組織の連合組織をつくり実践していくことが必要だと思います。

国家の支援とは、このような自主的な共同体再生に対する、経済的・技術的な支援や法的な枠組み整備だと思います。こうすれば、膨大な復興資金が、利権集団に吸い取られていくこともなく、被災地の人々の活力が再生していくのだと思います。




本田真吾
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児童生徒の年間許容被曝量が20ミリシーベルト!?~原発労働者のそれと同じでいいのか!?

Posted by ななし on 08.2015 記事 0 comments 0 trackback
『子どもが年間20ミリシーベルトって?』(karinnkarinのブログ)より転載します。
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読売新聞によると、文部科学省は、校庭など、幼稚園や学校の屋外で子供が活動する際の放射線量の基準を福島県に示す方針を固めた。

この基準によれば、児童生徒の年間被曝許容量を20ミリシーベルト(2万マイクロ・シーベルト)としている。

20ミリシーベルトといえば、原発労働者の年間の許容被曝量。この数値に驚愕した人も多いのではないだろうか。

手もとに、一つの資料がある。
原発被曝労災が明らかになった人の被曝線量だ。

実名で公表されているので紹介したい。

□嶋橋 伸之
1993年5月、静岡県労働基準局磐田署に労災申請。
実名での最初の認定。(認定2件目)。
中部電力浜岡原発勤務、計測装置点検作業。81年3月から89年12月まで8年10ヶ月勤務して、50.63ミリシーベルト被曝。
慢性骨髄性白血病により91年10月20日死亡。29才。94年7月労災支給。

□大内 久
1999年9月30日、JCO東海事業所臨界事故。
16~20シーベルト(16,000~20,000ミリシーベルト)被曝。35歳。死亡。

□篠原 理人
同上。6~10シーベルト被曝。39歳。死亡。

□横山 豊
同上。1~4.5シーベルト被曝。54歳。生存。
JCO東海事業所臨界事故で水抜きの突撃隊が作られたが、当時、「針が振り切れた」というのは100ミリーシーベルトを超えたことをさした。

□長尾 光明
2003年1月、福島県富岡署に労災申請
福島第一、浜岡原発、ふげんで被曝労働。
77年10月から82年1月まで4年3ヶ月従事。70ミリシーベルト被曝。
多発性骨髄腫。2004年1月労災支給。
すべての情報開示と完全な補償を求め雇用主の石川島プラントや東電に話し合いを申し入れたが拒否され、04年10月7日、「原子力損害の賠償に関する法律」に基づき4400万円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に提訴。
2007年12月死亡。82歳。2010年 2月、最高裁上告棄却。敗訴確定。

□喜友名 正(きゆな ただし)
淀川労働基準監督署に労災申請。
泊、敦賀原発など全国7ヶ所の原発で97年9月から6年4ヶ月間、非破壊検査に従事。99.76ミリシーベルト被曝。
悪性リンパ腫により2005年3月死亡。53歳。
2005年10月、遺族は労災を申請。2006年9月却下。2007年、不服申し立てにより厚生労働省で「りん伺」(上級官庁に伺いを立てる)決定。 2008年10月労災認定。

一度に大量の被曝をしない限り急性障害は現れない。しかし、この資料によれば、累計50~70ミリシーベルトで、何年か経ってから障害が現れているのだ。被曝労働者も、おおむね50ミリシーベルトを超えたあたりから体調が悪くなると言われている。

子どもに年間許容被曝量が20ミリシーベルトという基準は、考えられない。この数字にワタシ達大人が向き合い、一歩を踏み出さなければ。
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猛獣王S
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原発、「負の世界遺産」と「負の人材たち」、 そして、怒りを語ることの意味 - 鈴木耕

Posted by ななし on 07.2015 記事 0 comments 0 trackback
原発、「負の世界遺産」と「負の人材たち」、 そして、怒りを語ることの意味 - 鈴木耕

***以下引用***
 しかも「千年に一度の津波」とは、まるで事実に反している。岩手県宮古市田老地区では38メートルの津波が観測されたというが、これは実は、1896年の「明治三陸地震」のときの大津波と同程度なのだ。「千年に一度」どころか、たった115年前にも記録されていたのだ。不勉強もはなはだしい。むろん、こんな発言は財界人として恥ずべきことだが、学者と称する連中も「今回の地震と津波は想定外」を連発した。「想定外」が時ならぬ流行語となった。「想定外を想定することこそが学問ではないか」と、そんな学者(と称する人)たちを批判するのはもっともだが、実は今回の災害は「想定外」などではなかったのだ。「想定内」にあることを知りながら、「想定外」として対策を怠ったのである。これはまさに犯罪だ。

 日本のすべての原発は海岸沿いにある。最大級の津波は「想定内」でなければならなかった。実はたった百年余り前に、その実例があったのだ。しかし、学者(と称する人)たちはそれを無視した。「想定外」とした。結果、何が起きたか!? そして、これから何が起きるか!?静岡県御前崎市の浜岡原発は、いわゆる「東海大地震」の震源域の真上にある。この原発に対する津波防護策は、たった7メートルの砂丘でしかない。今回の事故を受けて、浜岡原発を運転する中部電力は「12メートルの塀を新たに設置する」などと発表したけれど、繰り返すが、今回は最大で38メートルの津波が襲ったのだ。福島原発にも、推定で14メートルをはるかに超える津波が押し寄せた。7メートルの砂丘と12メートルの塀(堤防ではなく「塀」なのだ)で、どう防ぐというのか?
その中部電力の発表を真に受けて、「浜岡原発は安全だ」という発言を繰り返すのが、静岡選出の自民党・片山さつき議員だ。12メートルの「塀」で、ほんとうに巨大津波が防げると思っているとしたら、この人の頭のネジは確実に外れている。これが政治家だ。

 とにかく、東海地震が来る前に、せめて、浜岡原発は止めなければならない。福島原発による連日の高濃度放射性物質の海洋への垂れ流しや、風での飛散。それらによる海産物や野菜の汚染、人体への影響。ことに乳幼児を含む子どもたち、妊娠中の若い母親たちの不安。それらの報道を連日のように目にしながら、なおも浜岡原発を容認する人たち。「原発がなければどう生活するのか」などと開き直る人たちが多数なのか。もしそれがこの国の進み行きであるとするなら、僕は自分の国に絶望する…。

 なによりも腹立たしいのは、御用学者(というより幇間)たち。特に、膨大な原発マネーが「研究費」の名目で流れ込んでいる東大、京大、大阪大などに棲息する学者(と称する人)たち。こういう人たちについては、あるリストがネット上で閲覧できる。それを参照して欲しい。テレビで、妙に歯切れよく楽観論を述べる学者たちのほとんどが、このリストに名前が出ている。よーく覚えておく。リンク
 原子力安全・保安院と、原子力安全委員会という組織がある。どちらも、デタラメ極まりないことが、今回の「原発震災」で明らかになった。これらや、原発の片棒を担いで電力会社のCMに出まくった芸能人や文化人(って何だ)については、次回に譲ろう。さすがに長くなりすぎた。
 テレビをつければ「日本人は強い」とか「ひとりじゃない、みんながついている」とかのCMがシツコイほど流れる。それはいい。しかし、それだけでいいのだろうか。

 妙な自粛ムードの中、チャリティ・イベントだけは大流行。4月1~3日の3日間、ジャーニーズ事務所のタレントたちのチャリティ・イベントには約40万人のファンが詰めかけた。そこでは「みんなで助け合いましょう」との大合唱。巨額の義捐金が集まったという。それはそれで素晴らしいことだと思う。しかし、それだけでいいのか。影響力を持つ芸能人は、もっとはっきりしたメッセージを、自らの言葉で発信するべきではないのか。俳優の西田敏行さん(福島県郡山市出身)は、朝日新聞(4月4日付)で、次のように語っている。「今度だけは怒りを」というタイトルだ。

(略)地震と津波があって、福島第一原発のことがあるから、いたたまれない気持ちでいっぱいでね。我慢強い人が多い福島ですけど、今度だけは、ね。東京電力や原発を進めてきた政治家たちに怒りの声を張り上げたい。あの原発がつくる電力は地元で使うものではなく、首都圏のためでした。なのに受け入れてきた。安全と説かれてきましたが、今回のことはきちんと「想定」されてきたのでしょうか。今、20キロ圏内の人は、行方の分からない家族を自ら捜しに行くこともできない。(略)
 もちろん、命をかけて現場で働いている方々には感謝しています。こんなことを言ったから事態が早く収まるわけもない。でも、故郷のことは今、ちょっと落ち着いて語れないんです。

 西田さんは「怒り」を語った。真っ当な怒りだと思う。「東京電力や原発を進めてきた政治家たち」に、非常時を言い訳に責任論を回避させてはいけない。きちんと、正当な怒りをぶつけなければならない。そうでなければ、戦争責任をうやむやにして、戦争犯罪人が逃げ延びたような歴史がまた繰り返される。
 「歴史は繰り返される。1度目は悲劇として、2度目は喜劇として」と言ったのはマルクスだが、今回の2度目の歴史は、決して「喜劇」にはなりえない。原発が、放射能が、燻り続けている限り…。西田さんだけではない。藤波心さんという中2のアイドルが「批難覚悟で…」リンクというブログを書いて、大きな話題になっている。これは素晴らしい。自分の思いを言葉にできる世代がしっかり育っていることに、僕は感動した。藤波さんは「脱原発」を、きちんと書いている。まさに「批難覚悟」の文章だ。「冷静に議論を」とか「私は反対でも賛成でもない」と中庸を気取って教養とやらをひけらかす「大人」より、はるかにこの少女のほうが素晴らしい。僕は、そう断言する。このブログは大反響で、すでに300万ページビュー、60万人のアクセスを記録したという。むろん、「ガキのくせに」とか「わけも分からず原発を語るな」などの罵倒も殺到したというが、圧倒的に賛成の意見が多かったようだ。藤波さんはこのあと、同じブログに「パンドラの箱の『希望』」という文章を書いて、それらの反響についての自分の気持ちを、きちんと説明している。

 藤波さんのような中2のアイドルでさえ(そう、でさえ、なのだ)、はっきりと自分の考えを主張する。大人である芸能人たちが、なぜ自らの意見を主張せず、「きみはひとりじゃない」だの「日本は強い国」だのと言うだけなのか。あのACのCMに出ているタレントの中には、かつて東京電力のCMに出演していた人物さえいる。ああ、恥というものは…。
***以上引用終わり***




mosimobox
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原発事故が明らかにした「学問の危機」。肝心な時に、必要なことを言わない御用学者

Posted by ななし on 06.2015 記事 0 comments 0 trackback
3.11の原発事故とマスメディアの報道の中ではっきりしたことは、殆んどの学者が肝心な時に、必要なことをいわないことである。
原子力学者は、根拠なく安全だといい、気象学者は汚染物質の拡散予想を発表せず、放射線医学者はプルトニウム被害は大したことはないという。海洋学者は、汚染水の海流拡散を予測・解説さえしない。

中部大学の武田邦彦氏は、その点について、1990年代以降の研究費制度の転換で、学者が政府に飼いならされてきたからだという。

原発 憲法23条違反が多くの人を危険にする


以下引用(一部略)・・・・

学問の危機である。

そして「学問」が直接、国民の健康を脅かそうとしている。
「御用学者」という言葉が人目をはばからず語られるようになっても、学者は沈黙を守っている。

1990年の始め、「役に立つ研究」、「研究費の重点配分」になってから、学者は「すこしでも政府にたてつけば、来年から研究費がなくなる」という恐怖に身がすくんでいる。
その意味では、日本の学者の大半が「御用学者」にならざるを得ないのが現状で、学問の危機を目にしても行動ができない。

・・・・・・

でも、何が学問の危機なのか?

それは、憲法が定める「学問の自由」が公的に犯され、「憲法違反した学者(日本気象学会長)が逮捕されない」という事実が発生したからだ。

2011年3月末、日本気象学会の学会長が、学会員に対して「研究結果を自由に発表してはいけない」と呼びかけた。

憲法第23条は「学問の自由」を明確に示している。そして、日本学術会議が認めた正式な学会は、学問の自由のもとで活動をしている。

学会が「年会」や「研究会」を開くときに、政府の許可を必要としないのは、学会が政府から独立しているからである。

学問に自由を与えることは時の政府にとっては都合が悪い場合がある。でも、近代社会はいくつかの経験を積み重ね、社会の健全な発展には学問の自由(テーマの選択、研究の実施、そして成果の発表について、不利益を被らない)を認めるようになったのである。

そして、学問の自由は「国家の危機」の時に、その必要性が増大する。例えば戦争の前、大災害の時などである。

・・・・・・・・・

気象学会長は「気象学は当てにならない学問だ」という。

福島原発からの放射性物質がどの方向に飛ぶかを学問的に研究し、その成果を発表すると「人心を惑わす」ので、気象学会は「政府が一元的に発表するデータ以外の発表は好ましくない」とした。

気象の部門でも、学会は政府より力がないと言う。

一方、政府は巨費をかけて作った「重大事故時の放射性物質の飛散予測システム」である、SPEEDIを持っているが、結果は一度、発表しただけで、まったく公表されない。

このことについて二つの話を聞いた。

一つは「放射性物質の飛散については、政府高官が知るべき事であり、国民に知らせる目的ではない」という学会筋の話であり、二つは「SPEEDIのデータを国民に知らせる必要は無い」というSPEEDI研究者の話である。

・・・・・・・・・

さらに気象庁は、政府に命令されて渋々、IAEAに報告していた福島原発からの気流の動きについて、そのホームページに掲載したが、そこに注釈がついている。

こともあろうに、気象庁は次のように言う。

1)このデータはIAEAに出すものであって、日本国民に知らせるものではない、
2)このデータは「予測にもとづいて計算したものであり、実際の観測地が入っていないから(予報だから)、本来は発表するべきものではない、
3)放射性物質の拡散はSPEEDI の役割であり、そっちに聞いてくれ。

「気流の動き」という意味では気象庁は、花粉予想とか噴煙予想をする。また「未来の予想」では、天気予報、台風進路予報、それに100年後の温暖化予報もする。

それなのに、予報だからという理由で「放射性物質飛散予報」をしない。

・・・・・・・・・

私は学者なので、学問の自由を享受している。何を言っても大学を首になることはない。中部大学は明るく、学問の自由を守ってくれる。

だから、私はその恩返しに、社会に私の専門で判ることをそのまま発信している。

そんな私にとってはこの1ヶ月でもっとも衝撃的だったのは、気象学会長のコメントだ。絶望で目の前が暗くなった。学問の自由がないのなら学問はしたくない。

それに加えて税金をもらっている気象庁が、もっとも大切な時期に福島原発からの放射性物質の飛散予想をしなかったこと、それをドイツ気象センターから供給を受けたことに、やりきれない思いをした。

・・・・引用終わり





匿名希望
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基礎知識の整理① ~「プルトニウムの恐怖」より~

Posted by ななし on 05.2015 記事 0 comments 0 trackback
現在、福島原発事故に対して情報が飛び交い、数々の有益な知見が得られる状況です。正しい情報を積み重ねていく事こそが、事実の見極めに重要なポイントであると考えます。

原発の危険性に関する基礎知識を理解するために、「プルトニウムの恐怖」 著:高木仁三郎 をとりあげ、その内容の一部を以下に紹介します。

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◆プルトニウムの許容量
プルトニウムもまた、その許容量をめぐって歴史的に最も多くの論争があったもののひとつであった。1974年2月、アメリカのタンプリンとコクランが発表した「ホット・パーティクルの放射線基準」という論文は、俄然大きな論争を起こした。この論文の中で、ふたりは、プルトニウムの現行の肺に対する基準を11万5000分の1に引き下げるべきだと主張したのである。その通りになれば、プルトニウム利用計画だけでなく、現在の原子力計画はほとんど止まってしまう。しかも、この論文は学問的に重要な問題提起を含んでいたから、大きな反響を起こしたのは当然のことだった。

◆不均一被爆
彼らの提起は、プルトニウムのようなアルファ放射体の被爆の特殊性に関係していた。現行の肺に対する基準は、肺への許容線量を年間15レムとすることに基づいている。しかし、いま、直径1ミクロンほどの酸化プルトニウムの微粒子が肺に取り込まれた場合を考えると、この粒子からのアルファ線は、そのごく近くの0.1ミリグラムにも満たない部分を強く被爆させるが、その他の肺の部分は全く被爆させない。
ところが、現在の基準の考え方は、同じ被爆量でも肺が均一に、いわばうっすらと被爆を受けることを想定している。

◆食い違う基準の捉え方
タンプリンらの主張は、不均一被爆の方が、一部の組織に強い損傷を与え、「ガンのもと」をつくりやすいから、均一被爆よりはるかに危険だ、というものだった。その数量的評価で、11万5000分の1の引き下げ、という主張が生まれたのである。
この主張に対して、原子力計画を推し進める政府機関は、科学者たちを動員して、激しい反論を行なった。局部的に強い被爆はかえって細胞を殺し、ガンを発生させにくいとする理論や、若干の実験結果をもとに、タンプリンらの説を否定したのである。

◆プルトニウムの毒性の厳しさ
タンプリンらの主張は、その数値の妥当性に議論の余地はあるにしても、プルトニウムの微粒子(彼らはホット・パーティクル=熱い粒子と呼んだ)による不均一被爆という、新しい重要な問題を提起した。彼らの主張は、その1ミクロン以下ほどのホット・パーティクルの1個1個を規制の対象としなければならない、というにも等しい。このような論争が起こること自身、プルトニウムの毒性の厳しさを象徴するものだった。

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被爆の構造(不均一被爆という実態)を正しく捉えることで、少量の放射線でも、被爆がどれほど危険なものか理解できるように思います。





小熊耕平
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国策遂行のために新聞はある~原発事故報道と戦前の新聞

Posted by ななし on 04.2015 記事 0 comments 0 trackback
『原発事故報道と戦前の新聞』(ニュースの現場で考えること)より転載します。
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 ~前略~

震災の少し前、「新聞 資本と経営の昭和史」(今西光男著)という本を読んでいた。筆者は朝日新聞で長く記者として働いた方である。第二次大戦前、朝日新聞はいったいどうやって「大本営発表」の渦の中に落ちて行ったかを詳述した1冊だ。社内の資料も豊富に使い、実に読みごたえがある。

 ~中略~

「新聞社が役人の頭で動いている証拠には、その頭が常に役人本位である。役人を代えると『人事刷新』と囃したてて喝采する。役人の出世・行詰まりを国民の福利と関係があるかのように解釈する結果だ。外務省に行くものは外務省に、陸軍省に行くものは陸軍省に、その型と思想が出来る。これも自分の頭を置き忘れた結果である」「こうした傾向からみて、役人の行き詰まりから来た非常時心理を紙面に反映するのは当然である。殊に朝日あたりは幹部が事務的になりきって、主義や思想を守りきろうという熱意があろう道理はない。かくしてファッショの風潮にひとたまりもなく頭を下げるのである」

山中亘氏の著書「戦争は新聞を美化せよ!」の中にも、似たような話が山のように出てくる。いずれも戦前の、軍部による強圧的な検閲が始まる少し前のことである。たとえば、山中氏が発掘した資料によると、当時、新聞社内ではこういうことが語られていたという。

「こういう未曾有の大事変下においては国内の相克こそ最も恐るべきものであります。全国民の一致団結の力が強ければ、何物も恐れることはありません・・・この一億一心に民心を団結強化するためには真に国策を支持し、国民の向かうべき道を明示する良き新聞を普及することが、適切有効であることは今更論じるまでもありません」(大阪朝日新聞取締役業務局長)

「決戦下の新聞の行き方は、国家の意思、政策、要請など、平たく言えば国の考えていること、行わんとしていること、欲していること等を紙面に反映させ、打てば響くように国民の戦争生活の指針とすることが第一・・・」(東京朝日の記者)

毎日新聞の当時のOBは以下のようなことを書き残している。「今日では(新聞は)平和産業の一部門だと解する愚か者はなく・・・インキはガソリン、ペンは銃剣である。新聞人の戦野は紙面である。全紙面を戦場に・・・ジャズ゙に浮かれていた数年前の新聞は今日見たくも無い」

朝日新聞の筆政(今で言う「主筆」)から第2次大戦下の政府の情報局総裁になった緒方竹虎は、総裁になって新聞を統制する側に回った際、若い記者があまりにも「発表」しか書かない、「発表」ばかり書くことが気になり、もっと自由に書いていいのだぞ、と伝えた。すると、若い大勢の記者からは「(緒方総裁が)いろいろなことを話してくれるのはありがたいが、(自由にやれと言われると)どの程度記事にしてよいか分からなくなる」との苦情が出たのだという。

私の解釈でいえば、「新聞は社会の公器である」という言葉は、戦後民主主義の高揚とともに生まれたものではない。「新聞は読者とともにある」という理念を表した言葉でもない。それは「国策遂行のために新聞はある」という、戦前の新聞のありようを体現したものにほかならない。「社会の公器」は「国策遂行」とイコールの関係だった。時代は変わっても、メディアと当局の親和性は極めて高い。「国難」「未曾有の出来事」になればなるほど、その親和性は高まってくる。

東日本大震災後の福島原発に関する報道を見ていると、ここに縷々書き連ねた、戦前のいやな感じが二重写しになってしまう。言うまでもないことだが、地震や津波による「震災報道」と、原発をめぐる「原発事故報道」は、まったく別物である。これを同一の視点からとらえていると、ことの本質を見誤ってしまうだろうと思う。

福島原発の事故が発生した当初、自衛隊による空からの放水(散水)が中継された。白煙が上がっているだけの原発の様子も、ずっと中継されていた。しかし、である。ニュースをすべて見ているわけではないので断定はできないが、原発の状況が悪化するにつれ、その関連報道は総体的に減少してきたように思う。官房長官のテレビ中継が途中でカットされてしまう場面にも何度か遭遇した。「大事な場面だったのに」と思ったことも一度や二度ではない。

報道すべき事柄がないわけではあるまい。それは日々、比例級数的に増加しているはずだ。原発事故そのものだけではない。放射性物質の安全性に関するいくつかの基準が事故後に緩和されたり、プルトニウムは微量であれば摂取しても安全であると当局が明言したり。情報の受け手が疑問や疑念を持つ出来事は、次から次へと起きている。

報道現場も大いに混乱してるとは思う。しかし、理由はそれだけではあるまい。ひとつは、もう「慣れた」のである。悪い意味で。これは推測にすぎないが、「発表がないと書かない・書けない」ような雰囲気が、ほぼ完全に醸成されてしまったのではないかと思う。先述した戦前の日本や9・11直後の米国などがそうだったように、「国難」や「国民一丸」が語られるときほど、ニュースは当局寄りになる。この傾向が進むと、残るのは「大本営発表」と「前線で戦う人々の美談」のみである。

私は常々、最近の報道界の凋落は「取材力の低下」が大きな原因であると言ってきた。それは「当局との親和性の深化」の裏返しでもある。現場では、記者がそれぞれに工夫し、なんとか壁を突破しようとしているのだとは思う。私の知人・友人にも、そういう記者は数多くいる。しかし、報道全体としては限りなく、「大本営前夜に近付いているのではないか」という感覚がある。あえて「前夜」と付したのは、強制的な検閲が発動される以前の、という意味においてである。ある全国紙の知人(デスク)も先日、「福島原発絡みでは、やばい話がいろいろある。でもデカすぎて書けない」という趣旨の話をしていた。「政府・当局」のお墨付きがない限り、こわくて書けないという。

東京電力も官僚機構も、そして新聞社も、すでに出来上がった、言葉を換えれば賞味期限が過ぎた組織である。ビジネスの様式が完成し、日々仕事は進んでいく仕組みが出来上がっているから、トップや中堅幹部がどのような人物であっても、とりあえずの仕事は進む。そのような組織には、日ごろ、葛藤がない。「新聞 資本と経営の昭和史」を読んでもそうだったけれども、戦前の新聞社も実に粛々と、国策遂行会社になってしまう。当時の当事者にとっても、すべては「日常の延長」だったようだ。軍部や政権の奥深くに食い込んだ記者も、やがては大ニュースも大ニュースと思わなくなっていく。

福島の問題に立ち返れば、それでも、報道の現場でやるべきこと、やれることはたくさんあると思う。「多様性の確保=異なる視点」と「発表されない事実の掘り起こし」。突き詰めて言えば、「大本営」を防ぐには、この2つの柱しかない。

 ~後略~
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原発:近代科学原理主義者たちの産物

Posted by ななし on 03.2015 記事 0 comments 0 trackback
「想定外」。このたびの原発事故で関係者(科学技術者)が発した言葉だ。

この言葉を聞いた我々一般大衆は「そんなことも想定していなかったのか」と呆れ、ことの重大さ対する関係者の傍観的姿勢に怒りを禁じえない。

しかし、冷静になって考えてみれば、この「想定外」という発言は、学者自らが近代科学の重大な欠点に気づいていないことを示している。


近代科学は、ある一定の条件下でだけ成立する法則の集合体だ。あたかも全ての条件下で適用可能な一般法則のように思われているが、実は違う。万能性はない。しかも、この欠陥を逆に捉えると、恣意的に条件を変えれば、自らの都合が良いように特定の結果を導く事が出来る。ここに近代科学が万能であるという妄信が加われば、恣意的に操作した結果得た答えでさえ、万能性のもとに得た最良な結果である、という妄信が生ずる。

今回の原発事故は、そのようにして生じた。

どこまでの事態を勘案するか、恣意的に条件設定したにも関わらず、あたかもそれが万能であるかのような「安全」という答えを導いた。そして、恣意的な条件操作をした際に抜け落ちた、もしくは、作為的にに勘案しなかった部分が「想定外」だったのである。

恣意的な操作をしているにも関わらず、それを万能と思い込むことは、もはや原理主義といっていい。「想定外」という発言がでる時点で、自らが恣意的な操作をした事を認めていない。当然、自らが信仰する近代科学の重大な欠陥には気づいていない。恣意的な操作をしたことを「意図してやったわけではない」という発言は、自己正当化を通り越して完全に思い込みの世界である。

そのような原理主義者が立派な学者として崇められているらしい。恐ろしい事だとしかいえない。

我々は、原発を生み出したのは、近代科学原理主義者たちであると知ると同時に、そのような危険人物が特権階級に居座っていることを知らなくてはならない。



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