枠組みとは恐ろしい、閉塞の原因は頭の中に在る。

Posted by ななし on 31.2014 記事 0 comments 0 trackback
仲間から出た話を一つ紹介しておきます。

宮崎哲弥さんという著名なコメンテーター(評論家)の話です。
彼は経済成長が低迷する社会を憂いて、なぜ経済成長が必要かをTV番組の中で話していた。正確ではないかもしれないが、以下のようなニュアンスである。

「巷に経済成長はストップしてもそれに適応する社会をつくるべきだという議論が始まっているが、自分はそうは思わない。今の社会のシステムは全て経済成長を織り込んで作られている。福祉にせよ、医療にせよ、学校にせよ、税制にせよ、ほぼ全ての制度がその枠の中に存在している。逆に言えば社会のシステムは経済成長があって初めて成立しているのであって、もし経済成長を止めてしまうとそれら全ての秩序が立ち行かなくなる。それでは社会が成り立たないから少しでも成長できるような政策を考える事が必要だ。」

制度を守る為に経済拡大は必要であるという説。世論が秩序収束している現在、彼の理屈は一見正しく聞こえる。

しかしこの話は詭弁である。社会を混乱させてはいけないという一点をとって持論を主張しているに過ぎない。むしろ経済成長ありき、現在の制度はありきという枠組みが最初から頭の中を支配している。

確かに現在の制度は経済成長を前提に作られている。宮崎氏の言うようにそれらの制度が立ち行かなくなると社会的混乱は少なからず生じる。年金を突然もらえなくなる世代、医療を受けられなくなって病気に見舞われる人達。
しかし制度とはその時々の社会の外圧に適応する為に作られるのであって社会が急激に変化する過渡時には制度を維持する為に社会を旧いまま延命するのではなく、むしろ新しい外圧を受けた社会に併せた制度を作り変える事に力を注がなければならない。
何より宮崎氏の話を聞いて違和感を感じたのは、なぜ経済成長ありきの政策が作られたのか?というケインズ経済学への疑問視が出なかったという点。また、現実はこれだけ豊かさが実現し、物的に飽和しているのになぜ経済成長を続ける必要性があるのかという基本的な疑問への回答が見られないことである。
さらに現在のこの世界的な経済不況の背後に何があるのか?その構造はどうなっているのか?という根本的な歴史追求がないことである。

持論を打ち出すのならそれらの素朴な疑問に答えてから展開すべきで、逆に言えば今や誰も答えを持ち合わせていない中、持論を敢えて出す必要などない。何か答えを出さなければいけないという意識も評論家の悪しき枠組みである。
むしろ求められるコメンテーターとは単純に社会の状況をなんで?どうする?という形で視聴者と一緒になって追求する人である。



田野健
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【書籍紹介】『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』

Posted by ななし on 27.2014 記事 0 comments 0 trackback
相撲賭博問題で、相撲協会を処罰する警察がパチンコ業界と癒着して巨悪を働いているという話も出てきたが、パチンコ業界の裏側が良く分かる書籍を紹介します。


amazonの紹介

出版社/著者からの内容紹介

パチンコによる被害が叫ばれて久しい。依存症でサラ金、闇金の借金まみれになった末に家庭崩壊、自殺という例は跡を絶たず、炎暑下の赤ちゃん車中置き去り死亡事故も相変わらずである。著者は長年、パチンコ依存症の問題を取材してきたが、2006年暮れ、たまたま旅行した韓国で、パチンコが全廃され、すべての店舗が姿を消しているのを目にした。ところが驚いたことは、日本に帰ってきて新聞雑誌をみても、そのことを報じている新聞は皆無で、そのことを知っている識者も誰もいなかったことである。
日本では、政界、警察、広告、メディアがパチンコ業界と癒着して、抜き差しならない関係になっていることは、およそ薄々知られているが、それならなぜ、韓国ではそれが全廃できたのか、日本と韓国とでは、何が違って何が共通していたのか、ますます疑問を深めた著者は、再び韓国に渡り、事情を取材して歩いた。
本書は、そんな韓国のパチンコ事情の報告に加えて、日本におけるパチンコを取り巻く種々の問題点を取り上げ、パチンコ廃止の必要性を世に訴える。

内容(「BOOK」データベースより)

韓国にできて、日本にできない恥辱。日本は、まともな国といえるのか!?韓国では、往時にはパチンコ店が1万5000店、売上高は日本円にして約3兆円にのぼった。それが、2006年の秋に全廃され、いまは跡かたもない。だが、その事実を伝えた日本のメディアはなく、それを知る日本人は、いまもほとんどいない。日本でいち早くそれをレポートした著者は、その後も何度も韓国を訪れ、なぜ韓国にそれができたのかを取材した。そこから見えてきたものは、日韓であまりにも対照的な社会の実態だった。


心に青雲より紹介

韓国がパチンコを禁止したのを、日本では筆者が始めてリポートしたが、それを報道した日本のマスコミはない。筆者のリポートが最初である。

 韓国以上に被害が大きい日本で、なぜ違法な状態のままでパチンコが長年放置され続けているのか、素朴な疑問が消えることはない。それどころか、日本では国会議員が超党派でパチンコの換金を合法化しようとする動きが報じられている。日本の政治家は、パチンコの被害に目を瞑り、国民に不幸をもたらしているパチンコを法律で合法化しようとしているのである。

 この現実を、日本人も真摯に受け止める必要がある。パチンコの問題に、この国の政治、行政、マスコミの実態が凝縮されている。一言でいえば、「数千人の莫大な利益のために、数百万人を泣かせる行為」が、パチンコなのである。この国では、一部の人間の利益のために、法的には違法なバクチが、長年放置されてきたのだ。

 日本のマスコミは、パチンコ依存症による犯罪が多発しても、ほとんど問題にすることはない。日本の新聞で、パチンコ業界を批判する記事は、ほとんど見ることはない。パチンコ業界から、多大な広告費で恩恵を得ているためかどうかは知らないが、韓国では、新聞が社説でパチンコの問題を痛烈に批判したのを嚆矢としてパチンコ反対の気運が盛り上がり、全廃にまで漕ぎつけたのとは、好対象である。

 この違いはなんなのか、今の日本は、世界のどこの国よりも金銭がすべての国になっている。金銭の臭いのするところには、それがどんな類の金であろうと、政治家を筆頭に、警察、官僚、マスコミまで、我も我もと群がる。

 日本の絶望的な状況が、パチンコの問題に凝縮されている。

 韓国は、なぜパチンコを禁止できたかを検証したくて、ここ数年、何度も韓国を訪れた。その度に、日本の救いようのない状況が浮かび上がってくるばかりであった。日本では、パチンコによる悲惨な事件、事故が多発しても、政治家を筆頭に、マスコミも官僚も、われ関せずを通している。つまり、政治家は政治家の、官僚は官僚の、マスコミはマスコミの、果たすべき役割を、当たり前に果たしているのだろうか。そんな疑問が次々とわいて出て、尽きることがない。

 筆者は、骨の髄まで日本人だから日本が好きだが、心よりも金銭を重視する日本という国は、このまま国家として存続できるのか、という危機感を禁じ得ない。こんな著者の問いかけに、賛同してくださる読者が一人でも多くいれば、嬉しく思う。 

 
777 
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親米特権階級と新自由主義

Posted by ななし on 25.2014 記事 0 comments 0 trackback
終戦後、日本は事実上アメリカの属国となり、65年が過ぎた。
親米派の特権階級が戦後史を彩り、最近では中曽根元首相や小泉元首相、竹中平蔵のように露骨なまでの日本売りを仕掛ける統合者がいた。


政治経済動画サイト「日本を変える論客たち」から引用
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アメリカの占領は今も続いている(2010年10月18日)

日本の最大の危機は間違いなく第二次世界大戦の敗戦だった。
日本人は誰もが死を覚悟し、本土決戦で全滅するつもりだった。無条件降伏を受け入れ、米軍の占領を受け入れたときもおそらく同じ気持だっただろう。

しかし、アメリカの占領軍(GHQ)は意外にもやさしかった。
彼らは戦争で戦った日本人を許したばかりでなく、自由と平等を標榜する理想国家へと作り変えてくれた。そして日本人に愛された占領軍は日本復興の役目を終えるといさぎよく自国へ去って行った。

自分もそんな歴史を信じていた。
しかし、よく考えてみよう。
多くの命の犠牲の上に手に入れた占領国。
そんなにやすやすと手放すお人好しの欧米人がいるだろうか??

自国の国益を少しでも考えたなら、いかにして目に見えない占領を続けていくかという方法を考えたのではないだろうか?
A級戦犯の容疑に賭けられ、投獄され、死刑になってもおかしくなかった男が日本の総理大臣になった歴史があることをご存知だろうか?

その男の名は岸信介、56、57代総理大臣(安倍晋三の祖父)だ。
岸信介は米軍と裏取引をし、A級戦犯としての裁きを免れ、CIAのスパイとなってこの国をアメリカの都合の良いように動かした。岸信介がCIAのエージェントであったことは、すでにアメリカ側の公文書が公開され、公然の事実となっている。
日本の総理大臣がアメリカによって買収されていたことは驚愕の事実であるが、その後の歴代の総理がそのようなアメリカの裏の支配を免れているという保証はどこにもない。

日本人の顔をしたCIAのスパイ(いわゆる売国奴)は首相以外にもこの日本にいくらでもいる。戦後読売新聞社のオーナーとして権力をふるった正力松太郎氏。
この人間もCIAのエージェントであったことが公文書にはっきりと記されている。
日本国民は読売新聞や日本テレビを通じて知らず知らずのうちに洗脳されてきたのだ。
代が代わっても異常に権力風を吹かせるあのナベツネ(渡辺恒雄)がアメリカとグルになっていたとしても何の不思議もない。

東京地検特捜部もそうだ。
特捜部には逮捕、起訴を自分たちの判断でできる特権がある。
アメリカの意にそぐわない人間がいたら牢屋に閉じ込め、社会から抹殺することは簡単にできる。もともと東京地検特捜部はGHQの意向で作られ、上層部はCIAと親密な交流があることはよく知られている。

そして日本の中央銀行、日本銀行もそうだ。
バブル崩壊以降不況に苦しむ日本だが、実は日本銀行が本気になれば景気を自由にコントロールすることができる。
なぜなら、彼らは日本に流通する通貨の量をコントロールすることができるからだ。
しかし、総裁がアメリカの意向で決められてしまう日本銀行は日本国民のためではなくアメリカの経済政策を優先するとんでもない売国奴集団なのだ。

アメリカ軍は戦後65年たった今も日本の要職に自分たちが自由にコントロールできる人間を送り続け、間違いなくこの国を支配し続けている。
残念ながら日本は今もアメリカの占領国なのだ。
完璧なまでに生き血を吸われ続けている。
アメリカの軍隊は日本に駐留続け、高い請求書を送り続けているし、日本人が必死で稼いだドルは日本に投資されることはなく、そっくりアメリカに貸し与えられる。

政治家やマスコミ、あるいは官僚はそのことに気がついていながら、無視、あるいは世論操作をしかけてくる。
なぜならアメリカの意向に従うことが彼らの既得権益としっかり結びついているからだ。
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やまと
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鈴木宗男事件と佐藤優事件とは何だったのか?

Posted by ななし on 23.2014 記事 0 comments 0 trackback
『鈴木宗男事件と佐藤優事件とは何だったのか?』(文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』)より転載します。
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ここ数年の思想状況の変化はかなり激しい。「反検察」「小沢一郎支援」のデモや、ウォルフレン講演会や植草講演会、そして鈴木宗男氏の収監騒動等に象徴される、この思想状況の変化は決して表層だけのものではなく、そこでは現代社会の思想状況の根底を揺り動かし、現代社会の隅々に構造的変化をもたらすような大きな変動が起きていると言うべきだろう。たとえば、今、「マスコミ」「検察」「アメリカ」……というような既存の権力構造の闇が次々と暴露されているわけだが、それは単に、「マスコミ」「検察」「アメリカ」……の問題にとどまらない。

何か大きな思想的変化が起きている。もはや学者も思想家も、そしてジャーナリストや各種文化人や芸能人達も、今までどおりには通用しなくなっている。以前、テレビ朝日の番組に、お馴染みの藤原ナニガシと姜尚中等が出演して、深刻そうな顔をして北朝鮮問題とやらを解説・論評していたが、それを見ながら僕は、この連中も、新聞記者上がりの政治評論家達と同様に、「もう終わったな(笑)」と思わないわけにはいかなかった。

何かが「ズレ」ているというか、何も「見えていない」のである。要するに、緊急に論ずべき本当の問題は、まったく別の場所で起きているのである。つまり、何か大きな思想的変化が起きているのだが、しかし残念ながら、それが、彼等には見えていない。彼等の言論に無関心になっていくのも当然だろう。

さて、それでは、思想的な現場で、何が起っているのだろう。僕は、その思想的変化を端的に象徴するのが「思想家・佐藤優」の登場であろうと思う。言うまでもなく、佐藤優は、元外務省情報分析官であり、鈴木宗男の片腕としてロシア外交の裏舞台で活躍していたために、鈴木宗男事件との関連で逮捕され、およそ一年間の拘留生活を経て社会復帰し、それと同時に、堰を切ったかのように言論・思想活動を開始した人である。つまり、鈴木宗男事件と佐藤優事件がなければ、現代社会の思想状況の根底を揺り動かし、現代社会の隅々に構造的変化をもたらすような大きな変動が起きていなかったかもしれない。

いわゆる、「マスコミ」「検察」「アメリカ」……というような既存の権力構造の闇が次々と暴露されていくこともなかったであろう。むろん、今では誰もが常識のように語る「国策捜査」「検察の暴走」「官僚の暴走」という問題だが、おそらく佐藤優の登場がなければ、話題にすらならなかったであろう。

要するに、佐藤優の登場によって、既存の学者、思想家、ジャーナリスト等は、ことごとに、その存在意義を失い、消えていかざるをえなくなったと言っていい。姜尚中東大教授は、売れっ子の学者文化人として、どれだけテレビで顔を売ろうが売るまいが、決してテレビに登場しようとしない佐藤優と比較すれば、もはや出番を間違えた「哀れなピエロ」でしかない。

その意味で、鈴木宗男事件と佐藤優事件は現代の思想状況の変化の原点であり、鈴木宗男収監騒動は、鈴木氏には申し訳ないけれども、やはり歴史に残る記念すべき出来事であったと言わなければならない。
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猛獣王S
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日本が核武装しないのも、戦争をしないのも、「しない」と自己決定したからではなく、「させてもらえない」からであるという現実は認識した方がいい

Posted by ななし on 21.2014 記事 0 comments 0 trackback
内田樹の研究室より引用します。

日本が核武装しないのも、戦争をしないのも、「しない」と自己決定したからではなく、「させてもらえない」からであるという現実を認識し、こうなったプロセスを考えることの重要性について書かれてあります。

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(前略)

「アメリカは西太平洋でいったい何をしようとしているのか?」

それがとりあえず最優先の政治的論件であり、これについて連日あらゆる角度からあらゆる情報を精査して議論することが何よりも必要だと私は思っているが、私の知る限り、この論件のために国会審議をしたり、紙面を割いたり、ニュースの解説時間を費やすことに日本人はきわめて不熱心である。

というか、まるでしていない。

しかし、「アメリカは西太平洋でいったい何をしようとしているのか?」を問わなければ、在日米軍基地問題の解にたどりつくことはできない。

「アメリカが沖縄や日本国内に基地を引き続き持ちたがっている」ということから議論が始まっており、「なぜ、なんのために」基地があるのかについては、不問に付されている。

その理由が解明されなければ、日本人は何もできない。

「なんだかわからない理由で居座っている人をどういう言い分で立ち退いてもらうか」というような難問に解はない。

アメリカが日本にいる理由がわからない限り、基地問題の解はない。

けれども、日本人はその理由を意識化することを拒否している。

何度も言っているように、日本はアメリカの軍事的属国であり、日本には国家主権がない。

日本は自己決定によって外交を展開したり、条約を締結したり、核武装したり、戦争を始めたりすることができない(もちろん憲法は不戦を規定しているが、この憲法はアメリカからの下賜品である)。

私は核武装したり、戦争を始めたりしろと言っているわけではない(当たり前です)。

そうではなくて、核武装しないのも、戦争をしないのも、「しない」と自己決定したからではなく、「させてもらえない」からであるという現実は認識した方がいいと申し上げているのである。

日本は平和国家であり、そのことを私は心から喜んでいるが、それは日本人が平和的であることを選んだからではなく、平和的であること以外の選択肢を許されなかったからである。

結果は同じでも、プロセスが違う。

だから結果を変えろと言っているのではない。

こういうプロセスでこうなったという事実をクールにみつめた方がいいと申し上げているだけである。

その現実を直視しない限り、基地問題はある日アメリカが「あ、基地もう要らなくなったから、いいや。じゃあね」と不意に立ち去る日まで解決しないということである。

韓国の米軍基地は韓国国民のつよい反対運動によって、3分の1に縮小されつつある。ソウル駅近くの龍山基地は邪魔だからというので撤去された。

フィリピンのクラーク空軍基地とスービック海軍基地は米軍の海外最大の基地だったが、フィリピン政府の「出て行ってくれ」という要請に屈して先般撤去された。

どうして韓国やフィリピン政府にできることが日本にはできないのか。

というより、どうして東アジアにおける米軍基地の撤去が進んでいることについて、日本のメディアはおおきく取り上げないのか。

韓国やフィリピンと日本の違いは、アメリカとの同盟関係の軽重にあるのではない。

もちろんアメリカに強く出られるほど軍事力や経済力があるからという理由でもない。

日本は敗戦国だが、韓国やフィリピンはそうではない。

そこだけが違う。

敗戦国であることは恥ずかしいことではない。

歴史上無数の敗戦国が存在したし、帝国の属領になった土地も無数に存在する。そのすべての敗戦国や属領がそれだけの理由で国民的矜恃を失ったわけではない。多くはその後も絶えず叛乱と独立の機会をうかがい、しばしばそれに成功した。

敗戦国民の基本的なマインドセットは「臥薪嘗胆・捲土重来」である。

「次は勝つぞ」なのである。

それがいかに現実的に困難なことであっても、気概としては「次は勝つぞ」でなければならない。

その上で、「宿敵」アメリカとの歴史的和解を「主体的に、決然と、選択する」というのがことの筋目なのである。

そのような筋目を通していれば、基地問題は国民感情としては「ねじれ」ない。
それはアメリカの一方的な領土占拠であり、日本人は一丸となってこの全面撤去を求めるのが筋だからである。

それに対してアメリカが「自国の」安全保障上どうしても日本列島に基地が必要だと懇請するのであれば、日本政府がネゴシエーションのテーブルにつくのは外交オプションのうちである。

そして、こう訊くのである。

「いったい、どうしてアメリカは自国領土からこれほど離れたところに軍事基地をおかなければ安全保障が成り立たないようなリスクの高い制度設計をしているのか?あなたがたはいったい西太平洋で何をしたいのか?」

この問いに十分説得力のある回答が示されれば、私は一有権者として米軍基地が日本列島に置かれるというオプションを支持してもいい。いや、ほんとに。

基地問題を論じるときの最初の問いとなるべきこの問いを私たちは自ら封じている。

なぜ私たちはこう問うことができないのか。

まずはそこからだ。

(引用おわり)
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福島健
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尖閣諸島問題ビデオ流出「事件」の本当の狙い

Posted by ななし on 19.2014 記事 0 comments 0 trackback
『尖閣諸島問題の、ヴィデオ流出「事件」の、本当の狙い』(オルタナティブ通信)より転載します。
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かつて、日本の年金記録の、ズサンな管理が、マスコミによって大問題化された時、

その目的は、社会保険庁の解体と、年金資金の運用を外資=アメリカの金融機関に「任せる」事によって、日本人の金融資産で、アメリカ金融界に「大儲け」させる事にあった。

マスコミに、のせられ、社会保険庁叩きの大合唱を行った日本人は、自分達の年金資金が、アメリカの銀行に「奪われる」結果になる事を、全く知らない衆愚であった。


かつて、民間で出来る事を国が行う必要は無いとして、郵政民営化が行われた時、

その目的は、郵貯・簡保の莫大な資金を、外資=アメリカの銀行に任せ、日本人の金融資産で、アメリカ金融界に「大儲け」させる事にあった。

マスコミに、のせられ、「小泉首相の、カッコヨサ」に、熱狂した日本人は、自分達の郵便貯金が、アメリカの銀行の「ギャンブル投機に使われる」結果になる事を、全く知らない衆愚であった。2010年、現在も、サブプライム債券の暴落で、郵貯・簡保が、莫大な損失を出し、郵貯・簡保の掛け金が将来、戻ってこない事に全く気付いていない。


かつて、中国から毒入りギョウザが輸入されてきた事が、マスコミによって大問題化された時、

その目的は、市民の生命の源=食品を「国が徹底的に管理する、新しい官庁」を創出し、食品業界を国家の「統制管理」下に置くことにあった。


海上保安庁の情報流出が、マスコミによって、大問題化している今、その目的は、「国益」に関わる民間企業情報、国家・官庁の情報、ネット上の情報流通を、国家が超中央集権的に管理する「システム作り」にある。

やがて、どこでネットに接続するにも、国民総背番号制のIDの入力が必要になり、誰が、どのサイトにアクセスしたかの情報が、国家によって「全て備蓄」される事になる。

個々、バラバラに起こっている、こうした事件・出来事が、全て、用意周到に準備され、マスコミに「戦略的に流されている」事が、アメリカの国家戦略、対日戦略の「策定を担う」戦略家、ジョセフ・ナイの戦略文書によって、明瞭に見えて来る。

 ~後略~
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猛獣王S
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役に立って充足出来るマスコミ(大衆伝達)を自分たちで作っちゃえば良いんじゃないの?

Posted by ななし on 17.2014 記事 0 comments 0 trackback
>民主党の小沢一郎元代表が2010年11月3日、インターネットサイト「ニコニコ動画」の生中継に登場し、1時間半にわたって視聴者からの質問に答えた。ネット番組に出演した理由を「多くの人にオープンで、意見も反論もできる」と語った小沢。その背景には「新聞テレビは正確に報じない」という痛烈な皮肉がある。


小沢一郎氏が言う様にニコニコ生放送などのネット媒体を使えば不特定多数の人たちと双方向でオープンなやりとりをすることが可能です。

そしてそれは『誰でも容易に』参加可能です。
ならばその場を使ってニュース番組や政治討論番組に代わる放送を自分たちで作ってしまえばいいのではないでしょうか?

例えば、るいネットやおすすめサイトから役に立ちそうなネタを探してきてピックアップして紹介していくということも考えられると思います。
他にも、従来のマスコミとは違ったより充足出来る内容のコンテンツを沢山用意していけばそれなりに盛り上がるんじゃないかと思います。

手伝ってくれそうなネット配信の経験者やイラストレーターの方を募れば、放送自体はすぐに実現出来ると思います。
ネタはるいネットに山ほど転がってますし、ある程度の認識を持ってる人がコメンテーターとしていれば番組としても成り立つと思います。
世の中に認知を広めていくのに多少の時間を要するでしょうけれど、これは地道に放送回数と口コミで拡げていけば視聴者も徐々に増えていくでしょう。

イメージ的にはスカイプサロン(リンク)をもっと不特定多数向けにしたような感じになるんじゃないかと思います。

パッと思いついた限りのザックリした内容ですが、ご意見ご指摘などあればお願いします。



かつまた 
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消費こそつねに支配者によって仕掛けられている

Posted by ななし on 15.2014 記事 0 comments 0 trackback
大衆を洗脳し支配する、その手法に関する記事を紹介します。

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洗脳支配   日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて
苫米地英人・著  ビジネス社  2008年3月刊 

 テレビの世界で起きている恐ろしい現実

<前略>
テレビ画面に、テロップや字幕ふうの活字(スーパーインポーズ)を映すやり方です。最近のバラエティ番組では、タレントのしゃべりにかぶせて、大きな活字でその内容を採録したり、第三者的にツッコミのナレーションを入れたりするようになりました。その活字が踊ったり、さらにそこに効果音がかぶせられたりすることも、よく見受けられるようになりました。
これこそが、人間のIQを下げるもっとも効果的な方法だとされているのです。実際、過去に行なわれた実験で、次のような結果が生まれることが証明されています。

その実験では、被験者に映像を見せながら、画面に映った内容を表す擬態語など、抽象的な単語を次々と見せていくということが行なわれました。それを続けていくと、わずかな時間で段階的に思考能力が失われました。そして、さらに続けていくと、被験者の脳波が何も考えていない状態と同じ波形になり、そのままそれが継続していきました。つまり、そうした映像がついには見る側の思考そのものを止めてしまったということです。

人間は、そうした刺激を受けると、能動的に思考を行なうことができなくなります。これができなくなれば、物事を見て、感じとり、そこから抽象的な思考をすすめていくこともできなくなるわけです。抽象的な思考を行なうことは、人間の脳の前頭前野、もっとも高度な部分における脳の働きなのですが、この働きをそっくり失ってしまうのです。

テレビ局の人間は、一般の人々が想像する以上に、映像における大衆操作についてよく学んでいます。もちろん、制作会社のADさんがそうだといっているのではなく、テレビ局のなかには、大衆操作の禁じ手など、テレビの闇テクニックに通じた専門家がいるのです。
<中略>

人間は抽象的な思考ができるという能力を持っています。たとえば、「弱肉強食で勝たなくても、まあいいや」とか「自分のことはいいから、隣の人を助けてよ」というのがそれです。私たちが日常的に行なっているこうした思考こそが、私たちが人間であることの本来の証ですが、支配者たちにとっては、これをやられると困るのです。なぜでしょうか。
それは、人間のコントロールが効かなくなるのです。支配者たちが人間をコントロールするためには、自分のことだけを考える人間の集まりであればあるほど都合がいいのです。抽象的に物事を考えようとせず、それに与えられた価値を疑わずに忠実に動いてくれれば動いてくれるほどいいわけです。

 消費コントロールという名の支配システム

テレビのホームコメディ番組を通じて、アメリカ流の生活様式や思想が日本人の頭に深く刻みこまれるようになったのは、1960年代のことです。戦後、GHQ(占領軍総司令部)が日本人に罪の意識を植えつけるために、WGIP(War Guilt Information Program)を徹底的に行ないましたが、それはテレビなどの番組制作にも色濃く反映されています。

たとえば、NHKが1960年代に制作した数多くの太平洋戦争ドキュメンタリーは、その典型的な例といえます。戦争に担ぎ出された兵隊の人生や、戦争に巻き込まれた婦女子の悲哀、大量の自決者を出した沖縄の悲劇、ヒロシマ、ナガサキの原子爆弾の恐怖。こうしたドキュメンタリー番組は、左翼がつくったのではないかと疑うほど、ひとつひとつの映像が日本軍部などに対する強烈な告発意識で貫かれていました。

おそらく、GHQの意向を受けて、NHKが1960年代の番組制作能力を総動員し、入念に撮影・編集したものと思われます。私たちはこうした番組を見るたびに、「日本の軍部が悪かった。日本人の選択こそ間違っていた」との意識を埋め込まれたのです。

その洗脳の地ならしがあらかた出来上がると、今度はアメリカ流の生活様式や思想がいかに素晴らしいものであるか、コメディーや西部劇といった番組を通じて埋め込まれることになります。
アメリカ流の生活様式や価値観に対する憧れは、すぐに国民的な消費に結びつきました。これが1950年代の白黒テレビ・冷蔵庫・洗濯機という「三種の神器」から、60年代のカラーテレビ・カー・クーラーという「3C」への、すさまじい消費熱を呼ぶわけです。

私が前振りとしてこんな解説を述べたのは、消費こそつねに支配者によって仕掛けられているものだからです。資本主義のなかで支配者たちが行なっていることの最大のものは、消費行動の徹底的なコントロールです。なぜなら、私たちがお金を稼ぎ、そのお金を彼らのコントロールが利かないところで使われると、彼らの支配システムが維持できなくなるからです。

たとえば、明治維新以来、日本に「洋モノがいい」というカルチャーが根づきました。カルチャーというと、人々の間に自然発生的に生まれたかのような印象を受けますが、これは支配者たちによって意図的に仕掛けられたものといわざるを得ません。原初的には、尖兵となった貿易商がヨーロッパの魅力的な品々を手がかりに彼らの価値観を日本人に植えつけることから始まったということです。

その仕掛けは現代に継承され、たとえばルイ・ヴィトンやグッチというブランドの隆盛となって現れています。実際、これらのブランドのオーナーは、みなヨーロッパの支配階級です。互いに競合関係にあるブランドですが、オーナーはみな仲間内の人々といえます。スポーツブランドのアディダスやプーマにしても、オーナーは兄弟なのです。

彼らの消費コントロールは、じつに圧倒的な力で私たちを支配しています。
たとえば、マイクロソフトのビル・ゲイツは巨万の富を築きましたが、ジーンズとTシャツという格好をしていますが、日本の若い女の子は、わずかな月収にもかかわらず、ルイ・ヴィトンのバッグを提げて歩いている。なぜこのような馬鹿げたことが起こっているかといえば、仕掛けられた消費コントロールの力以外にありません。

金持ちの支配層は、すでに世界の富の99.99パーセントを押さえていますから、それ以上の富を我が物にすることを目指しているわけではありません。彼らは消費行動をコントロールし、彼らが世界に敷いたシステムを維持するために、人間の思考そのものを支配下に置きたいのです。
このように、支配は消費行動をコントロールすることで決まります。
<後略>
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麻丘東出
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戦争を欲する勢力が存在しているということをはっきりと知らねばならない~アフガン大統領:テロの背後にアメリカの警備会社あり~

Posted by ななし on 13.2014 記事 0 comments 0 trackback
【ROCKWAY EXPRESS】より、『アフガン大統領:テロの背後にアメリカの警備会社あり』 を投稿します。
--------------------------------転載
 アメリカの戦争勢力は民間警備会社を使って、アフガンやイラクなどでテロをつづけて戦争を継続せざるを得ない状況を保持してきた。これは、あの9・11テロ事件が起きた時、「テロとの戦争」を語り、それが今後50年は継続する、とブッシュ大統領(当時)が宣言したことに表されている。テロが起きねば、自分たちで起こすまでなのだ。

 このような魑魅魍魎の動きが世界には実際存在することを、一般人は知らない。しかし今やそのような事実に目覚める時が来ていることを知るべきである。
 皆が平和を求めているのにどうして平和ではなく戦争が起きるのか、という人がいるであろうが、「皆が平和を求めている」、という前提が間違っているのである。

 この世の中には、「戦争を欲する勢力が存在している」、ということをはっきりと知らねばならない。だからこそ、世界から戦争はなくならないのである。皆が平和を求めている、という前提は、中学生までである。大人は事実はそうでないことを、残念ではあるが、しっかり受け止め、その事実の上で、では何をすべきなのか、とう発想にならねばならない。

 アフガンのカルザイ大統領は、アメリカがしつらえたアメリカの傀儡大統領であったが、どうやらいつまでも傀儡でいられなくなったか、あるいは傀儡でいることに嫌気が差してきたのか、アメリカの圧力に抵抗しだしている。

 これも時代のなせる業であるかもしれない。魑魅魍魎たちの跋扈はそろそろ終焉の時に近づきつつある、と思われるからだ。これは既に以前から指摘してきたことである。従って今後は、この者たちの闇の悪行が白日の下にさらされるようなことが増えだすであろう。
 彼らの思惑は実現せず、彼らの意図は挫折させられるようになるだろう。彼らの行き場はなくなりつつある。

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●アフガン大統領:テロの背後にアメリカの警備会社あり
【2010年10月25日 PRESSTV】

 アフガンのカルザイ大統領は、以前はブラックウォーターとして知られたLLCを含むアメリカの民間警備会社が、アフガンでのテロの背後にいる、と指摘した。

 カブールでの記者会見で、アメリカの警備会社が女性や子供たちの命を奪った爆弾事件などの背後に存在している、と大統領は語った。

 アフガン大統領は更に、これらの警備会社は過去数ヶ月アフガンの各地で起きた「爆発とテロ」を引き起こした、と語った。

 カルザイ大統領は、彼の政権はタリバンの民兵が起こしたテロとアメリカの警備会社の起こしたテロを見分けるのが困難であると語った。
 「実際、これらの爆発事件のいくつがタリバンの犯行で、いくつが彼ら警備会社の仕業なのか良く分からない」

 ブラックウォーターは過去数年間でアフガンの一般人の殺害事件に関わっている。このブラックウォーターは、いくつかの裁判闘争をしているところだ。この中には2007年のバグダッドでの17人の一般人の死者を出した襲撃事件も含まれている。
 
 6月のはじめ、ブラックウォーターが隣国のパキスタンにいる武装勢力とみなされる標的に向けて、アメリカの無人機に爆弾を装填していたことをCIAは認めたと言われている。大統領はまた、アメリカの民間警備会社は腐敗しており9年間の戦争を煽ってきたと指摘した。 
 「民間警備会社の名称の下でなされてきた取引は、アメリカ政府の建物の廊下でなされ、それは15億ドルに上る」と語った。
 
 カルザイ大統領は、民間警備会社がおかしな契約の下で経済マフィアと大統領が呼ぶ会社を経営していることを非難している。
 「この15億ドルという資金は、アメリカでブラックウォーターやその他の会社にに支払われている」

 これは悪名高いブラックウォーターがアフガンでの活動で国務省の100億ドルに上る5年間の契約を受けたところから、始まったのだ。

 この8月、カルザイ大統領は全ての警備会社に対して年末までに解散するよう命令した。
外交官や軍の将校の中には、カルザイはこの彼の決定を再考するよう強烈な圧力を掛けられている、と語る者がいる。

 しかしながら、カルザイ大統領は、アメリカからの再考を求める圧力にも拘わらず、アフガンに存在する外国の警備会社を解散させるという自分の決定は翻さないと言い張っている。

 この民間会社は、外国の高官や大使館、それにアフガンの開発プロジェクトを警備することを請け負っていると言われている。

 カルザイ大統領は、一般人の死と、問題の多い区域での腐敗構造に対し傭兵らによるものとして非難している。

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金貸しが戦争を起こし、両国から利益を得る手法は、いまや、民間の警備会社=傭兵企業が企画するに至っている。
【この世の中には、「戦争を欲する勢力が存在している」、ということをはっきりと知らねばならない。】
これは、陰謀でもなんでもない。貧困の消滅から私権獲得意識の衰弱より、モノを売って利益を上げられない状況の中、唯一、戦争で金を稼ぐという手法しかいまは残っていない時代である。そういった同類を殺すという手法をもって、自分だけの利益を得ようとする輩がいることは事実である。明らかに自然の摂理に反するこの手法(同類を殺して儲けるという手法)は、人類という種の滅亡を意味する。それらが、支配階級=統合階級と繋がっていることに現在に腐敗の最大の問題となっている。ここを切開しなければ、種としては、生き残れないと思う。



彗星 
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極悪人〟扱いされた被疑者たちが続々証言~〝最強〟地検特捜部の劣悪捜査

Posted by ななし on 11.2014 記事 0 comments 0 trackback
続きです。
『〝極悪人〟扱いされた被疑者たちが続々証言 
「愛人バラす」「息子をパクる」「左向け、左」
〝最強〟地検特捜部の劣悪捜査 
〈検証レポート〉これが「立件すれば99.9%有罪」の真実だ』(「週刊ポスト」2010.10.29日号)より転載します。
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脱税捜査を受けた50代会社経営者の述懐──。

「愛人のところに、知人の会社を通じてカネが流れていた。『なんだコレは。脱税したカネだろ。女も友達も、みんなパクるぞ。それでもいいのか!』と責められた。指摘された脱税とは全然関係ないカネだったが、他人に迷惑をかけたくないので認めてしまった」

会社の家宅捜索で、密かに隠していたSMグッズやバイアグラなどを押収された者もいる。60代前半の会社経営者。30代の検事に侮辱の言葉を投げつけられたという。

「何だ、お前。いい年してよ! ナンに使うんだ。奥さんじゃないだろう。会社に置いているんだからな。その趣味があるのかどうか、バイアグラを使っているかどうか、奥さん呼んで確かめようか!」

検事は、取調室でまず高圧的な物腰を取る。年齢は関係なしに「お前」呼ばわり。それだけでも屈辱だが、SMグッズを持ち出されれば誰しもへこむ。

会社経営者は、今も屈辱に身が震える。

「そんなものを置いといた自分が悪い。だけど、それと女房を材料に責めることはないだろう。若造に頭ごなしにバカにされ、あんなに悔しく情けなかったことはない」

女以外で最も効果的なのは家族。特に、息子や娘である。

数年前に特捜部が摘発した官庁の汚職事件で、「キーマン」と目されながら、あらゆる疑惑をクリア、特捜部も打つ手がないと諦めていた被疑者がいた。ところが、「息子の関与」が明らかになる。「認めなければ息子をパクるぞ!」と脅された「キーマン」は、罪を認めざるを得なかった。

振り返る検案開係者は自慢気だ。

「危ないところだった。息子の会社が事件に関与していたのは事実ですが、名義貸しだけで、経営にはノータッチ。逮捕は脅しでしかなかった。でも、当時、息子は大きな仕事を抱えていて、新聞にスキャンダルで登場するだけで社会的にアウトだった。〝親父の愛〟をうまく利用したわけです」

公認会計士の細野祐二氏は、高血圧でもあり水の頻繁な摂取を医者に命じられていた。しかし、東証一部上場企業の株価操縦事件の被疑者として取り調べられた時、検事に水を呑むことを許されなかった。

著書の『公認会計士VS特捜検案』(日経BP社)に、「お前がSESC(証券取引等監視委員会)にしゃべったことはすべてウソだ!」と怒鳴りまくる検事が、何をいっても「ウソだ!」と認めず、細野氏がペットボトルの水を求めると、「ダメだ!」とはねつける様子が描かれている。

殴らなくなっただけで、肉体的弾圧は今も変わらない。

灰皿や書類や資料が、被疑者スレスレに投げつけられ、大声で威嚇されて椅子が蹴飛ばされ、机がパンパン叩かれる。

脚の一本を短くした丸椅子に座らされ、「絶対に音を立てるな!」と、無理なことをいわれ、長時間、背の曲がった姿勢を余儀なくされて腰を痛めたゼネコン談合事件の被疑者もいた。

密室での優位性を利用、プライドを傷つけ、屈辱を与え、さらに肉体的苦痛を強いるのは、特捜部の「お家芸」なのだ。

●「公訴権」と「捜査権」の分離を

特捜部の「最強神話」を支えたのが、密室捜査であり、誰も刃向かえない強大な権力だった。

大蔵・日銀の接待汚職事件で70回近くも参考人聴取を受け、へとへとになった銀行幹部が、14年前を振り返る。

「接待が文化だった時代に育ち、MOF(大蔵省)担だった私が接待するのは当然の業務だった。それが犯罪だという。連日の呼び出しは拷問に近かった。そこまでする権力を検察に与えていいものかと疑問に思ったものです。今の惨状をみて、やっぱり彼らはおかしいと感じています」

その権力行使が許されたのは、中央政界の監視役が特捜部しかないという現実からだ。300人以上の捜査員を抱える警視庁捜査2課でも、旧厚生省事務次官逮捕、外務省官房機密費流用の摘発といった「金星」はあるものの、衆参の国会議員を逮捕したことはない。

しかし、証拠改竄に、冤罪まで明るみに出たのでは、特捜部は一度、解体、再生して出直す必要がある。取り調べの可視化を法案化して解決する問題ではない。

「シナリオ捜査」以外に手のない特捜部は、可視化の段階で無能化するのは目に見えている。

では、解体的再生に最も必要なのは何か。「公訴権」と「捜査権」を分けることだろう。

捜査をする〝プレーヤー〟と、起訴するかどうかを判断する〝アンパイア〟を兼ねるから、特捜検察は〝お手盛りのジャッジ〟を出しやすい安易な〝プレー〟に走る。つまり、罪を作り上げる。

新たな組織は、検察内部に作るのか、警察の特別部隊に委ねるのかといった論議も含めて、真剣に考える必要がある。

この頃を考えてみても、「小沢事件」の東京特捜、「村木事件」の大阪特捜とも、日本に混乱をもたらすだけに終わった。検察は、今回の事件を大阪特捜の「特殊な事情」として終結させようとしているが、弱っている今だからこそ、改革を迫るべきなのだ。
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猛獣王S
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 '70年~現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束

Posted by ななし on 09.2014 記事 0 comments 0 trackback
【5】'70年~現代
先進国において豊かさが実現されると同時に、近代思想は生命力を失い、無思想・無関心が蔓延する。また、同時に芸術・芸能(ex.小説や歌)も無内容化してゆく。

歌謡や小説は、一方では近代思想に導かれて恋愛や自由を美化する機能を持ちながら、もう一方では権力支配や資本支配によって失われてゆく本源性を拾ってゆく機能もあり、大衆の共感を呼ぶ中身やストーリー性を有していた。だからこそ共認非充足の解消手段足りえたわけだが、'70年豊かさが実現し抑圧がなくなって以降は、歌謡や小説は中身もストーリー性も喪失し、もはや代償充足にすらならない代物に成り下がった。

しかし、'70年以降、レコード・CDの売上は伸びているという反論がある。レコード売上が伸びたのは何故か?
⇒'70年豊かさの実現によって、豊かさ期待も私権意識も衰弱した。これは収束先を見失ったのと同義であり、'70~'90年代へと次第に収束不全が増大してゆく過程である。この収束不全を解消する解脱欠乏⇒発散の必要が増大し、歌やTVにかじりつくようになったのである。しかし、これは単なる解脱欠乏なので発散or時間潰しさえできれば中身はどうでも良くなってゆく。だからこそ、芸術・芸能がトコトン無内容化してゆくにもかかわらず、大衆はそこに埋没していったのである。

ところが、'02年頃、一転してCD売上はマイナスに転じ、TV離れが顕著になる。これは何故か?

市場社会は豊かさ期待と私権拡大が活力源であったが、'90年バブル崩壊によって私権拡大の可能性が消滅する。
ここから現代は出発する。

万人の意識の心底に収束不全が蓄積されてゆく。そして、新たな可能性収束先の探索が無意識に始まる。
そこで、意識の最も深い部分にある本能は秩序収束してゆく。∵本能は、自然圧力に対して生命が適応するため⇒秩序化するために塗り重ねられてきた、秩序化の体系だからである。

とりわけ人類にとって、秩序は共認によって形成される。だから収束不全から直ちに共認収束のベクトルに入ってゆく。最初は、'80年代に始まる仲間収束⇒'02年頃、私権観念が崩壊し収束不全が増大すると、次の秩序収束先として、課題(勉強・仕事)に収束する。そして、課題収束は必然的に追求に向かうので、追求と逆ベクトル(弛緩過程)にある遊びはうち捨てられてゆく。これが'02年以降、芸能や娯楽が衰退してきた理由である。

そして、秩序収束に立脚した共認収束⇒課題収束というベクトルの最終収束先は、認識収束しかない。ここまで当事者欠乏が生起して来たということは、娯楽をはじめとする代償充足は今後は不必要になったということに他ならない。これは決定的なパラダイムの転換である。




冨田彰男

 
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批評は要らない、正確な紹介だけでいい。

Posted by ななし on 07.2014 記事 0 comments 0 trackback
大衆が、メディアそのものやジャーナリストというひとたちを胡散臭く感じるのは、彼らが、本来の役割である「事実を伝える」というスタイルを借りながら、発信される中身は「自分の意見」や「自分の感想」、「自分の見解」そのものである、というところだと思う。

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橋本:私は批評は要らないんです。ちゃんと紹介してくれれば。
   ちゃんとした紹介が最大の批評だた思ってるんです。いまは紹介の
   仕方が下手。私がこう読みましたというのが紹介になっているけれ
   ども、それじゃ感想文じゃん、帯に書いてあることを、ちょっと転
   載してみたり。「これはこういう本だから読むべきです」というの
   が、ちゃんとした紹介文なんです。紹介文が書けなくなっているん
   ですよね。紹介文でさえ、感想文になってしまっているということ
   が最大の問題だと思う。
   紹介というのは、それこそパブリックな仕事じゃないですか、でも
   そうすると「自分の責任はどこにあるんだろう」になって、百字ぐ
   らいの紹介文でさえも責任のとりようがないから、自分の感想文に
   して「自分が責任をとりました」みたいにしたいんですよ。

内田:ふーん・・・なんかちょっと耳が痛いな(笑)書いた者としては。

橋本:「主観を出せば一人前っぽいから主観を出す」というのが当たり前
   のスタイルになっちゃった。主観を消すというテクニックがもうわ
   からないんですね。
   (中略)
   文芸批評の最大の根本はさっきの話じゃないですけれども、あらす
   じを書くことなんです。この小説がどういう小説だったかというあ
   らすじがきちんと書けたら一人前なんですよね。

内田:なるほど・・。

橋本:あらすじ、書けないんだもの皆。

「橋本治と内田樹」
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例えば書物。読んでいないひとでも内容がわかるように、端的にあらすじを伝えることは案外アタマを使う。なんといっても、書物を丹念に読み込む必要があるから、手間ヒマがかかる。本来、メディア=媒体の真価は、そこにあるのだと思う。

一方、感想文になると、「わたし的には・・」という但し書き付になるので、「垂れ流し」が前提になる。それが主流になり、メディア=媒体も、受け手も激しく劣化が進んでいたと思う。

しかし、最近は、例えば、ラジオを聴いていて、いとも簡単にアナウンサーが事件の善悪を断じていたりすると、ビクッとすることがある。これだけおかしな事件・現象が起こると、普通の人間でも、その程度の感度は身に付いてくる。

>その最大の原因は、ネットの台頭よりもむしろ、従来型マスメディア自身の力が落ちたこと、ジャーナリストたちが知的に劣化したことで、そのためにメディアそのものが瓦解しようとしているのだと思います。

大衆が「おかしい」と気づき始め、メディアの瓦解が始まった。



阿部佳容子 
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豊かさ期待の消滅⇒遊びの終焉によって、近代社会が騙しであることが露わになってきた

Posted by ななし on 07.2014 記事 1 comments 0 trackback
>放浪の旅に出かけたり、仲間(仕事の同僚や友人、知人etc.)と、サークル活動やカラオケで盛り上がったり、線路のガード下の飲み屋で飲みながら、「明るく、楽しく、前向きに、皆仲良く」という本源風規範観念で過ごしていた。しかし、なかなか本当の答えが出せなくて、不全が解消されないままであった。「本当に豊かなものとは?」

遊びで不全が解消されなかったのは、そこに騙しが混じっていたからでしょう。逆に言うと、人々が遊びから離脱しているということは、その騙し性に気づきつつあるということを意味しています。

この数年くらいで、「近代社会全体が騙しだったのではないか」という認識がしだいに強くなってきました。今では、ほぼそう断定できるところまで根拠が固まりつつあります。

何故、人々は騙しに気づくようになってきたのでしょうか?

近代を貫く社会意志=豊かさ期待の中にも大量の幻想(騙し)が混じっています。万人が豊かさ期待の中にいる時代は誰もその騙しに気づきません。例えば、豊かさ期待を正当化する主張である近代思想の欺瞞性には、誰も気づきませんでした。

ところが、豊かさ期待が消えると、人々の意識との乖離が目につくようになります。例えば、豊かさが実現されると、誰も市場拡大には可能性を感じなくなります。ところが、特権階級は市場拡大絶対の主張を垂れ流し続けます。すると誰もが「この連中は、どこかおかしいのでは?」と感じるようになってゆきます。これも、豊かさ期待という社会意志は消えたが、観念はそのままなので、社会意志との乖離が大きくなり、矛盾が目につくようになってきたことの一つの事例でしょう。

ここで問題が一つあります。

豊かさ期待の消滅は約15年前ですが、騙しに気づくようになったのは最近1年の話です。それは遊びの終焉と密接に関係しています。

近代思想に収束したのは一握りの知識階級にすぎません。大多数の大衆が収束したのは芸術・芸能・娯楽です。これは言い換えれば、解脱埋没=麻薬漬けになって何も見えなくなるということと同義です。

遊びを失速させたのは秩序収束⇒課題収束の潮流ですが、それによって解脱の麻薬から覚めると、「近代社会の全てが騙し」ということが透けて見えるようになってきたのです。

このように時代潮流の変化が背景にあるので、今後、騙しや詭弁が急速に通用しなくなるのは必然です。社会的には、騙しや詭弁を弄するしか能がない学者やマスコミは、大衆から総スカンになってゆくでしょう。

自分発の認識の典型が学者で、正当化のための詭弁以外は何も生み出せずに、200年前から変わらない同じ話をあれこれとこね繰り回しているだけです。

豊かさ期待は消滅して、人々の期待は実現期待・本源期待に向かっています。従って、これまで自分発の観念で人々を騙してきた学者やマスコミとの乖離がどんどん大きくなっています。そして、ついに「近代社会は騙しで出来上がっている」という認識が登場しました。今後、人々は「自分発ではダメ。みんな発でないと何も生み出せない」ということに急速に気づいてゆくことでしょう。




冨田彰男
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特権階級を生み出す構造

Posted by ななし on 05.2014 記事 2 comments 0 trackback
> 自分達と特権階級の間には、それだけ大きな意識のズレが存在しているのではないか?と思いました。

暴走する特権階級の人間たちも、元を正せば普通の一般人と同じただの子どもだった筈。それがどうしてここまで断層が広がるのか?そこには、大きく3つの要因があるように思います(他にもあるかも知れません)。

1)試験制度の弊害
2)共認非充足
3)偽ニッチの構造

1)は、にあるように、答えの用意されているペーパーテストの解答を自己責任で当てるという、現実にはあり得ない問題をこなし、その点数をひたすら上げるだけという“無機的な目的意識”が形成されてしまうことです。財務官僚の殆んどが東大法学部卒で占められ、入庁時の国家公務員試験の席次が後々のポストまでを決めると言われる霞ヶ関官僚とは、まさにこの試験制度の中で一生を過ごす人間たちだといえます。

2)と1)の前後関係は微妙(共認非充足だから試験制度にはまるのか、試験制度に染まることで共認回路が錆付くのか)ですが、おそらく親からの期待に応えて試験制度に過剰適応した層が、クラスの中で浮いたり虐めを受けるなど仲間関係の共認非充足を塗り重ね、ますます無機的な目的意識にはまっていく過程を辿るのではないかと思います。

中には、その体験を通じて彼らは“日本”に恨みを持つようになり、だから日本の官僚は強度に海外を崇拝する傾向を持つとの指摘もあります。官僚が金貸したちの傀儡になっていくのも同じ構造かも知れません。

3)の偽ニッチは、そのようにして特権階級の地位を手に入れた少数の人間たちが思うままに己の私権獲得に邁進・暴走できてしまう構造です。多くの普通の人々は私権が衰弱していく一方なので、特権階級の振る舞いに対する(私権存在の立場からの)反発も監視圧力も働かず、彼らが好き放題できるスキマが、現在生まれてしまっています。

このような現代社会の構造を認識して、どうする?を考えることが、私たち多くの普通の人間たちのこれからの課題だと思います。

 
田中素
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マスコミの馬鹿さ加減

Posted by ななし on 03.2014 記事 3 comments 0 trackback
マスコミの馬鹿さ加減を「戦勝国は日本だった」のブログより転載します。
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私が子供の頃1ドルは固定相場制で360円でした。それが変動相場制に移行して300円となり、次に250円となり、いつの間にか180円となり、130円となり、今では84円です。

円が値上がりする度にマスコミは挙って日本経済の終焉を連呼していました。曰く「日本経済はこれで破綻する」と。
しかし、日本経済は破綻するどころか、円建て対外資産280兆円という世界一の黒字・金持ち国家になってしまいました。
何故でしょうか?

答えは簡単。円高になる度に対外純資産が増えるからです。円高になれば、日本の企業は海外に投資し易くなります。海外企業を買収したり、海外の債権を購入したり、株を購入したり、工場を買収・建設、鉱山・油田など地下資源を買収したりもします。その結果、日本は世界一の資産国家=金持ち国家になってしまったのです。

国内が不景気で失業率も高いのに、何故対外資産が増え続けるのか?企業が海外に工場を移転する、現地法人を作ろうが、作るまいが、その工場の不動産・動産価値や現地企業に貸し付けた金は日本の対外資産と勘定されます。

日本のGDPは円建てで計算すると、「この20年間、殆ど増えていない」とマスコミと一部経済評論家は「政府の経済失策である」と政府を非難しますが、低中級技術による工場生産の殆どがアジア地域へ移転してしまっているわけですから、GDPが増えないのは当たり前で、逆に言えばGDPが減らないことの方が不思議です。
工場がどんどん逃げていくわけですから、本来ならGDPが減少しても仕方ないのです。

日本のGDPは円建てでは増減なしですが、ドル建てで計算すると、円高に振れた分増加する事になります。

日本の円建てGDPを520兆円とすると1ドル100円では、ドル建てで100*520=5兆2000億ドル、1ドル85円で計算するとドル建てGDPは17%強増えて6兆1178億ドルと計算されます。日本のドル建てGDP成長率は17.65%でシナの成長率を超えてしまいます。国際間の資産評価はドル建てで比較されます。この円高局面でシナが日本のGDPをドル換算で越えることはあり得ないと私は考えています。

何故円高に振れるか?
理由は簡単です。
円が「世界で最も健全で強い通貨である」と世界が評価しているからです。世界一の金持ち国家で、その資産は世界最強の米海軍と2位の海上自衛隊に守られ、民主主義国家として安定しているから、円が買われるのです。畿内にギリシャやポルトガルのような不採算国家を抱えるユーロが蘇ることは暫く無いでしょう、高失業率に悩む米国はドル安政策を続けざるを得ないでしょう。

円高→対外資産増→円高→対外資産増→円高
という構造は日本人がその民族性である勤勉・実直・貯蓄性向を失わない限り続くでしょう。
国民は日本のGDPが増えないからと言って心配することはないのです、GDPの代わりに海外資産は確実に増えて言ってますから。


向芳孝
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“御用聞きコメンテーター(専門家の意見:学者、評論家、エコノミスト他)”を信じてはいけない

Posted by ななし on 01.2014 記事 4 comments 0 trackback
よくテレビに出てくる「専門家の意見」。その実体を報告する記事がありましたので紹介します。

以下、“御用聞きコメンテーター”を信じてはいけない より転載。

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日銀短観や国内総生産(GDP)などの重要経済統計の発表、あるいは急激な円高進行や株式市場の暴落など、さまざまな経済ネタが新聞やテレビで報じられない日はない。統計や市場の動揺などが伝えられる際、著名な大学教授やシンクタンクのエコノミスト、あるいはアナリストがコメントを寄せているケースが多いのは多くの読者がご存じの通り。だが、こうした「専門家の見方」という体裁には、いささか危険な側面があることはあまり知られていない。今回の時事日想は、コメンテーターの資質に焦点を当てる。

●今日はどんなトーンで?
 筆者が駆け出し記者時代、先輩から1枚のリストを渡された。外為市場が荒れた際、あるいは日銀短観などの指標が発表された直後、コメントを求める専門家の一覧表だった。

 冒頭で触れた通り、リストには著名な大学教授や経済評論家、シンクタンクのエコノミストのほか、凄腕ディーラーなど、そうそうたる顔ぶれがそろっていた。

 この中で、筆者が注目したのは某シンクタンクの幹部だった。名前の横に☆印が付けられ、「最終兵器」との手書きメモが添えられていたからだ。なぜ彼が最終兵器なのか尋ねたところ、先輩はニヤニヤするばかりだった。

 数日後、実際に外為市場が荒れた。このため筆者に対し、外為市場の乱高下を伝える記事に、専門家の分析コメントを追加するようデスクから指示が出された。

 筆者は早速、この幹部に連絡を取った。すると、なぜ彼が最終兵器と呼ばれているのかが即座に理解できた。開口一番、この幹部は筆者にこう言ったのだ。

 「やぁ、どうも。今日はどんなトーンでしゃべったらいいのかな? 強気、それとも弱気? リクエストしてくれれば、ご希望に沿うようにしゃべるから」――。

 要するに、筆者がこれから執筆する記事のトーンに合わせる形で、都合良くしゃべってくれるという非常にありがたい方だったのだ。

 具体例を示すと、以下のようなことになる。

 「円高脅威論」的な記事であれば、円高による日本経済への悪影響を説明する。「円高は一時的」とする分析記事であれば、投機筋による行き過ぎた動きだ、などとコメントしてくれるわけだ。

 経済ニュース向けにコメントを提供してくれる専門家には、持論を曲げない頑固タイプの方々が存外に多い。また、会議や出張などの都合で、メディア側が話を聞きたい際、物理的につかまえられないケースも多々ある。

 筆者に「最終兵器」のリストを授けてくれた先輩記者によれば、「彼はいついかなる時も、どんなトーンでもコメントしてくれる最後の切り札」ということだったのだ。

 実際、筆者が受け取った一覧表には、同幹部のオフィスの電話番号のほか、自宅の番号も載っていた。メディアには大変貴重な存在だった。

 だが、副作用もあった。同じテーマで取材したはずなのに、他のメディアでは全く別の事柄をコメントされる機会が少なくなかったのだ。筆者が想像するに、他メディアの担当記者の間でも、同幹部は「最終兵器」と同じニュアンスの扱いだったのではと確信している。

 現在、彼はシンクタンクから某大学の教授に転身。今も頻繁にテレビの情報番組などに頻繁に出演している。過日、某民放局記者から聞いたところによると、「新幹線で移動中でも携帯電話を介してコメントをもらえる」のだとか。これではほとんど御用聞きの世界だ。

●引き継ぎリストを見直せ
 引き合いに出した元幹部はいたって温厚な人物であり、筆者が個人的に恨みを抱いているわけではない。ただ、同氏ほどではないにせよ、経済ニュースに登場して解説を加える専門家の中には、「メディアへの露出が最優先課題」ととらえている向きが少なくないのだ。露出度が上がることにより、業界紙が実施するアナリストランキングが上がる、あるいは、講演のギャラが上昇すると割り切っている向きも確実に存在している。

 内外の通信社や一部の経済メディアを除けば、大手紙や民放テレビの経済担当記者の異動のサイクルは速い。長くて1年、半年おきに担当部署が変わるケースがざらにある。

 こうした際、手元にコメントを寄せてくれる専門家のリストがあれば、取材の手助けとなることは間違いない。また、通信社や業界紙に登場する頻度の高い専門家を選びがちになる。原稿をチェックするデスクに話を通しやすくなるからだ。

 ただ、先に触れたように「露出最優先」の関係者に当たり、おざなりなコメントを取る機会が増加する事態になってしまえば、原稿の価値は大きく減じてしまう。記者ならば自身の目で、自分の原稿を補完しつつ、読者をより高みに導いてくれる専門家をコメンテーターとして発掘する努力を怠ってはならない。

以上、転載。

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このような御用聞きコメンテーターは、政治・経済・環境etc全ての分野に溢れているのであろう。




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