小沢政治資金問題にみるメディアによる世論操作のパターン

Posted by ななし on 31.2014 記事 0 comments 0 trackback
選挙直前のタイミングで、二度も露骨に小沢民主を狙った検察とマスコミの暴走構造は、もはや大部分の大衆の知るところとなり、今後は「特権階級の暴走許すまじ」の共認がますます高まっていくのでないか。
「カナダde日本語」さんがこの騒動を通じて世論誘導のパターンを整理してくれているので紹介したい。
今回の騒動もまさにマスコミがこのパターン通りに動いているのが興味深い。

メディアによる世論操作のパターン(カナダde日本語より)

【以下引用】

小沢幹事長の政治資金問題がメディアで意図的に取り上げられてから、このブログでも大手メディアの世論誘導法を観察してきた。去年の春に民主党がまだ野党で小沢氏が代表だったときにも、西松建設からの献金問題で大久保秘書が逮捕されたときも同じような騒ぎになった。

1.まず、検察がいきなり秘書を逮捕し、その様子を大々的にニュース報道で流す。
2.それから、問題の本質を何も知らない自民党議員の批判意見だけでなく、民主党議員の狼狽、憤り、いらだちなどを散りばめて報道する。
3.その後、テレビの政治番組で自民党議員やそのイチミが徹底的に民主党を攻撃。
4.その前後に逮捕された秘書が虚偽記載を認めたという捏造報道が飛び交う。
5.最後に、世論調査が発表され、民主党の支持率が低下したことを報告する。

といった具合だ。これを選挙直前に実行して、少しでも民主党にダメージを与えようと必死になるメディアを見て、これまでメディアとは真実を伝えるものだとばかり信じていた人も、それが間違っていたことを知るきっかけとなったことであろう。

【引用終わり】


チーズカレー
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検察が逮捕したい人の類型

Posted by ななし on 29.2014 記事 0 comments 0 trackback
・「小沢民主党幹事長の不正献金疑惑」を巡って、東京地検特捜部の暴走を指摘する声が増えてきた。
・2009年3月の西松建設に関する疑惑に引き続き、今回の特捜の”暴走”を指摘する声が多い。
・これをD.ロックフェラーからの指示と見る見方、小沢が検察に仕掛けた罠だと見る見方も多い。
・一方で、誰かの指示や思惑や意図があるのではなく、検察が勝手に(単独で)暴走しているという見方もある。
・確かに、小沢問題に限らず、最近の”検察の暴走”は目に余る。
・過去、”検察の暴走”によって挙げられてきたのは、どのような人物なのか?

Chikirinの日記::“検察が逮捕したい人”一覧リンク
より引用。
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検察が極めて恣意的に“逮捕したい人を逮捕する”ことに、多くの人が気づき始めている。
新聞やテレビなどのマスコミは“検察の広報部隊”と化しているので、この点についてネットメディアの意義は非常に大きい。だからこそ中国だって、どんなに批判を浴びようとネット規制をするわけだね。

小沢さんの件については、すでに多くの方が書かれているので、ちきりんはちょっと目線を変えて、“検察が逮捕したがる人の類型”をまとめておきます。

類型1:内部告発者
一時は自分達の仲間だったのに、内部告発しようなどという“ええ格好しい”はとりあえず逮捕する。特にマスコミの取材をうけようなんてありえないので、速攻逮捕。

例:三井環元大阪高等検察庁公安部長
平成14年に、検察内部での不正資金流用等について内部告発しようとし、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏とのインタビューを予定していたが、その予定時刻の数時間前に逮捕される。これにはマスコミも皆震え上がり、報道はぴたりと止まった。 (参考:三井環氏の著書リンク)

類型2:成り上がり
日本で一番偉くて最も尊敬されるべきは、東大をでて司法試験や公務員試験に合格した自分達であって、たかが民間で働いているような者や、“起業家”などという試験も受けずになれる卑しい職業の者では決してない。彼等が経済的に成功したことでこの点を勘違いし、いい気になったり、目立ち始めた場合は逮捕をして、その辺についてきちんと教える。

例:ホリエモン、折口雅博

類型3:官僚組織の敵
政治家を官僚組織の上に位置づけようとするような輩は、逮捕に追い込むのが基本。上記同様、「司法試験も公務員試験も通ってない奴」が自分達の上に立とうと考えるなど言語道断。
外務省と対立した鈴木宗男も粛正。官僚組織に圧力をかけた政治家を野放しにしていたら、官僚組織の守護役である検察の沽券に関わる。

例:田中角栄、鈴木宗男、(小沢一郎)

類型4:反保守主義者
基本的に官僚、検察は“右”であり、自民党支持なので、左の団体、市民団体などは、邪魔になった時点で逮捕する。主に公安部門が担当。
例:自民党の政策であるイラク派兵に関して、自衛隊の宿舎のポストに反戦ビラを配った“市民団体”の人を逮捕。(参考エントリ:法治国家。なのかリンクの前半)

類型5:逮捕しやすい人
大きな事件で、責任が行政にある場合や、法の不備、捜査ミスで犯人が逮捕できない場合、とりあえず「その周辺にいる、逮捕しやすい人を逮捕する」のが基本中の基本。
同様に、殺人事件などで犯人が捕まらない場合、周囲の逮捕しやすい人を逮捕して検挙率をあげるのも流行っている。被差別地域の人や外国人、前科、微罪経験のある人、定職についていない人などは、“マスコミが煽りやすく民意が得やすい”ので特に逮捕されやすい。

例:
・モーグルの里谷氏のタレント生命を終焉させたバーを一年後に別件摘発
・中国で売春トラブルを起こしたリフォーム屋を一年後に別件摘発
・マンション耐震偽造問題で、テレビに顔が売れていた中小ゼネコンの経営者などを“不正経理処理で”逮捕
(以上について参考エントリ:法治国家。なのかリンクの後半、不当逮捕リンク)
・その他、冤罪事件多数

以上
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Nirvana 
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現在の公職選挙法は官僚に権力を持たせる装置である

Posted by ななし on 27.2014 記事 0 comments 0 trackback
田中良紹の「国会探検」リンクより2
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(~続き)
 なぜ日本は先進民主主義国のような成熟政治になれないか。それは政党や政治家に権力が無く、官僚に権力があるからである。官僚にとって国家や国民を守るのは何よりも官僚でなければならない。国家や国民を守る強力な政治家が出現されては困るのである。だから未熟な国民に「政治家は聖人君子であるべきだ」とデマを刷り込む。「政治家は悪人であるべき」と言う成熟した民主主義国とは全く逆である。はるか古代や村落共同体のリーダーならともかく、国際政治と闘わなければならない現代で「聖人君子」に政治家は務まらない。

 未熟な国民にデマを刷り込む役目を果たしてきたのがメディアである。メディアの幼児性は今では目を覆うばかりだが、官僚との二人三脚でこの国の未熟政治を作り上げてきた。その挙げ句に実は両者とも自らの首を絞めつつある。最近出版された「知事抹殺・つくられた福島県汚職事件」や「リクルート事件・江副浩正の真実」は検察の「でっち上げ」の手法を詳細に描きながら、それを可能にしているのがメディアであることを明らかにした。これらを読んで両者の手口を知ると、現在の報道から検察が描くシナリオのポイントや弱点が読み説けるのだ。

 政治家に十分な政治活動費がないと自分で情報を集める資金が不足する。無料で情報を提供してくれるのは官僚だけだから、カネのない政治家は官僚に頼るようになる。その結果、官僚に都合良く洗脳される。自分でカネを集める能力のない政治家も官僚に頼るようになる。官僚には企業や団体の許認可権があり、官僚が口を利けば企業や団体はパーティ券を買ってくれる。一方で自分でカネを集める政治家は官僚の思い通りにならない。官僚にとって好ましからざる政治家と言う事になる。そうした政治家がこれまで検察とメディアによって血祭りに上げられてきた。

 07年の参議院選挙で自民党が惨敗したとき、私は参議院の過半数を失った自民党は挽回を図るために、国民の支持を得る努力より、民主党のスキャンダル追及に全力を上げるだろうと予想した。大連立を模索した福田政権にはスキャンダル爆撃の可能性はないが、麻生政権の誕生と共に小沢代表潰しのスキャンダル攻撃が現実になると予言した。政権交代が実現してからは、自民党に選挙で勝てる可能性は消え、従って再びスキャンダル攻撃が始まる。それは鳩山総理と小沢幹事長の分断を狙うと見ていた。

 すると検察が予想通りの動きをした。鳩山献金問題はセーフで、小沢不記載問題はアウトになったのである。要するにこの国を支配してきた既成の権力からすると怖いのは小沢で、それを潰すために鳩山を利用し、その後でなら鳩山はいつでも潰せると思っているのである。私の見立てでは天皇の特例会見の問題も小沢氏の中国訪問の日程を知った上で仕組まれた。宮内庁長官の記者会見の日程が小沢訪中にぴたりと合わされ、賓客の来日前という非常識をあえて行っている事から明らかである。この時の鳩山総理の動きが今ひとつ分からないのだが、この地検の動きはそれに続く分断工作その2と言える。

 私が予想する位だから本人は検察の動きを当然予想していた筈である。そうでなければ政治家など務まらない。そこでこれからどういう形の対応が出てくるのかが注目される。それにしても最高権力者とされる総理にも、政権政党にも何の権力もないことがよく分かる。先進民主主義国では政権を巡る戦いを権力闘争と言うが、この国では与野党の戦いより、官僚やアメリカと政権政党との戦いの方が本当の権力闘争なのである。つまり日本の権力は政党や政治家ではなく、未だに官僚とアメリカに握られているのである。
(以上)
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結局、官僚とアメリカがこの国を牛耳っているという認識は、今回の検察の動きで急激にネット上(2ちゃんねる以外)で広まっている。これをこの国全体の認識とするにはどうすればいいのか?

 
狒狒
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小沢氏が一騎打ちを決めた決闘相手はズバリ、「デビッド・ロックフェラー」

Posted by ななし on 25.2014 記事 1 comments 0 trackback
『いよいよ忠臣蔵討ち入りか:小沢 内蔵助』(新ベンチャー革命)より転載します。
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1.小沢・検察全面対決:背景をまったく報道しない大手マスコミ

2010年1月17日の報道によれば、小沢氏は東京地検特捜部と全面対決とのこと。鳩山首相は小沢氏の決意表明に『戦ってください』と答えたそうです。この展開は前代未聞です。この事実より、小沢・鳩山民主党政権 vs 東京地検特捜部の一騎打ち構図が描かれます。日本が民主主義国家だとすれば、実に変な話です。日本を株式会社に例えれば、その会社の社長(株主総会で承認された正統な社長)が自社の法務部(法務省に相当)の1課長と全面対決する構図です。こんな話聞いたことありません。社長が法務部のその1課長を更迭すれば済む話です。 

なぜ、こんな馬鹿げたことになっているのか、日本の大手マスコミはその背景をまったく報道しません。彼らには民主主義の根本がまったくわかっていないことになります。民主党もおかしい、法務大臣はいったい何をやっているのでしょうか。新聞とテレビしか情報源を持たない多くの日本国民には、以下に述べるような背景を説明しないかぎり小沢氏の決意も覚悟も到底、理解されないでしょう。

2.小沢氏の覚悟のほど

 ~中略~

3.現代の吉良上野介は誰か

小沢氏が一騎打ちを決めた決闘相手を大手マスコミは東京地検特捜部としています。小沢内蔵助が首を狙っているのは、佐久間特捜部長でしょうか。とんでもない、小沢氏の狙いは、そんなコモノではないでしょう。日本の戦後政治65年の清算がかかっているような気がします。小沢内蔵助にとっての吉良上野介はズバリ、デビッドRF(戦争屋=CIAボス、94歳の後期高齢者)ではないでしょうか。

さて若き日の小沢氏が、ロッキード事件の公判を欠かさず傍聴していたというエピソードは有名です。彼は田中角栄を嵌めた悪党、およびその手先の手口、そして彼らの素性を熟知しているはずです。東京地検特捜部が必死で小沢失脚に暴走している理由、それは吉良邸の秘密(戦争屋=CIAと東京地検特捜部のつながり)が国民の眼前に晒される危険がでたからではないでしょうか。ネットではこの程度の秘密はすでに常識となっており、ネットの政治系ブロガーはみんな知っている話です。単に大手マスコミが報道しないだけのことですが。

吉良邸の秘密、それは紛れもない国家犯罪です。何人の愛国政治家が彼らの謀略によって葬られたか。小沢氏はその秘密をすべて知っている。中川昭一愛国・反米政治家がやられたように、吉良一味にとって小沢内蔵助は偽装自殺で処分したいほどの攻略ターゲットです。一方、これまで小沢氏は、彼らの手口を熟知しているので、中川氏の二の舞にはならなかっただけのことです。

4.田中角栄:現代版 浅野内匠頭

ロッキード事件はズバリ“田中角栄を失脚させるためのワナ”であったと筆者は確信します。その根拠は、戦争屋ボスの子飼い・ヘンリー・キッシンジャー語録が2006年、米国国家安全保障公文書館より公開された事実(注1)によります。

田中角栄は戦争屋ボスを激怒させた日本国首相であったのです。これ以降、自民党政治家は戦争屋ボスに逆らえなくなった。米国におけるケネディ(JFK)暗殺のインパクトとまったく同じです。米国においてJFK暗殺にCIA謀略部隊が関与していたとする疑惑は数多く残っています(注2)。

5.小沢氏の宿敵:東京地検特捜部の生い立ち

ウィキペディア(注3)によれば、東京地検特捜部は、戦後すぐGHQが日本軍部の隠退蔵物資摘発の目的で設置したという説があるとのこと。ところで自民党設立資金はCIAが拠出したこと(注4)も明らかになっていますが、このCIA資金は、GHQが日本軍部の隠退蔵物資(現在価値数十兆円)没収後、米国にて換金した資金が充てられているようです。

小沢氏は、田中角栄失脚の手先となった東京地検特捜部が、検察庁という日本の官庁を隠れ蓑にした事実上の『CIA対日監視東京本部』(戦争屋ボスの日本派出所)であることを知っているはずです。東京地検特捜部の官僚は、米国日本大使館出向扱いにて全員CIAで研修を受けるといううわさもあるほどです。上記、佐久間部長(さしずめ吉良邸用心棒・清水一学)も米国日本大使館の一等書記官であったそうです。

小沢氏が対決しようとしているのは、東京地検特捜部の本性『CIA対日監視機能』です。すなわち田中角栄の仇(かたき)です。鳩山首相(元田中派政治家)もこの事実を知っているはずです。なぜなら、ソ連と近かった祖父・鳩山一郎元首相も、戦争屋ボスににらまれていたからです。それをかわすためフリーメイソンに入会しています。ちなみに鳩山現首相の長男もロシア留学しています。

6.なぜ、吉良邸討ち入りが可能になったか

大石内蔵助が殿の仇討を決行したのは殿の切腹2年後ですが、小沢氏の場合、その10倍の20数年が経過しています。なぜ今、討ち入りが可能になったか、それは何といっても、事実上の小沢党である民主党が政権奪取に成功したこと、そして吉良上野介(デビッドRF)の威力が落ちているからです。今回、東京地検特捜部の暴走がデビッドの強い命令である可能性は低いのです。今回に限り、東京地検特捜部にはバックが居ない。小沢氏も鳩山首相もそのことを知っているはずです。だから鳩山首相は小沢氏に『戦ってください』と激励したのです。

 ~後略~
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注1:ベンチャー革命NO.195『裏切り者ジャップ:キッシンジャー語録』2006年5月28日
注2:ベンチャー革命NO.068『20世紀最大の謎:ケネディ暗殺』2004年4月6日
注3:特別捜査部、ウィキペディア参照

 
猛獣王S
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テレビをつけるのを止めて変化したこと

Posted by ななし on 23.2014 記事 3 comments 0 trackback
テレビの弊害に関する議論が深まっている事を受け、私自身も1週間ほどまったくテレビをつけずに生活してみました。

各自治体で実施されている「ノーテレビデイ」「ノーテレビチャレンジ」といった活動でも「親子の会話が増えた」「勉強する時間が増えた」などのプラスの報告があがっていますが、私自身が実感した変化を報告したいと思います。

①生活習慣が安定した
今までは見る見ないに関わらず、朝起きたらテレビをつけ、帰ったらテレビをつけ、日によってはダラダラと見続けてしまう事もありました。しかし、テレビをまったくつけないと、同じ時間に就寝・起床する事につながり、生活習慣が安定してきました。

②物事を考える時間が増えた
無目的に映像を眺めている時間がなくなった分、現実に直面している問題について考える時間が増えました。普段無意識にすごしていた時間の中に、実はもっと有効に使える時間があったんだという事に気づきました。

③情報を主体的にキャッチしにいくようになった
今まではテレビを通じてなんとなくニュース等の情報を目にしていました。これが遮断された分、目的を持って、主体的に情報収集する場面が増えたように感じます。

④目覚めが良くなった
テレビをつけなかった事が影響しているかは定かではありませんが、この1週間、大変目覚めが良かったです。今までは目覚ましが鳴ってからもなかなか起きられないような事もありましたが、目覚ましが鳴る前に自然と起きられるような日が増えました。生活習慣が安定した事と、寝る前に光の刺激を受けない事が深い睡眠に繋がっているのかもしれません。

※以上4点が気づいた点ですが、1週間でこれ程の変化を感じるとは正直思いませんでした。みなさんも一度試してみる事をお勧めします。

 
KOU 
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“検察や警察を使って政敵を追い落す”という卑劣な行為の主役は検察で共犯者はマスコミ

Posted by ななし on 21.2014 記事 5 comments 0 trackback
『小沢事件の裁判官は…!?』(白川勝彦の永田町徒然草)より転載します。
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 ~前略~

政治とカネの問題の主役はふつう政治権力を握っている与党議員である場合が多かった。野党の国会議員が政治とカネに纏わる刑事事件で起訴されたこともあるが、かなりの例外事例であった。私がいま即座に思い出せる事件は、撚糸工連事件(民社党議員)・大阪砂利汚職事件(公明党議員)・秘書給与詐欺事件(社民党議員)などである。私が国家公安委員長の時に問題になったのは“オレンジ共済”事件(日本新党議員)であるが、政治とカネの問題というより単純な詐欺事件であった。

政治とカネが問われる刑事事件で、国会議員らを逮捕起訴し、裁判を遂行するのは検察である。検察は刑事事件として政治とカネの問題を裁判上明らかにし、その刑事責任を問うのである。事の性格上、検察官が主役にならざるを得ない。起訴された国会議員などは、被告人として検察官と闘うのである。双方は刑事訴訟法が定める厳格な手続きに則り攻撃防御を行い、裁判所はそれをみて刑事責任の有無と刑罰を決める。報道などはこの攻撃防御の様を伝えることを使命とする。国民はそれらを通じて裁判の是非を判断する。

 ~中略~

“関係者によれば”として毎日流される疑惑はいったい誰が何のために流すのであろうか。刑事事件として断罪されべきる疑惑ならば、裁判の過程で証拠として出せば良い。それが大原則である。そもそも現在報道されているような情報を検察官が証拠として提出しようと思っても弁護人から異議が出され、刑事訴訟法によって裁判所は証拠としてそのほとんどを採用しないであろう。

小沢問題の本質は、“検察や警察を使って政敵を追い落す”という卑劣な行為なのである。問題になっている刑事事件など、ほんの口実・手段に過ぎないのである。刑事事件の捜査・逮捕・勾留・起訴は、検察の独壇場である。難しい言葉で言うと“起訴独占主義”という。わが国の法律は、検察権の行使を検察官に独占させているのである。犯罪として捜査・逮捕するのも、起訴するのもしないのも、検察官に全面的に委ねられているのだ。

問われているのは“検察権力を使って政敵を追い落す”という卑劣な行為なのである。従って、その行為者は検察そのものである。その卑劣な行為は、着々と成果を上げつつある。まさに現在進行中の由々しき事件なのである。口実・手段としての刑事事件など刺身のツマみたいなものである。重要なことは小沢氏の疑惑なるモノを流布することなのだ。“検察権力を使って政敵を追い落す”卑劣な行為を追及しなければならない報道機関が、“関係者によれば”ということでタダで大々的に流してくれるのであるから、“検察権力を使って政敵を追い落す”ことを企んでいる首謀者にしてみれば笑いが止まらないであろう。

小沢問題の主役は検察であり、マスコミは共犯者である。しかし、この構図を分かっていながら小沢疑惑なるモノを無批判に報道するマスコミは、共犯者であっても共謀共同正犯といって正犯と看做され、実際に犯罪行為を行った正犯よりも重く罰せられることもある。“検察権力を使って政敵を追い落す”という卑劣な行為の是非を審判するのは裁判官でも裁判員でもない。1億の国民である。追い落されようとしている政敵は、もちろん小沢一郎民主党代表である。小沢一郎という政治家に対する好き嫌いはあるだろう。私だって小沢氏は好きなタイプでない。しかし、“検察権力を使って政敵を追い落す”卑劣な行為など絶対に許すことはできない。だから、こうして闘っているのである。
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猛獣王S
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国民にとって重要な情報ほど報道しないのが大手マスコミ(新ベンチャー革命)2

Posted by ななし on 19.2014 記事 7 comments 0 trackback
新ベンチャー革命2010年1月4日 No.60
タイトル: 国民にとって重要な情報ほど報道しないのが大手マスコミ より転載。
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4.特に許せないのはNHK

 新聞購読も民放テレビ視聴も、われわれ国民に一応、選択権がありますが、NHKは違います。NHK視聴の選択権は国民にないのです。テレビ受像機所有=NHK受信料強制取り立てです。

 しかしながら日本のNHKというのは北朝鮮にあるような国営放送局(朝鮮中央放送局)ではありません。なぜなら、上記のように国民から強制的に受信料をとって経営されているからです。

 NHKの経営システムの問題は、NHK受信料を払わないで観ている人が多数存在している事実です。受信料を払う人(正直者)がバカをみるシステムです。民主主義国家では許されません。NHKのビジネスモデルを考えた人物に民主主義的観念が欠落していたと思われます。彼らはNHKを支配するが、運営コストは国民負担だと決めた、こんな虫のよい話はありません。

 それではNHKのシステムを国営にすればよいかというと、それはそれで大問題です。NHKが国営放送局なら国家権力にとって不都合な情報は国民に知らせないと思われるからです。

 国民からの強制受信料で成り立つNHKは絶対に『国民の味方であるべき』なのです。国民益とは何かを見据えて放映コンテンツが決定されているなら、国民は受信料を払う価値があります。ところが現実はどうでしょう、最悪です。上記の例にみられるよう、国民から受信料を取っているくせに、国民の知るべき重大情報の発信をスルーしているのです。

 なぜでしょうか、NHKの経営が放送法の制約下にあり、予算執行と経営委員人選に国会の承認が要るからです。結局、NHKは国家権力に頭が上がらないのです。国民からカネ取って、国家権力の言いなりになる。自民党は、NHKのこんなおかしな仕組みを60年以上温存してきたのです。これほど国民をバカにした仕組みなのに、国民が長年、それを許してきたことも大問題です。

 今、政権交代したのだから、NHKは昔のしがらみを断ち切って、国民利益のためのNHKになるよう改心して欲しい。

5.NHKよ!かつて戦争屋に目の敵にされた仕返しを

 ところでNHKはかつて世界一のアナログ・ハイビジョン技術の開発に成功しましたが、マスメディア支配を重視する米国戦争屋からにらまれたことがあります(注4)。とにかくNHKは戦争屋の権化・ロナルド・ラムズフェルドなどからひどい目に遭わされています。彼らは日本を支配するのに、郵便局、電電公社と並んでNHK(米国にはない国民のための公共メディア)の存在が気に食わなかったのです。米国の政権交代によって戦争屋の威力が落ちている現在、NHKが国民のための本来のNHKに戻る絶好のチャンス到来です。目覚めよNHK! 本来の国民のNHKに戻れ。元NHKマン日高義樹のような“戦争屋の代弁者”の真似を止めろ。

注1:2009年12月、藤崎駐米日本大使は、普天間基地移設問題で米国クリントン国務長官から呼び出されて日米合意を守るよう釘を刺されたと仰々しく記者会見したが、後から、国務省から“呼び出したのではなく、大使が自分から立ち寄った”と否定された事件

注2:本ブログNo.55『非常にムカツク!反・国益官庁・外務省』2009年12月26日


注3:本ブログNo.52『犯罪的な大手マスコミ:普天間基地問題と日米密約暴露の板挟み』2009年12月23日


注4:ベンチャー革命No.145『MOT論の視点からみたNHK会長辞任劇』2005年1月31日


ベンチャー革命投稿の過去ログ


テックベンチャー投稿の過去ログ
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(引用以上)



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国民にとって重要な情報ほど報道しないのが大手マスコミ(新ベンチャー革命)

Posted by ななし on 17.2014 記事 3 comments 0 trackback
新ベンチャー革命2010年1月4日 No.60
タイトル: 国民にとって重要な情報ほど報道しないのが大手マスコミ より転載。
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1.国民からカネとって権力の味方をする大手新聞とNHK

 昨年末、藤崎駐米日本大使の前代未聞のヤラセ大芝居事件(注1)(注2)が起きました。言っておきますが、これは国民を愚弄する重大事件です。彼は国民世論を外務省有利、鳩山政権不利にすべく我田引水的に操作しようとしたのです。ところが大手マスコミの藤崎関連ニュースの追跡はなしでした。その不誠実な報道姿勢に多くのネット愛好者から強い不信感が出されています。この事件は日刊ゲンダイのスクープでしたが、いつもように大手新聞もテレビも、当初の藤崎会見(大芝居)のみ報道し、後に米国国務省から藤崎発言が否定されたという重大事実に関して、そろって沈黙しました。あのNHKも同じです。ネット愛好者はネット情報を通じてこの事件の重大性にすぐ気付きましたが、日頃、新聞とテレビだけで情報をとっている多くの国民は、この事件の存在すら知らないでしょう。これによって誰が得をするか、言うまでもなく外務省と当の大使自身です。ちなみに、どういうわけか鳩山政権はまだ沈黙しています。

 2009年12月にはもうひとつ重大事件が起きています。それは、佐藤前首相の遺族により、戦後日本の非核三原則のウラに日米密約が存在し、在日米軍が日本に核兵器を持ち込むのをコッソリ許していた事実が暴露された事件(注3)です。これは無謬(むびゅう)主義の官僚主導国家日本が、自国民のみならず、全世界の人々を欺いていたということに他ならず、国家犯罪の暴露という歴史的重大事件です。こんな重大ニュースが、その後、新聞、テレビ、週刊誌、月刊誌もまったくフォローなしです。マスコミがこの重大事件をスルーして誰が得をするか、それは言うまでもなく外務省とその背後に控える米国戦争屋です。

2.マスコミは自民党が米国戦争屋=CIAの支援で生まれた事実を隠し続けた

 さて戦後の日本において、佐藤首相時代の60年代半ばから70年代初頭、日本全国で日米安保反対運動が盛んでした。筆者は東大紛争時代、東大生でしたが、多くの学生が米国を帝国主義国家と非難していました。当時の学生は、日米安保が極東の軍事的緊張を招き、自分たちの日本の未来を歪めるのではないかと直感的に悟っていたと思います。あれから40年、案の定、日本は米国軍事覇権(帝国主義者)の戦争屋に翻弄され続けてきました。筆者は岸・佐藤両首相の築きあげた戦後の日米関係のすべてを否定する気はありませんが、今日、日本国家の対米従属が定着してしまったのは確かです。そのことが、日本にどれだけ不幸をもたらすか気付いた国民によってようやく政権交代が実現したのです。60年安保反対運動が潰れた以降も、線香花火だった細川政権時代(小沢氏の傀儡)を除き、戦争屋傀儡である自民党政権が長期に持続した要因、それは時の権力に不利な情報を国民から隠ぺいする大手マスコミの性(さが)であったのは確かです。たとえば、彼らは自民党が戦争屋=CIAの支援で設立されたことを国民に隠し続けたのです。これをもっと早く国民が知ったら、自民党政権がこれほど長期に続くはずがなかったのです。


3.国民に重要な情報ほど報道しないのがマスコミの実態

 日本にネットが普及し始めていた90年代末、筆者は米国のエネルギー会社エンロン(現在は破たん消滅)の対日参入戦略の調査を行っていました。あるとき米国大使館のサイトを調べていましたら、例の対日年次改革要望書の和訳が掲載されているのを見つけました。それを読んでビックリ仰天した記憶があります。最初、これは冗談ではないか、何たる内政干渉かと驚きました。なぜならそれまで、米国政府がそのような要望書を毎年、日本政府に突き付けていると聞いたことがなかったからです。当時、大手マスコミがこの重大な情報を国民にまったく報道していなかったのです。

 当時の筆者は、大手マスコミが全く取り上げていなかったので、米国の対日要望書は単に形式的なものなのかなと軽く考えていました。しかしそうではなかったのです。この件がネットで大騒ぎとなったのは、2004年、関岡英之氏の『拒否できない日本』(文春新書)が出版されてからです。それでも、大手マスコミは小泉政権時代、この要望書を報道することはありませんでした。

 政権交代が実現する前まで、国民は筆者も含めて、重要な情報は大手マスコミが流してくれるものと理解していました。だからみんな新聞を購読し、NHKに加入したのです。今にして思えばとんでもない裏切りです。ネットの普及と政権交代の相乗効果で、長年に渡る大手マスコミの国民への裏切りが“見える化”してきて、われわれ国民はそれにようやく気付いたといえます。
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(引用以上)


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迫られる「アメリカに負けた日本」からの脱却~「密約」公開の開き直りと普天間問題のごり押し

Posted by ななし on 13.2014 記事 5 comments 0 trackback
『2010年の年頭に思う 迫られる「アメリカに負けた日本」からの脱却 桂敬一(元東京大学教授・日本ジャーナリスト会議会員)』(マスコミ9条の会ブログ)リンクより転載します。
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◆「密約」公開の開き直りと普天間問題のごり押し

そこで思い返されるのが「日本はアメリカに負けたんだからしょうがない」だ。この「核密約文書」の暴露を思いつき、実行した人たちは、日本国民のそうしたメンタリティーを熟知しており、これを毅然と公表したほうが、かえって多くの日本人に、たいへんなことだったんだ、アメリカのいうとおりにしないとしょうがなかったんだ、と思わせることができると、踏んだのではないか。そして、読売の翌日朝刊に掲載された公表者、次男の信二氏の談話、24日朝刊の1面コラム「編集手帳」、社説「『佐藤』密約 東西冷戦下の苦渋の選択だった」などが、当時の困難な情勢の下、「国益」のためにやむを得ず、真実と異なる「密約」を隠し通し、その苦渋を一身に背負ったのが首相だったと、見ようにもよるが、故佐藤首相を、あたかも歴史の犠牲者でもあるかのように描いてみせる。冗談ではない。彼こそが、沖縄や核をめぐる、いろいろなとんでもない「密約」の原型をつくった張本人であり、日本の対米従属の構造化に道を拓いた元凶なのではないかと、私には思える。ところが、読売のスクープに追随した各紙も、さすがに読売ほど露骨な“佐藤びいき”は見せないが、彼の罪過を鋭く指摘し、批判を加えるかというと、そうではなく、なんとなく故佐藤首相の「密約」を遠巻きにして眺めているだけ、といった感じなのが苛立たしい。今度の「密約」の発覚は、いくら日本が戦争で負けた相手とはいえ、アメリカに対してこんなやり方をしてはいけない、ということを日本国民に実物教育する、恰好の機会なのではないか。新聞はせめてそのぐらいのことはいうべきだ。だが、そういう声が聞こえてこない。これでは新聞が率先、「日本は負けたからしょうがない」の空気をつくり出し、日本人をそれに馴らしつづけているようなものではないか。

10月のゲーツ米国防長官来日と11月のオバマ米大統領訪日に際して、ほとんどの大新聞が、前政権の対米合意どおりに普天間基地の名護移設を実施に移す、とする態度表明を鳩山政権がすぐしないことを非難、このままでは日米同盟が危機に瀕する、と批判を繰り返してきた。確かに鳩山政権はもたもたしていた。だが、12月15日、政府はようやく、連立政権の3党首会談を経て、拙速の方針決定を避け、2010年5月まで移設方針の検討をつづける、ということにした。そこには、「日本は負けたんだからしょうがない」的な対応を改め、そろそろ今後の日米安保のあり方を根本から見直し、さらに、たくさんの米軍基地が置かれている沖縄現地の人たちの声もあらためてよく聞こう、とする姿勢がうかがえる。既定の合意に縛られずに、普天間基地をどこに持っていけるか、移転先の基地をどの程度の規模、機能を持つものとしてつくるべきか、日本として主体的に検討していこうという姿勢だ。新聞は本来、そうした方向の追求をこそ督励すべきだろう。ところが、読売・産経を筆頭に、大方の新聞は相も変わらず、すぐ移設先を名護に決めないのはけしからん、決めない鳩山政権はアメリカの不信を買い、日本はアメリカから相手にされなくなる、と叫びつづけている。こうした状況に普天間問題が置かれている時機に「佐藤『核密約文書』発見」の一石を投じたものは、そうすることによって、アメリカのこわさ、敗戦国の日本が直面しなければならない現実の厳しさを、あらためて日本人にわからせる必要がある、と考えたのではないかという気がする。そして日本の少なからぬ新聞がそれを、自覚の有無にかかわらず、手伝っているというのが実情ではないのか。

◆歴史転機としての現在―「負けた日本」から新生日本へ

日本人が、負けたからしょうがないという考え方から抜けきれないせいで、いつまで経ってもアメリカが、勝手なことを日本にいったり、日本でしたりするのだろうか。あるいは、アメリカの勝手をいつも許し、またそれに馴らされ、いつも似たような対応を繰り返してきたせいで、日本人は、負けたのだからしょうがない、とする考え方から抜けきれないでいるのだろうか。現実には、どっちの関係も成立しているように思える。そして、どちらの関係にせよ、もう戦後65年、「55年体制」成立からは55年、冷戦体制崩壊(89年)からでも21年という長い年月が経った今日、それはもう解体されるべきものではないかと、痛切に思う。何によらず、いきなり日米関係を想定したとたん、アメリカ=勝った国、日本=負けた国、と思い描くことは止めなければならないということだ。それは意外とむずかしい。長年のうちに習い性としてきたことだからだ。しかし、努力して頭を切り替え、新しい考え方に意識を集中、21世紀の世界の変化を正確に見通し、その中でアメリカの何が今問われているのか、日本の立ち位置に変化はないか、日本が世界に貢献できる独自の役割は何かなどを、まず自分の頭で考えるようにしていく必要がある。新しい変化へと向かう民主党政権に一縷の望みが託せるうちに、そうした思考方法を確立、政府に変化の課題を呈示し、その実現を促していくことが、今年こそメディアに強く求められている、といわなければならない。メディアがそうした役割を発揮すれば、国民は、1945年に歴史の見方、政治の考え方を根本的に転換したのと同じような体験を、2010年にも味わうこととなり、日本が本当に変わっていくこととなる可能性もある。

 ~後略~
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猛獣王S
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人々は、マスコミ規制を期待している

Posted by ななし on 11.2014 記事 2 comments 0 trackback
人々は、真っ当な潜在思念の判断で、唯一政治に発信を許された場である選挙で“自民を見捨てた”。
このことが、現在の人々の意識であり、人々の意識を無視した現在のマスコミの異様な報道は、偏向以外何者でもない。

ただ人々は、自民は見捨てたがそこから“どうする?”の答(認識)が無いが故に、対米従属に従ったマスコミの偏向報道に対し、明確に否定できない状態にある。

そして、共認原理に移行している社会においては、いくら低下しているとはいえ、マスコミの影響度はいまだに大きい。

それゆえに、潜在思念では違和感を感じていても、執拗にマスコミから流される偏向情報に対し、“判断保留で流して”不全を蓄積させている。

>認識は、認識でしか塗り替えられない>

今、人々に必要なのは“事実認識”。
そして、事実認識を共認できる場。

そしてその共認を基に政治に乗り込み、不全を蓄積させるマスコミを規制してくれることを、人々は期待しているのではないだろうか!

 
麻丘東出
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世間では世論操作に対する危機感が高まっている

Posted by ななし on 09.2014 記事 2 comments 0 trackback
ここ最近、阿修羅やYahoo知恵袋などで、「マスコミ最近おかしくない?」「世論操作されてる?」という声が増えている。
もちろん、こういった一部のサイトに限らず、自分の周囲の人達と話していても大抵そういう話になる。

○もともとマスコミに対する不信感は高まりつつあったが、それが段々加速しているように思える。一体なぜか?

★思い当たるのは、「TV番組などで感情的な意見ばかりが目立つようになった」ということだろう。代表的なのが、小沢一朗氏に関するニュースで、これでもかと言わんばかりに感情的な批判が相次いで報道されている。あまりにも露骨に「悪者」扱いするので、まるで「三文芝居」でも見ているような感覚すら受ける。

○では、なぜこうも露骨に世論を誘導するような報道が続くのか?

★これは、手の込んだ世論形成をする余裕がなくなったからだと思われる。少なくとも、「小泉フィーバー」の時までは上手く世論誘導が行われていたし、その結果記録的な大勝を得ていた。それが今は、資金力が低下してできなくなり、結果として感情論という「力技」に頼るしかなくなっている。

○余裕が無くなったのは誰か?

★一見、マスコミに余裕が無いのではないかという印象を抱きがちだが、それなら視聴率を稼ぎやすい内容のものを報道すればよく、わざわざ特定の政治家を叩くような内容ばかり出さなくても良い。
実際に余裕が無いのはその裏にいる勢力で、辿っていけば
マスコミ ← 電通 ← 官僚・(自民党) ← アメリカ ← 金貸し
(参考172576)
という力関係が見えてきて、最深部にいる「金貸し」に行き着く。

つまり、サブプライム、リーマンショックと続く金融危機を通じてアメリカ側の金貸し(ロックフェラー系列)が大きく力を落としたことで、以前のような手の込んだ手法が使えなくなり、ここ最近の『露骨な世論操作』に繋がっているのだと言える。

結果として、その杜撰な方法は多くの人間に違和感をもたらしている。正直言って、こういう報道をすればするほど逆効果であり、大衆の意識がどんどん離れているのが現状である。

◎冒頭で挙げた「世論操作に関する投稿が増えている」というのは、「明らかにおかしいけど、こういうので騙される人はいっぱいいるんじゃないか?これじゃヤバイ」という感覚が、今のマスコミの報道姿勢や世論操作への『危機感』に繋がっているから起こる現象なのだろう。


小西良明
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日本人はなぜ『目覚めないのか』。情報操作を見破るためにこういったサイトを広げましょう。

Posted by ななし on 07.2014 記事 2 comments 0 trackback
地球温暖化は「CO2」だけの原因で起きるのか。

アメリカのマーシャル研究所は「この百年間に起こっている気温0.5℃だけの緩やかな昇温傾向が温室効果ガスの排出と相関している証拠は何もない」というレポートを出しています。だからアメリカは京都議定書に批准しないのでしょうか。ただ、百歩譲って多少は影響があるとしても0.5℃です。では「温暖化」で何が起きるのかです。池田清彦氏の「環境問題のウソ」という本からの引用も含んで考えてみます。

一番に言われているのが「海水面の上昇」で、IPCCによると、過去百年間で海面は10~25cm上昇したという。このまま上昇が続けばやがて低地は海の底に沈むなどと語られていますが、実際過去30年の日本各地の海水位を調べた記録によると、東日本の水位は数センチ下がり、西日本の水位は数センチ上昇しているという。

世界的に見てもここ数十年で海面の上昇はほとんどないとのこと。「ツバル」の海面もこの25年間の変化はゼロらしい。(あそこの過去の沈下は地表の変化らしい)タスマニア島ではむしろ上昇しているところもあるとのこと。

北極の氷が全部溶けても海面上昇は起きないことで分かったのですが、では南極、グリーンランドはどうかというと、あそこは大陸だから上に乗った氷が溶けてしまったら海の水は増えることになります。

しかし、元もと南極大陸の上に乗った氷は海から上がった水蒸気や雨、雪が降ってきたものが、南極の寒さのため凍ったのですから、温暖化で海面の温度が上がればさらに水蒸気が上がり、雪が降りかえって南極の氷は厚くなり、むしろ海面を下げるのです。

IPCCですら、「今後百年間で南極大陸は、海面を8センチ下げる方に貢献する」と述べているそうです。
(IPCCって、適当ですね。上がると言ったり下がると言ったり)

ところが、IPCCの予測によると今後百年間に海面は9~88cm上昇するとも言うのです。9cmなら何とか対処できるかも知れませんが、88㎝ともなれば大変なことです。そんな大きなあいまいな幅を予測するということ自体、ほとんど科学的信憑性がないのです。
1997年、日本の環境省(当時環境庁)が監修したという漫画では地球温暖化が、「猛暑、大雨といった『異常気象』、さらに旱魃、洪水、高潮、などの被害が世界中で起きるかも知れない」と人々の恐怖をあおるようなことが書かれていて、「東京大洪水」のシュミレーション映画なども作っています。

IPCCの報告書にはそんな話は全く書いていないそうです。むしろ、「地球全体として、二十世紀を通じて異常気象、すなわち気候可変性が増加したという証拠はない」とあるのです。要するに日本の環境省が言うところの「異常気象がどんどんひどくなる」なんて言う話はいかなる科学的根拠もないインチキ(ウソ)話なのです。(池田清彦氏談含む)

さらに、健康問題も、環境省の漫画には「日本が亜熱帯化」すると、「マラリヤなどの熱帯地方の伝染病が発生するかもしれない」と「威し」ています。日本でも昔はマラリヤがあったし、南ヨーロッパは二十世紀初頭頃までマラリヤに悩まされていました。全く温暖化とは関係ないのです。むしろ多少の温暖化の方が極寒より快適で健康被害は少なくなります。

農業でも、異常気象によって食糧不足になるなどといっていますが、仮にCO2の濃度が上がり降水量が増えれば(気温が上がり海からの水蒸気が増えて雨が降りやすくなる)植物(穀物)は、太陽の光とCO2によって光合成をし、葉は「酸素」を出し、「デンプン」を蓄積します。気温は高い方がそのエネルギーは増え、生産性は上昇します。だからむしろCO2濃度が高くなれば穀物生産量は倍増すると予想されているのです。
結局、多くの学者は、「温暖化脅威論」は、地球規模の、ある「ビジネスのためのマインドコントロールである」と言っているのです。
その「環境ビジネス」とは一体何なのか。最近少しずつ出てきはじめました。

しかし、NHKテレビを見ていたら、今からずっと(BS)このような「ウソ?」を「真実?」として特集放送していくそうです。
みんなでそれらのウソを見破る勉強や「るいネット」のようなまともな情報をコピーしてでも広げて行くことが必要だと思います。
私は、秀作などをコピーをしていろんな方に渡しています。


原賀隆一 
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太陽電池と聞くと懐かしい・・・似非科学とマスコミ

Posted by ななし on 05.2014 記事 2 comments 0 trackback
■武田邦彦さんのHPの記事の紹介です。題名の・・・の後は私がつけました。

 太陽電池を巡る似非科学論、そして自分達にとって都合の良い結論だけを要求し事実を捻じ曲げるマスコミ・・・武田邦彦さんの指摘は真っ当だと思う。

●武田邦彦さんのHPより
「太陽電池と聞くと懐かしい」リンクより引用。
~引用開始~
太陽電池と聞くと懐かしい

 太陽電池と聞くと懐かしく、苦々しく思い出すことがある。
今からもう10年ほど前のことだろうか? 文藝春秋(本誌といって月刊の方)に太陽電池のことを書かせていただいたことがある。
 内容は「太陽電池は、省エネルギーにならない。設置に必要なお金(資源)を回収するのに20年以上かかる」という内容だった。
 私としてはマジメに計算をして、20年から30年という結果が出ていたので、その研究の結果をそのまま書いたのだった。
 忘れもしない、その文藝春秋が本屋に並んだその日の午前10時頃。
 家に電話がかかってきた。なぜ、10時に家にいたのか、すでにそれを思い出すことが出来ないが、電話の先はテレビ朝日の人気番組「ニュースステーション」のディレクターだった。
 「先生、困るじゃないですか。この前のニュースステーションで久米宏が「太陽電池のペイバックタイム(投資したお金をどのぐらいで回収できるか)は3ヶ月」と放送したばかりですよ。それなのに20年以上かかるなんて、書かれたら困るんですよ」
 私はいささかビックリして、
「20年は私の計算ですから、そちらの計算と違っても仕方がないですが、間違ってはいません。もし問題なら番組で説明します」
と返事した。その電話はそれで終わった。
 偶然だろうが、それからあまりお呼びが来なくなった。
・・・・・・・・・
それから10年・・・
 2009年になって太陽電池の補助金が出て、太陽電池でできる電力を普通の電力費の2倍で買い取ることになった。
 補助金が半分ほどでれば、ペイバックタイムは“10年ほど”になると経産省が発表している。私はその計算にも少し疑問があるが、とりあえず、そうしておく。
 10年前の私の計算との差は(【】は私の計算)、
1)10年間の技術進歩【私は10年前】
2)太陽電池に補助金を使う【補助金はなし】
3)電気を2倍で買い取る【電気は普通の電気代で売る】
という前提に差がある。それでも10年もかかるのだから、私が計算したときには20年は間違いなかっただろう。
 今では経産省と私の計算はだいたい、一致している。
 当時、テレビ朝日のニュースステーションにデータを提出したのは誰か判らないが、御用学者か国立研究所だろう。もしかすると太陽電池の生産会社かも知れない。
 それを信用したニュースステーションもニュースステーションであるが、データを出した人はどのようにごまかしたか、私には判っていた。
 それは次のような手口である。
 どこからか、シリコン材料や変圧器など一式を買ってきて、それを組み立てる時だけの電力量を計算し、それが3ヶ月で回収できるという計算だ。
 今でも、同じようなことをしている。「電気自動車は走行中はCO2を出しません」というがそれで、自動車を作るときのCO2や、発電の時にでるCO2のことは言わない。目的のためにはウソは平気なのだ。
・・・・・・・・・
思いかえせば「正確に計算したり調査すると罵倒される」という10年だった。
 リサイクルでも、10年前に「リサイクルするとよけいにお金がかかる」という本を書いたら、あるテレビのコメンテーターに「売名したいどこかの大学教授のことなど知りたくはない」と言われた。
 プラスチックがリサイクルされていない(焼却している)という調査結果を出したら、「データのねつ造だ」と叩かれる。
 10年前、「武田はウソを言っている。リサイクルは資源の節約になる」と罵倒した学者が、先日「ゴミはリサイクルせずに焼却するのがもっとも良い」と講演したことを私のかつての学生がメールしてきた。
 その学者は、10年前はリサイクルを勧めて国の委員になり、今、また焼却を勧めて講演して歩いている。なかなかのものだ。
 そして、今度の太陽電池だ。
 当時のニュースステーションのディレクターは、今、何を思っているのだろうか?
 おそらくは忘れている。その人はその時、その時に自分の都合の良いように生きているだけだ。動物らしいと言えば動物らしいが、白けてしまう。
「悪い奴ほどよく眠る」とはよく言ったものだ。
・・・・・・・・・
 リサイクルと言い、太陽電池と言い、学問で計算して言うと罵倒され、10年後には罵倒していた当人がかつて私が言っていたことを堂々と話しているのを聞くと、「これが社会というものかな」と思う。
 ひがんでもいないし、恨みにも思っていないが、正しいことを言った人を評価せず、「みんなと同じことを言った人」を評価する日本社会。それは人類に共通したことだろうか?
 せめてニュースステーションからはお詫びの電話が欲しい。
(平成21年11月3日 執筆)    武田邦彦
~引用終わり~


丸一浩
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情報収集よりも情報を生み出したり、考え出したりするほうにエネルギーを注ぐ

Posted by ななし on 03.2014 記事 2 comments 0 trackback
 インプットを減らすとアウトプットが増えるということ、非常に興味深い内容ですが、冷静に考えれば極めて当たり前であることが分かります。テレビを見れば、その間は思考停止し、家族との会話もなくなります。インプットの量が増えれば増えるほど、周りとの関係から自己完結していく時間が増えていく事になります。これはこれまでの経験からも分かります。

 また、例えばですが、手帳に情報をきっちり纏めていくことをする人がいるとは思いますが、その情報を集めて何か残るものはあったのかというと、何も無っていない人も多いのではないでしょうか?情報は、集めても簡単に引き出せないと意味が無いものであり、すぐに忘れ去られていくものなんだと思います。もっと言えば、そもそも情報とは、目的が明確になって初めて必要となるものです。だから、いろんな情報を得ても、使う目的が定まっていなければ、何の意味もないもの=雑音でしかないことに気づきます。

 情報とは、自分のノートに書き記すのではなく、オープンな場:例えばるいネットの掲示板に投稿されたほうが、よほど有効ではないでしょうか?そうすれば、より多くの人の目に晒され、必要な否なの判断も明確になっていくと思います。情報は、共有することが重要であると思います。

そのことについて書かれていた図書がありましたので、紹介します。

4つの「アホ」力:板野博行著より紹介します。

■「手帳」を持たない生活が教えてくれたこと

(前略)
 それこそ手帳術の本を読みあさり、自分でも手帳ハウツーを確立するくらいのマニアだったので、一年書き溜めた手帳を何年分も並べて、「板野、がんばったな」とひとりごちて達成感を感じていた時期もありました。手帳がないと生きていけないほど、自分の分身のように書き記し、肌身離さず持ち歩いていたものでした。

 でもあるとき、ふと考えたのです。こんなに緻密に手帳につけて、いったい何が残るのだろうか、と。手帳には未来の予定も記しますが、それ以上に過去のことも書いていました。ならば、過去を書き溜めていくことは、それほど大事なことなのか、という根本的な疑問がわいてきます。

 【情報を収集するより、情報を生み出したり、考え出したりする側に回るほうが、はるかに重要ではないだろうか。】ならば、収集するほうにエネルギーを注ぐより、生み出すほうにエネルギーを使ったほうがすっとプラスなのではないか・・・・・・。だいたい何かを生み出すときは、過去を振り捨てていくものではないか、と思ったのです。百のエネルギーがあって、そのうち四十を手帳に書くことに費やしているとしたら、それをすべて新しいことを生み出すほうに投入して、百のエネルギーを注ぎ込んだほうがよほど生産的です。それに、過去の財産や思い出をいろいろ溜めておいても、死ぬときにはあの世に何も持っていけるわけではありません。
 
 そう考えると、たいていのものはいらないのではないかという結論にいたったわけです。そこでノスタルジーに浸るだけの手帳を、片っ端から捨ててしまって、手帳を書く時間を何か新しいものを生み出すほうに使おう、と考え方を切り替えました。(後略)【なぜ持つのか、なぜ持たないのか。その理由を”自分でとことん”考えるべきであって、「手段」より「目的」が大事だということなのです。】


■私が新聞をとらない理由

 同じころ、私は新聞を読むのもやめてしまいました。やはり情報は収集するより、生み出すほうが重要だと思ったからです。

 それまで私は新聞を三紙購読し、毎朝三時間以上かけて、すみずみまで読み比べていました。気になった記事を集めたスクラップブックも、何冊もつくっていました。【でもその結果、何が残ったのかというと、何も残らなかったのです。】日々変動するニュースを追いかけていても、記憶にはちっとも残らなかった。それに重要なことは、新聞を読まなくても、イヤでも耳に入ってきます。今ならインターネットでも雑誌でもテレビでもラジオでもニュースは流れています。とにかく自分さえ能動的になれば、入手できるのではないかと気づいたのです。

 「えーい、やめてしまえ」と思い切って新聞をとるのをやめたところ、最初の何日かは不安で不安で、お尻がこそばゆくなりましたが、おそろしいくらい何の支障も起きないことがわかりました。それどころか、新聞を読まないぶん、朝三時間の余裕ができて、生活にゆとりが生まれました。おいしいコーヒーを淹れて、好きなマンガを読んだり、人と会ったり、ジムに行ったり、自分を充実させるために使うことができたのです。そういった行動から、新しいアイデアが生まれてくるのですから、かえって読まなくなってからのほうが、仕事の効率も上がりました。(後略)

以上引用終わり。


是永恒久
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テレビからのインプットを減らすとアウトプットが増える

Posted by ななし on 01.2014 記事 3 comments 0 trackback
 最近では、テレビを持っていない(もちろん新聞は取っていない)若者が増えているようだが、テレビ・新聞からの情報収集は必須であるとの強迫観念に取り憑かれているビジネスマンはまだまだ多いと思われる。

 次の記事は情報収集に躍起になっていた人の体験談である。
「TV・新聞のない生活」

以下引用*********************************************************

我が家にはテレビがない。見ないのではなく「持っていない」のである。
そして、新聞を購読していない。一紙もだ。
そうすることにしたのはある日の家族会議からだった。

【突然に・・】
あれはいつのことだったか、いつもの家族会議で「テレビを捨てよう。新聞を取るのをやめよう」という話題になった。
親がテレビを見るのを諌めて、子供が文句を言うものと相場は決まっているが、我が家では子供が主導で提案した。
テレビを見たくないらしいのだ。ラジオも嫌い。
雑音のない中で絵を描いたり本を読んだり雑誌を見たりするのが何よりも好きな娘である。

僕はそれまで人一倍のテレビ好きだった。
ご飯を食べる時はもちろん、家で原稿書くなどの仕事をする時も、ひどい時は読書しながらテレビを見ていたこともある。
新聞も数紙取っていて全部に目を通し、ご丁寧に仕事関連の記事のクリッピングまで自分でやっていた。
さすがにそれは手が回らなくなり、専門の会社にお願いすることにした。(それも近年廃止した)                       

~中略~

【アウトプットが増える】
とにかく音のない生活である。テレビがいかに騒音だったかわかる。
わが家族はとても話すようになった。いろんな情報交換が始まった。
ネット社会なのだからもちろんインターネットでニュースのタイトルぐらいは見ていたが、それもこのごろは面倒になり、我が家の一番の情報源は口コミである。

「近所の奥さんがこういうニュースを解説してくれた」
「営業に行ったらこういうニュースの話が雑談で出たよ」

世の中の動きを口コミで伝え合っている珍しい家族である。
驚異的に会話は増え、世の中のこともただインプットするのではなくて「感想」を言い合うようになっていることに気がついた。
まだ「自分の意見」を言い合えるまでには程遠いけれども。

「新聞を読んでいないとビジネス上では話題に困るだろう」とよく言われる。
でもまったくそんなことはない。
不思議な体験をした。情報というのは遮断された方がアウトプットが増えるという体験だ。

企業の人事部長職に長くいて人前で話したり人に会ったりすることの多かった僕は、必死で話のネタのために情報収集していた。
それで仕事上うまくいっているような気がしていた。

ところが独立してから情報のインプットが極端に少なくなった今、二つのある現象が起こっている。

ひとつ目は、前よりもよく人の話を聞けるようになったことだ。
ふたつ目は、多くの情報を持たない僕は、知りたいこと聞きたいことを自分から多くの「人」に聞くようになった、ということだ。
それは生の情報とは言えないかもしれないけど、少なくとも一次情報だ。
人に話す時でも、テレビや新聞からでなく、自分の体験したこと、人の体験を直接聞いた話を多くするようになったことだ。

情報というものは浴びるのではなくて、必要な時に自分から取りに行く感覚が欲しい。
所詮テレビや新聞情報は、体験や実践、そして直接ライブ感ある話を伺うことに比べたら10分の1も面白くない。

引用ここまで*****************************************************

 確かに情報を多く得ると、社会の事がよくわかったような気になるが、それは雑多なほとんど知らなくて良い情報であることが多い。
 逆に間違ったフィルターを通して誤った情報を信じている事も少なくない思われる。

 「必要か否かの土俵にマスコミも引っ張り出せるのか」141455

 「TV・新聞からの情報が必要」という思い込みも、遮断してみてそれが単なる強迫観念であると気付かされる事も多いのではないだろうか。

 
坂本日出夫
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